MSFがこの世界にやって来た時、隊員の数は人間のスタッフが300人程度のものであったが今ではこの世界の兵士や戦術人形をスカウトすることで規模を増し、またヘイブン・トルーパーというMSF独自の規格で生産される戦術人形も足せばその数は数千人を超える大所帯となっていた。
人数が増えればそれだけ大規模な紛争への介入も増え、そうなれば必然的に激しい戦闘に巻き込まれる確立も高くなる。MSFが精強な兵士の組織で、仲間たちを見捨てないとは言っても戦いに犠牲はつきものだ。マザーベースでほのぼのとした日常が繰り広げられるなか、世界のどこかではMSFの戦闘員が戦い、傷付き、そして斃れていた。
誰だって死にたくはないし、仲間を死なせたいとは思わない。
だがどんなに努力しようと、もがこうとも、死は平等に訪れるのだ。
その日、マザーベースの甲板である一人の戦術人形の葬儀が行われた。
通常、戦死した者はマザーベースに運ばれ甲板上で火葬にされ埋葬されるのだが、この日行われた葬儀に戦死者の亡骸はない。ただ壇上に置かれたドッグタグが、夕陽を浴びて光り輝いている。厳かに進められていく葬儀を済ませると、一人、また一人とその場を立ち去っていく…。
その場に残るうちの一人である9A91は静かに壇上へと歩み寄っていくと、彼女のドッグタグを見下ろし敬礼を向ける。
OTs-14グローザ…FOXHOUNDの称号を戴く9A91率いるスペツナズの優秀な隊員であり、MSFのイベントでは常に飲んだくれの先鋒であった彼女との唐突な別れは、人形やスタッフたちにショックを与える。
すすり泣く人形たちの声を背で聞きつつ、9A91はウォッカのボトルを一本壇上に備える。グローザが好きだった銘柄だ、工業用アルコールやヘアスプレーを酒と称して飲んでいたスペツナズであるが、本来ならちゃんとした酒を好むもの。
9A91の後に続いて、同じスペツナズの隊員であるPKPとヴィーフリが酒瓶を手に隣に並ぶ。
「隊長、気持ちの整理をつけたいんだ。彼女を連れていってもいいだろうか?」
「構いません」
「ありがとう。隊長、もしよかったら…」
「いえ、私は作戦報告書をまとめなければなりません」
「了解した」
PKPは壇上のドッグタグを手に取ると、物憂げな表情でそれをじっと見つめる。彼女が残した唯一の遺品を固く握りしめ目を閉じる…それから彼女に捧げられた酒瓶を一緒に持ち、PKPはヴィーフリと一緒にどこかへと去っていく。
去っていく二人を変わらない表情で見つめ続ける9A91の傍に、初期からの同期であるスコーピオン、スプリングフィールド、WA2000らが歩み寄る。ことの詳細は既に伝え聞いている彼女たちは、同情の言葉を述べるが、それでも9A91は気丈に振る舞って見せる。
「9A91、仕事は後回しでも構わないんだよ? PKPとヴィーフリと一緒にいたら?」
「スコーピオンの言う通りですよ9A91」
「いえ、まだ作戦報告書をまとめあげておりません。記憶が鮮明なうちにまとめておきたいんです。それに、悠長に休んでいる場合ではありません。この先スペツナズがこなさなければならない任務は山ほど出てくるはずです、グローザの抜けた穴を埋める必要があるんです」
「ちょっと待ってよ9A91」
淡々と、仕事の話をする9A91に対し異論を唱えたのは共にチェルノブイリでの任務を遂行して帰還したUMP9だ。普段温厚で誰にも優しい彼女は、この時に限っては目に涙を溜めて、9A91に詰め寄る。一緒にいた姉のUMP45が引き止めるのも構わず、彼女は9A91の肩を掴む。
「なんでそんなに落ち着いていられるの? グローザは9A91にとって仲間、家族だったんだよね!? あなたがスペツナズの隊長でMSFに欠かせない存在なのは分かるけど、グローザの穴を埋めるなんて……どうしてそんなことが言えるの!? あなたは悲しくないの!?」
「やめなさいよ9、9A91は…」
「いいんです45。お答えしましょうUMP9、グローザの死はとても嘆かわしいことですがいつまでも悲観にくれてはいられないのです。スペツナズは決して表舞台で活躍する部隊ではありませんが、私たちが活躍することで戦闘部隊はよりよい情報を得て戦闘を優位に進められる。私たちの戦果が、兵士たちへの損失を減らし…ひいてはMSF全体の利益になるんです。引き続きスペツナズが活動を続けるためには、新しい人材を――――」
唐突に振り上げられたUMP9の平手が9A91の頬を叩きその言葉を遮る。9A91の白い頬が徐々に赤みを帯びていくなか、殴った張本人であるUMP9は唇を噛みしめ目の前の9A91を睨みつける。
「それって、グローザの代わりはいくらでもいるってことなの? そんなのあんまりだよ! いくらなんでも、それじゃあグローザがかわいそうだよ…」
「9、言いたいことは分かるけど9A91のような立場になると泣きごとを言ってもいられないの。分かるでしょう?」
「分かりたくないよ! ワルサーも同じ考えなの? もしも79式やカラビーナがいなくなっても、9A91みたいに代わりを捜すの?」
「それは、状況によるわね」
WA2000の落ち着いた返答は、UMP9にとって何よりも受け入れがたいものであった。彼女たちを見限ってその場を走り去っていくUMP9を、416やG11が慌てて追いかけていく…。
「ごめんなさいねみんな、うちの妹が迷惑を……普段あんなこと言う子じゃないんだけど」
「いいんだよ、45あいつを叱るんじゃないぞ? 良くも悪くも、アイツはMSFのいい部分だけを見過ぎたのかもな。しっかりケアしてやれよ」
「ええ、ありがとうエグゼ…」
UMP45もまた、泣きながら立ち去った妹の後を追う。
その場にいた者たちは残った9A91も同様に気遣うが、彼女はあくまでも気丈に振る舞い悲しみも、涙も見せることは無かった。UMP45が去った時、同様に9A91も作戦報告書を作成するためといい残し、その場を立ち去った。
そんな彼女の背を見送りつつ、残された人形たちはやり切れない想いに駆られる。
「バカやろうが、自分が一番辛い癖に無茶しやがって」
「人一倍責任感が強い子だわ、昔からね」
「でもこのままじゃいつかみたいに潰れてしまいますよ……なんとか、してあげないと…」
「たぶん、あたしらじゃどうすることもできないと思うんだ。だけど、あの子を一度助けてくれたスネークなら…また、救ってくれると思うんだ」
深夜、みんなが寝静まる頃、任務から帰還してきたスネークがヘリポートに降りる。
神妙な面持ちで甲板に降り立った彼を出迎えるのは時間も時間ということで、一部のスタッフと基地副司令のカズヒラ・ミラーだ。ねぎらいの言葉もそこそこに、ミラーはスネークを夕方に行われた葬儀の場へと導く…そこにはもう何も残されていなかったが、スネークはその場で目を伏せ、この世を去った大切な仲間の死をしのぶ。
「ふわぁぁ……コーヒー、淹れましたよミラーさん」
「ありがとう97式、もう遅いから君は寝なさい」
「はーい……蘭々、いこ」
大きな欠伸をかきながら、97式は蘭々を連れて司令部を出ていく。
司令部にはスネークとミラーの二人が残され、97式が淹れてくれたばかりのコーヒーをすする。スプリングフィールドほどではないが、毎日コーヒーを作り続けることで97式のコーヒー作りの腕前もなかなかに上達している。
コーヒーをすすり一息ついたところで、ミラーが一枚の紙をスネークに提示する。
「これは?」
「正規軍からだ、前哨基地に今朝な。MSFを雇いたいという正式な
「単独じゃ米軍を押しとめられないと判断したわけか、返事はもう返したわけじゃないだろう?」
「あんたの意見が必要だったからな。正規軍は既にポーランド国境に部隊を配備している、米軍もベルリン近郊に戦力を集中させているという情報もある。おそらく、かつてない大規模な戦闘が起こるだろう」
「世界大戦か……判断によってはオレたち、いや、世界の命運が分かれるというわけか。カズ、今すぐに応えは出せない。情報が少なすぎる」
「そうだなボス。いや、任務から帰って来たばかりで済まないな。明日またゆっくり話をしよう」
スネークはそこでミラーと別れ司令部を出る。
葉巻を吸いに喫煙所へ、それから軽くシャワーを浴びてから自室へと向かう。自室の近くまで差し掛かった時、ふと部屋の前で誰かが座り込んでいるのに気付く。赤いベレー帽を被る見覚えのある彼女に近寄ると、スネークに気付くと顔をあげる。
「お帰りなさい司令官」
「ああ、こんな夜中にどうしたんだ?」
「いえ、ちょっとお話が」
「そうか…まあ立ち話もなんだから入るといい」
「はい」
部屋のロックを開けて9A91を部屋に招き入れる。部屋の小型冷蔵庫を開いてみるが普段利用しない冷蔵庫内には気の利いた飲み物はなく、いつのものか分からない缶コーヒーがあるのみだ。一応期限を見て9A91に差し出すと、彼女は小さく微笑みを浮かべる。
「オレが帰ってくるのを待っていたのか?」
「はい、21時頃から」
「21時……5時間も部屋の前でああしてたのか?」
「はい」
涼しい顔でとんでもないことを言ってのけるが、そう言えばこの子はそういうところがあったなと久しく忘れていた感覚を思いだす。
「それで、相談ってなんだ?」
スネークがそう切りだすと、9A91は飲みかけていた缶コーヒーを握りしめると物憂げな表情で俯く。少しの間躊躇うような素振りを見せた後、彼女は小さな声でつぶやいた。
「グローザが戦死しました」
「オレも、ヘリの機内でその事を聞いた。9A91何があったのか教えてくれ、オレも詳しい話を知らないんだ」
「はい、司令官」
それから9A91は話し始める、チェルノブイリでの任務の事を。
スペツナズとして現地に先行潜入し情報を集め、索敵や施設などの偵察を済ませ救出作戦に万全の状態で望んだこと。部隊を分けて最善のメンバーで任務にあたったことなどを。そこまで滑らかな口調で話していた9A91であったが、シーカーの名を出した頃より暗い声を漏らし始める。
シーカーに潜入が発覚し、追撃を受けた末に部隊は損害を受け、それから他の全員を生かすためにグローザが一人残り……そして戦死した。
「グローザ、そうか、彼女はみんなを守るために…」
「はい、司令官。OTs-14グローザはスペツナズの兵士として勇敢に戦い、名誉の死を遂げたのです。おかげで私たちは生還し、任務を全うすることが出来ました」
いつもの声色で9A91は言ったつもりであろうが、その声が微かに震えているのをスネークは聞き逃さなかった。
名誉の死などというものはありはしない、そんな思考がスネークの脳裏によぎるが今の9A91に必要なのは現実的な言葉ではない。
「それで、相談というのは…?」
「はい、司令官……」
そう言ったきり、9A91は次の言葉を口にしない…いや、出来なかったと言った方が正しかった。FOXHOUNDという最高位の称号と部隊を与えられ、人一倍責任感の強い彼女が何を思っているのか…スネークには理解できた。スネークは直立したままの彼女をベッドに座らせると、出来るだけ穏やかな声で諭しかける。
「9A91、ここにはオレとお前しかいない。だから、気を遣う必要も無い。FOXHOUNDの肩書もスペツナズの部隊長としての立場も忘れていい。お前が抱えている想いを聞かせてくれ…」
「司令官…」
その言葉によって9A91にかけられていた何かが外れたのだろう、それまで気丈に振る舞っていた彼女の表情に戸惑いの色が浮かび上がる。
「私は、正しい判断をとれたのでしょうか…? 自分が最善と思って下した判断は実は間違っていて、他により良い方法があったのではないでしょうか? 正しい判断と行動をしていれば、もしかしたらグローザは…!」
死ななくても良かったのかもしれない、涙ながらに訴える9A91はなおも続ける。
「今回の犠牲は、私の慢心が招いたに違いありません…敵の過小評価、自惚れが最悪の事態を招いたんです! 私はグローザに言われました、覚悟を決めろと……グローザは私の弱さに気付いていたんです!」
「自分を責めるな9A91、お前だけが悪いわけじゃない」
あふれ出る感情を押しとめられなくなった9A91は大粒の涙を流し、たれ落ちた涙の雫が彼女の膝を濡らす。スペツナズ隊長として、FOXHOUNDの称号を持つ兵士としての立場から他人に見せられないメンタルの弱さをさらけ出すのを、スネークはただ静かに受け止めるのだ。
それから、すすり泣く声で、9A91は後悔と未練の言葉を漏らす。
「グローザを死なせたくなかった……生きて帰りたかった…! まだまだたくさん、話したいことがありました…! 一緒に行きたかった場所も、たくさんの思い出も……だけど、もう……」
それ以上の言葉を紡ぐことはもう、9A91には出来なかった。
大粒の涙を流し、声を押し殺し泣いている。
そんな彼女の震える肩に手を回し、そっと髪を撫でてあげるスネーク……いつだかもそうしてあげたように、ただ優しさをもって接するのだ。
「お前の気持ちは痛いほどよく分かる、失って…その大切さに気付くこともあるだろう。今お前が抱えているその想いは間違いなんかじゃない、誰も後悔や未練を残さず生きていける者なんかいないんだ。どれだけ努力しようと、助けられない命もある」
「でも、でも……私は、仕方がないって…そんなんで片付けたくは…!」
「そうだな。だからこそ、グローザが残してくれた想いを無駄にしてはいけない、グローザとの思い出も忘れてはいけない、大事にとっておけ。9A91、好きなだけ泣いていい……オレの前では素直な気持ちでいてくれていいんだ」
「司令官…! 私は…!」
「よしよし、無理をするな」
頭を撫でてやると、9A91は感情をおさえきれずスネークの胸に泣きついていく。
声を押し殺して泣くのもやめて、彼女は声をあげて泣く……そんな彼女を見守り、スネークは彼女の気持ちがおさまるのをただじっと待ち続ける。やがて窓の外が明るくなり、9A91の泣き声も収まっていく…。
代わりに聞こえてきたのは、小さな寝息だった。
9A91の小柄な身体を抱きかかえてそっとベッドに寝かしつけ、自身はソファーに寝ようと思ったところ、不意に伸ばされた彼女の手がスネークを捕まえて離さない。
結局、スネークは9A91に捕まって一つのベッドに寝ることになった。
余談だが、目覚めた9A91は顔を真っ赤にしつつもどこか満たされた表情をしていたという…。
エグゼ「ぐぬぬぬぬ!」(嫉妬)
スコピッピ「あたしもエグゼ置き去りにしてスネークに慰めてもらおうかしら?」(邪心)
FAL「私は―――」
Vector「アンタは何やっても独女の枠から抜け出せないから無駄な抵抗は止めなさい」(無慈悲)