METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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二人なら乗り越えられる

 マザーベース研究開発棟内ストレンジラブ博士の研究所。

 数時間に及ぶ修復作業を済ませそこから出てきたのは先日の南米の任務でWA2000が連れ帰ってきた戦術人形リベルタドールだ。

 鉄血工造が他のハイエンドモデルを生み出すにあたりプロトタイプとして開発された経緯のある彼女の事はストレンジラブも興味津々で、鉄血の技術の発展を知ることが出来るとして意気揚々と彼女の解析を担当してくれた。

 リベルタドールは初期型ということでほとんど金属の骨格とパーツを使用し、生体パーツはあくまで骨格の上にかぶせただけで、見た目を人間に近付ける意味合いでしかなかった。

 そのため他の人形と違い飲食をする必要性もないのだが、生体パーツの維持にはやはり問題があるようで比較的短期間で劣化が進んでしまうようだ。

 

「君のボディーはこれから開発を進めていこうと思う。少しの間定期的に通ってもらうかもしれないが、そこは協力してもらいたい」

 

 ストレンジラブの言葉に、リベルタドールは小さく頷いた。

 彼女としては生体パーツなどさほど重要ではないが、劣化が進めば生体パーツは腐敗し剥がれ落ちていくことが予想される…さすがにそんな怪奇じみた光景は精神衛生上マズいので、ストレンジラブはこれまでに培った技術から彼女のための新しいボディーを開発する作業に取り掛かるのであった。

 ひとまず応急処置を受けた彼女はストレンジラブにぺこりと頭を下げると、研究所を出ていった。

 

 外ではWA2000の他、エグゼやハンターなどがリベルタドールが出てくるのを待っていた。

 エグゼは彼女を見るなりにこやかに笑い、気さくに声をかける。

 

「よお、お前鉄血のハイエンドモデルなんだってな。お前みたいなのがいるなんて知らなかったぜ、どこで造られたんだ?」

 

 エグゼの問いかけに、リベルタドールは答えない。

 ただ感情の読みとれない目でじっとエグゼを、それからWA2000を見つめている。

 そればかりかエグゼが初対面の挨拶に差し出した握手にも応じない……なんの反応も見せない彼女に気をつかって声をかけてあげたエグゼはもちろん不審に思う。

 差し出した手をじっと見つめたままのリベルタドールにエグゼはあきれ果て、差し出した手をひっこめるのであった。

 

「なんだよ、同郷のよしみで声をかけてやったのに……礼儀も知らない奴を連れてきやがって、おいワルサー、こいつのことちゃんと教育しとけよ?」

 

「余計なお世話よ、こっちのことに口出ししないで」

 

 リベルタドールの事で二人は軽く険悪な様子になるが、そこは一緒にいたスコーピオンが仲裁に入り事をおさめる。

 去り際にエグゼはWA2000に対し中指を立てていき、WA2000の方も忌々しそうにエグゼの背を睨みつける……あまり表面化することは無いのだが、この二人の仲の悪さある意味有名だったりする。

 過去の経験からオセロットを嫌うエグゼと、逆にオセロットを慕うWA2000……それが遠因となってることもあるが、仕事上ではともかくプライベートではお互いに距離をおいている。

 

「わーちゃん、いつになったらエグゼと仲良くなれるのさ……もう長い付き合いなんだからそこはさ」

 

「任務では協力するけど、プライベートでまで付き合おうとは思わないわ。お互いソリも合わないし、別に無理して仲良くなる必要はないと思うけど?」

 

「だめだこりゃ」

 

 両者とも他の者から尊敬を集めるが、どうも譲れないところがあるとむきになる性質がある。

 特にWA2000はオセロットが絡むと感情的になりやすい。

 最近は落ち着いているが、オセロットを毛嫌いするエグゼ相手には厳しい態度のままだ。

 お互い仲間として信用しているが信頼まではしていない、二人の関係を一言で言い表すとそんな感じになる。

 

 それはともかくとして、エグゼの言ったことももっともである…わざわざ声をかけてきてくれる相手を無視するというのは問題がある。

 MSFという集団の中で生きていくのに、最低限のルールやマナーを守らなければならない。

 

「リベルタ、悔しいけどアイツの言うことももっともだわ。声をかけてくれた相手を無視するばかりか、握手にも応じないのはまずいわ」

 

「相手がオセロットだったら、わーちゃんが代わりにキレてたよね?」

 

「うっさいわね…リベルタ、MSFに馴染みたいのなら礼儀を学びなさい。分かったわね?」

 

「………」

 

 リベルタドールは無言で頷くが…。

 

「頷くんじゃなくて返事をしなさい、いいわね?」

 

 リベルタドールは再び頷きそうになるが寸でのところで止まる。

 しかし彼女は返事を返さずじっとWA2000を見つめたままで、返事を返そうとしない……これにはさすがのWA2000もエグゼと同じように呆れそうになるが、あることに気付いたスコーピオンが待ったをかける。

 

「リベルタ、あんた話せるんだよね?

 

 リベルタドールは頷き、彼女の口元を覆うバンダナがわずかに揺れ動いたのを見たスコーピオンは耳を傾ける。

 

――――まない……あまり……

 

「え? なに? もう少しおっきい声で」

 

「………すまない……あまり大きな声で話せないんだ……誤解を与えてしまったのなら謝罪する…聞き取りにくいのは承知しているのだが、これでも精いっぱい声を出してるつもりなんだ

 

「小さい声でなんか言ってるし! コミュ障かあんたは!」

 

話すのは苦手なんだ……頑張って話すよりも頷いたり首を振ったりする方が確実に伝わるんだ。さっきの握手の件だが、あれも悪気はないんだ……私が教わった握手は暗殺対象を捕まえて至近距離から撃つための処刑方法だ……あの人に握手を求められたとき、殺されるかと思って身動きが…

 

「ちっさい声で長々喋るなーッ! というかもしかしてあんた、今までもその小さい声で話してたの?」

 

 その問いかけにリベルタドールは小さく頷いた。

 彼女の言う通り頷いたり首を振ったりする方が確かに意思表示が明確に伝わりそうだが、これはこれで問題だろう……声が小さいだけでコミュ障ではなさそうだが…いや、指示されなければ話さないあたりコミュ障なのだろう。

 

「これはストレンジラブにも言っておかないとならないわね…ま、とにかくあんたが他の人を拒絶してるわけじゃないのが分かったからいいわ。でも今度から誤解されないよう注意しなさいよ?」

 

善処する…あなた方のおかげで手にした自由の身だ……他の人形やハイエンドモデルと違い旧式な分リソースも少なく、高度な作戦立案もできないかもしれないが油圧システムを使った力仕事には自信がある。こんな私だが受け入れてくれたことに感謝する…あのストレンジラブ博士という方が新しいボディーを用意してくれたその時には、更なる協力を惜しまないつもりだ…よろしく頼む

 

「ごめん、ところどころ声が小さすぎて何を言ってるか分からない」

 

……お世話になります

 

「あ、どうもこちらこそ……わーちゃん、リベルタのために拡声器用意してあげなよ」

 

「まあ、仕方ないことだとして辛抱強く付き合ってあげましょう。スコーピオン、リベルタにマザーベースの案内をお願いできる?」

 

「うんいいけど……あ、そうか。リベルタの事は任せてよ…わーちゃんは、あの子のところに行ってあげて」

 

「ありがとう…またねリベルタ、また会いましょう」

 

 本当は自分を慕って付いてきてくれたリベルタドールを世話しなければならないのだが、申し訳なく思いつつも今は別な仲間のお世話をしなければならない。

 リベルタドールの事はスコーピオンに任せ、WA2000は一人宿舎へと向かう。

 ほとんどの人形が仕事で出払っているため宿舎には誰も残っていないが、WA2000は部屋の一つをノックし扉を開く…。

 

「79式、調子はどう?」

 

「あ、センパイ」

 

 訪れたWA2000を見て、79式はベッドから飛び降りると小走りで駆け寄ってくる。

 任務から帰還し修復を受けたことで彼女の体調は元に戻った…だが精神的部分、79式のメンタルモデルは不安定なままであり、今も笑顔を浮かべてはいるがどこかやつれたような表情であった。

 南米で彼女はカルテルの男たちに暴行され、手籠めにされかけたが幸いにも未遂に終わったが、それがきっかけで彼女の中に眠っていた記憶が呼び起こされてしまった…。

 

 ふと、WA2000は部屋のテレビがついているのに気付く。

 どこかの国のニュースのようだが、画面に映るラテン文字とキリル文字、それから映し出される地図からそれがユーゴのテレビ局だということを察する。

 テレビで報道しているのは、旧連邦政府や他の紛争参加国で逮捕された戦犯容疑者の裁判の様子であった。

 

 

『――――ボスニア紛争において当時、クロアチア人を主体としていた警察部隊を率いていたラドヴァン・ボルコビッチ被告は、セルビア系住人に対する虐殺や迫害、いわゆるジェノサイドに加担、幇助した疑いがかけられております。半年前に始まったボルコビッチ被告の裁判で、被告人はジェノサイド罪を含む複数の罪状に問われていますが、被告人はそれら容疑の全てに対しでっち上げであるとして容疑を否認をしています』

 

 

 ニュースキャスターが淡々と読み上げるなか、戦犯法廷の様子を一部公開されていた。

 一連の裁判の様子をひとまとめにして流しているが、その中には戦犯に問われた被告人が激しく反論する者や静かに裁判を静観する者、他人事のように判決を聞き流す者など反応は様々だが、多くの被告人が素直に自分にかけられた罪を認めていないようであった。

 ニュースをぼんやりと見つめている79式の手をとってベッドの上に座らせると、WA2000はテレビを消して彼女に向き直る。

 暗い表情で俯く彼女の肩にそっと手を置くと、79式はWA2000の手に自分の手を重ねた。

 

 

「センパイ…私……自分がなんなのか、思いだしました…」

 

「そう……」

 

「はい…私は当時のクロアチア警察で仕事をしていました…内戦が始まった時、私たちはボスニアとの国境近くにいました。それからボスニアに入り、領内のクロアチア人保護のためという名目で活動をしていたんです……最初は難民の支援とか、治安維持のためのパトロールとかそういう仕事をしてたんです……でも、そのうち内戦が激しくなっていって…」

 

「警察も戦闘に駆り出されるようになった…79式、無理して言わなくても…」

 

「言わせてください、私は……ある時私たちは難民の一団をバスに乗せて移動させてました。そうしたらクロアチアの民兵がバスを止めて、セルビア人だけを無理矢理下ろしたんです……私は、私たち警察は誰もそれを止めようとしませんでした、むしろ何人かは協力したんです……それから私たちも民兵と一緒に森の中に入って行って、それから……それから…」

 

 震えた声で言葉を紡ぐ79式を、WA2000は咄嗟に引き寄せて抱きしめる。

 例え気休めだとしても放っておけば彼女は壊れてしまう、WA2000にはこうする以外に他はなかった。

 

「もういい、もうそれ以上言わなくていいのよ……とても辛い世界を見てきたのね」

 

「私…私は、あの裁判で並ぶ戦犯と同じなんです……たくさんの罪をおかしたんです…! 自分たちが正義だと信じて、たくさんの人に酷いことをしたんです……だから、私は報いを受けた……私たちがしてきた仕打ちが自分たちに返ってきたんです」

 

「自分を責めるのは止めなさい。もう過ぎてしまったことなのだから…」

 

「私は、身も心も汚れてます……目を閉じるたびに私が手にかけた人たちや私を襲った人の顔を思いだすんです…それに耐え切れなくて私は、イリーナさんにお願いしたんですよ」

 

「殺してくれって、イリーナにそう言ったのね?」

 

 WA2000の腕に抱かれたままで、79式は小さく頷くのであった。

 そこからは推測に過ぎないが、スオミという戦術人形を家族に持つイリーナは本人が願っていたとはいえ79式を破壊することが出来なかったのかもしれない。

 その代わりに、彼女の記憶を深層に封じ込めた。

 I.O.Pに返却し初期化する方法もあったのだろうが、革命後間もないユーゴはI.O.P社と公式に接触出来なかったのだろう…。

 

「79式、あなたは今でも死を望むの?」

 

「分かりません……」

 

「そう……79式、これは私の願いなんだけどあなたにはこのまま生きていてもらいたいの。過ぎ去った過去はどうあがいても変えられない、受け入れるしかないのよ。自分が見たものから目を逸らさずに生きて欲しいの……とても辛いお願いをあなたにしているかもしれないけれど、どんなことだろうと自分がした行いから目を背けてはいけない」

 

「でも、でも……」

 

「辛く苦しい道よ、逃げたくなるときもあるでしょう…でもあなたには強く生きてもらいたいの。自分の過去と過ちを認めて、未来に目を向けて欲しいの。79式、一人でそれが難しいのなら自分が信頼できる誰かに助けを求めなさい…一人じゃ歩けない道も、誰かの肩を借りて歩けるときだってある。道を見失ったのなら、誰かの後ろを辿っていける時もある」

 

「センパイ……私………生きていたい……センパイとずっと一緒にいたい…! でも、一人じゃ無理です……」

 

「バカね、誰も一人じゃ生きていけないに決まってるじゃない…あなたが私を必要とするように、私もあなたが必要なの。79式、辛い道も一緒ならきっと前に進める…あなたはとても素直でいい子よ、仕事じゃ先輩後輩かもしれないけれど、あなたのことは妹のような存在だと思ってるわ。だからね、今は全部さらけ出して私に甘えていいんだからね?」

 

 抱きしめる腕の中で、79式は声を押し殺すようにして泣いている…そんな彼女をWA2000は微笑みながら優しく撫でる。

 WA2000が促す通り彼女はありのままの自分をさらけ出し、ずっと心の奥底に溜め込んでいた感情を溢れださせる。

 79式の弱々しい姿を否定せずただ受け止める…戦士にも心の平穏や発散は必要だ、それにここは戦場ではない、誰かを頼り自分の全てをさらけ出すことが出来る。

 背中を丸めすすり泣く彼女を、WA2000はその感情が落ち着くまで温かく見守っていた。

 

 

 

 

 ひとしきり泣いたあと、79式はむくりと起き上がると涙で真っ赤になった目を拭うと気恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「すみませんセンパイ、おかげで少し…落ち着きました」

 

「どういたしまして。もう大丈夫?」

 

「センパイと一緒なら大丈夫です…いや、まだ完全にとはいえませんが」

 

「それでいいのよ。一瞬で障害を乗り越えられるなら誰も苦労しない…79式、大事なのはこれからどうするかよ。未来に目を向けなさい、誰かにも言ったけど生きる理由は他にいくらでもある、あなたの大きな勇気を私に見せてくれないかしら?」

 

「はいセンパイ!」

 

 元気な返事を返す79式に微笑み、彼女の髪を愛おしそうに撫でる…79式は頭を撫でられることにくすぐったそうにしているが、どこか満たされていくような表情で笑った。




前回のアンケート感謝です…予想外に割れましたね。
今はまだ心の整理のため、いつか79式が落ち着いたころ過去を見ていきましょう…。



地味に仲が悪いわーちゃんとエグゼ、今まであまり絡みがなかった理由ですね。
M4との仲の悪さとはまた違った仲の悪さなので、いつかそれで一本書こうかしら…M4の時みたいなギャグ調にはならなそうで怖いけど…。
キレたらどっちも怖そうだしな…。


よしほのぼのやろ

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