その日、エグゼはいつになく上機嫌な様子で鼻歌を歌いながらマザーベースの甲板を歩いていた。
彼女の腕に抱かれているヴェルもロリポップキャンディーを片手に大はしゃぎ、幸せオーラ全開の二人である……"狂犬"、"メスゴリラ"、"一発殴って自己紹介する女"、"鉄血工造の特攻隊長"などなど、エグゼの暴力性を揶揄する渾名は多くあるがこの日のエグゼの様子はどの渾名も当てはまらない。
娘のヴェルを抱いてる姿は仲睦まじい親子のようであり、通りすがるスタッフたちにも上機嫌に声をかける……心底嫌悪してやまないはずのM4にも機嫌よく挨拶するくらいであり、M4は真っ先にエグゼがいかれてしまったのかと疑った。
さて、エグゼが何故こんなにも上機嫌であるかというと…先日スネークに果てしない軍拡を止める条件に飲ませたもの、家族で(新婚)旅行に行く話がいよいよ明日に迫っているからだ。
普段軍拡と訓練に扱き使われていた連隊隷下の部隊もお休み、久しぶりの休みにそれまでさんざん酷使されていた大隊長以下隊員たちはゆっくりと羽根を伸ばすつもりであった。
「いや~楽しみ楽しみ! 今日は何て良い日なんだ!」
天気予報では明日から一週間は雨も降らず快晴が続くとのこと。
聞くところによると、これから向かう無人島はミラーがMSFの避暑地及びレジャー目的として開発段階にあるらしく、ビーチや屋敷などを整備しているらしい。
いつかはMSFの人員が広く使えるように解放するようだが、その南国のリゾート地を初めてエグゼらが利用するということになる。
普段絶対に見せないような乙女顔でエグゼは手を振る、その視線の先にはもちろんスネークがいる。
軍拡を止める条件にエグゼのデート(?)のお誘いに乗ってあげた形ではあるが、当の本人もまんざらではない様子…まあスネークの場合、ミラーがMSFの資金を出してまで開発しているリゾート地が気になっているようだが。
ぴょんと飛び降りたヴェルは、はしゃいだ様子でスネークに駆け寄ると、両手を伸ばして抱っこをせがむ。
すっかり娘のポジションに定着しつつあるヴェル、無論周囲も親子として微笑ましく見守っている。
「いよいよ明日だぜスネーク!ミラーのおっさんにちょっと写真見せてもらったけど、いいところらしいぞ!」
「そうみたいだな。まったくカズの奴め、またオレに黙ってこんなことを…島に行ったら何かおかしなことしていないか見てやらないといけないな」
MSFの司令官として、昨今のミラーの暴走は目に余るものがある。
まあ大抵は他の者も絡んでの騒動だが、組織のトップに位置するミラーが率先して動いているのだから困ったものだ…島に向かったら何か企んでいないか調べてやろう。
そう言ってのけるスネークに対し、エグゼはスネークの左腕に自分の腕を絡めると不満げな表情で見上げた。
「折角一緒に遊びに行くんだから、仕事の話を持ってくなよ。明日からはオレとヴェル、スネークだけの時間だぜ?」
「そーだそーだ! ヴェルもパパとママといっしょにいっぱいあそぶんだ!」
「分かった分かった、言ってみただけだ。まあなんだ…オレはいつも戦いの中にいた、だからお前たちが楽しめるようにできるか自信はないが…」
「そりゃ、オレだって一緒だよ。戦闘のために作られて、戦いの中で生きてたのはオレも同じだ。だからこんな滅多にない経験、いつまでも記憶に残る大切な時間にしたいんだよ」
「そうだな、お前の言いたいことも分かる。明日また…夜更かしして寝坊するんじゃないぞ?」
「ハハハハ、それオレに言ってんの? まあ今日はゆっくり休んで明日に備えるとするよ」
「ヴェルもゆっくり休むんだぞ」
「あ、スネーク待って…」
ヴェルの頭を撫でてその場を去ろうとするスネークをエグゼは呼び留める。
立ち止まり、振り返ったスネークの頬にエグゼはキスをすると頬を少し赤らめてはにかんだ。
「明日、よろしくな?」
「うわーん、ママずるい! ヴェルもパパとちゅーする!」
「おい、ヴェル!」
エグゼの手からスネークの腕へ、ダイナミックに跳んでしがみついたヴェルはエグゼがしたように何度も何度もキスをする…仲睦まじい、誰もが羨むラブラブな場面にスタッフたちもどこか納得したように頷いている。
MSFの全員が、この関係を祝福しているかに見えた……一部を除いて…。
「あのメスゴリラ……!あたしを差し置いてスネークと…!」
「エグゼ…! 絶対に私になびかせてやるんだから…!」
翌日。
早朝に無人島行きのヘリコプターに乗り込むスネークとエグゼ、そしてヴェル。
昨晩、何を着ていくかどうかであれこれ悩んでいたエグゼであるが、結局ありのままのオレで行くぜ! と、いつもの格好で朝を迎えた。
寝ぼけたヴェルを抱きかかえて待ち合わせの場所に行けば、既にスネークが待っていた…。
"おはよう、待たせちゃったか?"
"オレもちょうど今きたところだ"
そんなやり取りをするのも夢だった。
鉄血にいた頃、イントゥルーダーが無理矢理読み聞かせてきた恋愛小説のお決まりの展開も当時はくさいと思っていたが、実際当事者になってみればなかなかに良いものだ。
ヘリに乗り込んだ後は、エグゼが持ってきてくれた弁当箱を開き朝食とする。
驚くことにそのお弁当はエグゼが早起きしてつくったというものとのこと……スプリングフィールドなどの他の料理に自信がある女子勢と比べると見劣りしてしまうが、スネークのためを想い暇さえあれば料理の腕をあげていたエグゼ自慢の弁当にスネークは舌鼓をうった。
ちょうど起きたヴェルと一緒に仲良く機内で朝食をとる、気を効かせたヘリのパイロットが軽快なジャズのBGMを流す……幸せに満ちた家族の様子がそこにある。
始まりの良さに得難い幸福感に包まれるエグゼ、この調子で最終日まで楽しめるに違いないと思っていた…。
ヘリの着陸地点に、水着姿で浮き輪を持つスコーピオンを見るまでは。
「てめーこのクソサソリ! なんでここにいんだよ!?」
「やっほーエグゼ、わたしもいるよ~?」
「UMP45! てめえら、どっから湧いて出やがった!」
「湧いて出たとは失礼だな~。あたしはリゾート地の噂を聞いたから遊びにきただけだよ? 45も、そうだよね?」
「うんそうね~。せっかくの南国のリゾート地だもん、遊びに来ない理由はないわ!」
「クズ共が……!」
歯ぎしりして悔しがるエグゼは、二人を捕まえて物陰へと連行するとその場で尋問する……スネークの目がなくなった瞬間、二人はニヤリと笑いあっさり暴露する。
「エグゼよ、このあたしを差し置いて抜け駆けできるはずないでしょ? スネークの正妻はあたしなんだからね!」
「そうよエグゼ、スネークのことはスコーピオンに任せてさ……あなたはわたしと付き合いましょうよ」
「死ねくそ人形ども!」
スコーピオンという最大の恋のライバル、最近ストーカー気味のUMP45の脅威を忘れていた自分の愚かさに後悔するエグゼ。
スネークとのデートを邪魔する気満々のスコーピオン、虎視眈々と狙いを定めるUMP45の存在は最大の障害となるだろう。
「くそどもが…だがまあいい、お前ら二人だけでオレとスネークのハネムーンを邪魔できると思うなよ!」
「だーれが二人だけって言ったかな? 仲間は大勢いるさ!」
「なん、だと……!?」
おそるおそる振り返ってみた先には、いるわいるわ……どこからともなく湧いてくるMSF所属のスタッフや人形たち。
404小隊の残りの面子も、連隊隷下の大隊長たち、ジャンクヤード組、スペツナズ、AR小隊もいるではないか。
「やろうM4…! お前も邪魔をしに…!」
「いや、全然事情が読み込めないんですけど……とりあえずスコーピオンに、稼ぎのいいバイトがあるからって…」
「海の家で焼きそばとかかき氷を売ってくれって、スコーピオンが…なあSOPⅡ?」
「うん、そう聞いたよ?」
AR小隊の表情を見るに、本当に何も知らされていなかったのだろう。
相手がエグゼとはいえ、なんだか悪い事をしてしまったと居心地の悪さを感じているようす…。
一方の404小隊、彼女たちは開き直ってリゾート地のバカンスを楽しむ気満々のようだ。
既に水着に着替えている416とUMP9、G11に至ってはビーチパラソルを設置して呑気に寝ている。
「やあエグゼ、今日は楽しませてもらうわよ」
「416…てめえもか…!」
「ふん、アンタたちの色恋沙汰に興味はないけれどね。さて、後でまたね」
「おとといきやがれ!」
代わりにやって来たUMP9が、他の隊員に替わってエグゼに謝罪する……が、そこに反省の色は欠片も見当たらない。
水着姿で片手にかき氷、片手に浮き輪を持っていればこいつもエンジョイ勢であることに気付くはずだ。
「ごめんねエグゼ! 本当は水を差すようなことはしたくなかったんだけど、45姉に言われたら引き下がるしかないよね! 私たちも海で遊びたかったし! MSFのみんなも家族なんだし、楽しい時間は家族で共有した方がいいよね! うーん、このかき氷美味しい!」
「何が家族だこのやろう! 呑気にかき氷食いやがって……後でてめえら姉妹まとめて吊るしあげてやる!」
「あわわわ……! ぼ、暴力反対…!」
エグゼの逆鱗に触れる前にUMP9はその場から逃走する。
怒りの行き場を失ったエグゼは周囲をギロリと睨むが、それぞれ勝手に行動してお構いなしだ。
せめてスネークのことは誰にも渡すまいと隣のポジションは死守するが、そこはスコーピオンと争うことになる…。
「まったく穏やかじゃないね、エグゼ」
「うげ…姉貴…! なんでお前もいんだよ…!」
「あぁ? あたしがいちゃいけない理由でもあるってのか?」
「いや、ないです…」
さすがのエグゼも、アルケミストにすごまれては文句の一つも言い返せない。
アルケミストを筆頭に、デストロイヤーにハンターもいる。
いつもの格好であるが、肩に担ぐバッグにはおそらくこの無人島を楽しむ道具が詰め仕込まれているのだろう。
「うぅ……助けてくれよハンター…」
「諦めろエグゼ、こうなったらもうどうにもならん」
「そうそう、そもそも内緒で楽しもうって魂胆だからこんな風になるのよ?」
「うるせえよチビ!」
「チビってなによ!?」
「お前の事だデストロイヤー! あーくそ……なんでうまくいかねえんだよ!」
エグゼの悲痛な叫び声は、わいわいあつまる他の人形とスタッフたちの声にかき消されてしまった。
こうして忘れたくても忘れられないMSFの無人島ライフが始まるのであった。
おらー!
ほのぼのビッグイベントだおらー!
水着回だぞおらー!
でもなんでだろう、色気やラブコメより、笑いとギャグの衝動しかこないんだがw
追記 けっこう、というか殆どのキャラが出てくるから心配なさらず!