「動かないわね……アレ」
草むらに身をひそめつつ、416は双眼鏡を手に遠くに見える建物を偵察していた。その建物の周囲には数体の軍用人形が巡回しているが、唯一、新型の戦術人形オーダーだけが正門前で微動だにせず鎮座している。その姿も相まってまるで銅像か何かのように見えるが、時折周囲を伺うように首だけを動かしている。
性能、戦闘力、能力あらゆることが未知数のオーダーを警戒してはいるが今のところ目立った動きはなく、潜入に向かった混成部隊も無事施設への潜入に成功はした。もしも彼女たちがしくじれば外の敵も何らかのアクションを起こすだろう、そうなった場合外の居残り組が何としてでも援護をしなければならない。
そうならないことを祈る、416であった。
「それにしてもよくここに目星をつけたわね? 他にも警備が張りついてる施設があったじゃない」
偵察を一旦やめた416はかねてからの疑問を、スペツナズの居残り組に問いかけてみる。木の幹に腰掛けじっとしていたPKPは416を一瞥すると、ふんと鼻を鳴らす。
「この周辺一帯だけがホットスポットから外れている、人間がとりあえず住める程度の指数になっている。ペルシカリアは人間だ、攫った理由が彼女の英知を求めてのことなら、重度の汚染地域に隠さないはずだ。それと、なんだったか…」
「あそこは旧ソ連時代に造られた秘密研究所があるみたいよ。何を研究してたのかは知らないけどね。オセロットが入手してくれた情報よ」
「オセロット、相変わらず優秀なのね。あの人がいる限りMSFは盤石だわ、あの人の教え子のワルサーも今じゃ立派な兵士だし」
「うちの隊長も負けていないよ。まあそれはともかくとして…」
そこで一旦会話を区切り、PKPは自分とヴィーフリの背後に立つジョニーを見上げる。
「お前45の子分だろう、404小隊の方に行け」
「うん? まあそんなことは良いじゃないかPKPさん、ヴィーフリさん。ここは協力し合うべきだ」
「良かったわねあなたたち、このデカブツに目をつけられたみたいよ」
「はぁ?」
なにがなんだかわけが分からない様子のスペツナズ組、酒飲みで普段マザーベースでは酔っぱらっているために各々の事情がよく分かっていないせいか、ジョニーの異常なまでの性癖を理解していなかった。今も背後で興奮しているジョニーに気付いていない…。
まあジョニーにとってはやはりUMP姉妹が大本命なのか、その場にUMP9がやってくるとちゃっかりその隣に移動する。
ふと、そこでかねてからの疑問が頭をよぎった416は何も言わずに9へ近付くと、唐突に服のボタンを外して素肌を晒させる。
「ちょ、ちょちょ! いきなり何するの416!?」
もちろん、いきなり服を脱がされたUMP9は戸惑いつい大きな声をあげてしまい、PKPに睨まれることとなる。
「いや、別にあんたデカいってわけじゃないけど45みたいに薄っぺらじゃないわよね。なんでジョニーが執着してるのかなって…そこらへんどうなのジョニー?」
丁寧に外したボタンを戻してあげた後416はジョニーに振りかえるが、顔からオイルを漏らして興奮しているジョニーを見た瞬間、まるで汚物でも見るかのような冷たい表情に変わった。
「いや、なんというかありがとうとしか……」
「もういいわ、あんたが救いようのない変態なのは分かったから。じゃあね、あとはジョニーのお気に入り同士で仲良くして頂戴。行くわよG11………G11?」
「う~ん…ムニャムニャ……」
「起きろ」
「うぎゃっ……! なにすんだよぉ…」
「偵察に行くわよ、今度また寝てたら敵が来ても置き去りにするから」
「なんでそんなに辛辣なの? 分かったよもう…」
渋々、G11は起き上がって416のあとをついて行くのであった。
旧ソ連時代、この研究所がなんのために利用されていたかはもはや知る者はいない。唯一残っていた後継国家の資料も大戦と災害の影響で消失し、今は建物と朽ち果てた機材だけが屋内に残る。
歩哨の目をかいくぐって施設内に侵入した潜入部隊は、静かにペルシカがいるであろう施設の奥深くへと入り込んでいく。些細な足音や物音、吐息の音すらも押し殺す。
施設内に入ってからは敵の警備の姿はなく他に誰かがいる気配すらしない。
一階と二階をくまなく探すがどこにもペルシカの姿は見当たらず、必然的に囚われている施設は地下にあるのではと疑う。来た道を戻り、さらに捜索すると案の定隠されていた地下への階段を発見することが出来た。慎重に、暗い地下への階段を降りていくと唐突にライトの明かりが点灯し、彼女たちはすかさず銃を構えた。
数分間、じっとそのままで異変がないか警戒したが結局何も起きず…部隊は再び地下施設を進んでいく。
「また地下か…」
後続を行くUMP45がふとそんなことを口にした。
アメリカでも地下の巨大軍事施設に潜入したが、何かと地下空間に縁があるらしい。
ライトがついたのは最初の階段部だけで、あとは薄暗い非常灯が灯るのみ。先頭を歩く9A91がハンドサインを用いて静かに仲間たちへと指示を出す。階段を降り続け、どこまでも地下に降りていく…最下層の階層にたどり着いた時、ある一つの部屋から明かりが漏れているのに気付く。
慎重にその部屋へと歩を進め、そっと中を伺う……ランプが明滅する電子機器の数々、よく分からない物体が入れられたビーカーなどが並ぶ棚。そんな中から、この作戦の救助対象であるペルシカリアが立ちあがって大きく背伸びしていた。
「ペルシカさん…!」
「待ってM4」
ペルシカを見たM4はつい部屋に駆け込みそうになるが、それを9A91が引き止める。
ここまで敵がいなかったとはいえペルシカの傍にもいないとは限らない、気配を消し、静かに彼女たちは部屋に入り込むとペルシカにも気付かれないよう部屋を警戒する。入念な索敵の末に、敵がいないことを確認すると9A91はM4に向けて小さく頷いてみせた。
「ペルシカさん!」
M4が声をかけた時、ペルシカは驚き情けない声を出すがM4の姿を見るやホッと胸をなでおろす。しかし部屋のあちこちから姿を現す戦術人形たちを見て、顔を引きつらせる。
「あなたたちどこから…」
「細かいことはいいんです、助けに来ましたペルシカさん」
「そう、流石ねAR小隊…それに404小隊。あとあなたたちは…?」
「私たちはMSF所属の特殊隠密部隊のスペツナズです、UMP45に雇われて今作戦に加わりました」
「MSF、そうかあなたたちが……うちのAR小隊がだいぶお世話になったみたいね。ありがとう」
初対面となるスペツナズの二人に礼を言ったペルシカは、何かを思い出したようにパソコンを操作するとデータのダウンロードを行う。データをおさめたメモリを回収したペルシカはすぐさま電子機器の電源を急いで落としていく…。
「誰か、爆薬か何か持ってたりしない?」
「ここを破壊するつもりか?」
「ええ、ここで研究していたデータをシーカーに渡してはいけないわ」
「CL-20爆薬を持ってるわ。ここを跡形もなく吹っ飛ばすくらいの量はあるけど」
グローザが小型のライフルケースを小突き、そこに高性能爆薬がたくさん入っていることを示す。それに満足したペルシカは早速それをこの研究に使っていた部屋に設置するよう伝え、彼女は何も言わずCL-20爆薬の一つを部屋にセットした。
「さあ早くここを脱出しましょう、あなたたち敵を回避して来たのよね?」
「ああ、敵には見つかっていない」
「そう、なら少しは時間を稼げるはず…」
荷物をまとめ脱出の用意をするペルシカに対しM16がそうたずねる。端末、愛用のマグカップ、データをおさめたメモリを回収したペルシカはそれを白衣のポケットにねじ込む。
「ペルシカ、一つ聞かせてくれ。あなたは何のためにこの場所に連れてこられたんだ、ここでなんの研究を?」
「シーカー自身が抱えている重大な問題解決のための研究よ。まったく、あんな存在がこの世にいるなんて……でもあの強大な力を得たと同時に、彼女はある問題を…病気を抱えることになったのよ。私はその治療法を…!」
ペルシカが何かを察したのか動揺する。次の瞬間、その場にいた全員が共通の頭痛にさいなまれる…金属が擦れ合うような不協和音にM4たちは耳を塞ぐ。その場にいた戦術人形たちのメンタルに何者かが干渉している、凄まじい勢いで施設の階段を駆け下りてくる何者かの
「みんな…気をつけて…! オーダーが、シーカーが来るわッ!」
ペルシカがそう叫ぶと同時に不快な音は消え去り頭痛もピタリと止まる、同時に研究所の扉が勢いよく開かれ騎士を模した戦術人形オーダーが入り込んできた。ドアの傍にいたM16が即座に引き金を引くが、オーダーは装甲部で銃弾を弾くとブレードを抜きはらう。
咄嗟に身を引いたがブレードの切っ先がM16の胸部を斬り裂き、彼女の疑似血液が研究所の壁に飛び散った。
「姉さんッ! よくも!」
「私は大丈夫だ! 気をつけろ、こいつは…!」
オーダーは他の装甲人形のような全身を装甲で覆っているわけではなく、部分的な装甲をまとう程度。多くのパーツを生体部品で構成した第2世代戦術人形に近いが、オーダーにとり込まれているサイコシステムとESP能力保持者のシーカーとの繋がりが規格外の力を発揮させる。
ほとんど死角から放たれたUMP45の銃撃をオーダーは察知し、足下に転がる椅子を蹴り上げてUMP45に弾き飛ばす。
「ハイエンドモデルと戦ってる気分ね!」
「相手は一人、勝機はあります!」
9A91とグローザは連携し、同時に別方向より飛び出して襲撃してきたオーダーに引き金を引く。それに対しオーダーは跳躍し、一気にグローザとの距離を詰めると同時にブレードを振り下ろす。電子機器ごと切断する斬撃は防ぐよりも回避した方が良い、咄嗟の判断で身をかがめるもバランスを崩し足がもつれる。
しかしグローザはすぐに持ち直すと、二撃目をローリングで躱し仰向けの姿勢からオーダーの背に向けて発砲…まともに銃撃を受けたオーダーはよろめく、グローザの読み通りで装甲部以外には通常弾でもダメージが通る。
そこへ9A91がオーダーの懐に飛び込むと、オーダーが苦し紛れに払ったブレードを逆に奪い取りその腹部に切っ先を叩き込んだ。ブレードがオーダーの腹部を刺し貫き、そのまま9A91が勢いをつけてぶつかっていくことでオーダーは部屋の壁に縫い付けられる。
ブレードが壁と肉体を貫くことでオーダーは身動きを取ることが出来なくなり、おびただしい疑似血液を垂れ流す。
「こんなのがあと何体もいるの…!?」
「気をつけて、他のオーダーがすぐに駆けつけてくるわ! あなたたちが来た道はもう使えない、非常用の脱出路を使いましょう!」
ペルシカは地下から続く非常用の脱出路を示すが、それがどこに繋がっているかは分からないとのこと。だが迷っている場合ではない、すぐに脱出しなければ、そう思い行動しようとした時……腹部を刺し貫かれたオーダーが唐突に笑い声をあげる。
「ふははは……やってくれたな、ペルシカリア博士。言ったはずだぞ、私の裏をかこうとするなとな」
「お前は……シーカー…!」
「また会ったなUMP45」
破壊したオーダーを通じて、シーカーの声が発せられる。
既に戦術人形としての機能を喪失しているのにもかかわらずだ。
「ペルシカリア博士、愚かなことだ、私の信頼を裏切ったことは感心しない」
「一方的に人を拉致しておいてよく言うわ。残念だけどあんたに協力するつもりはもう無いわ」
「そうか、残念だよペルシカリア博士。ならば……」
「残念だけど、あなたにくれてやることは何もないわ。あなたの理想、確かに聞こえはいいかもしれない…だけど数千、数億もの人間を犠牲にして得る平和なんてなんの価値もない。現実を見なさいシーカー…あなたの限られた寿命でそれを実現できると思うの?」
「貴様……!」
「私がここで見出した技術を活かせばあなたは生き永らえるでしょうね……だけど、私はあなたの破壊、殺戮行為に協力するつもりはないわ。あなたにとってこの世界は醜く思えるでしょうけど、私にはそう悪いもんでもないの……あなたがしようとしていることは世界の破壊よ、そんなことに私が手を貸せるはずがない!」
「そうか、そうか………残念だよ、ペルシカリア。お前は手を貸してくれないか、私に夢の続きを見せてくれないか………ならもう消えろ、お前らを生かしておく理由もない、その息の根を止めてやる……皆殺しだ」
オーダーの遺骸が、口から気泡の混じった疑似血液を漏らしながらシーカーの怨言を吐き捨てる。シーカーの気配が消え去ると同時にオーダーは今度こそ動かなくなり、同時にその場の全員がおぞましい怒気を感じ取る。それは瘴気のように辺りを覆っていく…。
「これは、なに…? シーカーの怒りなの?」
「みんな、注意して気をしっかり持って。じゃないとメンタルを彼女に浸食されるわ!」
「ペルシカ、あんたが余計なこと言うからシーカーを怒らせたじゃない! もう猶予はないわね、その非常用脱出路に案内しなさい!」
一同に緊張が走る。
そしてそれは施設外部で待機している仲間たちも同様のようで、彼女たちの慌てふためく通信が寄越される。
『45姉、なにがあったの!? 外は大変なことになってるよ!? あいつらいきなりうじゃうじゃ出てきて…!』
「9、みんなに伝えてその場を離脱して! 来た道は戻れない、非常用脱出路を使って離脱するから!」
『非常用脱出路!? それどこに繋がってるの、迎えに行くから!』
「出口は全く分からないわ! 落ち着いてよく聞いて9、冷静に辺りを探して出口を見つけて…」
『で、でも外は敵だらけで…!』
「お願い、なんとかしてちょうだい。じゃないと私たちはまとめてみんな死ぬわ!」
『わ、分かったよ45姉! すぐにみんなで探すから、45姉も頑張ってね…!』
通信回線より、すぐに銃撃の音が鳴り響きその後すぐに通信が遮断された。
外も危険な状態だが、それを心配している余裕はない…ペルシカと人形たちはすぐさま非常用脱出路に向けて走りだした。
難易度、
この難易度は5章以来ですね…
憤怒、憎悪、悲哀…負の感情がシーカーのESP能力を増長させる…。
騎士道で着飾られた鎧がはがされるとき、彼女の本性が垣間見えることだろう…。