鉄血中枢に限りなく近い工場の内部で小規模な鉄血兵を指揮しているのはハイエンドモデルのイントゥルーダーとスケアクロウの二人、既に自身のダミーは全て破壊しつくされ、指揮するローモデルの人形たちも30人ほど…そのうち半数は負傷し、まともな戦闘能力を発揮することが出来ない状態にあった。
いくら奇襲攻撃を受けたとはいえ数では遥かに圧倒する鉄血、それなのにも関わらず彼女たちは襲い来る海兵隊の前には烏合の衆に過ぎなかった。
「イントゥルーダー…敵の増援が…!」
「しつこい輩ですね!」
ただでさえ苦しい戦況に敵の増援が二人を更なる危機に陥れる。
サイボーグ強化に加え、海兵隊は強固な装甲を搭載するパワードスーツを身にまとうことで鉄血の砲火をはじき返し、ほとんど一方的に攻撃をしている。イェーガーの正確な狙撃も、ストライカーの弾幕も、マンティコアの強力な火砲も通用しない。
重装備を纏う海兵隊はその凶悪かつ無慈悲な攻撃を、容赦なく浴びせかけるのだ。
「ハーッハハハハ! いつまで隠れてるつもりだお嬢ちゃんたち、もっとパーティを楽しめよ!」
パワードスーツを纏う大柄な海兵隊の兵士は拡声器で大笑いを響かせながら、遮蔽物に身を隠そうともせず、所持する巨大な機関砲の照準を彼女たちに向けていた。25mm機関砲の強力な一撃は遮蔽物に身を隠す鉄血兵を、遮蔽物もろとも粉砕する。
対して鉄血兵の武装は彼らに対しあまりにも貧弱だった。
唯一有効打を与えられていたマンティコアは戦闘により喪失し、今は弾幕をはって接近を阻止させる程度のことしか出来ていない。
「女を見たのは何年振りだ? ハハハ、ズタボロになるまでファックしてやるよ!」
物陰から飛び出したブルートが鋭利なナイフの切っ先をパワードスーツの隙間につきたてようとするも、海兵隊兵士は素早く対応し、機関砲の砲身で殴りつけると殴り倒したブルートの頭を文字通り踏み潰す。
仲間たちを次から次へと、残酷に殺されていくのに対し彼女たちは憤るがどうしようもない力量差に絶望する……そんな時、厄介だった重装兵士の頭上から何者かが跳びかかっていったではないか。もがく兵士の肩にまたがり、笑みを浮かべて首筋をナイフで裂くその人物はイントゥルーダーとスケアクロウにとっては見覚えがあった。
「アルケミスト!?」
「よぉ、ポンコツどもえらい苦戦してるじゃないか。ちょっと待ってろ、このデカブツを始末してやるよ」
にこやかに微笑みつつ、兵士の首筋を斬り裂くと勢いよく血飛沫が飛び散る。
「えーっと、このぐらい斬り裂いとけば出来るかな?」
「ぐ、がっ……この、あばずれが……!」
「テメェの尻にキスしてきな、届くように頭引きちぎってやるよ」
そう言うと、アルケミストは程よく斬り裂いた兵士の首に手を回し、渾身の力を込めて引き抜きにかかるがなかなかうまく千切れない。最期の抵抗を見せる兵士に舌打ちをしたアルケミストは、手榴弾のピンを抜くとパワードスーツの隙間に放り込む。
スーツの隙間に入れられた爆弾を取ることは出来ず、その兵士はスーツ内部で炸裂した手榴弾によって肉体を滅茶苦茶に破壊されて死亡した。
「上手くいかないもんだね、エグゼとリベルタはどうやったんだ? まあいいか…」
「このクソ女が、よくもオレの仲間を! ぶっ殺してやる!」
重装兵士はその殺した相手だけではない。
仲間の死に怒り狂う他の重装兵士たちがやって来たのを見てアルケミストは一つ芝居をうつ…銃を捨てて数歩退いて両手をあげて見せる。それを降伏の意思とみなしたものの怒りは収まらない様子の海兵隊兵士たちは、同じように惨たらしく殺そうと向かってくる。
「海兵隊を舐めるなよメス犬、わんわん泣きわめく前に謝っておけ、死ねあばずれ女が! お前の死体に小便をかけてやる!」
「ガタガタうるせえんだよ。死ぬのはてめぇらだよ、クソボケ」
アルケミストが誘ったその場所はとある機械装置の真上、怒りでそれに気付かず足を踏み入れた彼らにアルケミストは中指を立てて見せると、機械を操作するスイッチを押した。その瞬間、機械装置…巨大なプレス機が作動し海兵隊の兵士たちはまとめて圧殺された。
唯一、生き残った海兵隊兵士も半身をプレス機に潰された姿でしかなかった。
「……ったく、バター犬みたいに発情しやがってこのやろう。あの世で仲間内どうし、仲良くケツでも舐め合ってな」
死にぞこなった海兵隊兵士の頭に弾倉が空になるまで銃弾を叩き込む……最後の兵士を始末したところで立ち上がると、デストロイヤーが口元をおさえて青ざめているのに気付く。ちょうど彼女の目の前にはプレス機で圧殺された兵士たちのぺしゃんこに潰された無惨な死体がある。
「アルケミスト、いくらなんでもこれは…」
「あぁ? 普通だろう……さてと、おいイントゥルーダーにスケアクロウ。もう出てきてもいいぞ?」
アルケミストの呼びかけで、それまで物陰に隠れていたイントゥルーダーとスケアクロウの二人、ついでに生き残った鉄血兵たちもおっかなびっくりとした様子で出てくる。
「アルケミスト、何故ここに?」
本来敵対関係の人間であるスネークを伺いつつイントゥルーダーが尋ねるが、アルケミストは話を全く聞こうとせず、彼女は何やらイントゥルーダーを含む全員を指で追って数えているようす。彼女たちは総勢20名ほど、数え終わったアルケミストはデストロイヤーとスネークに向き直る。
「フルトンあとどれくらい残ってる? あたしは8個」
「私は9個かな?」
「オレは5個だ」
「よし、ぎりぎり足りるな」
「ちょ、待ちなさいあなたたちせめて話を――――」
イントゥルーダーらを空に打ちあげた後、三人が向かったのは鉄血のうち捨てられた司令部だ。
ここまでくる過程で気付いたことだが、米軍はこのエリアに強力なジャミングを発生させて人形同士の通信を妨害して遮断、各個体の信号情報も混乱し鉄血は部隊間の連携を全く取ることが出来ない。
それが米軍の一方的な攻勢に拍車をかけており、当初捉えたはずの代理人の信号もロストしてしまった。
司令部にやって来たのは、エリア内に配置された監視カメラの映像から情報を得るためであった。
「よかった、まだ監視カメラは生きてるみたいだよアルケミスト!」
「よし、さっそく代理人とエリザさまを捜そうじゃないか」
無数のモニターのうち、いくつかは壊れて真っ暗な画面が表示されているが、ほとんどの監視カメラはいまだ正常に機能をしている様子だ。監視カメラの操作は二人に任せ、スネークはモニターに映る映像から代理人の姿を捜す。
モニターには米軍と交戦する鉄血兵の姿が映るが、指揮系統を混乱させ右往左往している鉄血兵の姿も多く見られる。
「待て、こいつは…」
スネークが指し示したモニターに映る映像には、代理人の姿ともう一人、彼女と交戦する兵士の姿があった。そしてその姿に、デストロイヤーは見覚えがあった。
「こいつ、アフリカで私を襲ったやつ! スネーク、こいつだ、こいつがデルタの大尉って呼ばれてた奴だよ!」
「こいつがそうか。情報は少ないが、捕虜のアイリーンもこいつには注意しろって言っていた。急ぐぞ」
「あぁ、案内するよスネーク」
監視カメラでとらえた映像の情報から代理人の居場所を割り当てる、アルケミストとデストロイヤーの二人は元々鉄血所属、どこに何があるかなどは熟知しているし領域内はほとんど庭みたいなものであった。ここまでほとんど休憩もなしに走り続けてきたが、アルケミストとデストロイヤーは息切れの一つもない。
伝説の傭兵と持て囃されるスネークとはいえ加齢による体力の衰えは隠しきれない……二人がタフなのは戦術人形だからということもあるが、それでも歳を感じるものであった。
「それにしても代理人と言ったか、お前たちとはどういう関係なんだ?」
ふと、スネークはかねてから思っていた疑問を投げかけてみた。
エグゼ、ハンター、デストロイヤー、アルケミストの4人はサクヤという名の技術者によって生み出されその後の教育も受けたため、独特な姉妹の絆を築き上げたのだという話は聞いていた。だが代理人はそれに当てはまらないらしいが…。
「代理人は、元々エルダーブレインの意思を執行する存在として生まれたんだ。あたしらが生まれた時、エルダーブレインはまだ開発中でな。先に生まれていた代理人とはよく交流してたんだ」
「一見冷たそうに見えるけど、すごく面倒見がいいんだよ? エグゼの奴をぶちのめして掃除の仕方を教えたし、ハンターに狩った獲物を自室に持ち帰らないよう教育してぶちのめしたり、わたしも色々と面倒見てもらったりしたし、アルケミストもよくケンカの仲裁にぶちのめされたよね?」
「おい待てデストロイヤー、その説明だとあたしら全員代理人にぶちのめされただけの奴みたいじゃないか、まあだいたい合ってるが。あの人はな、あたしらが大切な人を失ったあの日からあたしら姉妹を見守ってくれていたんだ」
大切なことの全てを教わった、とまでは言わないが彼女たちにとって厳しくも優しい恩師のような存在なのだ。代理人のことは戦地から離れられないエグゼやハンターからも頼まれている、何がなんでも助けなければならない。
「もうすぐだ、もうすぐ代理人のところだ! 間に合うといいが!」
「大丈夫だよアルケミスト、代理人滅茶苦茶強いもん! デルタだかかるただか知らないけど、あの人ならきっと……!」
主人のために戦う代理人の恐ろしいまでの強さは鉄血にいる者なら誰もが知るもの。いくら精強な米軍特殊部隊が相手だろうが敵うはずがない……そんな信頼感をもって抜けた最後のゲート、その先に立つ代理人の後姿に二人は笑みを浮かべた。
彼女の名を呼びかけつけようとする二人……だが、代理人は振りかえることは無く力なく崩れ落ちる…。
「代理人…! きさま…!」
倒れた代理人を足蹴にするデルタ・フォース大尉を見たアルケミストは激高し、我を忘れて駆けだした。スネークが止める間もなく突っ込んでいったアルケミストであったが、大尉は全く動じない。突っ込んでくるアルケミストを見据えて身構えると、彼女の蹴りに自身の蹴りを合わせた。
身を翻し放たれた大尉の回し蹴りに彼女は腕をクロスさせて防ぐが、重い一撃によって一瞬苦悶の表情を浮かべる。
「代理人、代理人! よくもやったわね!」
「いつぞやの人形か、それに…」
怒りを宿したデストロイヤーを軽く流し見た大尉は、二人の背後に立つスネークを一瞥する。それから人間離れした跳躍力でその場を離脱し、上階へと後退した。
大尉が離れたあとにアルケミストはすぐさま代理人のもとへと駆けつける。抱きあげた彼女は腹部を刺し貫かれる重傷を負っていたが、いまだ人形としての機能を停止させていなかった。
「アルケミスト……? それに、スネーク……遅かった、ですわね…」
「すまない代理人、あたしもスネークも急いだんだが。待っていろ、いますぐアンタの仇をとってやる」
「私はいいのです、私より…ご主人様を…!」
代理人はアルケミストの腕を掴み、優先すべきは自分たちの主人であると訴えかける。彼女にとって自らの生死以上に主人の安否が、何よりも大切なことだったのだ……だがそんな彼女の切実な想いを打ち砕くように、大尉より無情な言葉が突きつけられる。
「残念ながらチェックメイトだ。アレはもういただいた、うちの部下はお前たちの無能な部下と違い優秀だ。今頃はこの地を抜ける準備を済ませているだろう……遅いな、あまりにも遅すぎる」
「バカな……ご主人様を、どうするつもりだ…!」
「あのAIはしかるべき場所で、正しく使われるべきだ。こんな瓦礫の山に埋もれさせておくには惜しい……そう思わないか?」
大尉のその問いかけは、眼下で睨みつけるスネークにあてたものであった。大尉は他の多くの人形を嘲笑し見下すのとは違い、スネークを人間の、歴戦の戦士として早くも見抜きその力量を押し図ろうとしているようであった。
「お前のことは知っているぞ、
「オレは国を捨てた身だ、オレに祖国はない。お前はどうなんだ、何もかもが焼き尽くされた幻の祖国に忠誠を持ち続けているようだが、お前がやっていることはただの殺戮だ。西の戦線を見てみろ、お前たちの残党ももう終わりだ…これ以上何をあがこうという」
「残党だと? 面白い、ふははは……どいつもこいつもバカばかりだな。いつアメリカが滅んだ? いつオレたちの祖国が戦争に負けた? 愚か者めが、あれが軍勢の全てだと思わないことだ……所詮使われているのは旧式化した兵器だけだ。あんな時代遅れの骨董品、あの小娘にくれてやる……オレの本当の目的は、まあこれから死ぬお前らには関係あるまい」
その時、大きな警報音が周囲一帯に一斉に鳴り響く。
普段鳴り響くことのない警報音に何事かあったに違いないと察するアルケミストたち。
「聞こえるか、奴らが近付いてくる音を……正規軍共の軍靴の音を」
「正規軍だと、お前一体何を…」
「鈍いなMSFの司令官。奴らにパルスフィールドが無力化されたのを教えてやったのだ……もうじきここに奴らの軍勢が押し寄せるだろう。お前たちを殺すのは我々ではない、せいぜい醜く殺しあいをしていろ。オレがここで果たす任務はもうほとんど終わったのだからな」
「バカな、正規軍が来ればお前たちもただではすまないはずだ!」
「オレの心配より自分の心配をすることだ。さらばだ、もう会うこともあるまい」
立ち去ろうとする大尉に向けてアルケミストは即座に発砲するが、彼は笑い声を響かせながら姿を消してしまった。なおも鳴り響く大きな警報音に、彼女は急いで代理人を立ち上がらせようとするが、彼女は主人を守り切れなかったことに呆然としていた。
呼びかけにも応じない代理人に舌打ちをした彼女は、無理矢理彼女を立ち上がらせるとその頬を思い切り殴る。
「ぼうっとしてる場合か! アンタはエリザさまを守れなかった、変えられない事実だ! だがまだ間に合う、だがいつまでも腐ってたらその機会すら失っちまうんだ! 後悔は後でしろ、今は脱出するぞ!」
「アルケミスト……そうですわね、私としたことが…」
「ヤバいヤバい、正規軍がどんどんくるみたいだよ!? スネーク、どうしたら!?」
「南西に向かって走るんだ! 南西のエリア沿いにはユーゴ連邦軍が展開している、正規軍の中に飛び込むよりはずっとマシだ!」
「イリーナに話しは通してあるんだろうね!?」
「行ってから話をつければいい! 急げ!」
エリア中に響き渡る大音量の警報をセーフハウス前で聞いたシーカーは、主人と仲間たちの危機に大きく動揺していた。主人であるエルダーブレインの安否を気にするが、代理人やジャッジなどがそばにいる…折り合いは普段から悪かったが、主人への忠誠心は本物であると認めている。
エリザさまはきっと無事だ、そう思うシーカー……それ以外で一番気掛かりだったのが、かけがえのない親友の安否だった。
「ドリーマー? いるのか…?」
セーフハウスの扉を開き呼びかける。
明かりが消えた室内は暗闇に包まれており、開いた扉から差し込む光が荒れ果てた床を照らす。壁のスイッチを押して明かりを灯せば、室内の惨状がシーカーの目に飛び込んでくる……あらされた室内、無惨に破壊された戦術人形たち。
床や壁には人形たちの疑似血液が飛び散り、ところどころに血だまりを作っていた。
命の温もりなどない、死の香りが漂う……室内に充満する血の香りと死の気配に、シーカーは激しい頭痛を覚える。疼くような頭の痛みに耐えながら、シーカーは室内へと足を踏み入れていく、かけがえのない友の名を呼びながら…。
そして、見つけた。
荒された部屋の真ん中に横たわる彼女の姿を。
「ドリーマー……ドリーマー! しっかりしろ、ドリーマー!」
慌てて駆けつけ抱きあげた彼女の身体は恐ろしいほどに冷たかった。
酷く痛めつけられた身体を目の当たりにした彼女は動揺し、何度も何度もドリーマーの名を呼び肩を揺すった。それを繰り返していると、ドリーマーはわずかにそのまぶたを開いたのだった。
「ドリーマー! 良かった…!」
「うるさいなぁ……せっかく気持ちよく寝てたのに……」
「一体何があったんだ…あいつらが来たのか? デルタの連中が来たのか? あいつらはどこに…」
「ふん……あんな奴ら、私にビビって……どっか行ったわよ…」
ドリーマーは軽口を叩いて見せるが、表情からは生気が失せ目もどこか虚ろな様子だった。彼女が一体何をされたのかは分からない、だがすぐにでも治療を施さなければいけないのは一目瞭然だった。修復施設へ連れていこうとするシーカーであったが、ドリーマーはそれを引き止める。
「ねえシーカー、お願いがあるの……聞いてくれる…?」
「あ、あぁ…だがそれは後でも…」
「今じゃなきゃ、ダメなの……お願い。アンタの、ピアノが聴きたいの…」
ドリーマーの思いがけない言葉に彼女は目を丸くした。
苦しそうな表情に精一杯の笑顔を浮かべて見せるドリーマーを見て、シーカーは出かかった言葉を押しとどめると小さく頷いた。室内には壊されていないピアノが残されている……いつもドリーマーに演奏を聴かせて何度も酷評されたものだった。
抱きあげたドリーマーは普段よりも軽く感じる、そんな彼女をそばのソファーへと寝かせるとシーカーはおぼつかない足取りでピアノへと向かう。
閉じられた大屋根を開き、ピアノの前に置いた椅子に座る。
用意する楽譜はない、シーカーはある一つの曲だけを演奏し続け楽譜は暗記し頭にしまい込んでいた。だがピアノに向き直ったシーカーは鍵盤に指を置いたまま、音を鳴らすことは出来なかった。
静かな沈黙が続く中、シーカーはようやく指を動かした……ピアノの音色を確かめるよう一音ずつ鳴らし、彼女の演奏は始まった。
シーカーの旋律は静かで厳かで、そしてもの哀しい音色を奏でていた。
それをドリーマーはソファーに身を預けながら、目を閉じて聴いている……このような選曲をしたことをシーカーは悔いるがこれしか知らず、そしてドリーマーが何よりも望んだのはいつもシーカーに聞かされていたこの曲だった。
途中幾度となく演奏の手を止めてしまいそうになるのを唇を噛み締めてこらえ、シーカーは演奏を続ける。
もう、自分たちに希望に満ちた未来はあり得ない……別れが、もうすぐそこまで迫って来ている…。
哀しみと後悔の念が、皮肉にも彼女の儚くも美しい音色を引き立たせていく。
「シーカー……もう、いいよ……ありがとう…」
ドリーマーの言葉で、シーカーは演奏の手を止める……頬を滴り落ちた涙の雫が、ピアノを濡らしていた。流れる涙をぬぐおうともせず、シーカーは毛布を一枚手に取るとドリーマーの横に座り込み毛布で自分と彼女の身体を包み込む。
冷え切ったドリーマーの身体を抱きしめてあげると、ドリーマーはシーカーに頬を寄せて至福の表情を浮かべる。
「暖かい……あなたの温もりを感じるわ…」
「ドリーマー…私は…」
「いいの、もう、いいのよ……シーカー……もう、頑張らなくていいのよ。あなたがこれ以上、誰かのために…命を削る必要はないの」
「知っていたのか……私が、力を使えば使うほど命を削ってしまうのを」
「当たり前でしょう? わたしを誰だと思ってるの……あなたの一番の、理解者なんだから…。シーカー、あなたがあとどれくらい生きられるか分からないけど……残りの命は、自分のために使いなさい…ね?」
「…………」
シーカーはドリーマーの願いに応えることはできない、大切な友の命が今まさに消えかかっている中で、自分だけが生きていく未来を想像出来なかった。なによりかけがえのない彼女を失ってまで、この世界は生きていたいと思える価値があるのか、シーカーにはそれを見出せなかった。
結局、今のシーカーにはただドリーマーに縋りつくことしか出来なかった。
「まったく……世話が焼けるんだから………わがままで、自分勝手で、大ばか者……そんなアンタと出会わなきゃ、こんな気持ちにならなかった………好きよ、シーカー」
「あぁ、私も……私もだ…」
ドリーマーの身体を今までよりも強く抱きしめ、シーカーもまた彼女に頬を寄せた。
いつまでも、いつまでも……。
「シーカー……寒いわ…」
「あぁ、分かってる。いま、温めてやるからな……」
「ありがとう……」
少しづつ弱っていく彼女の声色が、より一層彼女との別れを意識させる。
毛布をいくつも重ね合わせて彼女を抱きしめる、だがどれだけ抱きしめようとも再び彼女に温もりが戻ることは無い。
「シー…カー……? まだ、そばにいてくれてる……?」
「ずっと、そばにいるよ」
「そう……よかった……シーカー…?」
「なんだ…?」
「手……握ってくれる…?」
「あぁ……」
「……うれしい………はなさ、ないでね………ずっと、ずっと……いっ……しょ……」
「もちろんだよ……誰にも、邪魔させない。ずっと、一緒だ…」
ドリーマーの手を握りしめる…。
最期にドリーマーは嬉しそうに微笑むと、静かに眠りについていった……。
シーカーの理性を繋いでいた最後の鎖が外れてしまった…
※シーカーが演奏した曲置いときます
https://m.youtube.com/watch?v=0siIoIWd62c&pp=ygUa5pyI5YWJIOODmeODvOODiOODvOODmeODsyA%3D