「くっ…! 強い…!」
グリフィン所属の戦術人形、ブレンは片腕を欠損し全身を酷く傷つけられた状態で荒地に跪いていた。
傍らには先ほどまで一緒に敵と戦っていた仲間が、同様に重傷を負った姿で倒れている。
ブレンが所属するグリフィンの部隊はが受けた任務は、小競り合いが続く鉄血との境界線から敵を放逐しエリアを確保すること。
この周辺は戦略的にもさほど重要ではないが、度々近隣の町に攻撃を仕掛けていたことからその対処を行うだけの簡単な任務であるはずだった。
ブレン達も、油断をしていたわけではなく入念に作戦計画を立てた上で戦闘を行い、作戦は上手く進んでいたはずだった……彼女が戦場に現われるまでは。
「グリフィンの人形は気骨があるようだ。我々のローモデル人形にはない意思の強さ…と言うべきだろうか? やはり私の考えは間違っていない、ドリーマーに考えを改めさせねばなるまい」
鉄血ハイエンドモデル"
しかしその行為は、ブレンの自尊心を酷く傷つけるものであり、片腕を欠損しながらも彼女はシーカーを鋭く睨みつけるのだった。
「ふむ、いまだ闘志は消えていないと見える…勇敢な戦士だ」
「からかっているのか…!」
「称賛しているだけさ。さて、君たちにこれ以上の継戦能力はないはずだ、よって私の目的は達成した。このエリアは我々が支配する、君たちは早々に立ち去りたまえ」
「素直に言うことを聞くとでも?」
「好きにするがいいさ。忠義を貫き任務に殉ずるもまた華やかしい…猶予を与えよう。10分だ、それ以内に立ち去らぬというのであれば容赦はせん。無抵抗の相手を殺すのは性に合わんがな」
軍刀を地面につきたて、シーカーはブレン達の目の前で仁王立ちする。
シーカーは敗者を恫喝するような行為はせず、ただブレンを真っ直ぐに見据えていた…ブレンがそれ以上の対抗が無意味なものであると悟り、仲間たちを連れて撤退していくのを侮辱したりもしない。
ブレン含むグリフィンの信号が一帯から遠ざかったのを見届けたシーカーは、境界線の防衛兵力を残し司令部へと帰還するのであった…。
鉄血司令部、鉄血工造の中枢であるそこは以前は賑やかなものであったが最近のハイエンドモデルたちの離脱により前よりは静かであったが…。
「あらシーカーちゃんお帰りなさい」
「うむ」
ちょうど任務から帰還したシーカーを出迎えたのは同じくハイエンドモデルのイントゥルーダーである。
彼女はシーカーが装備を片付け着替えている間の時間、古い本棚を眺めいくつかの本を手に取りなにやら悩み込む…ちょうどそこへやって来たシーカーに、イントゥルーダーは二冊の本を手に問いかける。
「シーカーちゃん、今日はシェイクスピアのリア王とニーベルンゲンの歌を読み聞かせようと思ったんだけど、どちらがいいかしら?」
「ウィリアム・シェイクスピアの劇作はどれも興味深い。この間は確かロミオとジュリエットを読んでくれたな? リア王というのはどのような物語なのだ?」
「ハムレット、マクベス、オセローと並んでシェイクスピアの四大悲劇と呼ばれることもあるわね。高齢から退位するリア王が三人の娘に国を分割して与えるんだけど、長女と次女は甘言で王を喜ばせるけど末娘コーディリアは一人実直な物言いで王を怒らせてしまうの……王はコーディリアを追放し、約束した通り二人の娘に国を与えるけれど裏切られて追い出されてしまうの…どう、面白そうでしょう?」
「なかなかに興味深い。時にイントゥルーダー、こうして本を読んでくれるのは嬉しいが迷惑ではないか?」
「そんなことないわ。デストロイヤーちゃんがいなくなっちゃってから、物語を聞いてくれる人がいなかったから、シーカーちゃんがいてくれて私も嬉しいわ」
「そうか、ならいいのだ。さて、では拝聴しよう…」
紅茶と茶菓子を用意し、ソファーにリラックスした状態で座る。
イントゥルーダーも椅子に腰掛けていざシェイクスピア作リア王を読み始めようとした時、部屋の扉が勢いよく開かれる。
その喧騒に二人は眉をひそめて扉の方に振り向くと、そこにはカンカンに怒るドリーマーがシーカーのことを睨みつけていた。
「ちょっとシーカー! あんたどういうつもりなの!?」
ドリーマーは彼女の目の前にやってくるなり、テーブルを思い切りたたく。
その衝撃で茶菓子が吹き飛び紅茶がこぼれてしまうがそんなことはお構いなしだ。
「ドリーマー、これからイントゥルーダーに本を読んでもらおうとしたんだが…」
「本!? 本ですって!? こっちはアンタがグリフィンのクズ人形を逃がしたものだから、代理人に呼び出されて文句言われたんだからね!? あの女もいつまでもグダグダ言って…!」
「落ち着けドリーマー、私が指示を貰ったのはあのエリアの制圧だ。敵の皆殺しではない、一方的な虐殺は騎士道精神に反するものだ」
「なにが騎士道よ! 今は21世紀、中世じゃないっての! まったく…どいつもこいつも勝手な真似しやがって……! イントゥルーダー、あんたも余計な知識教えるんじゃねえよ!」
「仕方ないでしょう? シーカーちゃんの出自を考えたら、騎士道精神を教えるのが一番都合が良かったんだから」
「ドリーマー、あまり大声を出すものじゃない。一度落ち着こう」
「うるせえよ! このポンコツ人形が……!」
あまりの怒りに口調も荒くなってしまったドリーマーは、その怒りのまま来た時と同じように扉を乱暴に開いて出ていってしまった。
嵐が過ぎ去った後のような静けさの中、シーカーはため息を一つこぼして席を立つ。
「すまないイントゥルーダー、読み聞かせはまた今度お願いしたい」
「ええ、いいわ。ドリーマーのことよろしくね、彼女ここ最近イライラしてるみたいだったからね」
「分かっているさ」
イントゥルーダーに見送られながら、シーカーは出ていったばかりのドリーマーの後を追う。
どうやら急ぎ足でドリーマーは立ち去ってしまったようだが、生憎同じ鉄血人形であるのなら信号の位置から容易くその位置を特定できてしまう。
それはドリーマーも分かっているのか、シーカーが追い始めた時信号を意図的に消したがシーカーにはあっさりと追いつかれてしまった…斥候《スカウト》|の技術を習得しているシーカーは屋内だろうと、わずかな痕跡から追跡が可能だ。
「おいドリーマー、待ってくれ」
「ついてくんなバカ!」
ドリーマーは振りかえろうともしてくれない。
彼女の怒りの原因がいまいち理解できないシーカーはそのすぐ後ろにぴったりとはり付いてその後を追いかける…そのうちドリーマーは走って振り切ろうとするが、シーカーはそれを追いかけていく。
数十分後…走り疲れたドリーマーが息を乱して立ち止まっていた、その隣には涼しい顔で腕を組むシーカーの姿があった。
「どこまで…! ついてくるのよ…!」
「どこまで逃げるつもりだ?」
「うるさい…!」
一発シーカーの腹部を殴るが、走り疲れたためかなんとも貧弱なパンチだ。
「それで、何をそんなに怒っている?」
「もうどうでもいいわよ……あー疲れた」
全力疾走したことによる疲労感が、どうやらドリーマーの怒りを鎮めてくれたようだ。
彼女の怒りの原因を聞きたかったシーカーであるが、何かと接することの多いシーカーにはここ最近のドリーマーの環境を理解していたのでなんとなく怒りの原因は分かっていた。
「また代理人か? ドリーマー、あまり酷いようなら私が…」
「あんたは出しゃばらなくてよろしい、また面倒なことになりそうだからね」
「ふむ」
あのMSFとの戦いの後、4体ものハイエンドモデルが離脱するという戦力の喪失は代理人に危機感と疑念を抱かせたのだ。
ただ離脱しただけではなく、それが敵対するMSF…うちアーキテクトとゲーガーは同じく敵対するウロボロスに拾われたという情報もあり、それが主君であるエルダーブレインを危険に晒す要因として危機感を抱く。
そしてもう一つ、代理人のドリーマーに対する疑念を決定的にしたのが処刑人、アルケミスト、デストロイヤーの仕打ちだった。
冷静沈着で、時に主のためなら部下を切り捨てることも辞さない代理人…そんな彼女が主の次に大事にしていた彼女たちを喪失させたことが逆鱗に触れたらしい。
以来代理人はエルダーブレインからドリーマーを遠ざけ、冷遇をしているようだが…。
(代理人が私を冷遇しているのが、あんたの存在のせい…とは言えないわね)
シーカーが、何より彼女の存在を脅威と見ているのは代理人だ。
エルダーブレインの統制下に加わらず、独自の権限を持ち他の戦術人形を大きく凌駕する可能性を秘めたその力が、いつ主に牙を剥こうとするのかが気掛かりなようだ。
(代理人にどう思われようと知ったことじゃないけれど、エルダーブレインに捨てられるのは避けたいわね。もう少しこいつが扱い易ければ…)
「ところでドリーマー」
「はいはい、なに?」
思考を一旦停止させ、シーカーに向き直る。
飄々としているが優れた洞察力から考えていることも見抜かれてしまう場合もある、なるべく表情には出さないようにしているが…。
「この間用意してくれると言った武器だが」
「ああ、そうだったわね。ついて来なさい」
シーカーの言葉に手を叩き、ドリーマーは自身が受け持つ工廠へと彼女を招き入れる。
鉄血のハイエンドモデルのボディー、そして専用装備を製造するドリーマーの工廠は自動化された工作機械が絶えず稼働する。
そんな工廠の奥深く、多数の武器・兵器が陳列される棚からドリーマーは一丁の銃を手に取ると、それをシーカーに手渡した。
「高出力レーザーブラスター…私が使っている銃を基に小型化したものよ。射程距離の減退と引き換えに、高威力の粒子エネルギー弾を連射できるわ。最大出力時では射程2000m、距離にもよるけれどAegisの装甲を貫通できる」
「なるほど、これは頼りになりそうだ……後はこの義体がもっとマシになればいいんだが…」
「あのね、それ以上ボディーのスペックを上げろなんて無理難題言わないでよね? 言っとくけど、それ以上のスペックはもうここじゃ無理よ。正規軍にでもお願いして作ってもらうことね」
「いや、別にいい」
「あら、ずいぶん聞きわけがいいじゃない」
「そもそも、私に合う義体を作るというのが無理な話だったのだ。私の正規の義体は、アメリカに眠っている…そうだろう、ドリーマー?」
その言葉を聞いた瞬間、ドリーマーは背筋が凍りつくような錯覚を覚える。
凍りつくドリーマーの表情を見たシーカーは微かに笑いつつ、たった今貰ったばかりのレーザーブラスターの細部を入念にチェックする。
「アルケミストはアメリカから私を持ち帰ったが、肝心の義体を忘れてきてしまったようだ…気付くのにずいぶんと時間がかかってしまった」
「シーカーあなた……どうするつもり?」
「安心しろ、君が今危惧するようなことは微塵も考えていない。私は合衆国で誕生したかもれないが、鉄血で育った、ここが私の故郷だ」
アルケミストとデストロイヤーがアメリカ軍の基地から持ち帰った多くのデータ、その中から彼女のメンタルモデルを発見したドリーマーがシーカーを造り上げた。
データの多くが喪失していたせいでシーカーの本来の名称、造られた意図、そして彼女が言うところの正規の義体は分からずじまいであった。
何がきっかけか自分の出自に気付いたシーカー……すぐに彼女が鉄血に反旗を翻そうとしなかったのは、イントゥルーダーが真っ先に教え込んだ騎士道精神が大きな要因であった。
腹立たしいが、イントゥルーダーの先見の明には感謝しなければとドリーマーは思うのであった。
「近々アメリカに行きたい、私の義体を手に入れにな」
「時期が来たらね。今はまだよしなさい、正規軍の目がある…派手に動くのは危険だわ」
「正規軍…か。別に恐れる必要などないさ」
「アンタ何言ってんの? 私たちと正規軍の軍事力に差がどれだけあるか分かってないようね。グリフィン相手に勝ちまくってイキがってんじゃないっての」
「もちろん今のままでは勝ち目は皆無だ。力に対抗できるのは力でしかない」
「具体的にはどうするつもり? うちのエルダーブレインがどう考えるか知らないけれど、アンタなりの考えがあるの?」
「全てはアメリカにある……暗躍している特殊部隊や
「あんたの底が知れないわね……まったく、それで世界征服でもするつもり? 少なくとも、今の世の中よりマシになりそうだけどさ」
たまに意味不明なことを言ってのけるシーカーのメンタルモデルをリセットしてやりたいときもあるが、生憎シーカーのメンタルモデルは特殊であり、殺してもすぐに別な人形を媒体として復活してしまう。
ドリーマーに与えられた武器のチェックを終えたシーカーは何を思ったのか、ドリーマーに近寄ると、足下を掬い上げるようにして彼女を抱きかかえる…いわゆるお姫様抱っこである。
「あのさ、とりあえず殴る前に聞きたいけど何してんの?」
「ふむ。騎士の精神に基づき、エルダーブレインを我が王とすると、代理人は大臣、ジャッジは司法長官、イントゥルーダーとスケアクロウも同じく王に仕える騎士と考えた」
「それで、私はなんなの?」
「
「死ね」
即座にシーカーの側頭部に膝蹴りを叩き込み強引に振りほどくが、あまり効いていない様子。
その後はシーカーがお詫びと称して無理矢理最近覚えたというピアノの演奏を聴かされるのだが…。
シーカーの凄まじく下手なピアノを聞き終えたドリーマーを見たジャッジ曰く…"魂が抜けて廃人同然であった"とのことである。
以後、シーカーのピアノの練習に付き合わされて毎晩ある意味死に続けるドリーマーであった…。
イントゥルーダー「東洋には武士道というものがあってだな」
シーカー「マ?ちょっと柳生新陰流極めてくる」
ドリーマー「変なの教えんな!」
アルケミストたちがいなくてもうるせえみたいですね…。
というわけでシリアスっぽいギャグ回?
これから鉄血partもちらほら出てきます。
今のところ鉄血に残ってるのは…
・エルダーブレイン
・代理人
・ジャッジ
・ドリーマー
・イントゥルーダー
・スケアクロウ
・シーカー
・その他今後の展開次第(ガバガバ)
結構残ってますね