METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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灰色の記憶 1

 一機のヘリがマザーベースのヘリポートへと到着する。

 甲板上には担架を準備した医療班のスタッフたちが待っており、ヘリから降ろされてきた特に酷い負傷兵を速やかに担架に乗せると、医療設備の整った医療棟へと運んでいく。

 その後に自力で歩ける負傷兵も何人かいたが、一人の兵士は79式の肩を借りてヘリを降りる。

 

「すぐに治療を受けられますからね、安心してください」

 

「すまねえ、ありがとう…」

 

 79式は負傷兵を甲板上に寝かせると、その後の処置は医療班のスタッフが交代する。

 手伝ってあげたいところであるが、ここからは彼らの仕事だ。

 より専門的な知識を持つスタッフにあとのことを任せた79式は、最後にヘリを降りたWA2000のあとをついてマザーベースの宿舎へと入っていく…任務の報告書をあげるためにミーティングルームを借りた二人は、今回の任務をまとめる。

 今回の二人の任務は、中東方面で任務を行っていたMSFスタッフの救出だ。

 現地は政府軍とゲリラとの内戦状態にあり、MSFのスタッフはゲリラ側に雇われて軍事訓練を行っていたのだが、そこで彼らは政府軍の奇襲を受けてしまった…逃走する彼らを見つけて救助するという任務を、二人は見事こなしてみせたのだった。

 

「ええと、こんな感じでよろしいでしょうか?」

 

「…………うん、これでいいわ。あなたはこっちの資料を整理して、あとはわたしがやるから」

 

「はいセンパイ」

 

 必要最低限のやり取りを行って、二人は黙々と報告書の作成を行う…真面目で優秀な二人が取り掛かれば資料をまとめるのも早いもので、スコーピオンにやらせたら一日かかっても終わらなそうな作業をものの1時間で終わらせてしまう。

 まとめあげた報告書は最後にWA2000がチェックし、確認を終えればこれで作業は終了だ。

 さほど疲れてはいないが、79式は背筋を伸ばして身体をほぐす。

 

「お疲れさま、今回の任務だけど助かったわ」

 

「いえいえ、センパイの活躍に比べたら私なんて」

 

「謙遜しなくていいのよ? スコーピオンのアホも、あなたみたいに落ち着いて行動してくれればいいのにね」

 

「あはは…スコーピオンさんは正規戦闘向きですからね」

 

 すぐそばの販売機で買ったコーヒーを飲みながら、二人は任務を振りかえりつつ他愛ない会話で盛り上がる。

 訓練時のWA2000を知っている者なら、今のこの光景を見れば驚くかもしれない……訓練の時のWA2000は自分を慕う79式にも厳しくあたり時に信じられないようなキツイ言葉をぶつけたりしている。

 しかし79式はめげずに彼女のスパルタ教育を受けながらも、時には言い返したりする場合もあったりする。

 

 だが訓練が終わりプライベートの時間となれば別だ。

 WA2000は79式の事を期待の後輩と思いつつ、実の妹のように可愛がる。

 一方の79式も、WA2000を先輩としてでなく姉のような存在として慕っている。

 

「ところでこの間あなたが南米で助けようとした赤ちゃんだけど、体調も戻って健康そのものですって」

 

「ほんとですか!? はぁ…良かった…」

 

 赤ちゃんの無事を聞いた79式は一瞬目を見開いたかと思うと、ほっと胸をなでおろす…あのことがあってから何度か赤ちゃんの心配をしてい79式も、これでようやく安心することが出来るだろう。

 あの赤ん坊はMSFで治療を受けた後、ある老夫婦が営む信頼できる孤児院に預けられているのだが、定期的に連絡を寄越してくれるので赤ちゃんの健康状態も知ることができていた。

 

「さてと、私は報告書をあげてくるわね」

 

「あ、センパイ……あの、後でちょっとお部屋に行ってもいいですか?」

 

「いいわよ、そうね……1時間後以降だったらいつでも来なさい」

 

「はい、そうしますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告書をあげに司令部へ向かったWA2000が真っ先にすることはとりあえずミラーのケツを思い切り蹴り上げること。

 理由は先日彼がラジオで好き放題卑猥なネタを口にしていた腹いせだ…尻を蹴り上げられて悶絶するミラーを、ここぞとばかりに蘭々も追い打ちをかけているがいい気味だと冷たく見下ろす。

 オロオロしている97式に報告書の事を任せるとWA2000はさっさと部屋に戻る…。

 

「さてと…」

 

 ちらっと時計の針を見て時刻の確認をするが、先ほど79式に伝えた時間までにはまだ余裕がある。

 79式が部屋にやって来る間の暇つぶしとして、彼女は本棚にしまっていた本を手に取った……大戦前のジャーナリストが書いた本で、20世紀末に引き起こされた紛争についてもジャーナリストの目線から執筆された内容だ。

 暇つぶしのようにその本を読んでいると扉がノックされる…やって来たのはもちろん79式、部屋に招かれた彼女はどこか神妙な面持ちでWA2000の前の椅子に腰掛ける。

 

「今日はセンパイに話しがあるんです」

 

「あら、どうしたのそんな風にかしこまって?」

 

「私の過去についてです」

 

 その言葉ですべてを察したWA2000は笑顔をひっこめると、手にしていた本をそっとベッドの上に置いた。

 それから彼女に向き直る……じっと見つめ返す79式は少し戸惑っているようにも見えたが、強い意思をその瞳から感じ取る。

 

「79式……無理に話さなくてもいいのよ。話すことで記憶が鮮明になり、酷いことも思いだすはずよ」

 

「私は、センパイのことが大好きです。だからこそ、知って欲しいんです……私が見たものや、私が犯した罪とその報いを」

 

「そう……分かった、それであなたの気が晴れるなら聞きましょう。79式、くれぐれも無理はしないことよ…」

 

「はい、センパイ…」

 

 理由は何であれ、79式が消去してまで思いだしたくもなかった過去の記憶。

 過去と共に未来を生きることを示したWA2000は、内戦にまつわる暗く重い過去の話をその耳で聞くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2055年 ユーゴスラビア連邦共和国 ボスニア=ヘルツェゴビナ・ブゴイノ

 

 ブゴイノは、連邦構成国の一つであるボスニアの首都サラエボより北西80kmに位置する人口3万人の町であり、この地域には第三次大戦の戦渦を免れた広大な森林地帯が残されていることで、豊かな自然を目当てに観光に訪れる者も少なくない。

 この町には三つの民族…すなわちクロアチア人、セルビア人、ムスリム人がおり必然的に三つの宗教のシンボルが町に存在していた。

 周辺の街も含めれば10万人以上いる住民は、現代で珍しくPMCの統治を受けずに行政が施行され秩序も維持されている…豊かな土地を活かした林業や農業も盛んで、経済成長がゆっくりとだが進んでいる。

 

 市街地のとあるアパートにて…けたたましい音を鳴り響かせる目覚まし時計の音に目を覚ました79式は、目覚まし時計を止めるとしばらくそのままぼうっとしていたが、再びベッドに横になる。

 半開きにしていた窓から入り込む、新鮮な朝の空気が心地よく、ついつい二度寝をしてしまう……抱き枕に抱き付きながら幸せそうな顔で寝ている79式であったが、路上に停車したバスが発車を告げる音を鳴らした瞬間飛び起きる。

 

「あぁ!待って、待ってくださーい!」

 

 窓を勢いよく開いてバスに呼びかけるがバスは無情にも走り去る。

 慌てて動きだした79式はベッドの乱れもそのままに、ハンガーにかけていた着替えを乱暴にひったくり袖を通す。

 冷蔵庫を開き牛乳の瓶を手に取ると一気のみ、"よし!"という謎の掛け声をした後に急いで歯を磨いて顔を洗って部屋を飛び出す…が、忘れ物をしたのか戻って来た79式は立てかけていたバッグを手に取ろうとした際、タンスの角に小指を思い切りぶつけてしまった。

 

「痛ったぁぁーーー!!」

 

 悶絶する79式はぶつけた足をおさせてピョンピョン跳ねまわるが、その跳ねた先でつまずき顔面からタンスに激突…ふらついて倒れた79式の頭に、揺れた衝撃で落ちた分厚い本が激突した…。

 

「うーん……」

 

 朝っぱらから酷い出来事だ…。

 痛む額をおさえてふらふらと79式は部屋の外に出ていくと、アパートの住人たちに挨拶をしつつ自分の自転車にまたがる…時計の針を見上げて大きなため息をこぼす。

 

「遅刻確定…行きたくないな…」

 

 そうは言っても行かなければ余計叱られることになるのは目に見えているので、行くしかない。

 気は乗らないが仕方なく自転車のペダルをこいで市街地を走る…。

 

「あら79式ちゃん、今日も元気そうね」

「よぉ79式ちゃん、今日は自転車通勤かい?」

「こんな時間に走ってるってことは遅刻か? 朝帰りでもしたのか?」

「今日もいい体してるね! オレも頑張れそうだよ!」

 

 町を自転車で走っていれば、顔見知りの住人たちから声がかけられる…ほとんどが男性、しかもセクハラまがいの声をかけられるが79式は愛想笑いを浮かべて受け流す。

 しかし内心は腹が立っており、笑顔で額に青筋を浮かべていたりする。

 商店街を通ればクロアチア人の野菜売りから、大通りを通ればセルビア人のタクシー運転手に、建物を見上げればムスリム人の主婦が愛想よく手を振ってくれる……自律人形はいるが、戦術人形は79式が唯一の存在であるために町で知らないものはおらず、この町のアイドル的な存在としてみんなから愛されているのだ。

 

「――――♪」

 

 鼻歌をうたいながら自転車を走らせていた79式は、ふと道路で立ち往生する老婆を見つけると自転車を急停止させる…その老婆は不安げな様子できょろきょろと周囲を見回しており、通りすがる人に声をかけようとしているがうまく声がかけられない様子だ。

 

「何かお困りですかおばあちゃん?」

 

 困っている人がいるなら助けずにはいられない、それは彼女の…連邦警察機構に属する79式の使命なのだ。

 困っていたところに手を差し伸べてくれた79式に、老婆は教会へ行こうとしたが道に迷ってしまったという…ふむふむと頷く79式は快く老婆の手助けを行う。

 自転車から降りて一緒に老婆と歩き教会を目指す。

 幸いにも老婆が行きたかった教会はすぐ近くにあったため、老婆の歩調に合わせてゆっくりと、他愛のない世間話をしながらその場所に向かっていった。

 教会では老婆の家族と思われるセルビア人たちがおり、安心した様子で老婆を迎えると連れてきてくれた79式にも感謝の意を示す…老婆もしわだらけの顔に笑顔を浮かべると、深々とお辞儀をする。

 

「優しいお嬢ちゃんに神さまの祝福がありますように」

 

「どういたしまして! 何かまたお困りでしたらいつでも相談に乗りますからね!」

 

 老婆とその家族を教会へ見送り、今日も善い行いができたと満足していた79式…だが自分が遅刻していることに気がつくと急いで自転車にまたがると、一心不乱にペダルをこいで町の警察署を目指すのであった。

 

 

 

「―――――で、町でばあさん助けてたから遅刻、朝の見回りパトロールをすっぽかしたわけか…」

 

「はい、今日も一日一善達成できました!」

 

「何が一日一善だばかやろう! 遅刻したやつが偉そうに言うな!」

 

「痛いッ!」

 

 げんこつが79式の頭に叩き落され、ゴツンという鈍い音がなる。

 痛みに悶える79式だが、彼女の遅刻で朝のパトロールを代わらされた上司の怒りの説教によってこっぴどく絞られる。

 署内のあちこちからクスクスという笑い声が聞こえ、それを聞いてか羞恥心で79式は真っ赤になる。

 結局朝から1時間弱説教を受けた79式は肩を落とし、とぼとぼと自分の机に向かうのだ……そんな79式の背後から忍び寄る一人の人物…。

 その人物は息をひそめながら近付くと、いきなり79式のおしりを撫でまわした。

 

「わひゃあッ!?」

 

「隙だらけだぞ79式、朝から何落ち込んでんだ?」

 

「もう! 朝からやめてくださいよルカ先輩! セクハラで訴えますからね!」

 

「そこにいい尻があったら揉んでおけって神さまのお告げさ。ところでなんでまた遅刻したんだ? サッカーの観過ぎか?」

 

「えっと、はい……ついつい熱狂しちゃって…」

 

「まあ地元のクラブイゴイノの準決勝だったもんな、惜しくもセルビア野郎に負けちまったけどさ」

 

「PK獲得した時勝ったと思ったのに、まさか外すなんて…おまけにカウンターでゴール決められるし…」

 

「ははは、随分白熱して観てたんだな。なあ79式、オレのアパートに引っ越してこいよ。署に近いし寝坊してもオレが起こしてやれるぜ?」

 

「どうせえっちなことしてくるに決まってます! ルカ先輩とは一緒のアパートには住みません!」

 

 からかうルカにそっぽを向くと、自分の机に配布されていた資料の整理に取り掛かる。

 その後は何度かからかわれつつも無視していると、流石に彼も飽きたのか仕事に取り掛かる。

 資料を整理し終えて何気なく見た新聞記事…そこには一面でクロアチアの大統領選挙が近付いていることを掲載しており、有力視される候補が支援者に笑顔で手を振る写真が載っていた。

 

「そろそろ選挙なんですね」

 

「あぁ? そういえばそうだっけ?」

 

「もう…ルカ先輩は選挙権持ってるんですから興味持ちましょうよ」

 

「政治なんてめんどくせえだけだよ。よし、そろそろパトロールにでも出かけようぜ…お前も外に出かけたいだろ?」

 

「仕方ないですね…」

 

「嫌ならいいんだけど?」

 

「あぁ! 行きます、行きますよ!」

 

 新聞を机の上に放り投げると、79式は急いで彼のあとを追いかけていく。

 こう言うとむきになるが、仲睦まじい二人の様子に署内から微笑ましい視線が二人に向けられていた…。

 騒がしい二人がいなくなった後は、署内はやや静かになり、治安も良いこの町では警察が過度に働き過ぎることもない…穏やかな一日が流れていく。

 警察官の一人が何気なくテレビをつけると、新聞に載っていたクロアチア大統領選の立候補者であるグラーニッチが画面に映し出される…。

 

 

『―――我らが連邦の内外で勢力を伸ばしつつある脅威に、私たちクロアチア人は団結しなくてはならないのだ。クロアチアの同胞諸君、連邦を腐らせようとするクロアチアの敵に言ってやろうではないか。戦いは望むところだ、我々は全ての戦いに勝ってみせると!』

 

 右派政党の党首とされる彼の演説を聞く者の中には、過激な民族主義者も混ざっており彼らが率先してこの政治集会を沸き上がらせていく…画面ごしにも分かる熱狂ぶりに、署内にいたほとんどの警察官は興味を示さなかったが、一部の者は言いようのない不安を抱えるのであった。




79式の過去編……やりましょうか…。
アンケートでNoと答えていただいた方には申し訳ありませんが、やはり書くべきだと思いました。


映画で歴史を学ぶなってのがスタンスなんですけど、ユーゴ紛争を描いたセイヴィアとノーマンズランドは素晴らしい反戦映画だと思いますね。

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