METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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ちょい短め


灰色の記憶 3

「暴動…ですか?」

 

 79式は荷物の入ったバッグを肩にかけたまま、素っ頓狂な声をあげた。

 早朝の警察署…いつも通りの時間帯に署に訪れた79式であったが、署内はいつもと違って慌しく警官たちが急いで身支度をして外に出ていく。

 警察車両がサイレンの音を鳴らしながら多数出動していく。

 79式が属する連邦警察特殊部隊も出動命令が下っているらしく、部隊長以下の隊員は既に身支度を済ませていた。

 

「そう、暴動だ。ニュースを見なかったのか?」

 

「はい、今日は…あの、ルカ先輩? 暴動ってどういうことでしょうか?」

 

「モスタルで暴動が起きてるらしい、オレたちにも応援依頼があったんだ。相当大規模な暴動らしいぞ? お前もすぐに準備しろ」

 

「はい!」

 

 いきなりの事だが79式はすぐさまロッカールームへと走ると必要な荷物をまとめあげる。

 服装の確認を行い、ロッカールームを飛び出した先で、部隊長の上官に出くわす…敬礼を向ける79式に対し、上官はバッグを一つ手渡してきた。

 ずっしりとした重みのある荷物がなんなのか分からなかったが、彼女は一応それを受け取った。

 

「あの、これって…?」

 

「実弾だ、必要になるかもしれん。準備はできたな、行くぞ」

 

「え、あ…はい!」

 

 実弾の使用許可は一部の凶悪犯罪や緊急時の使用に限られるのがしきたりだ。

 一応普段でもマガジン一つ分の実弾は携帯を許可されてはいるが、ここまでの重さを感じるほどの弾薬量を持たされたのは初めてのことであった。

 困惑した表情で上官に従っていた79式、そんな彼女のそばにルカが駆け寄ると弾薬の入っているバッグを彼女からとり上げる。

 

「オレが持ってるよ。心配するな、必要にはならないさ」

 

 不安げな表情を見せる79式の髪をわしゃわしゃと撫でつける。

 少し乱暴だが、暖かな彼の手に少しばかり79式は勇気づけられる。

 その後は警察署を出て一緒の車に乗り込む、後からやって来たマルコとラドミルも加わるが、どことなくラドミルの表情は暗い…それが気になって仕方がない79式であったが、車内は言いようのない重苦しさに包まれており、結局79式は一言も話すことなく目的地へと向けて出発した。

 

  ブゴイノより南にあるモスタルは、連邦のその他の地域と同じように大戦や災害を免れた豊かな土地であり、古くからの街並みが残る都市である。

 ここもブゴイノ同様に三つの民族が暮らしているのだが、この地域は他の都市と違い三つの民族がそれぞれ完全に住み分けされて生活をしていた…それは20世紀末に引き起こされた悲劇を起因としているが、そんなことは79式には知る由もなかった。

 79式が警官隊とモスタルへと到着した時には、既に他所の警官の応援部隊が駆けつけており街の中心部からは大勢の市民の怒鳴り声が聞こえていた。

 

「79式、離れるんじゃないぞ」

 

 車を降りた79式はルカの言葉に無言で頷くと、彼に寄り添うようにして支持された現場へと赴く。

 

 それは異様な空気であった…。

 街の住居は全て窓が固く閉ざされ、見える限りでは警官の姿しか見ることができない…しかし警官がバリケードをはる向こうでは、拡声器で拡大された民衆の叫び声が上がっている。

 

「おいルカ、待てよ。どこ行くんだ?」

 

「暴動ってやつを見にな……マルコ、オレはこれが暴動って呼ぶ気が知れないね」

 

「ああ、オレもテレビで見たさ。この民衆主催の集会は大規模であれ、平和的に見えたからな…きっとクロアチアの差し金に違いない。それよりあの噂を聞いたか?」

 

「噂ってなんのことだ?」

 

「この暴動に対して、連邦軍が介入するかもしれないって噂だよ」

 

 マルコの放ったその言葉に、ルカは驚き立ち止まる…彼の背後を一緒に歩いていた79式はあやうく彼の背中にぶつかるところであった。

 

「連邦軍だって? そんなことしたら…政府は何やってんだよ!」

 

「えらいことになるさ。連邦軍が本格的に介入して来たら、この暴動は単なる地域抗争でおさまらなくなるぞ」

 

 ここでの連邦軍とはユーゴスラビア連邦の常備軍であり、欧州でも同程度の規模の"正規軍"に匹敵する軍事力を持つ軍隊の事だ。

 これより下に、セルビアやクロアチアなどの連邦構成国が独自に持つ領土防衛軍があるが、連邦軍に比べれば人員も質も遥かに及ばない。

 そんな連邦軍を意のままに操りたい連邦の盟主クロアチアが、連邦軍をこの暴動に対し出動させたいと企んでいるというのだ。

 

「それよりマルコ、お前の家族は大丈夫なのか?」

 

「あぁ? 嫁さんなら、もう実家に帰らせてるよ……クロアチアの田舎の方がここにいるより安全だ」

 

「そうか……」

 

 マルコとその妻は同じクロアチア人だ、他民族が共に暮らすこのボスニアの地よりも単一の民族で構成されるクロアチアに帰らせた方が良いということであった…結婚したばかりで子を身ごもっている妻を故郷に帰らせるのは、きっと彼も望んでいないはずだ。

 79式が励ましの言葉をかけると、彼は少し微笑みながら感謝した。

 

 その時、群衆の方で悲鳴があがり現場が騒然とする。

 振り返り見た方角からは白い煙が上がっている…デモを行う民衆に向けて催涙弾が撃ちこまれたのだとすぐに理解した。

 三人はすぐさまガスマスクを装着すると、バリケードの最前列へと走る……そこで見たのは、警官隊が容赦なく催涙弾を群衆に向けて撃ちこみ、放水車で水を浴びせかけている光景であった。

 堪らず飛び出してきた民衆を警官は取り囲み、警棒で激しく殴打し拘束する…。

 

「暴動…? これが暴動なんですか!?」

 

 79式は目の前の光景を疑う。

 群衆はプラカードをもって意見を主張するだけで、秩序を乱すような素振りは一切見せていない。

 しかしそんなことは政府にとっては関係ない、政府はこの集会の参加者を反体制派とみなし容赦なく叩きのめすつもりだったのだ。

 平和的な集会は警官隊の攻撃で一気に大混乱へと陥り、この騒動は夜間にまで延びることとなる……皮肉にも警官隊の攻撃がデモ参加の民衆を暴動に煽りたて、モスタルの街は厳戒態勢が敷かれる事態となる。

 

 そして日付が変わるころ、恐れていた事態が現実となる…。

 

 連邦軍がこの暴動への介入を表明したのだ。

 非常事態宣言がなされたことで警察もそれまで以上の実行力を発揮するにいたり、連邦軍の迅速な対応もありデモは瞬く間に鎮圧された…。

 結局、この騒動で民間人数十人の死傷と警官側二人が死亡するという結末に終わる…。

 だが事態はこれで済まされない、連邦盟主のクロアチアはすぐさまこの連邦軍をボスニアのスルプスカ共和国とセルビアに対し送りたいと考えていたのだ。

 誰もかれもが、近付く戦争の恐怖に怯えていた…。

 

 

 

 

 デモが鎮圧された数日後…。

 いつも通りアパートで目覚めた79式は、いつも通り朝食を食べて歯を磨き、顔を洗って仕事の準備をする。

 いつも通り、いつも通りの日常が始まる。

 時間に余裕があるのを見た79式はベッドに腰掛け、テレビのリモコンを操作する。

 

 国営放送のチャンネルへと変えると、若い女性気象予報士がボスニアの天気について解説していた。

 気象予報士によれば今日は気温もそこまで上がらず、各地で晴れ間が見えるということらしい…窓から入る空気もカラッとしていて心地がよい。

 この先の天気の予報も晴れ間が続く…。

 週末まで天気が続くのであれば森へ散策しに行くのもいいかもしれない、その時はルカ先輩も誘ってみよう…そう79式が頭に思い浮かべていた時、テレビ画面の上部にテロップが流れた…。

 

 

"西ボスニア県の村でセルビア人武装勢力と警官隊との間で銃撃戦が勃発、数十人の死傷者が発生"

 

 

 それを見た当初、79式はそれが意味することについてなにも考えることは出来なかった…。

 ただ、もう今までの日常は二度と帰って来ないということはなんとなく理解することが出来た。

 

 

 ユーゴスラビアは、本格的な内戦に突入したのだった。




だいぶ端折りましたが、ここから本番です…。
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