METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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灰色の記憶 4

 内戦が勃発したとき、人々は言いようのない恐怖心にとらわれて内戦を防げなかった政府を激しく非難した。

 責任を受けて何人かの政治家が役職を辞任したりしたが、その穴埋めに頭角を現すのはほとんどが他の国と同様の過激な民族主義者たちばかりだ…。

 セルビアが独立を表明した時、ボスニアは連邦への残留を決めていたがクロアチアとセルビアの二つの国に挟まれたボスニア内にも、スルプスカ共和国というセルビア人が多数を占める自治体がある…スルプスカは連邦及びボスニアから離脱することを正式に表明、これを認めない連邦政府及びクロアチア・ボスニアの同盟軍がセルビア人勢力に攻撃を仕掛けることとなる。

 

 ここに、第二次ボスニア=ヘルツェゴビナ紛争が勃発したのだった。

 

 

 ボスニア=ヘルツェゴビナ ブゴイノ

 

 三つの民族が共存して暮らしていたこの町も内戦の影響を受けていた。

 町では武装したクロアチア人民兵が町の各所にバリケードを設置し、敵対するセルビア人を捕らえ迫害していた…町の警察官はこれら民兵の身勝手な取り締まりを制御することが出来ず、時にそれらの行為に加担する警官の姿もあった。

 街のセルビア人は恐怖心から昼も夜も外を出歩けず、救いを求めて教会に出かけていたセルビア人の少女が男たちに集団で強姦されるという事件も起こった。

 街の郊外では散発的に、クロアチア民兵とセルビア人武装勢力との間で銃撃戦が起こる。

 そして被害にあうのはセルビア人だけではない…警察の目が届かない山中の村で、セルビア人勢力が攻撃を仕掛けクロアチア人を虐殺し村から追いだしたりしていた。

 

 ついこの間までは平和に暮らし、他民族とも共存し暮らしていた生活はもはや存在しない。

 

 

 隣人が隣人を自宅で切り刻み、

 同僚が同僚を職場で撃ち殺す、

 医師が患者を殺し、

 教師が生徒を殺す…。

 

 

 閑散とした街の中を79式は自転車を押しながら練り歩く…。

 内戦が勃発したとき、同僚のセルビア人たちは辞職し家族の元へと帰っていった。

 一緒に働き、長い付き合いだった友だちのラドミルもその中の一人であり、彼はルカや79式に何の相談もすることなくある日突然警察署を去ったのだ…79式はそれをルカ伝いに聞かされ、彼のその後の足取りも分からずじまいであった。

 多くの警察官が一斉にいなくなったことで署は混乱し、指揮系統も滅茶苦茶だった。

 警察署に行っても待機するだけで何もすることは無い。

 署の固定電話は鳴りっぱなしだが、誰もそれをとることもない。

 法を守り秩序を維持する警察力が無くなった時、しばしば犯罪は増加する……79式は使命感からこうして一人で町を練り歩き、少しでも困っている住人を助けようと努力していた。

 

 79式はとある民家の前で立ち止まると、インターフォンを鳴らす。

 数秒待った後、玄関の扉が開き酷く怯えた様子の女性が顔を出す。

 

「こんにちは、これ…頼まれていた食材です」

 

「あぁ、ありがとう79式ちゃん…何のお返しもできないのに…」

 

「いいんです、困っている人がいたら助けるのがお巡りさんの仕事なんですから!」

 

「ありがとう、ありがとう…」

 

 女性は感謝の言葉を口にしながらも、まるで79式を拒絶するかのように玄関を素早く閉めた。

 彼女はセルビア人だ、病気の両親のためにこの町に残っているが、彼女自身も迫害を受けて通りを歩くことが出来ず親切心から79式がこうして食材を代わりに買ってあげていた。

 この町には似たような人たちが他に大勢いる。

 内戦が始まった時、町を出たセルビア人もいたが多くの者は長く生活していたこの地を離れることが出来ず残ることを余儀なくされていた…今のところは、民兵たちもそんなセルビア人たちを攻撃しようとはしていない…今のところは。

 

 再び自転車押して歩くと、交差点できょろきょろと周囲を見回している少女を見つける。

 誰かを捜しているようで、通りを歩く人々を目を凝らして観察している…金髪の可愛らしい少女はたぶんクロアチア人でもセルビア人でもなさそうで、どこか北欧系の顔立ちをしている。

 とりあえず困っているに違いないと声をかけてみた79式に、その少女は困ったような表情でぺこりと頭を下げた。

 

「ここで待ち合わせしてる人がいたんですけど、なかなか来なくて…」

 

「なるほど…あの、その人の特徴とかは?」

 

「えっとえっと…女の人で背が高くて、髪をポニーテールにしてて、生意気そうな顔をした人です」

 

「生意気そうな人? まあ、色々な人がいるからあれですけど…あの、一応お名前を伺っても?」

 

「はい、私"スオミ"って言います。捜している人は"イリーナ"という名前です、あと私は自律人形です」

 

「そうなんですか、実は私も戦術人形なんですよ。79式といいます」

 

 お互い人形ということが分かった瞬間打ち解けあい、二人は世間話に花を咲かせた。

 愛らしく笑うスオミの姿は、同性の79式が見てもとてもかわいく思える…まるで天使のようなスオミの微笑に癒されていると、なにやら息を切らした女性が一人勢いよく走ってくる。

 

「待たせたなスオミ…!」

 

「あ、イリーナちゃん…って、どうしたのそんなに息を切らして?」

 

「ちょっと野暮用をな…ああそれよりスオミ、早く行くぞ。バスに乗り遅れるぞ!」

 

「あ、イリーナちゃん! ごめんなさい79式さん、ありがとうございました!」

 

 来た時と同じように走り去るイリーナを慌てて追いかけていくスオミ。

 なんだか変な人たちだと思いながら、79式は警察署へと帰っていく…帰路につく間にも、困った人がいないかと目を凝らしているが、大通りにも関わらず人通りは少なく、見えるのはバリケードを張ったクロアチア人民兵の姿だ。

 道路をバリケードで塞ぎ、車のボンネットに座って昼間から酒を飲んでいる…全員が若者で、中には十代くらいの少年少女も混ざっていた。

 

 未成年の少年少女が飲酒している現場を79式は黙って見ていられず、バリケードへと向かう…そんな時、79式は腕を掴まれて引き戻される、振り返るとそこには同僚のルカの姿があった。

 抗議する79式を彼は無言で引っ張っていき、79式はそれに従うしかなかった。

 

「ルカ先輩、なんで止めるんですか?」

 

「お前も少し理解した方が良い、もうこの間までの常識は通じないんだ。あのまま行ったら、お前…撃たれてたかもな」

 

「私は、自分が傷つくのを恐れていません」

 

「簡単に言うな。お前はもっと慎重に行動するべきだ…お前がやっている見回りも、控えた方が良い」

 

「何を言うんですか! セルビア人もクロアチア人も、この国の住人ですよ! 普通に暮らす権利があるはずです!」

 

「この町だけでセルビア人が何千人いると思う、そのすべてをお前は面倒を見切れるのか? お前が助けられるのはせいぜい十人かそこらが限度だ。中途半端な善意は偽善として受け取られるんだぞ」

 

「なんで、どうしてそんなことを言うんですか…?」

 

「お前のためだ、誰かを助けるために自分を犠牲にする必要はないんだ。79式、お前は英雄じゃなければ救世主でもない…一人の人形に過ぎないんだ。身の丈以上の行為はするな、それで自分が危険になってしまえば元も子もないだろう」

 

 ルカは穏やかな言葉で、79式を諭しかける…彼が本当に案じてくれていることは分かっているからこそ、79式はのどまで出かかった反論の言葉を口にすることは無かった。

 うつむき歩く79式…彼女の隣を一緒に歩くルカは懐から煙草をとりだし火をつけた。

 

「煙草……吸うんですね」

 

 長く警察の同僚としてやって来たが、ルカが煙草を吸う姿を見たのはその時が初めてであった。

 慣れたように煙草を吸う姿は、今日初めて吸った者には見えない…肺に溜めた煙を吐きだしたルカは、物憂げな表情でつぶやく。

 

「やめてたんだよ……親父が肺がんで死んだときがきっかけでな」

 

「お父さんは、どんな人だったんですか?」

 

「親父は軍隊に務めてた。詳しいことは知らないが、オレがガキの時お袋がどこかに消えてから親父は男手ひとつでオレを育ててくれた。無愛想だが、オレにはいい親父だった……親父は48歳で死んだ、死ぬにはまだ若かった。親孝行の一つもできなかったオレは、せめて親父より長生きしてやろうと思った……それ以来、煙草は吸ってなかったんだがな…」

 

 それ以上の言葉を、ルカは口にすることは無かった。

 ただゆっくりと煙草を吸うその姿はどこか物憂げで、哀しかった。

 気まずさは無いがお互いそれっきり何も話すことは無く、警察署へと帰っていった…。

 

 

 

 

 

 

 内戦が始まってからというもの、国内の情勢は酷くなる一方だった。

 連邦軍は各民族で分離し引き裂かれたとはいえ、今だ強大な軍事力をクロアチア主導の連邦政府が牛耳り各方面でセルビア側と反体制派である共産主義同盟通称パルチザン相手に、各方面で攻勢を仕掛けていた。

 ゲリラ戦術をとるパルチザンはともかくとして、劣勢のはずのセルビア側の屈強な抵抗は連邦軍としても予想外であり内戦は泥沼化していた…情報によればセルビア側は後ろ盾となる"正規軍"より武器供与などの軍事支援を受けているというが、それは定かではない。

 

 泥沼化していく内戦において政府は民衆にも抗戦を呼びかけ、各地で武装した民兵たちが結成され、警察組織にも強力な銃器を支給されて警察軍となる。

 セルビア人警官の離脱で力を失っていたブゴイノの警察署にも、最近クロアチア側から送り込まれた警官たちが赴任し、79式が所属する部隊の上官も新たに赴任してきた男がつとめるようになった。

 

 新たに赴任した上官は反体制派とセルビア人の弾圧に強硬的であった。

 クロアチア本国からの応援で息を吹き返した警察組織は、早速取り締まりを開始…その矛先はブゴイノに今だ暮らしているセルビア人の市民へと向けられるのであった。

 

 

 連日、無抵抗の市民を不当に逮捕しては反逆の疑いで尋問を行う。

 大多数が無実を主張するが、罪状を認めなければ暴力も辞さず、尋問に耐えかねてやってもいない罪を自白すれば容赦なく収容所に叩き込まれる…それでも自白しないものは、何週間も独房に入れられるのだ。

 暴力の矛先は、非協力的なクロアチア人の同胞にも向けられる…例え同胞であったとしても、反抗する者には容赦をしなかった。

 

 常軌を逸したこれらの行為に79式は日に日に自分が抱いていた信念を見失う。

 守るべき市民を傷つけ、顔見知りの市民を尋問部屋に送り届ける日常は彼女のメンタルを蝕んでいった。

 

 そんなある日のこと、79式とルカたちの警官隊はブゴイノに住んでいたセルビア人を乗せたバスの護送を行う任務を請け負うのであった。

 日に日に酷くなっていく迫害からセルビア人は耐えきれず、代表者と行政との間で話しあいが行われ疎開が決まったのだ。

 

 この話がまとまった時、追い詰められていたセルビア人の全てが町からの退去に同意し、他の住人もそれを引き止めることは無かった。

 何世紀もこの地に根付いていた民族を追放し、文化を破壊する…これが民族浄化だ。

 しかし、これはまだほんの一場面に過ぎなかったのだ…。

 

 

 バスを護送する車の中で眠りについていた79式は、ふと外の喧騒に目を覚ます。

 寝ぼけ眼をこすって起きた79式は、車内にルカやマルコの姿が無いことに気付くと慌てて車の外へと飛び出した。

 朝を迎えたばかりのひんやりとした空気を肌に感じつつ79式は立ち往生するバスへと近付く……そこで目にしたのは、戦闘服に身を包んだクロアチア民兵がバスを強引に止め、車内のセルビア人を引きずり下ろしている光景であった。

 警官たちはそれを静かに見つめ、止めようともしていない…その中にルカの姿を見た79式は、そっと近寄ると、彼の裾を引っ張った。

 

「あ、あの…これは一体何をしてるんですか…?」

 

「79式、車に戻っていろ」

 

「先輩?」

 

 彼はそれだけを言うと再び視線をバスに向けた。

 バスからセルビア人を全員引きずり下ろした民兵たちは、彼らに銃をつきつけて森の中へと歩かせ始めた…それをやはり警察は止めずに、一緒になって森の中へと入って行く。

 

「先輩、これから何をするんですか? 何もしませんよね?」

 

 79式は小走りで追いかけながら声をかけるが、ルカは何も話さない…ならばとマルコにも声をかけるが、彼もまた沈黙を貫く。

 

 これはきっと何かの間違いだ、そうに違いない。

 バスが故障して仕方なく森を歩いているんだ、民兵たちも警察の前で住人を傷つけたりしないはずだ……79式は自分に言い聞かせるように呟くが、これからどうなるかは分かっている…だが認めたくない、違ってほしいとういう思いからこれから起こる恐ろしいことから目を背け続ける。

 やがて森を抜け、湖のほとりにセルビア人たちを追い詰めていった民兵たち…。

 

 湖に追い詰められた住人たちはひどく怯え、途方に暮れている。

 

 そんな住人たちに大柄な民兵の男が近づいていく…その手には大きなハンマーが握られている。

 男はおびえる住人の中から、一人の老人を指さすと近くに来させる。

 恐怖で目を見開く老人に対し、男は持っていたハンマーを老人の額に合わせて狙いを定めると、一気に振り下ろす…ハンマーの重厚な一撃で老人の頭蓋骨はたやすくへし折られ、老人は頭から血を流しながら湖に沈んだ。

 ハンマーを持った男は、今度は若い女性を指さす…。

 しかし恐怖から女性は一歩も動けず、しびれをきらした男は女性にゆっくりと近づいていくと先ほど老人を殺したように、女性に対しハンマーを勢いよく振り下ろして殺害した。

 

 男はそれからも何人かの人間をハンマーで撲殺し、気がすんだのか満足げに湖から陸地に上がった…。

 

 この残虐な処刑に対し、79式は金縛りにあったかのように身動きができなかった。

 ただ静かに殺されていくセルビア人たちを、目を見開き見つめていた。

 

「殺せ」

 

 民兵の指揮官と思われる男がそうつぶやいたとき、民兵たちは一斉に銃を構えると湖に追い詰めたセルビア人たちに向けて発砲した。

 銃声と同時に、それまで動けずにいた住人たちが悲鳴を上げながら逃げ惑うが、湖に足を取られて逃げることも満足にできず、背中を容赦なく撃たれて殺されていく。

 先に湖に追い詰めていた住人を殺害した後は、残るセルビア人を同様に湖に追い詰める。

 不思議なことに、彼らは酷く怯えながらも逃げ出そうとせず従順に湖に追い立てられていくのだ。

 

「お前たち、前に出ろ」

 

 その指示は、79式の上官から出されたものだった。

 その声を合図に警官たちは湖に追い立てた住人たちの前に並ぶと銃を構える……わけが分からず一緒に並んだ79式の目の前にいるのは、セルビア人の少年だ。

 怯えた目でじっと79式を見つめるその姿は、必死で命乞いをしているようにも見える。

 

「撃て」

 

 その声を合図に一斉に引き金を引く警官隊。

 激しい銃声に住人たちの悲鳴はかき消され、全身を銃弾で撃ち抜かれて水の中に崩れ落ちていく。

 激しい銃撃が上官の指示で止められる…湖の水面には射殺された住人の死体が浮き、周囲は再び静けさに包まれる。

 

 震える手で銃を握る79式……彼女が見据える先には、先ほどの少年が一人佇んでいた。

 

「79式、なぜ撃たない」

 

 すかさず上官がやってきて彼女を問い詰める。

 79式は全身の震えが収まらず、焦点の定まらない目で上官を見上げる。

 

「う、撃てません…」

 

「なんだと?」

 

「撃てません…私には、撃てません…」

 

「欠陥の人形め……ルカ、こっちに来い!」 

 

 上官に呼ばれたルカは一度79式に目を向け、それから上官に対し毅然とした態度で向き直る。

 普段から折り合いの悪い二人に、他の警官たちも息を飲んで成り行きを見守る。

 

「お前がこの人形の教育係だな、どうなっている」

 

「79式は他の戦術人形と違って特殊なプログラムをしてあります。彼女は他の人形のように命令に盲目的に従うことは無く、自分で判断して動きます」

 

「ほう、なるほどな。ではルカ、貴様がこの人形に罰を与えろ」

 

「おっしゃる意味が分かりませんが」

 

「この人形は明らかな命令違反を犯している。間違いを分からせてやれ、罰を与えてやるんだ」

 

「上官殿、79式にはオレが後で言い聞かせますから…」

 

「ダメだ! お前がやらないというのなら、この私が代わりに殴るぞ!」

 

「……分かりました」

 

 上官の強硬的な態度に、ルカは屈した……振りかえるルカは震える79式の腕を掴み、後ずさる彼女を引き寄せる。

 

「嫌ですルカ先輩……こんなの、おかしいです…!」

 

「79式、痛いのは一瞬だけだ…ごめんな」

 

 大勢が成り行きを見守るなか、ついに覚悟を決めたルカは、怯える79式の頬を平手でおもいきり殴りつける……殴られた衝撃で彼女は倒れ伏し、全身をずぶ濡れにさせる…。

 殴られた頬をおさえて呆然とする79式をすかさず慰めようとするルカであったが、上官はそれすらも許さなかった。

 

「甘やかすな! 痛みを痛感させて反省させろ!」

 

 ルカに殴られたショックからか79式は倒れたまま立ち上がることが出来ず、呆然と湖の水面を見つめる…だが彼女を追い詰める出来事は続く、上官は79式を無理矢理引き立たせると、その手に銃を押し付けるのだ。

 

「この銃であの少年を殺せ!」

 

「…でも……間違ってる……こんなの、間違ってます…」

 

「そう思うのなら何故今まで傍観していたのだ? 自分が撃つ番が回って来るまで無関係だとでも思っていたか? 自分だけが手を汚さずに済むとでも思っているのか? いいか79式教えてやる、これは戦争なんだ! やるかやられるかだ! やらなきゃやられるのなら、やられる前にやるしかないんだ!」

 

 上官のあまりの剣幕に79式は圧倒される…助けを求めて周囲に目を向けるが、誰も手を差し出してはくれない、信頼するルカでさえも…。

 煮え切らない態度の79式に苛立つ上官は、生き残ったセルビア人の少年を引っ張ってくると、79式の前に跪かせた。

 

「狙いが絞れないならこの距離で撃ち殺せ!」

 

「やめてください…この子はまだ子どもです…!」

 

「そう、子どもだ、だから殺さなきゃならないんだ! 子どもからすべてが始まる、生かしてはおけない! ここで殺さなければ大人になった時、我々に復讐しにくるんだぞ! お前が殺せば未来の禍根を断つことが出来るんだぞ!」

 

 子どもからすべてが始まる……その言葉が重く79式にのしかかる。

 銃を受け取った79式は、ゆっくりとその銃口を少年へと向けた。

 10歳にも満たない少年は微動だにせず、ただじっと79式を見つめていた……何度も目を逸らそうと、何度も銃を下ろそうとするが自身に突き刺さる無数の視線がそれを許さない。

 

「79式…」

 

「ルカ先輩…」

 

 信頼する彼の存在をすぐそばに感じながらも、いつものように頼ることは出来ない。

 本当は今すぐにでも銃を放り捨てて彼にしがみつきたいが、それはできなかった……。

 

 

 死のような静寂が辺りを覆う…。

 鳥のさえずりさえ聞こえもしない静かな湖のほとりに、渇いた銃声が鳴り響いた。




信じられるか?
これでまだ序の口なんだぜ…。
変更がなければあと3話ほど続きます



感想で要望のあった過去編の主要人物紹介しときます

・79式
過去編の主役
連邦警察に所属し、人形という立場から各民族と隔たりなく触れあう姿からみんなに好かれていた…が、内戦が始まると同時に民族紛争の闇を目の当たりにしそれまでの正義や信念を見失っていく。

・ルカ クロアチア人
連邦警察所属であり79式の先輩にあたる。
優秀な隊員で何かと79式のことを気にかけており、妹のように可愛がっているように見えるが…。
内戦が始まり警察も異民族への弾圧に駆り出されていき、79式同様に荒んでいく。

・マルコ クロアチア人
連邦警察所属で、ルカとは同期の間柄。
同じクロアチア人女性と婚約し子どもも身ごもっているが、内戦が始まると妻の身を案じ故郷のクロアチアに帰らせている。
ルカと79式の良き友人で、二人がより仲良くなってくれることを願っている。

・ラドミル セルビア人
連邦警察所属、ルカとマルコと同期。
差別しないルカとマルコを気に入っていたが、内戦が始まると警察官の職を辞職しその後の足取りは不明。


・イリーナ&スオミ
第3章でおなじみのパルチザンの若き指導者。
この頃はまだ小さな組織で、戦う力もなかったが、モスタルでのデモを武力で鎮圧されたことから力による革命を志すようになる。
イリーナはかつてユーゴを治めていたチトーのようにありたいと志し、民族融和を願っている。
スオミは家族であるイリーナのために協力するが、後に発声機能を失い、MSFに治してもらうまで話すことが出来なくなる。

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