METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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南部軍管区

 南部軍管区 グロズヌイ

 

 北蘭島事件、そしてその後の第三次世界大戦後の世界情勢の変化に伴い国家は衰退し、それに代わって台頭したPMCに都市運営の委託を行うようになる。国家は首都や産業が集積する重要な都市のみを管轄するようになる。

 南部軍管区は国家が管轄する領域の一つであり、カスピ海と黒海に接する広大な領土だ。ここには正規軍の他、内務省が指揮する国内軍の司令部も置かれ軍部の重要拠点でもある。さらに軍管区内にはかつて産業を支えたバクー油田の他、開発によって採掘されたその他資源が豊富に埋蔵されている。

 欧州にて最大の軍事力を持つ正規軍にとっての、牙城でもあるそこにスネークとWA2000率いる小隊は半ば無理矢理連れてこられたのだった。

 

 スネークたちが連れてこられたのは、基地の応接間だ…ほとんど無理矢理連れてこられたわけであるが、あくまで客人として連れてきただけに過ぎないという証明であるかのように。そんな応接間に連れてこられたわけだが、もう2時間以上もこの部屋で待たされ続けている。

 スネーク含め、誰も話しもせず、壁にかけられた質素な時計の針が時間を刻む音だけが鳴る。

 何もされずにただ応接間に押し込められている状態はだんだんと人形たちをイラつかせる…WA2000は腕を組みソファーに深く腰掛け、カラビーナは目を閉じて額を指で小突き、79式は何度も小さなため息をこぼす。変わりがないのはいつも無口なリベルタドールだけだ。

 

「いつまでここに待たせるつもりなの?」

 

 苛立つ声で、WA2000は同じ応接間で待機するAK-12に問い詰める。彼女はいつもまぶたを閉じているがちゃんと見えているようで、分厚い本に顔を向けていた…彼女はWA2000に見向きもせずにぽつりと一言。

 

「もうすぐ来るわよ」

 

「あっそ、1時間前にも同じ言葉を聞いたわ。あんたがただの録音を繰り返すだけの人形に思えてきたわ」

 

 WA2000のそんな罵倒に対し、反応したのは同じく室内で待機していたAN-94だ。銃を握りしめた彼女に対し、WA2000は怖気もせず真っ直ぐに見返す…安全のためだなんだと持っていた武器は没収されてしまったが、WA2000を含めたこの場にいる全員が素手での戦闘にも長けている。例え丸腰で銃を持った相手と戦うことになっても、その対処法は彼女たちを鍛えたオセロットやスネークから伝授されている。

 己の肉体以外に、周囲のあらゆる物を利用して敵を倒す。

 

 険悪な空気は、AK-12が相棒をなだめたことによりおさまった。

 そこからさらに数十分、応接間の外から足音が聞こえてくるとAK-12は読んでいた本をしまいAN-94と応接間の端に並んだ。足音は応接間の前で止まり、扉がゆっくりと開かれる。

 

「待たせてしまって申し訳ない。なにぶん急な知らせだったのでね……まずは自己紹介から始めた方がよろしいね。私は内務省直轄国内軍参謀本部長のアンドレイ・ポゾロフだ…お会いできて光栄だよ、あぁ…」

 

「MSF司令官、スネークだ」

 

「そうスネーク。それは君の本名かな?」

 

「自分の名前はとっくの昔に捨てた。今はこのコードネームがオレの名だ」

 

 温和そうな表情のアンドレイ参謀長だが、スネークは彼が自分たちを値踏みしようとしているのを見抜いていた。それは彼と一緒にこの場にやって来た男も一緒だった。

 

「申し遅れました。私は内務次官のアレクサンドル・レマノフスキーと申します。お見知りおきを…」

 

 内務省と言えば内政を管掌して警察機関を持つほか、正規軍とは指揮系統の異なる国内軍を管轄下におく政府の機関だ。次官と言えば内務省のナンバー2であり、参謀長のアンドレイは国内軍のトップに位置する重役だ。

 意味が分かっていない79式やリベルタドールはともかくとして、スネークとWA2000などはまさかこれほどの大物が出てくるとは思っていなかった。

 

「ご苦労だったな君たち、あとはもういい」

 

 アンドレイは部屋の隅で背筋を立てて控えていたAK-12とAN-94にそう声をかける。二人は敬礼を向けると静かに応接間を退出、去り際にAK-12はWA2000に振りかえり微笑み小さく手を振った。自分たちの人形を部屋から出した内務省の二人は、何度かWA2000たちを見るがスネークはわざと気付かないふりをする。

 そのうち諦めて、彼らは話を切りだした。

 

「スネーク、我々が君たちとこの場で会っていることは非公式の事だ。回りくどい言い方はせずに単刀直入に言わせてもらおう…MSFの戦力を我々に貸していただきたい」

 

 内務次官のアレクサンドルが切りだしたその要求は、スネークもある程度予想していたことであった。政府の人間がMSFに接触を求めてくる理由など、それか完全に潰す以外にはないだろうと思ったからだ。今回は最悪の方には向かわなかったが、それでも厄介な提案には変わりない。

 

「君らの国家には強大な正規軍がいるはずだ。わざわざオレたちを雇うのに、君らのような重役が動く理由が分からない」

 

「現在欧州を目指して侵攻している連中のことはあなたも知っているはずだ。かの国と対決するには戦力を結集させなければならない、そのためのルクセト連合でもある。だが軍はE.L.I.Dへの対処で多くは割けず、周辺諸国との兼ね合いもあるのだ…それに、軍部では最近不穏な動きもある」

 

「クーデター…か」

 

「そうだ。奴らの狙いは分かっているが手は出せん…我々には外部の協力者が必要不可欠だ。だがそこらのPMCではあの強大な米国と戦うことは出来ないだろう…だがMSFなら、それができるだけの戦力はあるはずだ」

 

「MSFの名を初めて見た時、私はまさかここまで大きく拡大することになるとは思ってもいませんでした。ですがあなた方はあのバルカン半島の内戦終結に大きく貢献し、一国の軍隊に匹敵するだけの戦力を得ている。政府には多額の報酬を確約させます…この話を引き受けていただけないでしょうか?」

 

 内務省にも国内軍という準軍事組織があるが、その規模は正規軍に比べて小さく所持する兵器や装備にも差がある。現在E.L.I.Dへの対処に多くの戦力が割かれている中に勃発した今回の戦争…英国がその首都を落とされ陥落し、米軍戦力が英国本土に集結しつつあり、彼らが欧州へ上陸しようとするのも時間の問題であった。

 この混乱期に、かねてから構想のあったルクセト連合が各国で持ちかけられるが、これを気にくわない軍部の一部が不穏な動きを見せているという。

 この非常時において協力しなければならないというのに国内はバラバラ…強大な軍を維持し欧州に君臨するこの国家の実情であった。

 

「この会談はいわゆる密約、外部に公表するものではない。だからこそお互いしがらみもなく協力し合えると思うのだ」

 

「契約書も何もない、用が済んだら約束を無視する恐れがないなんてどう信じればいいの?」

 

「スネーク…これは我々とあなたの話合いだ。人形が口を挟んでくるのはどうかと思うんだが?」

 

 笑みを浮かべてはいるが、WA2000が交渉に口を出したことに対し彼らは苛立っていた。彼らはあくまで戦術人形を戦争のための道具としてしか見ていない、WA2000を含めた人形たちもまた久しぶりに受ける偏見の眼差しに嫌悪感を抱く。

 

「すまんが、オレの意見も彼女と同じだ。オレたちは国家に帰属しない軍隊だ、君らがこの契約を通してMSFの戦力を取り込もうとしている疑念が少しでもある限り、オレは君らの仕事を請けるつもりはない」

 

「スネーク、確かにお互い信頼関係を築けていないのは確かだし、ここに来る間に一悶着あったのも知っている。それについてはこちらの落ち度だ、素直に謝罪する。だが世界を見て見たまえ、こんな情勢だ…人類は手を取り合って団結しなければいけないんだ」

 

「その団結心とやらが、数十年前に活かされていれば、この大戦もなかったんじゃないのか? 奴らの怒りは、お前たちが招いたことだ」

 

「どうあっても協力していただけない…そう言いたいと?」

 

 内務次官のアレクサンドルがそう言うと、国内軍参謀長のアンドレイは態度をあからさまに変える。どうやら冷静な話し合いはここまでらしい、こう言った場合次にくる展開というのは、力による脅しだ。タイミングよく扉が開かれたとき、参謀長のアンドレイは不敵な笑みを浮かべたが、扉を開いてやって来たのは予想外の人物であった。

 

 

「やあやあスネーク、元気そうじゃないか。それにWA2000、無事彼を助けられたようだな」

 

「イリーナ!どうしてここに?」

 

「まったく、お前を捜すのにあちこち大変だったんだぞ。さあスネーク、もう話しあいは終わったろう? 家に帰ろうじゃないか」

 

 

 やって来たのは新ユーゴスラビア連邦のイリーナ、内務省の二人になど目もくれずスネークとだけ話すイリーナを見て二人は唖然としている。しかし彼女がソファーに座るスネークを立たせて、さっさと部屋を出ていこうとした時内務次官のアレクサンドルが行く手を阻む。

 

「イリーナ・ブラゾヴィッチ、ユーゴ革命の立役者……国の内外から尊敬を集めるあなたとはいえ、この行動は看過できませんな。最悪国際問題に発展しますよ?」

 

「誰だお前は?」

 

「私は――――」

 

 彼が名乗ろうとする間際、イリーナは悪びれもせずに煙草をくわえて火をつける。話を聞こうともしない彼女の態度に彼は絶句する。それに怒ったのかアレクサンドルは顔を真っ赤にして、彼女に対し怒鳴りつけるが…イリーナは煙草の煙を彼に吹きかけて黙らせる。

 

「お前が私に聞きたいことは全部お前の上司が答えてくれるだろうさ。私がお前に対しわざわざこの場で説明してやることは何もない。私はここに、彼とその部下を迎えに来ただけだよ」

 

「ふざけるな、いきなりやって来て…そんなことがまかり通ると思っているのか!?」

 

「まかり通るんだよ阿呆が。そんなに文句があるなら内務大臣に電話をかけてみろ、もう全て終わってるんだよ」

 

 内務大臣と言えば、内務省のトップでありアレクサンドルにとっての上司にあたる。イリーナの物怖じしない姿に気圧されながらも、アレクサンドルは内務大臣へと電話を繋ぐ。そこで彼は色々とがなり立てるが、通話を続けていくうちに顔は青ざめていき声に覇気がなくなっていく。

 受話器を置いた時、彼は敗北を認め素直にイリーナがスネークらを連れていくのを見逃した…。

 

 

「イリーナ、助かったぞ。だがどうやって?」

 

「まあまあそれはいいじゃないか、助かったんだからな」

 

「良くはないだろう。何か取引をしたのか?」

 

「まあな。彼らがユーゴ連邦軍の戦力を欲しがっているのは知っているな? 対米戦に参戦はしないが、代わりにE.L.I.Dの駆逐を一部引き受けたのさ。見返りはあったが、そこにアンタの事をねじ込んでやったんだ…感謝してくれよ、結構交渉が難しかったんだからな」

 

「さすがねイリーナ。伊達に内戦を戦い抜いただけのことはあるわ」

 

「褒め言葉として受け取っておこうワルサー。さあ、みんなが待ってる…マザーベースに送っていくよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れた室内、ロボットの残骸、引き裂かれた家具……獣か何かが暴れまわったような跡の一室で、ドリーマーはいまだおさまらない怒りを宿していた。側近の下級人形たちは彼女の逆鱗に触れることを恐れて近付こうとせず、また様子を見に来たジャッジも手に負えないと判断し、一目見るなり踵を返して立ち去ってしまった。

 たった一人、冷めない怒りを宿したたずむドリーマー…彼女を気遣い声をかけてくれる者は誰もいない。時間が経てども冷めない怒りがさらにドリーマーをイラつかせる。

 

「荒れているな…」

 

 静かな部屋に響く声にドリーマーは顔をあげる。

 

「シーカー…帰って来たのね」

 

「あぁ」

 

 シーカーは一言そう呟くと、荒れ果てた室内を見回し始める。怒り狂ったドリーマーが暴れまわって壊した部屋、足の踏み場もないほどに荒れた部屋を見回しながらシーカーは呟いた。

 

「ジャッジに聞いた……彼が脱走したようだな」

 

「ええ、あの野郎…どうやって逃げだしたのか。絶対にまた捕まえてやる…!」

 

「まあそれはいいんだ。ドリーマー、お前…彼を拷問したのか?」

 

「それもジャッジに聞いたの? ええ、そうよ」

 

「なぜ?」

 

「なぜって……」

 

「彼に手を出さないようにと言っておいたはずだが?」

 

「……あいつは、人間よ。それも私たちの仲間をたくさん奪っていった奴よ。確かにアンタにそう言われたけど、無意味にやったわけじゃないのよ? あいつに情報を吐かせて、逃げたハイエンドモデルを取り返すつもりだったのよ。みんな帰ってくれば、あんたの計画も上手くいくでしょう?」

 

「質問を変えよう……ドリーマー、どうして私との約束を守ってくれなかったのだ?」

 

 シーカーの悲し気な声に、ドリーマーの怒りが急速に萎えていく。ドリーマーは、シーカーの自身を見つめる瞳を真っ直ぐに見つめ返すことが出来ず目を伏せた。そんな彼女にシーカーは歩み寄る。

 

「ドリーマー」

 

「なによ…」

 

「私はこれまで君と信頼関係を育んで来れたと思っていたが、それは私の思い込みだったのか? ドリーマー、私に対し何か不満があるなら教えてくれ……私も間違いは起こすし周りが見えなくなることだってある。私はこの信頼関係がなくして何も出来ないと思っているから」

 

「あのさ! あんたどうしてそう自分に非があるみたいな言い方するわけ!? あんたこそ不満があるからここに来たんでしょ、言いたいことがあるならはっきり言ってよ! 一思いに怒鳴りつけてよ! あんたにそんな顔させて、わたしがばかみたいじゃない!」

 

 咄嗟に出たドリーマーの怒鳴り声をシーカーは静かに受け止める。感情任せに怒鳴ってしまったドリーマーと言えば、もう彼女の顔を直視することが出来ず顔を背ける。

 

 

「ごめん……」

 

「怒ってなどいないよ、ドリーマー。ただこれだけは言っておきたい、私が本当に信頼できる人は君しかいないんだよ。誰にも相談できないことも君になら出来る、自分の弱さも君の前でならさらけ出せる……そういう関係でありたいんだよ」

 

「分かってるわよ……ごめんなさい、シーカー。あなたを傷つけたかったわけじゃないの」

 

「分かっているさ。もうこの話はお終いにしよう」

 

 仲直りの握手…とはいかないが、ドリーマーの肩を軽く叩いて仲直りとするシーカー。そのまま彼女はソファーに身体をゆっくり預けると、深い吐息をついてまぶたを閉じた。頬杖をついてまぶたを閉じたままのシーカーを、最初はまだ怒っているのかとドリーマーは勘違いしたが、違った…。

 

「シーカー、疲れてるの?」

 

「うん? あぁ、そうだな……アメリカから出てきて動きっぱなしだったからな」

 

 シーカーの言葉通り、アメリカから帰って来て以来絶えず彼女は動きまわり、最近では遠い英国にまで足を運んで現地の米軍たちと作戦を練ったり、今だアメリカ本土に残る戦力の管理を行ったりと多忙な毎日を送っていた。久しぶりに本拠地へと帰還したシーカーが、休みたがるのも無理はない。

 

「ねえシーカー、私も何か仕事手伝ってあげようか?」

 

「君が働きたがるとは、明日は大嵐だな」

 

「バカ言ってんじゃないわよ。それで、何もないなら別にいいんだけど…」

 

「そうだな…まあ、とりあえずここに座りたまえよ。ゆっくり仕事の話でもしよう」

 

 そう言って、シーカーはソファーの空いた部分をはたいてみせる。彼女の呑気な様子に小さなため息をこぼし、ドリーマーはソファーに腰掛ける。彼女がソファーに座ったのを見たシーカーはというと、ソファーに寝ころび今しがた座ったばかりのドリーマーの膝の上に頭を乗せた。

 

「シーカー、なにしてんの?」

 

「仕事したいって言ってたろ? これがその仕事」

 

「はぁ?」

 

 要するにひざ枕を要求しているわけだ。

 呆れるドリーマーにウインクを返し、シーカーは楽な体勢でくつろいでいる…それからドリーマーの手を取り、髪を撫でろというかのように自身の頭に誘導する。

 

「すまない、正直かなり疲れてる。ちょっと甘えさせてくれないだろうか?」

 

「まったく、身の丈に合わないことするからよ。まあいいわ、好きにしなさい」

 

「ありがとう、ドリーマー」

 

 

 よほど疲れていたのだろう、まぶたを閉じたシーカーはすぐに睡魔に襲われて深い眠りに落ちる。静かな寝息を漏らす彼女を見下ろすドリーマーに、さっきまでの怒りは微塵も残っていない。ただ自身の膝の上で眠るシーカーを慈しみ、優しく彼女の髪を撫でる姿があった…。




軍管区という単語にロマンを感じる()
職権乱用イリーナさん、なお対価。



最近シーカーとドリーマーのこの関係が好きだよ。
ドリーマーもシーカーと一緒にいる中で変わっていくと思う…
たぶん、お互いに孤独だから結びついてるんじゃないかな。

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