山中で一夜を過ごし、朝日が昇り陣地に戻ったWA2000はすぐさま部隊を整えると再び雪が降る山へと戻っていく。部隊を率いるハンターにだけ戻ることを伝え、負傷した兵士の交代要員を用意してもらっていたため、簡単な補給を済ませただけで彼女は再び任務につくことが出来たのだった。
昨夜よりも強く雪が吹雪、視界は完全にホワイトアウト。
普通に考えればとてもまともに任務を遂行できるような天候ではなかったが、昨日接敵した地点はMSFが想定していたよりもかなり陣地に近い場所であり、すなわち敵側はもう少しで陣地偵察を完了していたかもしれないという事実がある。
見過ごせばMSFにとって大損害となる、そしてもう一つ…WA2000は一度引き受けた任務を必ず成功させるという気概、ある種の強いプライドがあった。自他ともに認めるほどの実力者であるという思いが、彼女を再び戦場へと呼び戻す。
『WA2000、応答せよ』
「こちらWA2000」
陣地を離れ、再び山間部に足を踏み入れて数十分後、通信をかけてきたのはハンターだ。
『酷い天候だ、スナイパーだけに限らず兵士たちにとって過酷すぎる環境だが大丈夫か?』
氷点下を下回る気温と吹き荒れる吹雪が、さらに体感温度を下げる。
銃を握る手も手袋なしでは持っていられないほどの気温だ、そして防寒のための衣服などが細かな動作の支障となる。それは相手にとっても同じ条件であるはずだが、サイボーグ化された敵兵士たちが果たしてどれだけ寒さの影響を受けるかも分からない。
『そういえばスコーピオンが怒っていたぞ、何も言わずにまた戦場に出てってな』
「会ったら絶対休めって引き留めたでしょうからね。敵もまさか昨日の今日でまた仕掛けてくるとは思わないでしょうから、素早い行動が必要なの」
『お前ならそう言うと思ったよ。だが注意するんだ…回収した負傷兵によると、敵は一切姿を見せずほとんど一方的にやられたそうだぞ』
「姿を見せない……長距離からの狙撃の可能性は低いわね、こんな起伏もあって木々が生い茂った場所じゃ狙撃はしにくいものね。敵は光学迷彩の類を持っているとか?」
『いや、偵察隊にはフェンリルも同行していた。だがフェンリルのサーモグラフィーにも敵影を捕らえられなかったんだ。光学迷彩は光を屈折させることで装備者を不可視化するが、その過程で熱を発してしまう欠点がある。だが赤外線でも捉えられなかったとすると、何らかの偽装迷彩を施しているかもしれない』
「交戦した米軍兵士はサーモグラフィーで捉えられた、だとするとそれ以外…特殊部隊兵士がいるわけか……了解したわ、注意して進むわ」
『幸運を祈る、WA2000』
通信を切り、WA2000は真っ直ぐ前を見つめる。
視界に映るあらゆるものが白い雪に覆いつくされ猛烈に吹きつける吹雪によって、まともに目を開いてはいられない。昨夜よりも過酷な気候が、雪中を進む人形たちの体力を少しずつ奪い取っていく。
長い期間南米で過ごし、その気候に対応する形で造られていたリベルタにとってはこの寒さは相当応えるようだ…いつもより動きが鈍くなっており、体内の油圧動力も寒さからか温まらず本来の力を発揮することができないようだ。
「リベルタ、大丈夫?」
振り返り、リベルタを気遣うと彼女は小さく頷いた。
一度戦闘行為が始まってしまえば、あとは稼働にともなう熱の発生で油圧システムが潤滑になり本来の力を発揮できるのだろうが、徒歩で歩く程度の運動量ではうまく油圧システムが温まらない。リベルタの戦術人形としての欠点は、初動時のパワー不足だろう。
吹雪の中をひたすら進み、再び米軍部隊と接敵した地点に近付いたWA2000は部隊を散開させ付近の偵察にあたらせる。
いくらかマシになった天候によって索敵もしやすくなるが、それは相手にとっても同じことだろう。
風が吹雪く音が鳴り響く中、他の誰かが発する音を聞き逃すまいと耳をたて、目を細め周囲を伺う…どこまでも白い景色が続く、動くものは仲間たちの姿だけだ。付近の偵察を止めさせ、WA2000は次なる地点の偵察のため隊員たちを招集…。
この山間部のマップを端末に表示し、次に向かう場所を定めようとした時、突如爆音がすぐそばで鳴り響く。咄嗟に見上げたWA2000が見たのは、舞い上げられた雪に混じる赤い鮮血と片足を吹き飛ばされたヘイブン・トルーパー兵の姿だった。
雪の下に隠されていた地雷を踏みつけてしまったのだと悟り、WA2000は吹き飛ばされた兵士の回収を命じ自分たちが雪に残した足跡をたどり引き返す。そして適当な位置に配置につくと、銃を手に身構える。
地雷は踏んでしまったがおそらくまだこちらの正確な位置は掴めていないはず、そう判断したWA2000の予想は当たり、雪中から姿を現した米軍兵士は周囲を探索しているようであった。その場に敵兵士が集まって来たのを見計らい、射撃命令を下す。
散開した部隊がそれぞれ十字砲火を形成し、やって来た米兵士を仕留めていく。
相手も訓練された兵士であるため、即座に遮蔽物に身を隠し応戦するが今回は事前に攻撃準備を取ることが出来たMSFが有利となる。十字砲火によって遮蔽物からあぶりだされた敵兵士をWA2000が的確に狙撃、排除することで確実に敵を撃破していく。
サイボーグ化された兵士たちは一発二発程度では倒せないが、急所を狙い撃ち、何発も命中させることで倒すことが出来る。
だが、一方的に戦いを進められるはずもなく、敵の銃弾によってWA2000のすぐそばにいた隊員が頭部を撃ち抜かれ即死する。今作戦で初めての犠牲者、しかし戦場に犠牲者はつきもの…そう思うWA2000であったが、同じようにまた別な隊員が頭部を撃ち抜かれ絶命した。
「スナイパーッ!」
敵の正確無比な射撃から狙撃手の存在を察知し、咄嗟にしゃがみ込む。攻撃の手が止んだことで米軍部隊も少し後方に退き、形成されていた十字砲火の中から脱出してしまう。それまでのお返しとばかりに猛烈な射撃を浴びせかけてくる敵に、WA2000は舌打ちする。
交戦状態で、なおかつこの悪天候で敵狙撃手の位置を割り出すのはとても困難であるが、素早く探し出さなければ優位は崩され逆にやられるのはこちら側だ。
隠れていた場所から少し離れ、木の幹に身体を隠し敵側を伺う。
敵は岩肌や木々に身を隠し攻撃しているが、WA2000が捜すのはそんな敵じゃない……戦場を俯瞰し、好機を伺い必殺の一撃を放つ狙撃手の存在だ。スナイパーとしての経験から、狙撃手が好むであろう位置に目を向けるが、そのどれにも敵の姿を見ることは出来ない。
そうしている間にも、敵の凶弾に倒れる仲間の数が増えていく。
緊迫した状況に、WA2000の横顔に珍しく冷や汗が流れ落ちる…。
(いない…どこにいる…!?)
少しずつ、彼女は焦りを感じていく。
不意打ちはもはや完全に失敗、敵側が徐々に優勢になっていきMSFは後退を余儀なくされる。その好機を見逃さない敵の狙撃手は、後退する兵士たちを撃ち抜いていく。射撃間隔が早い、それに気付いたWA2000は敵が単なるスナイパーでないことにも気付く。
「マークスマンか……厄介ね!」
こちらに向けて走ってくる敵兵士を仕留め、WA2000は隠れていた木から飛び出し仲間たちの隠れる場所へと滑り込む。マガジンのリロードを行いつつ、忌々しく敵を見据えていると、ふとリベルタがじっと樹上を見つめているのに気付く。
その視線を辿ってみるが、そこに敵の姿はない。
だがリベルタは何もいないはずの樹上に向けて銃を構えると、躊躇することなく引き金を引いた。正気でも失ったのかと危惧するWA2000であったが、リベルタが銃弾を撃ちこんだ樹上に赤い眼光が一度光ったのを見た彼女は、即座に銃を構える。
放たれた弾丸が命中する前に、樹上の敵はその場を跳び退いたのを見る。
木々の枝を足場に軽やかに跳び回り、正体不明のその敵は一瞬何らかの偽装迷彩を解除しその姿を露わにした……鉤爪のついたブーツを樹木に刺し込んでしがみつき、そのサイボーグ兵士は赤い眼光をWA2000とリベルタに向けていた。
すぐさま銃を構えようとしたが、その兵士はすぐに己の身体を景色に溶け込ませて姿を消した。
だがその気配は消えていない、木々を跳び回るたびに樹木が揺れ動く…その動きを辿ろうとするも、地上から撃って来る他の米軍兵士と、高度な偽装迷彩によってあっという間に姿を見失う。
「リベルタ、敵の居場所は分かる!?」
彼女の問いかけに、リベルタは首を横に振る。
今のところ兵員の数では互角だが、戦況は既に劣勢…おまけに人外じみたサイボーグ兵士が姿を消してどこからともなく襲いかかってくる状況にある。この不利な状況に、WA2000は撤退を余儀なくされるがそれは相手側の思うつぼだった。
後退を始めた途端、あの狙撃手は堂々と姿をさらしたばかりか樹上から直接奇襲を仕掛け退路を遮断する。
真上から仲間に跳びかかり、その喉笛を掻き切ったその敵を即座にWA2000は撃つが、肩に命中した程度では致命傷にならない。むしろ狙いをWA2000に定めたその敵は凄まじい速さで接近戦を仕掛けてきたではないか。跳躍で銃弾をかわした敵はナイフを抜き、勢いよく振り下ろす。
間一髪避けたWA2000もまたナイフを手に迎え撃つ態勢へ、素早い斬撃をナイフではじくが攻撃の重さに手にしびれを感じる。戦術人形を上回るパワーを持つサイボーグ兵士、接近戦では分が悪いと思われたが、WA2000は日頃培うCQCの技を駆使し互角に渡り合っていた。
「強いな、戦術人形」
「そりゃ、どうも!」
声を発してきた敵を強引に突き放し、WA2000は銃口を向ける。しかし敵は引き金が引かれたのと同時に銃身を弾いて狙いを逸らし、放たれた回し蹴りをWA2000の側頭部に叩き込んで吹き飛ばす。強烈な蹴りを受けた彼女は一瞬意識が飛びそうになるが何とか堪える、しかしダメージは大きく片膝をついてしまった…。
敵が振り下ろしたナイフを咄嗟に防御するが、敵はもう片方の手にナイフを握る……万事休す、そう思われたが敵は振り上げたナイフをいつまでも振り下ろそうとしない。
「お前は……いや、違う…」
「なに……?」
敵は何かに戸惑っているようすであった。
その時、WA2000の危機に駆けつけたリベルタが渾身の力を込めて相手を殴りつけて、大きく吹き飛ばす。常人が受ければ一撃で死に至らせるほどの拳を受けたサイボーグ兵士であるが、ダメージは与えたものの殺すことは出来なかった。
ただし、リベルタ渾身の拳を受けた影響か偽装迷彩能力が低下し、姿を隠せない。
絶好の機会、そう思った時…米軍兵士が放ったロケット弾が炸裂、樹木ごとWA2000らを吹き飛ばす。爆風で弾き飛ばされたWA2000は山の斜面を滑落していき、何とか斜面の木々にしがみつこうとするが転げ落ちる勢いが強く、無情にも斜面を滑落していく。
最終的に、斜面下の大きな岩に身体を思い切り叩きつけられて勢いが止まる。
全身を襲う酷い痛みに苦悶の表情を浮かべる………左腕は折れてズキズキと痛み、ロケット弾によって爆ぜた樹木の枝が下腹部に突き刺さっていた。
「くそ……やってくれたわね……!」
痛む身体に鞭をうち、ひとまずその場を離れていく。
腹部から流れる疑似血液が地面に垂れ落ちて血痕を残す……銃声が斜面の上から聞こえるが、今の状態で再びその斜面を昇って行くことは出来ない。WA2000は適当な場所に腰を下ろすと、腹部に刺さったままの枝を掴むと、唇を噛み締め一気に引き抜いた。
激痛で悲鳴をあげてしまいそうになるのをなんとかこらえ、抜いた枝を投げ捨てる。
「治療キットも、弾薬も全部ぶちまけちゃったわね……残弾数は…」
マガジン内は空、コッキングレバーを引けば一発が装填されていた。
「ラスト一発、運がいいんだが悪いんだか…」
自嘲気味にぼやくと、斜面上からあのサイボーグ兵士が滑り落ちてきたではないか。まだ追いかけてきている、その執拗さに歯ぎしりし、WA2000は再び移動する。雪上に残された血痕が見つかれば追跡され一巻の終わりだ。
その前に逃げきるか、あるいは仕留めるか。
WA2000が選んだのは後者だった。
折れた左腕の代わりの支えとして、樹木に紐を縛りそこにライフルの銃身をくくりつける。
あとはひたすら待つ、
吹雪の音に混じってあのサイボーグ兵士が近付いてくる気配を感じ取る、WA2000が雪上に残した血痕を辿っているのだろう。しかしそれもWA2000が止血した辺りで見失う……再び樹上に飛び移り、それ以来気配が消える。
気配が消えてもWA2000は微動だにせず、目だけを動かし雪に覆われた山を伺う。
そのまま数分、いや数十分が経過する……吹きつける雪が彼女の身体にまとわりついて、白い雪で覆っていく。低体温症寸前となるまでの状態でさえ、WA2000は動かない。
いつしか雪の勢いが止み、雲に微かな隙間が生じ太陽の光が地上を照らす。
雪に覆われた風景の中に、光る何かが見えた。
雪が太陽光を反射したものではない、樹上で光った先をスコープで捉える……スコープを通し見えたのは、同じようにスコープを覗きこちらを狙うサイボーグ兵士。
たった一瞬にも満たないわずかな時間、それがとても長く感じられた……。
WA2000が引き金を引いた時、スコープに映るサイボーグ兵士の銃口が光る。
一瞬の間を置いてWA2000のすぐそばの木が爆ぜる音が鳴るった……スコープを通し、樹上からサイボーグ兵士が力なく落下するのを見届けた彼女はようやく顔をあげると、小さなため息をこぼしたのだった。
「痛いな、まったく……」
胸部に銃弾を受け、樹上から落下した彼女…アイリーン上等兵曹は激しくせき込み喀血する。普通なら問題にならないはずが、体内の重要パーツが銃弾を受けたことによって破損し、思うような動作ができずにいた。
吐血して汚れきったヘルメットを脱ぎ棄て、少量の雪を手に取り顔についた血を落とす…。
ふと、雪を踏みしめる音を聞き顔をあげた彼女が見たのは、同じく満身創痍の姿のWA2000だ。
「お見事、負けたよ戦術人形さん……強いんだね、君は」
素直な気持ちで称賛の意を示すが、WA2000は眉をひそめてアイリーン上等兵曹を見下ろす。
「一つ聞かせて……あなた、どうして狙いを外したの?」
WA2000の言葉にやや驚いたような表情を浮かべるも、彼女は一度目を伏せると、どこか懐かしむ様な顔で言った。
「まったく、どうしようもないね……戦い合ってる相手に、それも戦術人形に死んだ妹を重ねるなんてさ」
「死んだ妹……?」
「そう、エリーって名でね。あなたを見てたら被っちゃってさ、懐かしくてつい、任務を忘れてしまったの…」
そう言うと、アイリーンは震える手でポケットから煙草を一本取り出すと火をつける。ゆっくりと煙草の煙を吸い、しばらく堪能してから吸った時と同様にゆっくりと吐きだしていく。一服したその表情はいくらか和らいでいた…。
「……なーんてね、うそうそ。あなたとうちの妹はこれっぽっちも似てないよ、ただ単にあなたが引き金を引くのが早かっただけだよ。でも………おかげで、大切なものを思いだせた、ありがとう…」
「ずいぶん潔いのね。米軍の生き残りは、みんなあくどい奴ばかりだと思ってた…」
「そんなの、デルタのあの男だけだよ。アイツはヤバいよ、誰も勝てない……それに、あなたたちが戦っているのはアメリカであっても、私が忠誠を誓ったあのアメリカなんかじゃない」
「どういうこと?」
「星条旗をかざした亡霊だよ、あれは……それより私をどうするの? とどめを刺す?」
「そうしようにも弾がもう無いわ。捕虜として、陣地に連れ帰るわ」
「脱走するかもしれないよ?」
「その時は殺すまでよ」
「フフ、やっぱりあなた妹には似てないよ。そんな物騒なこと言わないもの……まあいいか、君たちがジュネーブ条約を尊重してくれる人であることを祈るよ」
アイリーンを捕虜として連れ帰るのはいいが、装備もなく負傷したWA2000には人ひとりを運ぶことは出来ない。仕方なく陣地に連絡を取ろうとすると、後を追いかけてきたと思われるリベルタドールがちょうどよくやって来てくれたが、全身血まみれで酷い格好だ。
見たところ外傷はなさそうだが…。
「酷い格好ね、敵はどうしたの?」
「ほとんど倒した……残りの敵は、私が素手で八つ裂きにしたのを見て逃げていった…ほら」
そう言って、リベルタは戦利品を見せつけるかのように、背骨ごと引き抜いた米軍兵士の頭部を差し出してきた。これにはさすがのWA2000も顔を真っ青にし、アイリーンは白い目で二人を交互に見つめる。
「リベルタ、カルテル時代の行為は控えなさいって言ったわよね? 基地に帰ったら説教よ、覚悟しなさい」
「…………!?」
79式「リベルタが説教されてる…! 何があったのでしょう!?」
カラビーナ「敵を背骨ごと引っこ抜いて殺したらしいわ」
エグゼ「ハイエンドモデルなら当然のことだろ?」
アルケミスト「そんなぬるいことでガタガタ抜かすな、あたしだったら(自己規制)」
ハンター&デストロイヤー「ハイエンドモデルへの強烈な風評被害やめろ」