ドーバー海峡を海底トンネルを掘り進めてフランス本土に侵攻するという、規格外の手段でもって上陸を果たした米軍戦力。真っ先に攻撃を受けたダンケルクは苛烈な攻撃と、送り込まれた感染者たちの群れの前になすすべもなく壊滅…さらにフランス軍が混乱している最中にノルマンディー地方より空挺降下と輸送艇による大規模な上陸を果たしたのだった。それはかつて米軍が100年以上前にして見せた史上最大の作戦と言われた"オーバーロード"の再現だった……だがその矛先は、皮肉にもかつて自分たちが解放し共に戦ったフランスへと向けられていた。
上陸した大部隊は破竹の勢いでつき進み、それはフランスの首都パリへと迫るほどの勢いであった。
ダンケルクを脱出し、幾多の犠牲を払いながらもフランスの首都パリ近郊へ撤退したMG5率いるMSFの大隊であったが、祖国の危機に駆けつけたフランス軍及び義勇軍が大挙して押しかけたこともあって身動きが取れないでいた。自分たちが救助した難民たちは優先的に避難をさせていたが、それもパリ近郊に到達した途端滞りを見せる。
首都パリにも英国からの難民や地方から逃げてきた人々が集まり、首都は混乱状態にあったのだ。
米軍の機甲部隊がすぐそばまで迫って来ている、フランス軍の迎撃部隊が壊滅した、大統領は既に国外逃亡した、感染者の群れが首都近くまで接近している……パリのあちらこちらで真偽の怪しい噂話が飛び交い、それはさらなる混乱を生む。
既存の警察組織だけでは秩序を保てず、必然的にPMCにその役割が回ってくるが相次ぐ混乱で連携も取れず秩序の悪化は歯止めが聞かない……そんな中、新たな米軍部隊がフランス南部のマルセイユに上陸したという情報が入る。ジブラルタル海峡を突破した米軍がついに上陸してきたのだ。
迎撃のため、フランス軍は分散され救援を周辺諸国や国連に求めるがフランスを支援しようとする国家はほとんどいない…ただ金で雇われた傭兵たちが、怒涛のように押し寄せる米軍を押さえていた。
パリの町に、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。
米軍の地上部隊がこの都市を蹂躙するよりも前に、奴らの爆撃機が無差別爆撃を仕掛けようとしていた。限られた航空戦力であるが、迎撃のために空軍部隊が動くが、AIに制御された無人攻撃機の圧倒的数の前に空軍は初戦で甚大な被害を被る。
都市に爆弾が落とされ、居住区にも容赦なくロケット弾が撃ち込まれる、大通りを逃げまどう人々を米軍の無人機は容赦なく機銃で薙ぎ倒す。パリの都のあちこちで人間の死体が倒れ、泣き叫ぶ幼い子どもたちの声が響く。
足止めを受けるMG5らは可能な限り人々を助けようとするが、それも限界であった…。
「撤収……か」
仮設のキャンプにて、MSF前哨基地より撤収命令を受けたMG5はそれが意味することを重く受け止めていた。指示を出したのは連隊指揮をとるエグゼ、おそらくより上位のミラーやスネークも関与していることなのかもしれない。
「エグゼ、他に方法はないのだろうか…?」
『それ以上そこでやれることはなんもねえよ、フランスと一緒に心中してやる以外はな。それに、もう難民たちにとっても逃げ場所はどこにもないんだよ』
「どういうことだ?」
『正規軍の奴ら、独断で東欧の国境線を封鎖しやがったんだ。近付く者は誰だろうと殺される…奴ら、フランスを見捨てたんだ。いや、奴ら大戦で戦った欧州の敵国がこのままアメ公に潰されるのを黙って見てるつもりなんだろうよ』
「こんな非常時に…!」
『人間ってのはどうしようもねえところがあってな。正規軍の中にはルクセト連盟に否定的な連中がいる、アメ公が欧州を蹂躙すれば連盟も破綻する…そんなとこだろうさ』
「酷い話だな……エグゼ、本当に難民はどこにも行けないのか? ユーゴはどうなんだ、イリーナさんが何とかしてくれないのか?」
『そいつは無理だ。バルカン半島には、もうあれ以上異民族を受け入れる余地はない……今だってまだ内戦の傷痕が残ってるんだからな。MG5、お前らはもう十分やり遂げたさ。撤収しろよ」
「………了解」
前哨基地との通信を切ると、彼女は失意の念に駆られうなだれた。自分たちは所詮金で雇われただけの傭兵に過ぎない、だがそれでも彼女は信念をもって任務についていた…戦争で故郷を追われ逃げ場を失くした人々を救うことに誇りを持っていた。
連隊隷下の大隊長である彼女は、より上位の指揮権限を持つエグゼから命令を受ければそれを拒否することは出来ない。だが彼女の信念までも否定することは出来ない、唇を噛み締め肩を震わせる……その場にやって来たキャリコは、彼女の心情を察し静かによりそうと、震える肩を抱き頬を寄せた。
「仕方がないんだよ、リーダー…あたしたちは十分やったよ」
「分かっているさ」
普段のMG5は凛とした佇まいで時に冷たさを感じさせるほど落ち着いた性格をし、誰からも頼られる部隊長であるが、そんな彼女にも自分の弱さをさらけ出したいときはある。今テントの中は彼女とキャリコの二人だけ、数少ない弱みを打ち明けられるキャリコの前でMG5は悔し涙を流す…そんな最愛のMG5を、キャリコは静かに抱擁していた。
だがパリに迫りくる悪意の群れは、そんな僅かな平穏すらも許してはくれなかった。
突如鳴り響く爆発音、再び無差別爆撃を仕掛けてきたのだと悟り二人は急ぎテントを飛び出した。指示を待つヘイブン・トルーパーたちに命令を出す…キャンプの片付けもそここに、必要最低限の物資だけをまとめて撤収の準備を取る。
「急げッ! 奴らの距離は近いぞ!」
無差別爆撃に加え、間断なく撃ちこまれる砲弾がパリの街並みを破壊していく。双眼鏡でパリの中心を伺っていたMG5は、パリの象徴でもあるエッフェル塔が大きく傾き沈んでいく様を見た。
これほどの爆撃と砲撃、いよいよアメリカがパリを陥落させるべく近付いているのだと悟る。
「リーダー! 撤収準備完了だよ!」
「分かった、すぐに撤収するぞ!」
準備をまとめた部隊に指示を出し、大隊はパリを逃れるために移動…彼方に見る荒野にはパリを目指し進撃する戦車部隊、軍用人形を格納した大型兵員輸送艇が列をなす。進撃する大型兵員輸送艇はMG5も見覚えがある、以前入手した米軍データに載っていたものだ。
重厚な装甲を持つ輸送艇内にはコンパクトに畳まれた100体を超える軍用人形が格納されており、それらを素早く展開することができ、パリを攻める米軍は見た目以上の規模を有していることになる。
迎え撃つフランス軍の覚悟も相当なものだろうが、おそらく米軍の勢いは止められない。
燃え盛るパリの都に背を向け、大隊は離脱……だがそんな彼女たちの行く手を阻み、非難を浴びせるのは逃げ場のない難民たちだ。
「私たちを見捨てる気か!?」
「恥知らずめ!」
「お前たちは我々を助けに来てくれたんじゃないのか!?」
数々の非難や、罵詈雑言を浴びせられながらも彼女たちは黙って前を進む。
それでも難民たちは助かりたい一心で部隊の後をつけたり、救いを懇願したり、せめて子どもだけでもと預けようとする。だがもう大隊には、難民たちを養う余裕すらない。そして一人を助けようとすれば他の者も便乗しようとする、彼女たちは救いを求める難民たちの手を振りはらい黙って進む。
そんな時、群がる難民たちの中で叫び声が上がる。
咄嗟に振り返ったMG5が見たのは、森の中から飛び出してきた感染者が女性の首筋に食らいついているところであった。森の奥からは感染者たちが続々と姿を現す。感染者に対峙するフランス軍兵士が首都の防衛にまわったことで、感染者たちが汚染地域から移動をしたのだろう。
「リーダー、どんどんくるよ!」
「止むを得ん、戦闘開始だ!」
命令を受け、部隊は感染者たちに向けて発砲する…しかし、パニックに陥り逃げまどう難民たちがいるせいでむやみに撃つことが出来ない。その間にも感染者たちの群れが迫る……犠牲を覚悟で難民たちを避けるか、あるいは難民もろとも感染者を殲滅するか、MG5に決断が迫られる。
「ああぁぁぁっ!!」
「キャリコッ!?」
背後から感染者に肩口を噛みつかれたキャリコが悲痛な声をあげる、キャリコは何とか肩の肉ごと感染者を引き剥がしたが、別な感染者が襲いかかり彼女は押し倒された。
「邪魔だ、どけッ!」
行く手を阻む感染者の側頭部を銃床でおもいきり殴りつけキャリコを助けに行こうとするが、感染者はなおも行く手を遮るのだ。目の前の感染者たちを撃ち殺していくがその数は多く、なかなか彼女のもとへ近付くことが出来ないでいた。のしかかる感染者をどうにか押しのけようとするキャリコだが、そこへ別な感染者が近付いていく。
「やめろ、キャリコに触れるなッ!」
MG5の叫び声は感染者たちの唸り声にかき消されてしまう、感染者たちの群れの中にキャリコの姿が消えた時、彼女の顔は絶望に歪められた……だが次の瞬間、目の前にいた感染者たちが突如斬り裂かれたように崩れ落ち視界が開ける。
同時に、キャリコを囲んでいた感染者たちもまた首や胴体を切断され崩れ落ちる。
とりあえず助かったキャリコだが、何が何だか分からず辺りを見回していた。
そんな時だ、感染者たちの唸り声に混じり聞こえてきた高笑い…。
「ふはははは! 我が世の春が来たーッ!」
聞き覚えのあるその声に反応し真上を見て見れば、そこにいたのはなんとウロボロス。樹上から飛び降りたウロボロスは真下にいた感染者を踏み殺し、なおも愉快そうに笑う。そんな彼女のすぐそばで霞が揺れたかと思うと、ステルス迷彩を解除したグレイ・フォックスが姿を見せる。
「戦争だ、待ちに待った戦争だ! この時を待っていたのだ! 私のような戦場で輝く戦士たちの理想郷、純然たる闘争の世界だ! ふははははは!」
狂ったように嗤いながら、襲いかかってきた感染者の眼孔にナイフを突き刺し殺す。
襲い来る感染者の群れは、グレイ・フォックスの高周波ブレードによって細切れにされ、変異が進み異形化した感染者が現れるもそれすらも容易く屠って見せる。
ひとまず難を逃れたキャリコをすぐさまMG5は救う。
「大丈夫かキャリコ!?」
「うん、なんとか…」
人間に比べ戦術人形はE.L.I.Dへの耐性があるが、その後の経過観察は必要だろう。
ひとまず肩口の噛み傷以外にはひっかかれた程度の傷であったため、ほっと安堵する……そうしている間にも、感染者たちを嬲り殺していくウロボロスとグレイ・フォックス。意思を持たないはずの感染者たちは恐れをなしたのかなんなのか、再び森の向こうへと姿を消した。
獲物をなくして一息ついたウロボロスは、MG5らに振りかえると不敵に笑う。
「どうした国境なき軍隊、えらく貧弱じゃないか? えぇ?」
「一応、感謝するべきなのだろうか? なんにせよ、またお前に助けられた形になるが…」
「ふん、どうでもいい。それにしても素晴らしい、ヤンキーどもめ…想像通り、いや想像以上だ! これほど楽しい戦争を起こしてくれるなんて!」
「落ち着けウロボロス、まずやるべきことがあったんじゃないか?」
「ムム…フォックス、おぬしは相変わらず堅物だな。まあいい、さてと愚民ども…」
先ほどまで逃げまどっていた難民たちをウロボロスは見下すように眺める。
怯え切った難民たちを軽蔑した目で睨んでいくが、その瞳に怯えた少年少女を映すと途端に笑顔に変わる。
「フフ、さぞ怖かっただろうガキども。もう大丈夫だぞ、この私がおぬしらを守ってやるからな」
「私たちを助けてくれるのか?」
「あぁ? 誰がおぬしらみたいな腰抜けの大人を助けるか阿呆が、失せろ、死ね」
「はい?」
しかし救いを求める大人たちには苛烈な言葉を返し、怯えた子どもたちだけをウロボロスは贔屓する。怯える子どもたちをあやしつつかき集めていくウロボロス、そんな様子にその場の誰もが唖然としていた。
「大人たちは助けないのか?」
「もちろん、大人はうそつきしかいないからな。大人と子ども、どちらを助けるかなど聞かずとも分かるであろう?」
「そういうものなのか?」
「そういうものだ」
かき集めた子どもたちにチョコレートを配っていくウロボロスに呆れつつ、相変わらず子供好きな姿にMG5の表情もいくらが和らぐ。ただし、自分たちの子どもを取り上げられる形となった難民の親たちはそうはいかない。ウロボロスの態度に怒りの講義をするが、そんな親たちをウロボロスは軽蔑し一喝した。
「ガタガタ抜かすな自分の子どもも守れない軟弱者どもめ。おぬしらの中で一人でも我が子を守るために立ち向かった者はいるか?」
ウロボロスの言葉に、親たちは何も言い返せない。それでも思いつく言葉で言い返す親をウロボロスは殴って黙らせる。
「いいか愚衆ども、おぬしらが何故故郷を追われているか教えてやろうか? それはおぬしらが腰抜けだったからだ、敵に立ち向かいもせず逃げた臆病者だからだ」
「お、お前みたいな人形に私たちの気持ちの何が分かるって言うんだ!」
「偉そうに言うなたわけが、カス共の気持ちなど私が知るか。敵に立ち向かう勇敢な戦士は例え死すとも、故郷にその骨を埋める。故郷を守るために戦いもしないおぬしらが不平不満を口にするな阿呆共」
「うるさい、私たちだって武器さえあれば…!」
「ほう、武器があれば一人前に戦えるか? 自分を殺そうと向かってくる敵を前にして小鹿同然のお主らが何秒その場に留まっていられるか見ものだな! いいかよく聞けカス共、戦う意思のある者は例え素手でも敵に挑むものだ! 手を失えば足で、足もなくなれば食らいついてでも立ち向かう! その意思がなければ、いかに強大な武器を持っていても敵に立ち向かうことは出来ないのだ!」
ウロボロスの言葉は常に上から目線、人間の大人たちを下等な存在と蔑むが彼女の言葉には妙な説得力があった。
「留まるも地獄、逃げるも地獄、ならば死に花を咲かせて見せよ。軍人だけが戦うのではない、親が子を守るために戦うことはなんらおかしいことではない。そんなこと犬猫でも分かっておるぞ? 安心しろ、おぬしらの子どもは私が末永く面倒を見てやろう……安心して敵に立ち向かうがいい」
最後に穏やかな声で、ウロボロスは諭しかける。
うつむいたままの難民たちを見て、期待は外れかと小さなため息をこぼしかけるが、一人の男がウロボロスを見返し戦う意思を示し始める。するとどうだろうか、一人、また一人と同調した者たちが現れる。やがて難民全体がその意思を示した時、ウロボロスは笑い声をあげた。
「喜べ、おぬしらはたった今より愚衆から雑兵に格上げだ! 雑兵といえど案ずるな、敵を倒せるのは死ぬ覚悟ができたものこそができる。死を決意したおぬしらは死兵となり、獅子奮迅の勇姿を見せられるだろう。これは私からの餞別だ、受け取るがいい」
そう言って、ウロボロスは運んできたと思われる大量の武器弾薬を難民たちに配る。引き換えに、持っていた金品を受け取る抜け目なさもあるようだが、もはや彼らにそんなものは必要ないだろう。
ある者は子どもたちの未来のため、あるものは祖国のため、ある者は報復のため…戦う理由はそれぞれだ、武器を手にした彼らは最後に子どもたちと抱擁し、子どもたちをウロボロスに託していった。
無論、全員がそうではない。
子どもを連れてその場から去る者もいたが、ウロボロスは特に責めもせずに見逃した。
「あー…ウロボロス?」
「なんだ」
「お前はこれからどうするつもりなんだ? もしよかったら…」
「断る」
「まだ何も言っていないのだが?」
「MSFに来いとか抜かそうとしたのだろう? 生憎、私はおぬしらが大嫌いなのでな、誰が好き好んで共闘などするかたわけが、戯言を抜かすな。だがまあ、おぬしらがどうしてもというのであれば考えてやっても…」
「もう行くぞウロボロス、子どもたちを安全な場所に運ぶのが最優先だ」
「お、おうそうであったな。とりあえずガキどもをアフリカに運んで、戦争はそれからだな。それでは諸君、また会おう」
何が何だか分からないうちに、ウロボロスは子どもたちを引き連れてその場を立ち去っていってしまった…。
パリは燃えているか…
ウロボロス「子どもはかわいいがいつか大人になってしまう、どうすれば…」
アーキテクト「そんなやさしいへびのおねーちゃんに朗報です! 成長を止めるナノマシンを開発しました!」
ウロボロス「うむ、素晴らしい。ノーベル平和賞ものだ、早速イーライにだな」
イーライ「やめろーーっ!」
ゲーガー「もうやだこいつら」