METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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託される想い

 暗いトンネル内に響き渡る複数人の足音。

 わき目も振りかえらずただまっすぐにひた走る彼女たちは、ようやく見えてきた明かりに希望を感じ始めるがそれは自分たちが残して来てしまった、大切な仲間と引き換えに得たものだ。通り抜けてきたトンネルの向こうからは、銃声や爆音が反響して聞こえてくる。

 この銃声が聞こえているうちは彼女が無事である証、だが命をかけてその場にとどまった彼女は…。

 先頭をUMP45がゆき、誰ひとりとして立ち止まることは無い。立ち止まってしまえば振り返り、来た道を戻ってしまいそうになるからだ。だがそれは絶対に、彼女自身が許さないことだろう…仲間を守るために一人残ったグローザが。

 

「もうすぐ、もうすぐ外に…!」

 

 光が差し込む先に出口を見出したUMP45はやや表情を和らげて出口を見据える。長いトンネルを抜けてきたせいで差し込む光がとてもまぶしい、ついつい先を確かめずに足を踏みだしてしまいそうになるも、光の中で微かに見えた景色にハッとして慌ててその場に踏みとどまる。

 

「ストップストップ! 止まってみんな!」

 

 間一髪勢いを止めて止まるUMP45、あと少し反応が遅かったなら谷底へと真っ逆さまだっただろう。

 トンネルの出口は確かに見つけたが、そこにかかっていたであろう橋は崩落して眼下の谷底にその残骸が散乱していた。対岸まではおよそ10メートルほど、危険を犯し跳び越えてみようなどと考えられる距離ではない。ここまで逃げてきたというのに最後の最後にこれだ、ツキに見放されているとしか思えない事態にUMP45はトンネルの壁を殴りつけた。

 そんな時だ、対岸の茂みからUMP9がひょっこりと顔を出したのは。

 

「みんな、45姉がいたよ!」

 

「うおぉぉぉっ45姉ッ!」

 

「良かったわね45、この変態があんたの匂いを嗅ぎつけてここまで来たのよ」

 

 UMP9の後に続いて他のみんなをその場に駆けつける、どうやらみんな無事らしい。

 しかし助けが来たのはいいとしてどうやって対岸に渡るのか、そこで416の提案によって対岸からロープが投げ渡され対岸とトンネル側に強固に結び付けられる。危険だがそのロープを伝って対岸に渡ろうという試みだ。

 一人ずつ順番に、ロープを伝っていく。

 手が滑ったり離したりすれば、谷底へと落下し無事では済まされない。ロープを渡る者たちはなるべく下を見ないようにしてロープを渡る。一人でロープを渡り切れないペルシカをM16が背に担ぎ、無事に対岸へと渡り切る……最後に9A91が渡るとロープは外されるが、そこで彼女たちは違和感に気付く。

 

「隊長、グローザは…?」

 

 その違和感の理由をPKPが尋ねると、救出に来た人形たちの視線が9A91に集まる。

 グローザの姿が無いのを見た彼女たちに悪い予感がよぎるが、それでも聞かずにはいられなかった…それに対し、9A91は表情も声色も変えずに応えるのだ。

 

「グローザは我々の援護のために敵を食い止めています。おそらく生きて帰ることは無いでしょう。今は任務を優先させます、回収地点(リカバリーポイント)へ急ぐのです」

 

「隊長……分かった、分かったよ」

 

 たった一度、PKPは悲しみに目を伏せると次に顔をあげた時にはいつも通りの表情へと戻っていた。それは同じスペツナズの一員であるヴィーフリも同じだ。だがそんな気持ちの切り替えが、冷酷な精神と映ったのだろう…M4は彼女たちを見て唇を噛み締め固く拳を握る。

 

「止せM4、今じゃない…」

 

「姉さん…」

 

 妹のそんな憤りを見て、姉のM16は彼女の肩を掴み首を横に振る。

 自分たちが気安く口を挟んでよいことではない、そうさとされて彼女は小さく頷いた。

 

「回収地点はベラルーシ国境よ。気をつけて、正規軍がこの騒ぎに気付いたわ。正規軍が向かってきているのは南から、私たちは北側に逃げるから接触はないはずよ。ここから先はもう後戻りはできない、後悔はないわね?」

 

 UMP45のその言葉は、明らかに9A91に対し向けられたものであった。しかしそれでも、彼女の表情は変わらない……トンネル内でグローザに見せたあの表情は何だったのか、今の9A91が見せる表情との差にM4は戸惑いを感じていた。

 話をまとめ、いざ回収地点へと向かおうとした時だった……416は道の先に佇む二人の人影を見て銃を構える。他の者もそれに気付いて銃を構える中、相手のうちの一人が無防備のままに悠然と歩いてくる。

 

「おぉ、こんな僻地で可愛い女の子に会うとはね。今日は吉日だ、そう思いませんか大尉?」

 

 戦術人形ではない、かといって生身の人間でも無い…似たような相手と対峙した経験のあるUMP45と416はその二人がサイボーグ兵士、おそらくは米軍兵士だと見抜く。

 

「奴の感情が増長していると思ったら、そういうわけか。なるほど…」

 

「大尉殿、どうして欧州の戦術人形ってみんな可愛い女の子の見た目してるんですかね? こんなんじゃ殺すの躊躇してしまいますよ。まるっきり人間と同じだ」

 

「見た目だけだ軍曹、所詮鉄と生体パーツで出来たマシンに過ぎん。さて、どうしたものか…あの女と話しあいに来たのだが、なかなか興味深い展開だ」

 

「私たちを前にしてずいぶん余裕な態度ね? MSFのデストロイヤーにちょっかいかけたのって、もしかしてアンタらだったりするわけ?」

 

「ご名答。大尉殿、この中から一人選ぶとしたらどうします?オレは――――」

 

「やめろ軍曹、聞きたくもない。人形ども、貴様らが余計なことをしてくれたおかげでどうやらあの女の中で眠る力が目覚めたらしい。愚かな奴だ、最期の瞬間まで奴は呪縛から逃れられんというのに……まあいい、微々たる計画変更程度だ」

 

 暗いトンネルの先を見据えた大尉は、踵を返し立ち去ろうとする。

 

「何もしないで帰るわけ? 後々後悔することになるかもしれないわよ?」

 

「粋がるな人形。貴様ら程度いつでも殺せる、最後の戦争の日は近い……それまで、せいぜい人間ごっこを楽しむことだな。行くぞ軍曹、ここの用はなくなった」

 

「大尉? 大尉殿? はぁ、もう少し人形ちゃんたちと話したかったのに……じゃあな人形ちゃんたち、元気でな」

 

 立ち去る大尉の後を軍曹は追いかけていくが、何度も立ち止まっては人形たちに手を振る。それに対し、手を振り返そうとする人形はただの一人もいないが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶え間ない銃声、手榴弾が炸裂する爆音、床に転がり落ちる薬莢が絶えず音を鳴らし続ける。

 一人トンネルにて迫りくる敵を迎え撃つグローザをシーカー率いる戦術人形たちが仕留めようとするが、グローザは頑強に抵抗し、ただの一人もトンネルを通しはしなかった。

 グローザには限られた装備しかないが、それでも彼女は怒涛のように押し寄せる敵をたった一人で押しとどめていた。所持する爆薬を投げつけ、トンネルの崩落も躊躇しない。たった一人を相手に攻めあぐねる理由として、グローザはあえてトンネルが狭くなっている箇所を選ぶことで正面に対峙する敵を減らし、なおかつこのトンネル内の暗さがグローザにとっては有利であった。

 トンネル内の照明を破壊することで、暗闇をトンネル内にもたらす。

 夜戦を最も得意とするグローザが本領を発揮できる環境を作り上げることで、グローザは時に引き、敵を引きつけて撃滅することで優勢に立っていた。

 

「シーカーの部隊もこんなものかしら? 私はここよ!」

 

 自分でも驚くほどに、敵の足止めを行えている。その事実にグローザはおもわず笑みをこぼす、敵が面白いように倒れていくのにはついつい笑ってしまう。敵が弱いのか、はたまた自分が強いのか分からなくなる。だがそんな愉悦も終わりが来る…。

 空になったマガジンを落とし別なマガジンを装填しようとバッグに手を伸ばすが、そこにはもうたった一つのマガジンしか残されていなかった。弾が無ければ戦うことは出来ない。

 最後のマガジンを握りしめたグローザは、ふと、小さく微笑む……。

 

「ごめんなさいね隊長さん、約束…破っちゃうわね」

 

 グローザはバッグに手を伸ばすと、透明の液体が入ったボトルを手に取ってそれを飲む。

 中身は日頃愛飲するウォッカだ、スペツナズはマザーベースで飲んだくれの連中と認識されているが、一度戦場に足を踏みだせば一滴のアルコールも口にしない、それが部隊長である9A91が課した規則だったからだ。

 初めてその規則を破ってしまったグローザは罪悪感を覚えるが、ウォッカが喉を流れる瞬間、マザーベースでの輝かしい記憶が走馬灯のようによみがえる。

 

「もっと、あなたと一緒にいたかったわ隊長さん…まだまだ話したりないこと、経験したりないことがあったわ。はぁ……今になって、死ぬのが怖くなって来たわ隊長さん。酒に逃げる私を許してね隊長さん」

 

 微かに震える手をじっと見つめたままグローザは自嘲する。

 それからグローザはもう一度だけ酒を喉に流し込む。それからボトルに自らの衣服を千切ったものをねじ込むと、そこに火をつけて敵に対し投げつける、ウォッカと言ったがあれは嘘だ、非常時に愛飲する消毒用アルコールはよく燃える。

 瞬く間に炎に包まれた敵の戦術人形たちに向かって走りだし、グローザは炎に包まれる敵を仕留めていく。

 

 意表を突かれ狼狽する敵の顔面を蹴飛ばし、弾丸を叩き込む。

 敵の銃を奪い、ありったけの銃弾をぶち込み撃ち尽くせば別なものを拾い撃ちまくる。

 被弾を恐れないグローザを前に敵の戦術人形はたじろぐ……そんな時、トンネルの奥深くに赤い光が灯ったと思った次の瞬間、一筋の閃光がグローザの胸部を貫いた。赤いレーザーを胸に受けた彼女は驚愕の表情を浮かべたまま、その場に崩れ落ちる…。

 

 グローザが倒れると同時に人形たちは戦うのを止めて、倒れたグローザを通りこしていく。

 そして、一人の足音が、グローザの前で止まる。

 しばらくその人物はグローザの前で足を止め、やがて歩きだすが…。

 

 

「待ち、なさいよ……シーカー…!」

 

 

 よろよろと立ち上がったグローザは、息も絶え絶えに、自分を素通りしようとしていたシーカーを睨みつける。振り返ったシーカーは氷のように冷たい目で、グローザを見据える。

 

「死にぞこないが、時間をムダにした」

 

「行かせないわシーカー、アンタの狙いはこれでしょう?」

 

 無視して通り過ぎようとしたシーカーに対し、グローザが取り出したのはペルシカより預かっていた研究データがおさめられていたメモリーだ。グローザがかざしたそれをみてシーカーは目つきを変えるが、彼女が行動を起こす前にグローザはそれを燃え盛る火の中に放り捨てる。

 

「貴様…!」

 

「あらごめんなさいね、血で手が滑ったわ。まあ、最初から渡す気なんて――――!」

 

 シーカーが手をかざしたと同時に、グローザは首に強烈な圧迫感を感じのどまで出かかった言葉が遮断される。まるで手で首を絞めつけられるような苦しさにグローザは苦しみ悶える、手をかざしたままゆっくりとシーカーは近付いていく…。

 

「勘違いしていたよ、私は大きな間違いを犯していた。戦争はどこまでいっても戦争だ、騙しあい、裏のかきあい、裏切りあいだ。お前たちに教わったことだ、私は非情になる必要があったわけだ…歴史に悪人として名を刻む覚悟が足らなかったようだ」

 

 シーカーが手をかざすのを止めると同時に、グローザは首の圧迫感から解放されてその場に崩れ落ちる。激しくせき込むグローザの首を今度は直接掴みあげ、空いたもう片方の手でグローザの顔面を掴む…。シーカーが力んだ時、グローザは苦痛に満ちた叫び声をトンネルに響かせた。

 

「直接メンタルを焼き焦がされる感覚はどうだ? だがこれで終わりじゃない、お前はただじゃ死なせない」

 

「何を…する…!」

 

「傘ウイルスというものを知っているか? お前らI.O.Pの人形をオーガスプロトコルに書き換えてしまうウイルスだ、だが私はお前たちのAIを直接書き換えて手駒にすることが出来る。お前たちのメンタルに脳波干渉(サイコジャック)し、私の支配下に組み込む……死ぬのは怖いかグローザ? 喜べよ、お前が恐れてやまない死は避けられるのだ」

 

 呼吸を乱すグローザを目の前に跪かせ、彼女の頭を両手で押させる。

 

「確かに、死ぬのは嫌よ……痛いし、暗いし、冷たいわ」

 

「素直なことだ、少しはかわいげがある」

 

「バカね、見くびらないでちょうだい。私が死よりも恐れることを少しも理解できない癖に…」

 

「なに?」

 

「興味があるのならいくらでも私の(メンタル)を覗きなさい、今のあなたじゃ絶対に理解できっこないわ!」

 

 渾身の力を込めてシーカーの拘束を振りほどき、逆にグローザはシーカーの腕を掴んで捕まえる。不愉快そうに顔を歪めるシーカーであったが、グローザの手に握られた起爆スイッチを見て目を見開く。

 

「仲間を危険に晒してまで生きる命なんてまっぴらごめんよ。シーカーあんたは世界を一つにすることで楽園を作ろうとしてるみたいだけど、あいにく私たちが生きている世界は天国の外側(アウターヘブン)よ。私たちが帰るべき場所は地獄……だけどね、あなたも一緒よ、あなたも地獄に道連れにしてやるわ!」

 

 シーカーがグローザの手を振りほどき彼女を突き放そうとするが、グローザは逃がすまいとシーカーの身体に抱き付き抑え込む。

 生命の危機に無意識に放たれるESP能力、それを密着することで強く影響を受けるグローザは、シーカーから流れ込む思念に目を見開く…。

 

「そう…あなたも、苦しんでいるのね。だけど、もうお終いよ……一緒に地獄に行きましょう」

 

 

 グローザは自らの手に握る起爆スイッチを押す。

 

 

 坑道に仕掛けられた爆薬が一斉に爆破し、爆炎が二人をのみ込んでいった…。

 

 


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