溶鉱炉のエリアには、先ほどまで気配すらも感じられなかった鉄血の人形たちが一斉に現われ、あらゆる角度からスネークを取り囲む。
無数の銃口がスネーク一人につきつけられたが、処刑人が片手をあげると人形たちは銃を下ろした。
「会いたかったぜスネーク」
上階の手すりから飛び降り、処刑人はスネークの前に着地する。
灼熱の空気の中で彼女は一切汗をかくこともなく、青白い肌にはこの煤だらけの空間においても一切の汚れがない…青白い頬を若干赤く染め、目を細めて目の前のスネークをまじまじと見つめる。
「あの日からお前と再び会う日を願い続けてきた。スネーク、こんな気持ちは初めてだ…戦闘前の高揚感とも、勝利を手にしたときの充足感とも違うこのおかしな感情を確かめたかった」
己の胸に手を当てて困惑して見せる処刑人、普段の彼女を知るものからはとても想像もできない姿だろう。
うつむきながら微笑むその姿はまるで乙女そのもの、愛らしい表情で想いを打ち明ける処刑人であったがスネークは心を一切惑わせずじっと銃を向けたままだった。
「周りくどい方法だったかな? 直接会いに行ければ良かったんだが、ちょっとな…誤解しないでくれよ、面倒なやり方が好きなわけじゃない、むしろオレは積極的に動く方が好きだ。なあスネーク、オレはどうしちまったんだ? 自分でも戸惑ってるんだ、教えてくれよスネーク。オレはお前に何を期待しているんだ?」
「オレはこの場にスコーピオンを助けに来ただけだ、お前が何を思おうとこれっぽっちも興味はない」
「どうしてそんなことを言う、今はオレだけを見てくれよ…お前が来てくれた時何をしようかずっと考えてた、ただ殺しあうのじゃつまらない。せっかくのめぐり合わせなんだ、お互い最高の能力を発揮して命のやり取りをしたい。そう、それに邪魔者も必要ない…オレとお前二人だけ、二人で激しく熱い戦いをするのさ」
徐々に狂気を帯びていく処刑人は得物の巨大な剣の腹を指先で撫でつつ、なおも熱い視線をスネークにぶつける。
穏やかな笑みは徐々に彼女本来の獰猛な笑みへと変わっていき、それと呼応するかのように溶鉱炉の炎がマグマのように吹きあがる。
「あの時の感動をもう一度、勝敗なんてどうだっていい、最高の戦闘といこうじゃないかスネーク!」
ホルスターから拳銃を抜いた処刑人に、スネークはすかさず引き金を引いた。
素早い動きで銃弾を躱した処刑人は、床に亀裂が入るほどのすさまじ踏み込みで一気にスネークの懐へと飛び込むと、襟首を掴み後方に投げ飛ばす。
床を転がり衝撃を殺したスネークに彼女は笑みを浮かべ、混銑車につながれていた鎖をその剣で両断する。
支えを無くした混銑車は大きくぐらついて横転し、中から溶かされたばかりの高温の溶鉄が二人とスコーピオンの間を遮断する。
「これでオレとお前の舞台が出来上がった、心配するなよスネーク、部下には手を出させない」
「お前の望みはオレだけといったな、ならスコーピオンを解放しろ」
「んー? あいつを逃がしたらお前も逃げるだろ、そうはいかないぜスネーク。お前はここでオレと戦うんだ、どこにも行かせないし誰にも渡しはしないぜ!」
この期に及んで処刑人は無邪気な笑顔を浮かべる。
スネークのスコーピオンを一刻も早く救いたいという気持ちなどまるっきり無視し、ただひたすらに己の欲望のみを優先させる、処刑人の無邪気な表情をスネークは忌々しく睨みつける。
「行くぜスネーク!」
処刑人がその拳銃を構えきる前にスネークは横に跳びく、放たれた銃弾が配管に命中し白い蒸気が勢いよく吹きだした。
蒸気で見えない中をスネークは牽制射撃を行い、配管群の中に身を隠す。
だが処刑人はスネークの移動を見破り、その剣で豪快に蒸気パイプを一薙ぎに破壊した。
高温の蒸気は生身のスネークにとってとても危険なものだ、重度の火傷を負う前にその場を離れるスネーク……そんなスネークを逃すまいと、高温の蒸気をものともせず処刑人は壊れた配管を乗り越え追撃を仕掛ける。
処刑人の剣は決して切れ味を備えたものではないが、その質量と処刑人がもつ身体能力によって一撃必殺の威力を備える。
「ほらほら、やり返して来いよスネーク!」
銃撃と斬撃のコンビネーションで追い詰める処刑人の攻撃をスネークは回避するのみで、一切の反撃の余裕がない。成り行きを見守るスコーピオンも危うい場面に何度も悲鳴をあげそうになった。
だが、スネークの目に焦りはない。
彼は極めて冷静であった。
「こんなもんじゃねえだろ、本気でこい!」
大振りとなった処刑人の一撃を躱し、スネークは一気に詰め寄った。
咄嗟に構えようとした拳銃のスライド部を掴み、アサルトライフルのストックで彼女の額を殴って怯ませる。
のけぞった処刑人に足をかけ、背中から床に叩き付ける。
「へっ、やっぱやるじゃねえ…あ?」
そこまで強く叩きつけなかったために処刑人はすぐさま起き上がり銃を構えたが、握られていた拳銃はスライド部から上が無くなっており、マガジンも引き抜かれていた。
動揺する彼女の目の前で、スネークは彼女の拳銃から抜き取ったマガジンと瞬時に分解した拳銃の部品を溶鉱炉に放り投げる。
「やっぱ普通の人間じゃないなお前、そうだよ…それでこそお前だよな、面白くなってきたぜ!」
もう使い物にならない拳銃を投げ捨て、処刑人は剣を肩に担ぎスネークめがけ走りだした。
先ほどのスネークの攻撃を警戒してか大振りの一撃はやめ、素早い太刀筋で翻弄する…苦しい表情のスネークとは対照に、処刑人は心底この戦闘を楽しんでいるかのように笑っている。
処刑人の素早い斬撃に、やがてスネークは溶鉄の溜まりにまで追い詰められる。
これ以上後退すれば、溶鉄に身を焼き尽くされることを意味する。
「後がないぜスネーク、どうするよ?」
「勝利を前にして慢心か処刑人、早くかかってこい」
スネークの銃撃を剣で防ぎ、強引に突撃しながら斬りあげる…咄嗟にアサルトライフルを盾に斬撃を防御したが、代わりにアサルトライフルは真っ二つに両断される。
勝ち誇った表情の処刑人…しかし、銃を犠牲に接近してきたスネークに彼女は目を見開いて驚いた。
剣を斬りあげがら空きとなった腹部に膝蹴りをいれ、前かがみになった処刑人の背後に回り込んだスネークは彼女の剣を持つ腕を掴んで転倒させ、その腕をへし折った。
「勝負ありだな、処刑人」
もう片方の腕の関節を決め、処刑人を床に組み伏せスネークはそう彼女の耳に届くよう言った。
腕を折られ苦悶の表情を浮かべる処刑人は拘束から逃れようともがくが、首筋にナイフを当てられてその動きをピタリと止める。
「勝負ありだ、生殺与奪の権利はオレにある。お前の負けだ」
「ま、まだ終わっちゃいねえ…!」
力任せに拘束を振りほどこうとした処刑人の首をナイフで切り裂こうとしたその時だ…。
突如工場内で爆発が起き、振動と衝撃でスネークはのけぞり処刑人を仕留めそこなう。
咄嗟に拘束から逃れ、処刑人は血のような赤い液体を流す首の傷をおさえる。
「何があった!」
スネークから目を離さずに、処刑人は苛立たしげに叫ぶ。
立て続けに起こる爆発がスネークたちのいる製鉄場をも揺らす、考えられるのはこの工場が何者かの攻撃を受けていることだ。
爆発の衝撃で吹き飛ばされていた人形がすぐさま処刑人のそばに駆け寄ると叫ぶようにして報告する。
「グリフィンの攻撃部隊です!」
「なんだと!? 警備はどうした、スネークが現れたら通常時に戻せといっただろうが!」
「いえ、その…命令伝達に問題があって、末端まで伝わらず…!」
激高する処刑人は報告をする人形の首を掴み、怒りのままに溶鉱炉に叩き落す。
スネークから受けたダメージが大きいのかそこで膝をつき、苦しそうな呼吸をしながらスネークを見据える。
「肝心なとこで邪魔が入りやがる、使えない人形どもめ……戦いはまだ終わっていない、来いよスネーク…!」
へし折れた腕を力なくぶら下げ、折れていない手に剣を持つ。
剣を引きずるようにして近付いていくる処刑人…スネークは構えていた拳銃を下ろし、彼女に背を向けた。
「お、おい…どこ行くんだ、まだ終わってないぞ…!」
処刑人の言葉に何も返さず、スネークは崩れた鉄骨の上を渡りスコーピオンのもとへと歩み寄る。
彼女を拘束する手錠を壊し、自力で歩けないほど衰弱したスコーピオンを背負うと、その場を立ち去っていく。
「待てよスネーク! オレがどんなにこの日を夢見てたと思ってるんだ、オレはお前と会うために…! オレを見てくれよスネーク、折角会えたのに…!」
処刑人は悲痛な声でスネークを呼び留めようとしたが、彼は一切振り返ることなくその場を立ち去っていく…その後を今にも泣きそうな表情で追いかけるが、崩れる工場の残骸が二人の間を阻む。
「スネーク…! そうかよ、オレを見てくれないって言うのなら……お前を殺して永遠にオレのモノにしてやる、誰にも渡すもんか。アンタはオレのもんだ、絶対に逃がすもんか…!」
製鉄場を出たスネーク、彼が目にしたのは工場地帯のあちこちで火の手があがっている光景だった。
あちこちで銃声と爆発音が鳴り響いている…。
『スネーク、スコーピオンは無事か!?』
「ああ、勿論だカズ」
『よくやったスネーク! グリフィンの援護部隊が鉄血と戦闘している、敵の目をひきつけているうちに回収地点へ向かうんだ!』
「了解! スコーピオン、もう少しの辛抱だ!」
回収地点までの道をスネークは一気に走り抜けていく。
潜入した時よりも明らかに多い鉄血の人形たち、しかしそれらはグリフィンの救援部隊が相手をしていた。
流れ弾に当たらないよう注意しながら、それと背負うスコーピオンになるべく負担をかけてしまわないようスネークは回収地点を目指し走った…回収地点に近付くと、スネークの姿を見たヘリがすぐそばに着陸する。
「ボス、ご無事で何よりです!」
「エイハヴ、スコーピオンを頼む!」
ヘリ内のエイハヴにスコーピオンを託す。
メディックとしての能力はエイハヴの方が上だ、負傷しているスコーピオンの治療のために準備をするエイハヴに後は任せるべきだろう。
「ボス、これよりグリフィン救援部隊の回収に向かいます」
パイロットはヘリを上昇させ、工場地帯の方へと飛行していく。
今回の救出作戦の前にグリフィンのヘリアントスと話しあい、利害の一致から救援部隊の力を借りる取り決めがあった。グリフィン側は敵地の奥へと潜入させて救援する代わりに、回収はこちらが引き受ける約束だったのだ。
工場地帯のすぐそばの簡易飛行場には既にグリフィンの救援部隊が待機していた。
着陸したヘリのドアを開け、スネークは彼女たちを迎え入れる。
「ありがとうございます、任務は成功ですか?」
「ああ、君らのおかげだ。君がヘリアントスの言っていたM4か?」
「はい、すみませんが基地までよろしくお願いします」
丁寧にお辞儀するM4にスネークは一度頷き、スコーピオンが寝かされるベッドの傍に腰掛ける。
いまだ鉄血の追撃が激しく、これ以上の長居は危険を伴う。
全員を乗せ終えたヘリはすぐさま上昇し、工場を離れていく。
工場で一際大きな爆発が起こったのはそのすぐ後の事であった…。
「―――全員、集めろ。他のエリアの管轄だろうが知ったこっちゃねえ、集められるだけ集めろ。装甲ユニットも全部だ、いいか全面戦争だ」
「了解、処刑人……それと、代理人より通信が入っております」
その報告に、処刑人は小さく舌打ちし通信用のモニターを起動させる。
モニターに映し出された代理人は、その冷たい目で処刑人を見つめる…その眼には失望の色が見て取れる。
『あなた何をやっていますの?』
失望感は彼女の声にも表れていた。
一言で彼女がこれから言う内容を理解した処刑人は眉間にしわを寄せ、苛立ちを隠しようともしなかった。
『どこぞの人形を捕まえて時間を浪費、大事な工場を破壊され、M4は取り逃がす……今からでも名誉を挽回しなさい、M4を捕まえなさい』
「うるせぇ、M4もあんたの命令もどうでもいい」
『なんですって…』
「どうでもいいって言ったんだよ、オレはオレ自身のために戦う。シャットダウンしようとしたって無駄だぜ、もうオレは、あんたらの管理下に無いみたいだからな」
『……後悔しますわよ?』
「自分の気持ちを偽る方が後悔するだろ」