METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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探究の果てに……【前編】

 崩壊した廃墟の中に身をひそめつつ、AR小隊リーダーのM4は通りを闊歩する人形たちをじっと観察する。戦術人形は生身の人間より耐久力において勝っているのは常識だが、AIの中枢となる装置は人間と同様に頭部に納まっており、同じ弱点を抱えている。

 戦術人形を破壊する手段としては、人間を殺すのとほとんど同じ、ただ殺すために撃ちこむ弾の量が多くなる。一撃で殺すには、人間と同じで頭を撃ち抜くのが手っ取り早い……頭を吹き飛ばせば地球上の多くの生物と同じように、物言わぬ屍と化す。

 だが通りを歩く戦術人形たちの様相はなんだ?

 鉄血、米軍、正規軍の戦術人形が入り混じって徘徊しているだけでもあり得ない光景だというのに、多くの戦術人形が身体に何らかの傷を負った個体ばかりなのだ。

 

 鉄血人形のイェーガーは頭部の半分を吹き飛ばされているのにも関わらず動いており、正規軍の戦術人形サイクロプスは銃撃を受けて大破しているが問題なく動いている。重要なパーツを喪失してなお稼働し続ける人形たち…頭部を失くした米軍戦術人形パラポネラが動く姿を見て、M4はゾッとする。

 

「おい、M4……おい…!」

 

 M4が身をひそめる瓦礫から10メートルほど、別な瓦礫の山の隙間から小さな声で呼ぶM16の姿があった。

 M4は周囲を見回し、徘徊する人形たちがまだこちらの存在に気付いていないことを確かめる。自分たちが瓦礫にのみ込まれる前の戦闘で、あの徘徊する人形たちは如何なる攻撃も通用しない、まるでたちの悪いホラー映画のクリーチャーなのだと察していた。

 M4は廃墟を離れ、ほふく姿勢で静かに姉の元へと向かう。

 奴らに見つからないよう時間をかけて慎重に、ようやくM16のところにたどり着いたところで彼女はほっと一息ついた。

 

「M16姉さん、無事だったんですね? 一体どうやってそこに入ったんですか?」

 

「好きでこんなところにいるんじゃない。正規軍かはたまた米軍か、鉄血の忌々しい大砲か……とにかくどこかのアホが撃った砲弾が私の真上で炸裂して、私専用のスイートルームが出来上がったというわけさ」

 

「どこの世界に出入りの不自由なスイートルームがあるんです? でも潰されなくて良かったですね、運がいいです」

 

「一生分の運を使い切ったよ。とにかく、瓦礫をどかしてくれないか? そろそろ腰の辺りが痛くなってきた」

 

 そうは言うが、大きな瓦礫の山を周囲の連中にばれないよう撤去するのはとても難しいことだ。ばれればいっかんの終わり、今見えている奴ら以外にも路地裏から屋内に至るまであらゆるところに奴らはおり、発見されれば路地を埋め尽くすほどの大群で押しかけてくるだろう。

 少しずつ、静かに瓦礫をどかしていくしかないと思った矢先のことだ、突如大きな爆発音がなり響き周囲にいた人形たちは音に反応してそちらの方へと走って行った。

 

「神に感謝だ、さあ今のうちにM4」

 

「はい姉さん!」

 

 周囲から人形たちがいなくなったのを見計らい、瓦礫を急いでどかし始める。瓦礫を崩して姉にとどめを刺さないよう注意はするものの、大きな瓦礫をどかそうとすると他の瓦礫が崩れそうになる……崩れかかった瓦礫を咄嗟に手で止めると、絶望しきった表情の姉と目が合ってしまう…。

 

「よしM4、作戦を変更しようか。いますぐここから離れて誰か助けを呼んできてくれ、私はそれまでここで死んだふりをする」

 

「だ、ダメです…今この手を離したら瓦礫が崩れて、その…姉さんは間違いなく死にます!」

 

Jesus(神よ)……こんな最期あんまりだ…!」

 

「うぅ…お、重い……! いけない、指先が痺れて……あ」

 

「おい?」

 

 手が滑った、その一部始終はしっかりと姉のM16の目は捉えていた。

 支えが失われたことにより崩れようとする瓦礫…だが瓦礫が押し潰すその前に再び指が隙間に入り込み崩れかける瓦礫をさせたのだった。しかしその指はさっきまで見えていた妹のものとは違う……だが返ってきた声はM16にとって聞き覚えのあるものだった。

 

「司令官さん、ぎりぎり間に合いました!」

 

「よくやった9A91。おい、まだ無事かM16?」

 

「おかげさまで…って、9A91にスネークか? どうしてここに」

 

「説明は後だ」

 

 ピンチに駆けつけてくれた二人は協力して瓦礫をどかし、M4一人が苦戦していた瓦礫をあっという間に撤去してしまった。ようやく瓦礫の山から解放されたM16は、痛めた腰をさすりつつ外へと出るのであった。

 

「あの、すいません姉さん…もう少しで姉さんを殺すところでした」

 

「い、いいんだよM4。さて礼を言うよ二人とも、私のことを助けてくれて…ついでにM4の姉殺しを止めてくれた」

 

「姉さん!」

 

 茶化すM16に、M4は顔を真っ赤にしてみせる。

 さて、何故ここにスネークと9A91がいるのだろうか? その理由を問いかけると、スネークの背後からひょっこりとSOPⅡが顔を覗かせ、さらにその後ろから遠慮がちな表情のRO635が顔を出す。

 

「さっき敵をぶちのめしてたら、二人を見つけたんだよ!」

 

「まさかMSFの司令官がここにいるとは思っていませんでしたが、助けていただきました」

 

「なるほど。となると、さっきの爆発もスネークたちが?」

 

「いや、オレたちじゃない。正規軍でも米軍でも無さそうだが……待て、話は後だ」

 

 通りから姿を現した正規軍の戦術人形…酷い損傷状態の姿を見るに、あれも他の多くの人形たち同様に再稼働した個体と判断する。スネークたちを見つけた正規軍の戦術人形サイクロプスの他に、鉄血人形たちも多数姿を現し、破壊される前となんら変わらない機敏さで襲い掛かる。

 スネークは即座に徹甲弾を装填したライフルを構えて先頭の戦術人形を撃ち抜くが、やはり効果はない。

 弾を装填し、次に狙ったのは脚部…装甲の薄い関節部を正確に撃ち抜くと、サイクロプスは前のめりに転倒するのであった。

 

「仕留めることは考えるな、足か武器を持つ腕を狙え!」

 

「そうは言うが難しいぞ!?」

 

「なら私の出番だ、グレネードでみんなまとめて吹っ飛ばしてやる! あははははは!」

 

 狂気的な笑い声を響かせながら、SOPⅡが敵の集団へ向けてグレネードを放って先頭にいたAegisに直撃させる、グレネード弾をまともに受けたAegisは手足が吹き飛ばされて沈黙する。動くための手段を潰せば奴らはそれ以上稼働しない、それを知った他の人形たちも関節部を狙い撃つ。

 脚部を破壊されてなお、這いつくばり撃って来る敵もいるため、なかなか敵の数は減ることがない…むしろ戦闘音に引き寄せられてどんどんその数を増やしていく。

 

「いけません司令官! 正規軍のハイドラ装甲ユニットと、米軍のジャガーノートが来ました!」

 

 必死の抗戦をあざ笑うかのように、二つの強力な兵器が姿を現す。正規軍に正式配備されているハイドラと、米軍の重装戦術人形ジャガーノート…どちらも対装甲兵器なくして太刀打ちできない相手、現状では圧倒的に不利だ。

 感情のない無慈悲なマシンが強引に轢き潰そうと迫る…。

 

 そんな時だ、突如上空からミサイルが降り注ぎジャガーノートの前を爆炎で遮る。

 停止したジャガーノートが真上を見上げた瞬間、一人の人物が直上からかの兵器を一閃……ジャガーノートはきれいに真っ二つに両断され崩れ落ちる。

 

 

「辛そうだなスネーク、助力は必要か?」

 

「フランク・イェーガー!」

 

 

 颯爽と駆けつけた助っ人はフランク・イェーガーことグレイ・フォックス。

 ジャガーノートを両断した彼は即座にハイドラに立ち向かい、銃撃を跳躍で躱すと壁を蹴ってハイドラの背にまたがると、高周波ブレードの切っ先を深々と突き刺す。そこから力任せに振りぬき、いまだ稼働を続けるハイドラの砲と脚部を斬り裂き動けなくさせた。

 

「ふははははは! 久しぶりだなビッグボス!」

 

「お前は…ウロボロスか!?」

 

 グレイ・フォックスの他にもう一人忘れてはならない人物、ウロボロスだ。

 彼女は後から悠々と歩いてきては偉そうな態度で高笑いし始める……一度負けたくせにずいぶんと図太い奴、というのがその場にいた9A91の感想だが、これでも強いのだから面白くはない。

 

「スネーク、あとその他おまけども。全知全能たるこの私が助けてやろうか?」

 

「いえ、別に必要ありません」

 

「黙れイワンのアル中人形……コホン、お前らを助ける理由はないのだが、どうしても助けて欲しいというのなら助けてやらんでもないぞ?」

 

「スネーク、お前の周りってこんな奴ばかりなのか? 苦労してるんだな…」

 

「おいおまけ共、なんだその言いぐさは。助けてやらないぞ? いいのか?」

 

「スネークさん、この人が誰かよく分かりませんが先を急ぎましょう」

 

「この私が誰だか分からないだと!? 下郎めが、恥を知れ! 最強無敵の鉄血ハイエンドモデル"ウロボロス"とはこの私のことだぞ!? 貴様ら命令に忠実なだけのポンコツ人形風情と違いこの私はたった一人でアフリカの地に――――」

 

 理由は分からないがムキになるウロボロス…だがこうしてふざけている間にも敵は待ってくれず、敵の戦術人形たちが群れとなって襲い掛かってくる。一発の銃弾がウロボロスの頬をかすめた時、彼女の怒りの矛先は完全にそちらを向いた。

 ウロボロスはその目を敵に向けると、凄まじい速さで接近、鉄血人形の頭を蹴り上げた。飛び込んできたウロボロスに対し周囲の人形が銃口を向けるが、彼女は素早く反応、銃を握る腕を絡めとって同士討ちを誘い地面に叩き付けて四肢をもぎり取る。

 流れるような体術、性格は傲慢だが見事なCQCの技にスネークは素直に感心した。

 

「どうだおまけ共! これでも私の助けがいらないというのかたわけが! 助けられるかここで死ぬか、さっさと選べ!」

 

「うわ、なんか凄い強烈な人が出てきたよ。M16、撃っていい?」

 

「やめろSOPⅡ、話がややこしくなるから」

 

 結局、これ以上挑発するとウロボロスが何をするか分からないと判断し、素直に助力を申し出る。すると彼女は挑発的な笑みを浮かべ、その場にいたほとんどの者が殺意を抱かせたのだった。

 

「フランク、なんであれ助かった」

 

「構わないさ、以前迷惑をかけた詫びだ…今もあいつが迷惑をかけているようだが。スネーク、"奴"の居場所はこの先だ……道はオレが切り開こう」

 

「いいのか、危険だぞ」

 

「危険でなかったことなど一度もない。スネーク、奴は手負いの獣だ…侮るな」

 

「分かっている……あいつには伝えなければならないことがある。それを分かる前に、死なせるわけにはいかない」

 

「そうか……行くぞビッグボス、露払いはオレに任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだだ……まだ、足りない……もっとだ…!」

 

 死者の群れを越えた先、生命の気配が消えたその場所で彼女は呪詛の言葉を巻き散らす。

 人間と機械の遺骸が無造作に倒れる廃工場跡地、目につくすべてを破壊しつくすだけの存在となり果てたシーカーは、その狙いを周囲を取り囲む正規軍へと変えた。

 既に自分たちをつけ狙った米軍特殊部隊及び海兵隊は抹殺し、死者の群れのなかに組み込まれた。

 仇敵を殺してなおおさまらない破壊衝動は、正規軍に向けられる……目的などない、ただすべてを破壊する。

 殺しても死なない存在と化した軍勢を前に正規軍は徐々に後退、彼らの首都モスクワは混乱状態にあった。

 

「げほっ……げほっ……!?」

 

 激しく咳き込むシーカー…口元を抑えたその手が真っ赤に彩られる。

 繰り返す吐血、絶え間ない頭痛、酷い倦怠感と全身を襲う耐えがたい痛み……一歩一歩確実に近付いてくる死がもたらす症状、生きながらにしてシーカーの肉体は朽ち果てようとしている。

 それでも彼女を突き動かしているのは、心に燃える憎悪と怨念によるものであった。

 最終目標などない、一人でも多く地獄に引き込めればそれでいい…。

 

 魂を貪り喰う悪霊、かつての誇り高き騎士の姿はもうそこにはなかった…。

 

 そんな彼女の姿を目の当たりにしたスネークが抱いたのは、深い哀れみであった。

 

 

「スネーク……来たか…お前が来るのは分かっていた、見えていたさ。私を、殺しに来たんだろう?」

 

「お前を殺すために来たわけじゃない」

 

「ふん……どうでもいいことだ、どっちにしろ私の前に現われた、ならば他の多くの者と同様に死んでもらう」

 

「何故だ……シーカー、オレの知るお前は誰よりも誇り高く、卑怯を嫌う気高い戦士だった。今のお前は、ただ破壊と報復に走る鬼だ」

 

「その通りだスネーク……私は地獄の鬼になり果てた、守るべき存在を失った時からな。私が抱えているこの痛みは死を迎えるまで消えることは無い、死神が私の身体にまとわりついて地獄に引きずり込もうとする……私はただ死んでも良かった。だがな、私の友を殺し、私を過酷な運命に引きずり込んだ奴らが悠々生き延びることは絶対に許せない!

奴らにも地獄を見せてやる、同じ痛みを与えてやるのだ!」

 

「やめろ、シーカー! お前を苦しめた敵はもうこの世にはいない、お前が矛先を向けているのは無関係な人間だ」

 

「人間の欲深さ、業が招いたことだ……同情の余地はない。最期の審判はこの私が下す…世界を燃やし尽くしてやる」

 

「何をする気だ……まさか…」

 

「再び、世界を虚無(ゼロ)に戻す……世界を焼いた核の炎を世界に巻き散らす。米国から持ちこんだ核は英国とフランスに配備した、もう間もなく発射体制に入るだろう……かつてのような電子機器はないが、この私の力があれば……スネーク、私を殺す以外に方法はない」

 

 シーカーは血に濡れた刀を抜きはらうと、その切っ先をスネークに向けて笑みを浮かべる。

 すると、スネークが通って来た通路の扉が勝手に閉ざされ退路が遮断される……そして、足下に転がっていた遺骸の数体がむくりと起き上がる。

 

「本当に、変わってしまったんだな、シーカー」

 

「お前に何が分かる? この苦痛がお前に分かるのか? まあ、どうでもいいことだ……貴様はここで死ぬ、他の多くの者と同じようにな……いくぞ、スネーク……!」

 

 

 





※シーカー戦は特殊です、前編の他、中編、後編となる予定です……つまり強敵だってばよ…。



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