METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

144 / 318
シカリオの粛清

 よれよれのシャツに伸びきったジーンズ、地味な色合いのジャケットに身を包むその女性は妙に気だるそうな雰囲気を醸し出しながら、両手に洋服を雑に入れた紙袋を手に持ち町をふらふらと歩いていた。

 浮浪者のように見えなくもない姿だが、周囲を歩く者はだいたい似たような恰好をしているため、その女性がとりわけ目立っているわけではない。

 ただし通りの隅で女捜しをしている若者にとって、そんなみすぼらしい女性が視界に入るのを嫌うようで、彼女がすぐそばに来るとどこかへ失せろと言わんばかりに手を払う。

 

 そんな男たちに構うことなく、その女性はふらふらと近付いていってしゃがれた声で彼らに話すのだ。

 

「なんだばあさん、近付くなよ汚いな」

 

「そんなこと言わないで……あれ、持ってるんだろう? 売っておくれよ」

 

「ばあさんいい年こいて粉が欲しいのか? ははは、カネは持ってるのかばあさんよ」

 

 目の前の女性を笑い飛ばしながら男は相方の男と笑い合う…彼は売人、つまりカルテルの末端に位置する構成員でこうして通りに出てコカインを売りさばく。

 みすぼらしい格好の女性は懐のポーチからくしゃくしゃになった紙幣を数枚とりだす。

 大した金額ではないが、女性をただのホームレスだと思っていた売人は少し驚いた表情をしていたが、やがてポケットから包みを一つとりだした。

 

「浮浪者の癖にずいぶん持ってるじゃないか、ええ? まあ他人から盗んだカネだろうが……ほらよ、慌ててキメて死んじまうなよ」

 

 金額に対し売人が差し出したコカインは明らかに少ない。

 ぼったくりも中々だが、女性の方はひとまずコカインを手に入れられて大喜びの様子…そのさまを売人たちは嘲り笑う。

 それから女性は再び通りを歩いていき、やがて一つのホテルへと入る。

 人目を避けて非常階段を上がっていく女性は、先ほどのくたびれた様子とは違い軽快な足取りで素早く階段を上がっていく……階段の踊り場にまで駆け上がった女性はかけていたメガネを外し、ぼさぼさにしていた髪をひとまず手ぐしで軽く整える。

 女性は衣服をその場で整えると、非常階段を出てホテルの一室をノックした。

 

「私よ、開けてちょうだい」

 

 声をかけると即座に扉が開く。

 開かれた扉の向こうには満面の笑みで佇む79式が、片手に拳銃を持って立っていた。

 

「おかえりなさいセンパイ!」

 

「ただいま79式。コカインのサンプル、手に入れたんだけど見たい?」

 

「うぅ…あまり見たくないですね…。あ、あの……大変失礼ですが、センパイ少しにおいますよ…?」

 

「知ってるわよ。シャワーを浴びたい気分よ」

 

「すぐに用意しますね」

 

 用意も何もシャワーを浴びるだけなので用意するものは特にないのだが…。

 それでも79式はWA2000のために何か一つでも役に立ちたいのか、バスタオルなどをすぐに用意してくれた。

 一言お礼をいった後、WA2000は浴槽へと入るのだ……街中に潜伏するために意図的につけた匂いと汚れを洗い流し、乱れた髪を丁寧に洗う。

 変装技術は誰からも教わったわけではないが、WA2000はいつか役に立つだろうということで独自に調べ身に付けていた技術の一つである…余談だが、ある程度の技術はプログラムとしてストレンジラブにインストールしてもらえるのだが、WA2000を筆頭にMSFの戦術人形は経験から身に付けることを好むものだ。

 

 浴槽で身体の汚れを落としたWA2000が戻ると、79式はちょうどテレビをつけてニュースを見ていた。

 最初は興味が無さそうにテレビから目を逸らしていたWA2000であったが、ニュースキャスターが読み上げるニュースに気をひかれた。

 

 

『―――先日メデジン市長に当選されたばかりのカミロ・アルハンコ市長が本日7時20分ごろ、自宅で殺害されているところを郵便を届けに来た配達員が発見しました。アルハンコ市長宅には妻のカミラ氏と12歳になる娘もおりましたが行方不明となっています。アルハンコ市長は麻薬組織撲滅を掲げることで市民の支持を受けて当選致しましたが、選挙期間中も麻薬組織からの脅迫や襲撃があり、今回の事件も麻薬組織が関わっていると見て警察が調査を進めています――――』

 

 

 それからニュースでは専門家らも交えてこの殺人事件について解説しているが、キャスターや専門家らも過度なカルテル批判を避けて言葉を選んでいることが伺える。

 カルテルは気に入らなければ例えテレビのキャスターだろうと躊躇なく殺す。

 以前にも、番組の中でカルテルを厳しい言葉で批判したとあるジャーナリストが市内を運転中に襲撃され、公衆の面前で首を斬り落とされるという恐ろしい事件があった……その際は警官が駆けつけて銃撃戦になり、カルテルの構成員が全員死亡したが、代わりに警官側も多数の死傷者を出すに至った。

 

「酷い世の中ね。これじゃ紛争で故郷を追われてる難民の方がはるかにましよ」

 

「惨いですね……市長の奥さんと娘さん、早く見つかるといいですよね」

 

「望みは薄いでしょうね。死ぬよりも酷い目にあってるかもね……拷問や強姦(レイプ)されて惨たらしく殺される」

 

「拷問…強姦………」

 

「どうしたの、79式?」

 

「い、いえ……ただあまり、そういうのは考えたくないんです……気持ちが悪くなりますので…」

 

 79式はどこか落ち着きのない様子で、震えを抑えるように自分の身体を抱きしめた。

 拷問と強姦…この二つの言葉に79式はいつも強く反応する。

 それはおそらく今も奥底で眠る過去の記憶に起因しているのだろう。

 知っていながらうっかりその言葉を口にしていたWA2000は、彼女の不安を和らげるようにその背を撫でてあげる。

 

「79式、あなたコーヒーは好き?」

 

「え? まあ、好きな方ですね」

 

「通りでおしゃれなコーヒーショップを見つけたの。一緒にいかない?」

 

 79式は不安げな表情から、途端に明るい笑顔を浮かべて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 服装を現地で購入したものへと着替えた二人は気持ちを切り替えて町の通りにあるコーヒーショップへと向かう。

 オセロットとの約束であまり遠くまでは行けないが、ホテル近辺のエリアなら足を運ぶことを許されている。

 武器を持っていることがばれないように、それぞれボストンバッグやダッフルバッグ等に武器を収納している…本当は持たずに歩くのがベストなのだが、よほどの事情がない限り肌身離さず銃を持つのが彼女たち戦術人形の考え方だ。

 

「ここよ、気にいればいいんだけれど」

 

「素敵なお店ですね! それに…くんくん……コーヒーの良い香りがします!」

 

「本場コロンビア産のコーヒーよ。気に入ってくれて良かったわ」

 

「センパイと一緒にいれるだけで私嬉しいですから!」

 

 79式にもしも尻尾があったらきっと今頃嬉しさのあまりぶんぶん尻尾を振っていることだろう。

 79式を連れて店内に入ると、自国でとれたコーヒー豆が展示され、他にも様々なメニューが用意されている。

 とくに腹も空かせていない二人はサイドメニューのサンドイッチとコーヒーを頼み、屋外テラスに用意されたテーブルへと落ち着くのであった。

 

 さっそくWA2000はコーヒーを口にしてみる…。

 普段MSFで飲んでいるコーヒーは安物の品だが、本場のコーヒーはやはり違う…と言うほどコーヒー通ではないWA2000であったが、とりあえずコーヒーの本場で飲めるということで普段より美味しいと錯覚する。

 サンドイッチはみずみずしいレタスやチーズなどを生ハムで巻いてパンにはさんだもの…ハンバーガーのがっつりとしたフードもいいが、たまには軽めの食事もいいものだ。

 

「んふふふ……」

 

 WA2000の正面に座る79式は相変わらずニコニコした表情で、コーヒーをストローでちびちび飲んでいる。

 何がそんなに楽しいのか……先ほど言った言葉が本音なのだろう。

 

「ところでセンパイ、カラビーナさんは途中まで一緒にいましたよね? どこに行ったんでしょう?」

 

「外で仕事の話は止めなさい」

 

「あ、すみません…つい…」

 

 途端に、申し訳なさそうに目を泳がす。

 すかさずフォローすることですぐに笑顔を取り戻す79式……以前多くの戦術人形の教育をしたときは厳しく教えたつもりであったが、79式に関してはどうも厳しく指導出来ずにいた。

 まあ、彼女の戦闘技術がほとんど熟成されていたという理由もあるが、こうも慕われてしまうと厳しく出来ない心情があった……理由は他にもあるが。

 

 

「――――おい聞いたか? メデジン市長の奥さんと娘さん見つかったってよ、やっぱり殺されてたみたいだ」

 

 

 落ち着いた場の雰囲気をいきなりぶち壊す話題が、通りでたむろする男たちから聞こえてくる。

 

「ひでぇもんだったらしいぜ…嫁さんの方はバラバラにされた状態でゴミ袋に入れられてたらしい」

 

「娘さんの方はどこで見つかったんだ?」

 

「そっから数マイル離れた公園だよ。散々おもちゃにされたんだろうな、裸にされて公園の木に首吊りされてたんだってよ」

 

「世も末だな…国も警察もあてになりはしない。いっそ核戦争とE.L.I.Dで一回全部壊れちまった方が良かったのかもな、この国は…」

 

 それから男たちは去っていった。

 すっかりいい雰囲気を壊されてしまった…話題を変えようと79式を見たWA2000であったが、彼女は今の会話を聞いてか思いつめた表情をしている。

 

「どうしたの、気分が悪い?」

 

「センパイ……私、時々自分が知らない記憶を思い出すんです…」

 

 手に持っていたフォークをテーブルに置くと、79式は思いつめた表情で話し始める…。

 

「その知らない記憶の中で私は、たくさんの人を傷つけてました……命乞いする人や、年端もいかない子どもたちも全部……それから、それから……」

 

「79式…言わなくてもいいわ。大丈夫よ、何も心配しなくていいから」

 

「そうでしょうか…? 分かりましたセンパイ、じゃあ―――」

 

 79式が気持ちを切り替えようとした時、またまた面倒な輩が二人へ絡んできたではないか。

 下心丸出しで近付いて来たのは見覚えのある売人…そう、WA2000が変装してコカインを購入した相手だ。

 その時売った女性がまさか目の前のWA2000であることとはつゆとも知らない売人は、勝手にそばの椅子を持ってきて二人の間に座った。

 

「やあお嬢さん方、見ない顔だね? 観光客か何かかい?」

 

「ここには地域文化の取材に来ていまして、仕事の話をしていましたの。それよりもいきなり来て自己紹介もしないで隣に座るのは、マナーに欠けているんじゃないかしら?」

 

「驚きだ、この国でマナーなんて言葉を聞くとはね」

 

「ルールとマナーは大事ですよ、例えどんな業界であろうともね」

 

「そんなもんクソと一緒に便器に流しちまいな。ここじゃなんの役にも立ちはしない。この辺のことを知りたいならオレに聞けよ、なんでも教えてやるよ…ベッドの上でこいつと一緒にな」

 

 売人は懐から白い粉の入った袋を見せびらかすようにして出し言った。

 彼の下劣な誘いに明らかな嫌悪感を示すWA2000、79式も目の前の男が気に入らないようでじっと睨みつけている。

 そんな時、背後から近付いて来た屈強な身体の男が売人の手からコカインを奪い取る。

 もちろん売人は激高して咄嗟に背後の男に掴みかかったが、相手が何者か分かった瞬間激しく動揺した。

 

「ルールとマナーは大事だ。この業界にも規範って言うものはある…好き放題やっていいわけじゃない」

 

「あ、あぁ…アンタはカルテルの…シカリオ(殺し屋)…! な、何の用だよ…!」

 

「言わなくても分かるだろう。お前…先月の上納金に未払いがあったらしいじゃないか。横領は良くない、例えお前が売って得たカネでも、一度オレたちに預けて分け前として与えられなければお前のカネにはならない……分からなかったか?」

 

「いや違うんだ! 間違った、そう間違ったんだよ! 今月の売り上げと一緒に払うはずだったんだよ! 本当さ!」

 

 売人の必死の弁明を、シカリオの男は煙草に火をつけながら聞き流していた。

 必死の形相で激しく手を動かしながら言い訳をする売人へ、彼は唐突に拳銃をつきつける。

 途端に売人はわめきたてるを止めた。

 

「お前が粉を売れているのはお前の力じゃない。カルテルの看板の力だ、お前がマヌケにも大通りで粉を売っても咎められないのは警察にカネを払って見逃してもらってるからだ。お前らが安心して粉を売れる状況を、カネを使って整えてやってるのに、お前が上納金の一部を懐に入れて無駄にする……裏切りはよくねえよな」

 

「悪かった、もう二度としない! 助けて…お願いだ……!」

 

「あの世で後悔しなよ」

 

 シカリオの男が引き金を引き、轟音が市内に響き渡る。

 至近距離から額を撃ち抜かれた売人は後方によろめいて倒れた。

 短いざわめきのあとに訪れる静寂…通りを歩く人々は逃げだすわけでもなく、じっと発砲者を見つめていた。

 シカリオの男はゆっくりと売人へと近付き、ポケットをまさぐりコカインと金をとる。

 紙幣を数えた彼はそばにあった瓶をいまだ額から血を流す男のすぐそばに置くと、丸めた紙幣をそこへ入れる……この後にやってくる警官への賄賂だ、これを受け取り警官は黙って処理をする。

 

「お前ひとりのおかげでカネと弾が無駄になっちまった。お前のクソみたいな命以上の価値がある……バカが、地獄に堕ちやがれ」

 

 賄賂の手はずを整えたシカリオの男は振りかえり、WA2000に目を向ける。

 笑みを浮かべているが、鷹のような鋭い目つきの男をつい睨み返そうとしてしまったが、今の身分を思い出しWA2000は怖気づくように目を逸らす芝居をする。

 

「ここじゃ末端の売人でさえもカルテルを恐れて口答えしないはずなんだがな、気の強いお嬢さんだ……何者だ? まあいい、クリーニング代だ。あそこの通りを曲がったところにいいクリーニング屋がある。そこで血を綺麗にとってもらうといい……Adios Amigo(じゃあな友よ)

 

 彼はテーブルの上にクリーニング代の紙幣を置いて行くと、人混みの中へと消えていった。

 男が見えなくなってすぐにその場へ地元警察が駆けつける。

 警官たちは現場の状況を一望すると、真っ先に無言で瓶を拾いそこに入れられていたカネをポケットへとしまい込む。

 

「何を見ている、仕事の邪魔だ。さっさと消えろ」

 

 警官はすぐそばのWA2000と79式を高圧的な態度で追い払うと、死体を収容袋に入れてさっさと車へ乗り込み去っていってしまった。

 

 再び町は喧騒が戻り、コーヒーショップの店員はうんざりした様子で地面に流れた血に水をかけて洗い流し始めた。

 誰もカルテルへの怨みや憎しみ、敵意も示すことは無い。

 そうすれば殺されるのは自分だと知っているからだ……恐怖で町が支配されている。

 この国に巣食うカルテルのおぞましさの一端を知った二人は、この外出が迂闊であったと後悔すると同時に、すぐさま荷物をまとめる。

 

 オセロットに事情を説明し、二人は寝泊りするホテルを変えるのであった。




たぶん同じ時間帯で、マザーベースではほのぼのが繰り広げられてると思うの。
逆を返せば、今までのほのぼの回のあいだ、世界のどこかでは今回みたいなことが起きてたと思うの。

資料集めのために画像検索してたらエグイ写真ばかり出てきたから作者メンタル死亡した模様()

わーちゃんと79式ちゃんの今後の関係は??

  • 先輩後輩or師弟関係
  • ほんとの姉妹みたいな関係
  • 百合やろいい加減にしろ!
  • カラビーナと同じ狂信者
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。