地下研究所から続く長いトンネル…そこがいわゆる脱出用トンネルということになっているのだが、突き当りで撤退する部隊を阻んだのが果てしなく続く長い梯子であった。明かりが絶えて先の見えないどこまでも続く梯子、背後からはおそらく追手が追いかけてきているはずであり、彼女たちに選択肢はなかった。
先頭をUMP45が行き、順番に他の者が続く。
「はぁ……はぁ…!」
3番目に梯子を昇るM4は他の者より若干辛そうな表情を浮かべる。
戦術人形としてならともかくとして、生身の人間…それも普段運動などしないペルシカがこの長い梯子を昇りきれるはずがないとして、ペルシカはM4の背にしがみつきロープで固定された状態でいる。どこまで続くか分からない梯子を、人ひとりを背負って昇っていくのは人形にとってもとても負担が大きいこと。
だが昇ってしまえばその重荷を他の者が変わってやることもできない。
「ごめんなさいM4…」
「大丈夫です、私は…!」
泣きごとを言ってもどうにもならないことはM4も知っている。既に手の感覚がなくなるほど疲労が蓄積しているが、手を離せば数十メートル下まで真っ逆さま……死は避けられない。後続には9A91とグローザがいるとはいえ、落下した二人を受け止めるのは困難だろう。
「あっ!」
M4の背に掴まるペルシカが白衣のポケットから何かを落とす。
それを間一髪、グローザが掴む。
「ありがとうグローザ、それを落としたらこの逃避行も無意味だったわ」
「研究データのメモリーか? 私が預かっておくわ、M4、その博士重いでしょうけど頑張ってね」
互いに励ましあい、先の見えない梯子を昇っていく。
そんな果てしなく続く苦行もやがては終わる、梯子を昇り切ったUMP45が二番目に昇るM16を引き上げその後にやってくるM4を励まし続け、最後の最後で手を伸ばしたM4の手を掴むと一気に引き上げる。
「頑張ったなM4、よくやった!」
重荷から解放されたM4はそこで倒れ伏し、玉のような汗を流して息を荒げる。
「ありがとうM4、重かったわよね?」
「帰ったらダイエットだなペルシカさん」
「ほんとうに、よくやったわね」
これには普段他人を滅多に褒めることのないグローザも感心し、M4を褒め称えていた。彼女たちはすぐには動かず、M4の体力が回復するのを待つ。時間に猶予はなかったが、M4のためにも休息は必要であった。
この通路がどこまで続いているのかは誰にも分からない、梯子を昇り切った先にも道はあり、コンクリートのトンネルは続いている。
「シーカーの奴、まだ諦めてないかな?」
「諦めてないでしょうね。それに、この肌にまとわりつく嫌な感じ…あいつがすぐそばで見ているみたいで気持ち悪いわ」
あの時、シーカーが怒りを現した時以来彼女たちは終始シーカーの目で見られ続けているような気味の悪い感覚が付きまとっていた。気のせいかもしれないが、UMP45は以前シーカーにメンタルの深層を覗き込まれたこともあり、この不快感もあのESP能力が関係していることを確信していた。
「M16姉さん、そろそろ行きましょう」
「もう大丈夫なのか?」
「ええ、待っていただいてありがとうございます」
「よし、じゃあ行こう。ペルシカさん、この先はどこに繋がっているだろうか?」
淡い期待を込めて尋ねるが、ペルシカは首をかしげ難儀を示すのみ。行先は分からないがとにかく進むしかない、だが時折吹く風がこのトンネルがどこかに抜けていることを示している。
非常灯の薄明りを頼りに彼女たちは走り続ける、運動不足のペルシカには辛いだろうが根性を出してもらうしかない。
「待って!」
先頭を走るUMP45が唐突に足を止める。
薄暗いトンネルの先に何かを見つけたのか彼女は目を細め伺っていたが、その正体に気付くと大声で叫ぶ。
「みんな伏せてッ!」
咄嗟に床に伏せると同時に、トンネルの先よりミサイルが放たれそれは背後の壁に着弾し爆発を起こす。ペルシカをかばって伏せたM4が顔をあげると、その向こうからは撤退を阻むかのように立ちはだかる重装戦術人形ジャガーノートが接近していた。
次の攻撃が来る前に、彼女たちは急ぎ遮蔽物に身を隠すものの、薄いコンクリート壁程度ではジャガーノートの軽機銃を防ぐのすら危ういだろう。ジャガーノートの装甲を撃ち抜ける装備を持つ者はおらず、強引に撃破するしか方法はない。
だが遮蔽物に身を隠したM16は、背後から無数のダイナゲートが迫るのを見る。
「後ろからも来るぞ!」
すかさずダイナゲートの群れに向かって引き金を引く。一体一体は貧弱で容易く破壊できるが、破壊された個体を乗り越えてくるダイナゲートは止まらない。怒涛の様に押し寄せるダイナゲートが迫り、肉薄する。
「くそ、さっさと倒れなさいよ!」
UMP45、そしてM4がジャガーノートへ向けて撃ち続けるが強固な装甲にことごとく阻まれてしまう。避けるまでもないと、そう思っているのかジャガーノートは仁王立ちし、その大口径キャノン砲の砲口を向けてきた。照準に捕らえられたとき、二人はすぐに回避行動に移ったが、放たれた砲弾が遮蔽物ごと粉砕し衝撃で二人は壁に吹き飛ばされる。
「くっ…うぅ…!」
なんとか起き上がったM4であったが、左腕は力なく垂れさがり激痛が走る。今の一撃で腕を折られたのだ。一緒に吹き飛ばされたUMP45もまたダメージが大きい、彼女は炸裂した砲弾の破片によって腕をズタズタにされていたのだ。
ジャガーノートの激しい弾幕と火力、迫りくるダイナゲートの群れ……絶体絶命の危機にも彼女たちは諦めず、引き金を引き続けるが敵は冷酷に、そして容赦なくその命を刈り取るべく遅いかかってくる。
「グローザ、あなたC4爆薬は持ってましたよね!?」
「ええ、持ってるけど! でもここで使うには…!」
「構いません、使ってください!」
「どうなっても知らないわよ!」
9A91に使用を許可されたグローザは一旦身を隠し、ケースを漁りC4爆薬を手に取った。9A91はそう言ったがそのまま使用してしまえば自分たちもろとも爆発する、そうならないようグローザは爆薬を調整すると正面に立ちはだかるジャガーノートを見据える。
そしていざ投げようとしたとたん、ダイナゲートの一体がグローザの背に跳びかかり狙いが狂う。
「邪魔よッ!」
跳びかかってきたダイナゲートを壁に叩き付けて壊し、投げたC4を探す…C4はジャガーノートの数メートル先のところに転がっていた、だがそこではジャガーノートを破壊することは出来ない。もっと近く、出来れば密着するほどの距離で起爆させなければ。
その時、M4が遮蔽物から飛び出しC4爆弾に向けて走りだす。
ジャガーノートより放たれる機銃を避けながらC4までたどり着いた彼女はそれを拾うと、ジャガーノートに投げつける。
「グローザッ!」
爆破しろ、そう訴えるM4だがその距離では自分も爆風で吹き飛ばされてしまう。躊躇するグローザであったが、M4のすぐ後に跳び出したUMP45がM4を掴み伏せるのを見て起爆スイッチを押した。ジャガーノートの目の前で爆薬が炸裂、爆発をまともに受けたジャガーノートは大きくぐらついて倒れる。
正面のジャガーノートを排除した彼女たちは狙いを背後から迫るダイナゲートの群れに向け、ありったけの銃弾を叩き込み殲滅した。
「M4! このバカ、無茶し過ぎよ!」
「すみませんグローザ、でも誰かがやらないといけなかった…そうですよね?」
「まったくもう…!」
間一髪、UMP45のおかげで二人とも爆発で吹き飛ばされることは免れたようだ。破壊したジャガーノートは未だ完全に機能停止してはいなかったが、駆動部を破損し身動きが取れない様子。あえてとどめを刺す必要も無く、彼女たちは急ぎ先を目指す…。
「どうやらここ、川に繋がってるみたいね」
トンネルの壁面に、錆びついた案内板を発見したペルシカがそう呟く。それが示すところによると出口まではもう数キロ先、もう少し頑張れば脱出できる。だがそんな言葉に反応する者はいない…。
たった一度の戦闘でM4は腕を損傷し、UMP45は重傷を負い、M16もまた全身を負傷していた。9A91もグローザも、少なからずダメージを受けている。次に敵が襲いかかって来た時、返り討ちにできる保証はなかった。
無言で歩き続ける彼女たちであったが、ふと正面を鉄格子の扉が阻んだ。
分厚い鉄格子であったが、施錠のための錠は外されていた。
「まって、また敵が来るわ!」
「ちっ、しつこい奴らね!」
背後から再び遅いかかってきた敵の戦術人形パラポネラ、ジャガーノートのような強敵ではないもののその数は多い。襲撃してきた敵を全て撃破するも、傷の度合いは増し、残りの弾も少なくなって来ている。比較的軽傷で済んでいるグローザは、悲惨な現状を冷静に見ていた…。
敵を撃破し、鉄格子を一人づつ通過、9A91が扉をくぐった数秒後、鉄格子の扉が軋み閉ざされる音がなる。
「何を…してるんですか、グローザ…?」
振り返った9A91が見たのは、閉ざされた鉄格子の向こうで施錠をかけるグローザの姿だった。
鉄格子に駆け寄った9A91に対し、彼女は柔らかく微笑みかけるのだ…。
「隊長さん、私がここで敵の足止めをするからみんなをよろしくね?」
「なにを言ってるんですか! 今すぐここを開けてください!」
「それはできないわ隊長さん、だって鍵は持っていないもの」
「ふざけないでください! 何を血迷っているんですか!」
「ふざけてないし血迷ってもいないわ、だってこうするしかないんだもの、分かるでしょう隊長さん?」
9A91は叫び鉄格子を何度も蹴りつけるがびくともしない。
何度もグローザの名を呼ぶが、彼女の考えが変わることは無い。
「グローザ、あなた…死ぬつもりなの? そんなこと、絶対に許さない」
「あら45、冷酷非情な404小隊のリーダーが言っていいセリフじゃないわね。あなたは私たちの雇い主、使い潰すつもりで扱き使わなきゃ」
「バカにしないで! 私があなたたちスペツナズを選んだ理由は、任務を成功させて絶対に生還するって信じてたからよ! バカな考えは止めて、さっさとこっちに来なさいよ!」
「45の言う通りです、C4でもなんでも使ってこっちに来てくださいよ! あなたが犠牲にならなくても、みんなで生きて帰れます!」
「ありがとうねM4、あなたの優しさは好きよ。だけどね…あなたがさっきも言ったように、誰かがやらないといけないのよ。M16……お願い、みんなを連れていって」
「グローザ、お前……本当にそれでいいのか?」
「ええ、もちろんよ」
「そうか、分かった……」
M16は目を伏せ、一度深呼吸をすると意を決してM4の腕を掴み鉄格子から引き剥がす。M4は抵抗するがそれをM16は無理矢理引っ張って行く。
いまだ納得していないUMP45も、グローザの真っ直ぐな瞳を見て苦渋の末に引き下がった。
最後に残るのは、鉄格子を握ったままうなだれる9A91……そんな彼女に、グローザは困ったように笑うと、そっと彼女の頭を腕に抱く。
「誰かが犠牲にならないと生きて帰れない。じゃないと全員ここで死ぬわ……隊長さん、同じ死ぬにしても私は犬死だけはごめんよ。それにね、私が死ぬことであなたたちを生きて帰すことが出来るなら、私の命の価値は何倍にもなるってことよ?」
「認めません、絶対に……生きて、帰るんです…」
「私はいつもこんな結末が来ることを覚悟していたわ、あなたもそうでしょう? 戦場に生きていれば別れは絶対についてくるものよ」
「嫌だ……そんなのって…」
普段滅多に見ない9A91の感情の吐露にグローザも戸惑い、瞳が潤む。彼女の頭を抱く腕にも力が込められるが、背後より爆音が鳴り響くとグローザは9A91を突き放し厳しい言葉をつきつける。
「隊長さん、いえ9A91、己の使命を全うしなさい! あなたはMSFの最高称号FOXHOUNDを冠する兵士よ、こんなところで悲観にくれていい存在じゃないのよ! 私は常に死を迎える覚悟はできていた、あなたが私の隊長ならその覚悟を受け止めなさい!」
「グローザ…!」
「みんなを生かすためよ、私の死は無駄じゃないわ。でも9A91、あなたが覚悟を決めなきゃ私の死も無駄になってしまうじゃない……お願いよ、隊長さん」
「……分かりました、グローザ」
9A91は涙をぬぐうと、覚悟を決めた面構えを見せる。
「敵をできる限り引きつけてください、可能な限り出来るだけ多くの敵を道連れにしなさい。武運を祈ります、OTs-14グローザ、
「グローザ、仰せのままに」
首に提げられたドッグタグを引きちぎり、鉄格子の向こうに伸ばす。ドッグタグが握られたグローザの手を、9A91は固く握った。
決別、その意味が込められた握手の末にドッグタグが9A91に託されると、二人は互いに背を向けて走りだすのであった…。