METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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雪降る夜の遭遇戦

 ハンターが編成した山岳猟兵は、他の多くの戦術人形の部隊と同様にヘイブン・トルーパー兵を主体としながらも、山岳や森林での戦闘を想定した訓練を行った人員で構成されている。FAL大隊長が持つ強力な戦車などは有していないが、移動手段が大幅に制限される山岳においてそれは決して負い目にはならない。軽歩兵が主体とはいっても、MSFが開発する無人機の月光とフェンリルが部隊に編入されており火力面においては申し分ない。

 月光は強固な装甲と如何なる地形をも走破できる二足歩行兵器、フェンリルは小型ながら機動性に長け小型のレールガンを装備することで狙撃を行うことも可能だ。

 部隊の主力となるヘイブン・トルーパー兵の装備も山岳戦や森林戦に合わせたもので、それら環境に溶け込む迷彩服を強化スーツの上に着こみ、サバイバル術にも長けている。他の部隊のように重装備を携行出来ない関係上、必然的に隊員一人一人の高い戦闘能力が求められる。

 それゆえ、ハンターは精力的に兵士の技能及び練度向上を怠らず精鋭部隊として認知されていた。

 

 精鋭部隊を今回、WA2000とリベルタが率いてMSFの陣地と米軍部隊が展開する場所との間にある山岳に向けて出撃する。任務は山間に潜む敵の偵察隊の捕捉及び殲滅、可能であるのなら敵陣地の強行偵察だ。

 熱帯雨林ほど山間部は植物が生い茂っているわけではないが、それでも長く伸びた針葉樹林が空の光を遮りどんよりとした雲が空を覆うことで夜間にはほとんど何も見ることが出来ない。全員が暗視装置を装着することで夜間に置いての視界を確保できてはいるが、おそらくそれは向こうも同じことだろう…。

 

 

 その日は数日ぶりに雲が晴れ、月の光が木々の間から差し込むことである程度の光源は得られている。それでも暗いことには変わりない、バッテリー量の都合から終始暗視装置を装着することは出来ないため、非戦闘時は装備なしで索敵を行わなければならない。

 しかしその問題を補ってくれるのが、部隊に同行してくれた4足歩行獣型無人機のフェンリルだ。

 フェンリルは暗視装置以外にもサーモグラフィー機能も内蔵し、優れた索敵能力を持つことで軍用犬と同様の役割を果たす。さらに都合がいいのは、戦術人形はフェンリルと情報を共有することでリアルタイムにフェンリルから情報を得ることが可能であり、効率的な連携を取ることも可能だった。

 

 そんなフェンリルが、月夜の山間部を歩いている最中突然立ち止まり平伏する。

 フェンリルが視認した情報は即座にWA2000へと転送される…フェンリルがサーモグラフィーで捉えたのは、数百メートル先に潜む人型の姿であった。それを確認したWA2000はすぐさま行動を起こさずに、フェンリルにもう一度周辺の索敵を指示する……その指示を受けてフェンリルは静かに辺りを探るも、それ以上気掛かりなものは見つからなかった。

 周りに他に誰もいないのであれば、その熱源は敵である可能性は低い、そう見積もったWA2000は暗視機能を内蔵したスコープを覗く。スコープで捉えたのは、雪の上に横たわる味方のヘイブン・トルーパーの姿であった。

 

「リベルタ、周囲の警戒を。他の者はついて来て」

 

 少数のヘイブン・トルーパー兵を引き連れ、静かに倒れた味方兵士のもとへと近付いていく。

 他に何の音もない山で、雪を踏みしめる音がやけに大きく聞こえてしまう。些細な動きも見逃すまいとしきりに目を動かし、ゆっくりと接近……倒れた兵士はハンターが先行して偵察に出した部隊の隊員であった。そっと倒れた兵士の首元に指を当て生存を確認、次いで負傷箇所の確認だけを行う。

 一緒に連れてきた隊員が、医療キットを手にするがWA2000は待ったをかけた。

 

 彼女は腰からナイフをとりだすと、そっと、負傷した兵士と地面との間にナイフの刃先を差し込んでいき慎重に抜き差しを行っていく。それを何度も繰り返していると不意に、ナイフの刃先がコツッと何かに接触する音がなる。岩や樹木などとは違う、金属が発する音……それが意味することを察したWA2000は一度目を伏せると、司令部のハンターへと連絡を図る。

 

「こちらWA2000、ハンター応答せよ」

 

『こちらハンター、どうした?』

 

「全滅した偵察隊の生存者を発見した。腹部と胸部を撃たれているけど生きている、だけど身体の下に地雷が仕掛けられているわ……救出も応急処置もできないわ」

 

『了解した……仕掛けられた地雷の種類はわかるか? ジャンプ式じゃないといいんだが…』

 

「いえ、確認できないわ。何にせよ私たちじゃどうにもできない、ポイントを送るわ」

 

『ああ頼む、救助隊を向かわせる』

 

 通信を切ったWA2000は負傷した兵士を見下ろすと、そっと彼女のヘルメットを外す。苦悶に満ちた表情でじっと見つめてくる彼女の頬をそっと撫でると、水筒をとりだし彼女の口元へと運ぶ。

 

「私たちは助けれらないけれど、すぐに味方の救助隊が来るわ、安心しなさい。こんなことしか言えないけど、頑張って」

 

「感謝します…WA2000…」

 

 外したヘルメットをもう一度被せ、防寒着を一枚横たわる彼女の身体の上にかけてあげる。

救助隊が来るまでどれくらいかかるか分からないが、MSFは決して仲間を見捨てない。これはビッグボスがMSFという組織を創設したころからある規範のようなものであった。

 心苦しいが、負傷兵はその場に残しWA2000率いる索敵部隊は移動を開始した。

 

 

 時間帯は深夜をまわり、山間を索敵し続けるWA2000たちであったがいまだに敵との接触はない。

 星空が見えていた空はいつの間にか雲が多い、やがて月の明かりを遮断し辺りは暗闇に覆われる。

 日没から始めた索敵任務も開始から6時間近くが経つ、戦術人形とはいえ氷点下を下回る環境下でこれだけ長時間の任務は身体に悪影響を及ぼす。WA2000は森のくぼみを見つけるとそこに部隊を集め、少しの仮眠をとらせようとした。

 まずリベルタを先にくぼみのある場所に向かわせ、周囲の確認を行わせ、安全が確認されれば部隊もその場所へと集める。

 

「リベルタ、先に休みなさい。30分後に交代よ」

 

「…了解

 

 リベルタは小さくうなずき、まぶたを閉じて休眠する。

 人間と違っていいのは、人形は寝ようと思った瞬間に眠れるということだろう。リベルタと半数の隊員を休ませ、WA2000ともう半分の隊員はその場所から見張りを行い、30分後にその役目を代わる…。

 

 

 

 

 

 

 

 ゆさゆさと、自身の身体を揺さぶられる感覚に眠りから覚めたWA2000は反射的に武器を取る。彼女を揺り起こしたリベルタは無言で、森の奥を指差した。辺りはいつの間にか雪が降り始め、地面に落ちる雪の中で森を動き回る気配を捕らえた。

 雪を踏みしめる些細な物音、その音から複数人いることを察する。

 WA2000はすぐさまリベルタと隊員たちにアイコンタクトを送り、静かに攻撃配置につかせると、自身はくぼみをはずれ少し高めの位置に移動する。

 音は聞こえるが、夜の闇と雪のせいで視界はほとんどきかない。

 

「WA2000、暗視装置使用の許可を求む」

 

「暗視装置の使用を許可する。ただし攻撃は待ちなさい」

 

 隊員たちの暗視装置使用を認め、WA2000はそっとスコープを覗き込む。

 小さな音を響かせながらも、今だ姿を見せない敵を待ち続ける…フェンリルから送られるサーモグラフィーにもいまだ敵の姿は映らない。一度スコープから目を離したWA2000、その時、視界の端に映った些細な動作を捉え咄嗟にその方向に銃を構えスコープを覗き見る。

 狙撃銃を構えていた敵兵士をスコープの中心にとらえた瞬間に引き金を引き、静かな森に銃声が鳴り響く。

 

「戦闘開始ッ! 撃てッ!」

 

 WA2000の号令と共に、銃を構えていた隊員たちは音が聞こえてきた方向へと発砲する。WA2000らの発砲からわずかに遅れて森の奥に潜んでいた敵も反撃を開始し、暗闇の中にマズルフラッシュの光がいくつも明滅する。暗視装置を装備した彼女たちは、森の奥から姿を現し始めた米軍兵士を捉えるが、敵もまた同様の暗視装置を装備しており互いに一歩も譲らない。

 だが、別方向から米軍兵士が現れる。

 数の上ではわずかに相手が上回る、こちら側の攻撃は有効打を与えているが敵側も精鋭揃いでありMSF側も負傷者が出始める。そんな中、WA2000は機敏に動く敵兵士を捉えると一発で弱点の頭部を撃ち抜いて倒していく。敵側もスナイパーの存在に気付いたのか遮蔽物に身を隠し射撃の勢いがわずかに弱まる。

 そのタイミングを狙い、リベルタの指示を受けてスタングレネードを持った隊員がくぼみを飛び出し、その他の隊員が援護射撃を行う。敵に投げつけられたスタングレネードは彼らの目前で強烈な閃光と音を響かせ、混乱を引き起こさせる。

 

 一瞬の好機に真っ先に動いたのはリベルタドール。

 強固な防御力を誇る彼女はくぼみを飛び出すと一気に突撃し、至近距離からタングステン製バックショット弾の猛烈な射撃を放つ。至近距離からこれを受けた米軍兵士は文字通り弾き飛ばされ、まともに受けたものは四肢をもぎ取られる。

 多少の弾幕をものともせずリベルタドールと、WA2000の狙撃に対し不利を悟ったのか米軍部隊は撤退を開始、リベルタは追撃をかけようとするがWA2000は彼女を引き止める。

 

「深追いは禁物よ、一度私たちも退くわ!」

 

 リベルタは静かに頷き、まだ息のあった敵兵に銃口を向けて引き金を引く。

 

 敵にも損害は与えたが、MSFの部隊も同様に損害を受ける。

 戦死者が出なかったのは運が良かったとしか言いようがない、もしもWA2000が敵の狙撃兵に気付いていなければ不意打ちを受けたのはこちら側だっただろう。

 何にせよ、彼女たちも一度後方に引き部隊を編成し直さなければならない……WA2000は暗い森の奥をじっと睨み、踵を返し来た道を戻っていく…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイリーン上等兵曹…ここにいましたか」

 

 米軍兵士の一人が声をかけたのは、焚火の傍に腰掛け銃を磨く一人の兵士だ。

 他の多くの米軍兵士同様に、サイボーグ強化を受けた容姿をしているがその兵士は一般の兵士とは違いより高度なサイボーグ技術が施されている。光学機器とセンサーを内蔵したヘルメットの下から、プラチナブロンドの髪がはみ出ておりその兵士が完全な機械兵器でないことを示す。

 

「何か用かな?」

 

「第10山岳師団の斥候チームが敵と接触、被害を受けました。敵はどうやら優れた戦術人形とスナイパーを有しているようです、あなたには敵スナイパーの排除をお願いしたいんです」

 

「敵の、優秀なスナイパーか……分かった、いいよ」

 

 アイリーン上等兵曹と呼ばれた兵士は立ち上がると、焚火を足でもみ消し装備を整え始める。

 

「アイリーン上等兵曹、少ないですがこれを…」

 

「いいのかい? ありがとう」

 

 米軍兵士が差し出した煙草のパックをありがたくちょうだいしたアイリーン上等兵曹。

 ヘルメットを外すと、肩の辺りまで伸びたプラチナブロンドの髪がひらりと舞った……白く透き通るような頬を寒さで少し赤らめた彼女は、煙草をくれた兵士にウインクし煙草をくわえた。

 

「どうぞ」

 

「ん……ありがとう」

 

 差し出されたライターの火に煙草の火を近づけ、火を灯す。

 深く肺に入れた紫煙をゆっくりと空に向けて吹きつける……至福の一時に、彼女は表情を和らげる。

 

「伝説のNavy SEALsの戦いぶり、期待しています」

 

「伝説だなんてそんな大層なものじゃないよ。だけど、特殊部隊SEALsも私が最後の生き残り……私が死ねば本当に伝説になっちゃうね」

 

「不謹慎なことを……活躍を期待させてもらってもよろしいですね?」

 

「Navy SEALsの名に恥じない戦いはするつもりだよ。じゃないと歴代の先輩方にあの世でどやされるからさ…」

 

 煙草をくわえながら、アイリーン上等兵曹は小さく笑った。

 煙草を吸い終わり、再びヘルメットを装着し立ち去る彼女を、兵士は敬礼を向けて見送るのであった。




はい、米軍兵士のネームドキャラを登場させて見たよ。
世界最強の特殊部隊とも言われるNavy SEALsのアイリーン上等兵曹さん(♀)だ!

簡単な設定を…。


かつて世界最強と謳われたNavy SEALs隊員にして、存命する最後の隊員。
女性の身でありながら絶え間ない努力と優れたスキルで栄光あるNavy SEALsに入隊した彼女は、部隊内では選抜射手(マークスマン)として戦っていた。WW3勃発以前、とある戦地で重体となる、その際軍部よりサイボーグ手術を受けて生き永らえるがその後すぐに米本土は核の炎で焼き尽くされ、以後シーカーが再び米軍をよみがえらせるまで眠りについていたが、皮肉にも他のNavy SEALsは核攻撃の影響で全滅する。
性格は温厚であるが優れた戦士でもある彼女は、敵を倒すのに一切躊躇はしない。

再び目覚めたわけであるが、守るべき家族や戦友もなく、自分自身のことも生き延びたのではなく死に損なっただけ……地獄同然の世界にたった一人残されているような孤独感に苛まれている…。



なんかちょい役にするのもったいないな……どう思う?



※サイボーグ兵士について
サイボーグ技術は元々は米陸軍の技術であり、他の軍に共有されることはほとんどなかった(一部の海兵隊とアイリーン上等兵曹は例外)
特殊部隊と常備軍とで、施術されるサイボーグ手術は異なる。
一般に、特殊部隊員に施される施術はより高度なものとなっている。

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