WA2000はその日、一人で昼間の市街を歩いていた。
宿泊先のホテルから500メートルほどのそこではちょうど市場が開かれており、WA2000は現地民に混じって市場を見てまわる…現地の農園や国内でとれた農産物が多く集まる市場には、たくさんの人々が集まり都市部とはまた違った熱気に包まれていた。
肉や魚などには目を向けず、WA2000が足を止めたのは果物を売る露店だ。
色とりどりの果物が並ぶ露店を見つめていると、露店の店員が気さくな笑顔をでおすすめの品をWA2000に紹介する。
「やあ姉さん、何かお探し? マンゴーなんかどうだい? それかこのドラゴンフルーツ、甘くておいしいよ」
「両方くれないかしら?」
「毎度あり、ちょっと待っててくれよ」
代金を受け取ると店員の男性がマンゴーとドラゴンフルーツを袋に入れてくれたが、両方ひとつずつ頼んだはずだが何故だかマンゴーを一つ多く袋に入れて手渡してきた。
この国に来てから常に気を張っているWA2000はそこに裏があるのではと勘ぐるが、露店の男はただにこやかな笑顔で果物の入った袋を彼女に差し出した。
「美人の姉さんに一つサービスだ、へへ、いつも不細工なばあさんばかり来るからいい目の保養になったよ!」
「そう、ありがとうね」
店員の男はスケベ心丸出しだが、チンピラたちのような害があるようなわけではないので、WA2000は愛想笑いと返す…とりあえず小さな得をしてWA2000も少しばかり機嫌をよくしていた。
最後まで鼻の下を伸ばしていた露店の男であったが、そこへもう一人の女性がやってくると血相を変えて逃げだした…どうやら男性の奥さんだったようで、奥さんに箒で何度も叩かれて悲鳴をあげていた。
夫婦げんかに巻き込まれる前にWA2000は早々にその場を立ち去るのであった…。
ホテルの部屋へと戻ったWA2000は買ってきた果物をテーブルの上に置くと、ソファーに腰掛ける。
ソファーに深々と座った彼女は少し疲れた様子で天井を見上げると、そっと目を閉じる……もう何週間も、この暑く暴力が蔓延る街に居続けている。
MSFの戦術人形の中でもトップクラスの戦闘技術、精神力を身に付けているWA2000とはいえ休息も必要だ。
ここでは常に気を張り詰め、街を歩くのにも人の目を気にしなければならない。
戦場で野宿したりするのとはまた違った疲労感とストレスに加え、今はもう一人、気にかけなければならない相手もいる。
「お帰りなさいセンパイ」
「ただいま79式」
部屋の奥からひょっこり顔を覗かせた79式、一人で留守番をすることも多い彼女はWA2000が帰ってくると嬉しそうに出迎えてくれる…。
帰ってきたWA2000が疲れているのを見て取ると、79式は慣れた様子でコーヒーを淹れてくれる。
普段スプリングフィールドが作ってくれるような本格的なものではなく、インスタントの簡単なコーヒーだが、彼女の気遣いにお礼を言いながら差し出されたコーヒーを飲む。
「79式、あなた果物は好き?」
「はい、好きですよ」
WA2000が袋からとりだしたマンゴーとドラゴンフルーツ、79式はその果物を見るのは初めてのようで興味津々といった様子で果物を覗きこむ。
目をキラキラとさせている79式の頭を軽く撫で、WA2000はナイフを取りにベッドへと向かう。
ただナイフを取りに行くだけであるが、彼女の後ろを79式はついて行く…まるで子犬のようだとからかうと、79式は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「さてと……」
ナイフを手に、マンゴーをテーブルに並べたところでWA2000の動きがピタリと止まる。
ここまで用意したはいいが、どう切ればいいのか分からないのだ……普段戦闘に関する技術を身に付けようとしていたあまり、料理に関するスキルを磨くの忘れていた。
救いを求めて79式を見て見るが、どうやら彼女も料理に自信がないのか苦笑いを浮かべている。
「まあ、別にプロの料理人ってわけじゃないものね」
「そ、そうですね。美味しければいいと思いますよ!」
そう二人で納得し合い、ナイフの刃をマンゴーにあてがうと…一気に切断、ナイフの刃は勢い余ってテーブルに突き刺さり、両断されたマンゴーの片割れが吹っ飛んでいきちょうどあったゴミ箱の中に消えた。
なんとも言えない空気が部屋の中に立ちこめる。
「ま、まあこういう時も時もあるわよ」
「そう、そうですよね! 気をとり直してもう一個切りましょう!」
今度は79式がジャケットの内側からナイフを取り出した。
真剣な目つきでマンゴーに刃を当てて、いざ切ろうとした際にマンゴーが滑りナイフの刃が79式の指にあたってしまった。
「ちょっと、なにやってんのよ」
「うぅ、失敗です…指を斬られました…」
「あなたが自分で斬ったんでしょう? ほら、じっとしてなさい」
79式の手を取ると、指先の切り傷を布で覆い押さえつける。
しばらくそのままにして止血したのを確認すると、持っていた絆創膏を貼ってあげる。
幸い、傷は小さく大した怪我でもなかった……残るドラゴンフルーツは、後でホテルの人にお願いしようということで袋の中に戻すのであった。
「あのセンパイ?」
「なに?」
「センパイやオセロットさんは仕事をしているのに、私はホテルに待機しているだけです……センパイ、私にできる仕事はありませんか? 私、センパイのお役に立ちたいです」
ここに来てからずっと待機してばかりの79式も思うところがあったのだろう、しかしWA2000は首を横に振る。
「今はまだその時じゃないの。あなたの力が必要になる時はきっとあるから、それまでは待機よ。別にそう気負わなくていいのよ?」
「はい…ですが、センパイやオセロットさんが頑張っているのに私だけが楽をしていていいのでしょうか?」
「あら、殊勝な心掛けね。でも私が逆の立場だったら堂々と休ませてもらうけどね」
「センパイ! もう…」
WA2000のからかいに79式は頬を膨らませてそっぽを向く。
からかいがいのある79式に少々気持ちを癒していると、唐突に部屋の扉がノックされる…即座に二人は拳銃を手に取ると79式が扉のすぐそばの壁にはり付いた。
もう一度ノックされた時にWA2000は返事を返し、左手に拳銃を握りながら右手で扉を開く。
ゆっくりと開いた扉の向こうにいたのはオセロットであった。
ホッと一息ついたWA2000が79式にも警戒を解くよう伝えると、彼を部屋の中へと招く。
「急な来訪ね、通信で教えてくれればよかったのに」
「通信回線は奴らに盗聴されているかもしれない、お前たちも不用意に通信をするんじゃないぞ。あと忠告だ、相手がオレだとはいえ警戒を解くのが早過ぎる…オレの背後にシカリオが潜んでいたかもしれないんだぞ」
「まさか、あなたに限ってそんなことはないでしょう?」
「ありえない話ではない。お前が今まで戦ってきた連中と一緒にするな、奴らは軍人ではないかもしれないが侮れない相手だ。一瞬の油断が命取りになるぞ」
そう言って、オセロットはテーブルの上に一枚の紙を置いた。
そこにスペイン語で文字が書かれ、なんとWA2000の顔写真が一緒に印刷されているではないか。
驚いた彼女は慌ててその紙を手に取ると、紙に書かれた文字を読む。
「やられたな。カルテルがお前に懸賞金をかけたようだ」
「ウソでしょ!? わたし何もトラブル起こしてないわよ!?」
「先日の売人を処刑した時の現場のことだろう。売人とはいえ、裏にはカルテルの影がある。末端の構成員とはいえそれを恐れていないということは、カルテルをも恐れていないということに繋がる。売人相手に強気に振る舞った姿を怪しまれたんだろう。お前がすぐにホテルを変えたのは良い判断だった、もしあのまま同じホテルにいたら……お前はこの世にいないか、あるいは…」
その先は言わなくても分かることだ。
どっちにしろ、これでもうWA2000は表を堂々と歩くことが出来なくなってしまった。
写真はWA2000だけであるが、79式も同じ理由で外を歩くことは出来ないだろう。
「ごめんなさいオセロット、うかつだったわ」
「カルテルの警戒心を侮ったオレにも落ち度はある、気にするな。他にもお前たちが知っておくべき情報を持ってきた、読んでおけ」
懸賞金の紙を回収し、オセロットはカバンから資料や写真をテーブルにとりだした。
オセロットがこの国に潜伏し集めた情報はおそらう膨大なものとなるのだろうが、今日ここに持ってきたのはその中の一部だった。
カルテルのボスであるアンヘル・ガルシアの経歴についてまとめられた資料には、グアテマラの特殊部隊カイビレスで従事した軍事作戦についてもまとめられていた。
対テロ作戦の最中に彼は無実の一般市民をも巻き込みテロ組織を壊滅させ、それが原因で隊を除隊、その後の足取りは不明だが今のカルテルに雇われてそこからボスにまで成り上がったらしい。
それからカルテルの
その中には、先日売人を目の前で殺害した男の写真もある…ぺらぺらと写真をめくり見つめていたWA2000は、ある写真でその手を止めた。
写真に写る一人の少女。
緩いバンダナで口元を隠したその女性は長い黒髪を一本の三つ編みにし、右手に鉈を持ち左手に人間の頭部を鷲掴みにしている。
南米の住人の中では浮いて見える白い肌は返り血で染まり、そこから覗く瞳は冷酷な印象を受けさせる。
どこか既視感のある見た目にWA2000はまさかと思うが…。
「こいつは要注意人物だ。カルテルお抱えの鉄血ハイエンドモデル、"
「鉄血のハイエンドモデルですって? それがどうしてこの南米に?」
「こいつは蝶事件が起こる前に、この国の軍隊が購入したらしいが、カルテルがそれを奪取してシカリオに仕立て上げたらしい。リベルタドール、別名"解放者"。鉄血工造がまだ企業としてあった頃に造られたハイエンドモデルで、試作品的な意味合いがあったらしい…これをスペックダウンし量産型にしたのが鉄血戦術人形の
「また面倒なハイエンドモデルが来たわね。シーカー程厄介な相手じゃないことを祈るわ」
「こいつについては情報が少ない。目撃者の多くが死んでいるからだろう…注意しろ」
「了解よ」
ある程度資料を見終わったのを確認したオセロットはそれをしまう。
「もう一つ、今度からオレもこのホテルに宿泊先を変えた。どこの部屋かは教えられないが…」
「な、なんでよ」
「お前が気にすることじゃない。それと一週間分の食糧を置いて行く、もう外出はするな」
「はぁ、私も待機命令ってわけね。了解よ…」
「それからオレが部屋を訪れる時の合図を決めよう」
オセロットはテーブルに手を近づけると、指で小さく叩く。
二回小突いて間をあけて一回、また間をあけて今度は三回だ。
2、1、3のノックで来訪を知らせる合図とする…WA2000と79式は頷き了承した。
「少しでも怪しいと思ったら扉を開くな、シカリオが来たと思え…いいな?」
「分かったわ、オセロット。あなたも気をつけてね?」
とある廃工場の一画、天井から吊るされるワイヤーが数本、不規則に揺れている。
錆びついたワイヤーの先端にはフックが取りつけられており、そこには人間の死体が逆さまに吊るされていた…。
首を鋭利な刃物で斬り裂かれた死体の真下にはバケツが置かれ、傷から流れ出た血が溜められている。
揺れる死体をすぐそばで眺めている少女がいる。
彼女は冷たい目をじっと死体に向けたまま、パイプ椅子に腰掛け静かにたたずんでいた。
「リベルタ、ここにいたのか?」
自身を呼ぶ声に立ち上がった彼女…リベルタドールは廃工場にやって来たカルテルのシカリオに目を向ける。
シカリオの男はフックに吊るされた死体を、そして隅の方で謎の肉を貪る痩せこけた犬を見て引き攣った笑みを浮かべていた。
「人間の肉で餌付けか、どこでそんなこと教わったんだ?」
薄笑いを浮かべながら冗談を口にした男を、リベルタドールは無言でじっと見続ける。
「血抜きは済ませてあるみたいだな。よし、これで運びやすくなるな。後はそこらの街に捨ててくるだけだな?」
その問いかけに彼女は頷き、死体を指差し、それから廃工場の外に止められているキャリアトラックを指差した。
"死体をあれに積んで捨てに行く"
そう解釈した男はため息をこぼすと同時に、一枚の紙を彼女に手渡した。
「新しいターゲットだ。できれば生け捕りにしてほしいらしい…政府の連中がオレたちを殺すのに傭兵を雇ったって噂だ。怪しい奴は片っ端から捕まえていく、お前はこいつを捕まえろ、いいな?」
リベルタドールはこくりと頷くと、もう一度紙に目を向ける。
スペイン語で文章が書かれたそこに懸賞額と共に写真が一枚載っている。
写真には、ワインレッドの髪の少女……WA2000が写る。
カルテルのシカリオ、リベルタドールは目に焼きつけるようにじっと彼女の写真を見続けるのであった…。
またオリジナル鉄血人形の登場です!
その名もリベルタドール…スペイン語で解放者です。
設定的には鉄血工造初期のハイエンドモデルで、試験的な意味合いで製造されており後期のハイエンドモデルと比べて性能は若干低い……が腐ってもハイエンドモデル、さらにカルテルの違法改造で戦闘力マシマシ状態。
たぶん無口系戦術人形、シーカーとはまた違ったヤベェ奴です。
なんかこんな話を書いてたらハーメルンさんの広告に麻薬戦争絡みの本が出てたよw
どういうことやw
わーちゃんと79式ちゃんの今後の関係は??
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先輩後輩or師弟関係
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ほんとの姉妹みたいな関係
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百合やろいい加減にしろ!
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カラビーナと同じ狂信者