METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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明けない夜はない

 病室のベッドの上にあぐらをかきながら、スネークは火のついていない葉巻をくわえて小さなテレビのモニターを眺めている。リモコンを操作しいくつものテレビ局を映してみるも、どれもありふれたバラエティーや気象情報を取り扱う番組のみが映る。

 あの戦いから一か月、スネークが身体の怪我を癒すためにこの病室に叩き込まれてから25日が経とうとしている。

 世界は、あれだけの戦災を受けながらも厳しい情報統制を敷いて大がかりな隠ぺい工作をしようとしていた……マスコミやメディアも国家の指導を受けて、戦災に関するニュースはとり上げてはいない。

 だが、あれほどの大事件を完全に隠しきることは到底不可能だ。

 国家の抑圧から隠れ、ゲリラ的にラジオ電波を乗っ取り真実を流す者たちも現われ、各所で市民がこの災禍を防げなかった国家を非難するデモを行っている。それらは全くテレビにとり上げられておらず、あったとしても、現代にありふれたデモの一つとして報道は小さなものだった。

 

 スネークはテレビを消し、そっと周囲を伺う。

 ケガの治療と言いながらこの病室に軟禁されてからというもの、葉巻も自由な行動も制限され、簡単に言えばストレスが溜まりにたまっていた。もう何の不自由もなく動けるほど回復したというのに、医療班は退院を許してくれない。

 口やかましいスタッフがいないことを確認したスネークは、こっそりと病室を出ていく。

 彼にとって潜入も脱出も得意分野だ。

 

 監視の目をかいくぐって喫煙所までたどり着いたところで、好物の葉巻をくわえポケットに手を入れる。しかしそこで、ライターを持って来るのを忘れたことに気付く…何か火種の代わりになるものはないかと周囲を探そうとした時、カチッという音と共に火を灯したライターが近付けられる。

 見上げると、そこにはいつもの仏頂面をしたオセロットの顔がある。

 差し出された火で葉巻をつけ、久しぶりの芳香な煙を堪能するのであった…。

 

「助かった」

 

「組織のカリスマが、葉巻一つ吸うのにずいぶん苦労するものだな」

 

「過保護な連中でな、トイレにまでついてくる。オレはいつから介護対象になったんだ?」

 

「あんたももう40代だ、若いやつらから見たら十分年寄りに見えるんだろう」

 

 ジョークを交えた会話に、お互い軽く笑い合う。

 実際のところ、こう何度も大けがをして帰ってくるスネークを見て医療班のスタッフも全力でケアするつもりであるため、必要以上に過保護になってしまうのも致し方ないところだ。

 さすがに、窮屈さを感じさせてしまうのはやり過ぎだと思うが。

 

「外の様子はどうだ?」

 

「MSFのことか、それとも世界のこと?」

 

「両方聞かせてくれ」

 

「あぁ……まず各国は今回の戦争を国際テロ組織による同時多発的テロとして片付けようとしている。あんたもテレビで見たと思うが、情報統制が敷かれている。だが情報の漏洩は完全には防げず、真実を知る、あるいは疑問に思う市民が抗議運動を続けている……その矛先は正規軍にも向けられている。破壊を免れなかった責任を追及してな、おかげで軍は求心力を失い火消しに躍起になっているよ」

 

「そうか、あれだけの大事件だ、完全に隠そうとするのは無理があるだろうな。だがそうなると、軍から仕事を請け負ってるオレたちとしては活動が縮小しているんじゃないか?」

 

「まさしくその通り。仕事ができる環境はたくさんあるが、それを依頼する組織がガタついて仕事が回って来ないらしい。おかげでほとんどの戦闘班、戦術人形が待機状態にある……まあ、ある程度落ち着けば復興関連事業や軍事訓練の依頼がどっと寄せられるだろう。暇なのは、おそらく今だけだ」

 

「オレたちも被害は大きいだろう、少し組織を休ませる時間としては十分だな」

 

「そうだな。さて、オレは暇を持て余して規律を乱す輩がいないか見てまわる」

 

「ほどほどにな、オセロット」

 

 立ち去るオセロットを見送り、スネークは葉巻を味わう。

 その後、スネークがいないことに気付いた医療班スタッフに見つかり、再び病室のベッドへと連れ戻されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――だーかーら! 仕事がないから一旦休眠状態にするだけだって、言ってるでしょう!?」

 

「モオォォォォ!!」

「ギーギー!」

 

 マザーベースの甲板上にて、スコーピオンがいきり立って怒鳴りつけている先には徒党を組んで対抗する月光やフェンリルといったMSFの無人機たちがいる。

 さて、何故こんな状況になっているかと言うと、仕事の減少に伴い経費削減のため無人機たちを一旦稼働停止させて倉庫に格納しようと決まったのだが、この決定に無人機たちは激怒して激しく抗議し始めたのだ。

 説得にスコーピオンが駆けつけたが、話を聞こうとしない無人機たちにスコーピオンもまたエキサイトする。

 

「あんたらにとってもいい休暇になるでしょう!?」

 

「ギギー!!」

 

「え?なに? 自分たちが代わりに働くから、お前たち人形が倉庫に行けって!? こらー、おかしいでしょうが!」

 

 日頃何かと格下に見られる無人機たちは、ここぞとばかりに待遇改善を求めて激しく抗議する。平等、権利、発言権を要求し始めたことで騒動は収拾がつかなくなり始める。無人機に反抗されるスコーピオンに、ヘイブン・トルーパー兵からの冷めた視線が容赦なく突き刺さる。

 ぎゃーぎゃー喚き散らし、そのうちケンカになりそうな時に現われたのが無人機の帝王ことサヘラントロプス……帝王の無言の圧力を受けて、抗議していた無人機たちは尻尾を巻いて倉庫へと駆け込んでいった。

 

 

「まったくもう、最近の若い無人機は礼儀ってもんを知らないんだから、まったく……それにしても暇だ」

 

「暇を持て余してるなら、部隊の訓練でもなんでもやればいいじゃない。やれることはたくさんあるわよ」

 

 

 暇を持て余してぐでるスコーピオンに対し、WA2000は容赦のない言葉をつきつけるが、スコーピオンはリクライニングチェアに腰掛けてどこ吹く風。サングラスをかけて呑気に日光浴をし始めようとする、その姿にイラッとしたWA2000であるが相手にすると面倒なので放っておく。

 

「わーちゃん、なんか面白いことないの?」

 

「なにが面白いことよ。真面目に働きなさいよあんたは」

 

「まったく、お堅いなあ……オセロットとの恋話とかないの~?」

 

「なっ!? あ、あんた何言ってんのよ! 調子に乗るな!」

 

「痛っ…! なんで叩くのさ!」

 

「あんたがふざけたこと言うからよ!」

 

「この…! ヘタレツンデレのくせに!」

 

「痛い! もう、怒ったわ!」

 

「お!? 久しぶりにやるかい!?」

 

 椅子から立ち上がったスコーピオンは早速戦闘態勢を取ると、先ほどの暇を持て余していた姿から打って変わって、獲物を狙う猛獣のようにWA2000を見据える。ここ最近はやっていなかったが、MSFにここまで戦術人形が増えるまでは、よく二人してケンカをしていたものだ。

 面倒に思いつつも負けん気の強さからスコーピオンと対峙するが、そこでWA2000はある人物を見つける。

 

「いくぞー! おりゃー!」

「あ、オセロット!」

「ありゃ…?」

 

 オセロットを見つけたWA2000がそちらに走って行ったことで、殴りかかろうとしていたスコーピオンは殴る対象を失い前のめりに転倒していった。顔面から甲板にぶつかっていった彼女は痛そうに鼻先をさすりつつ、恨めしそうににWA2000を睨む。

 まあすぐそばにオセロットがいる状況で再びケンカを挑む気にはならないのだが。

 オセロットの隣に立ち、表情豊かに話しかけるWA2000の姿を見てすっかり闘志が衰えてしまい、スコーピオンは次なる暇つぶしを探して甲板を練り歩く。

 

 

「あらスコーピオンさんどうしたんですか、ガラの悪い顔でしたよ?」

 

「やっほースプリングフィールド……っていうか、あたしそんな顔してたの?」

 

「はい、機嫌の悪い蘭々みたいな顔をしてましたよ?」

 

「うへぇ、そんな風に見えちゃうなんていよいよあたしも終わりだ……暇すぎて死んじゃうよスプリングフィールド、なんか面白いことないの?」

 

「あはは…困りましたね。そうだ、これからエイハヴさんと二人でパトロールに行くんですが一緒にいかがですか?」

 

「うぅ…遠慮しとく、なんかリア充見てると余計イライラしそうだから…」

 

「はぁ……そうですか?」

 

 とぼとぼと歩いていくスコーピオンを不思議そうな表情で見送るスプリングフィールドであった。

 

 

 あてもなく歩きまわるスコーピオンは、絶えず辺りに面白いものがないか探すが、みんな状況は同じだ。

 とはいっても、周囲の者は暇を持て余しながらも自主的に訓練したり甲板を掃除したりと、なにかしら仕事を見つけている。こうやって本当に暇を持て余しているのは、スコーピオンだけだったりする。

 そんな最中、木箱を抱えて挙動不審に動くヴィーフリを見つけた。

 彼女は人の目を盗んで物陰から物陰へと移動しながら、木箱に手を突っ込んで透明な液体の入ったボトルをあおっているではないか。

 

「やあヴィーフリ、なにしてんの? 真昼間から酒飲み?」

 

「うわ、スコーピオンか、脅かさないでよ。ボイラー室で保管しておいた密造酒が完成したから、ばれないように運んでるのよ」

 

 ようするに密造酒の密輸、暇と言う平和な状態になった瞬間、やることをやり始めるスペツナズにスコーピオンの心がわずかに癒される。そしてあろうことか、スコーピオンはこの密造酒の密輸に手を貸すこととなる。

 ボイラー室からせっせと酒の入った木箱を運び、次いで発電室にも隠してあった酒を今度はPKPとも合流して運ぶ……全ての密造酒を別なアジトにしまい込み一仕事やってのけた彼女たちは、早速酒のボトルを開けた。

 

「いや~暇だったから助かったよ9A91!」

 

「サソリ印の密造酒に改良を加えて造ったお酒です! 最初の一杯を、鼻をつまんで飲めば後はこっちのもんですよ」

 

 9A91のアドバイスを聞いて、鼻をつまんで密造酒を喉に流す…すると酒が通りぬけたところに熱さを感じ、強烈なパンチ力にスコーピオンの頭はくらくらする。なるほど、鼻をつまんでいなければ強烈なアルコールによって鼻腔に痛みを感じてしまっていただろう。

 つまみとしてオイルサーディンとナッツの類が用意されている、それを食べながら酒を飲む。

 

「暑いですねー…!」

 

「隊長、それ以上脱いだら裸になってしまうのでは?」

 

「そんなこと言ってPKPはもう下着姿じゃない!」

 

 アルコール度数の高い酒を飲み続け、暑さから解放的になるスペツナズの面々…一応スコーピオンは自制心を保っているが、3人はなかなかに酷いものである。

 

「偉大なる国境なき軍隊、我らが司令官ビッグボスに乾杯ッ! Ураааааа!」

 

 酔った9A91が突然立ち上がり、ボトルを抱えてぐびぐびとラッパ飲みをし始めた。

 それを見て他のスペツナズの面々も大喜びで手を叩き、負けじと酒を飲む……もちろんそんな危険な飲み方をすればあっという間に酔ってしまう、はずなのだが、何故だか今日の彼女たちはタフだった。

 

「英雄的な勝利に、乾杯ッ!」

「「Xорошо(ハラショー) MSF! Ураааааааа!」」

 

 いつの間にかスコーピオンも巻き込まれ、彼女たちは肩を組み合い酒を飲み干していく。

 あっという間に空になった瓶を放り投げ、次の瓶を即座に開く……酔っ払いの凄まじいテンションが続くかに見えたが、唐突に3人は目を伏せる。

 

「私たちの勝利は、彼女の犠牲なくしてあり得なかった……今日この場にいない同志グローザに…」

「「同志、グローザに」」」

 

 あの日、犠牲になったグローザを偲び静かに酒瓶をつき合わせる。

 黙とうをささげ、この場にいない戦友へと思いをはせる……そして酒瓶に口をつけようとした際、9A91の手元から酒瓶がひったくられる。いきなりの事に彼女は振りかえり、そして固まる…。

 

 

「私、死んでないんだけど?」

 

 

 固まったのは9A91だけじゃない、PKPもヴィーフリも、スコーピオンでさえも目の前の光景に呆然としている。

 彼女たちの目の前で、ひったくった酒瓶を涼しい顔で飲んでいるのは戦死したはずのグローザであった。

 

「ゆ、幽霊……!」

 

「落ち着きなさいスコーピオン。この通りぴんぴんしてるわよ、それにしてもキツイ酒ね…好みよ」

 

「な、なんで生きてるの!? 今まで何してたの!?」

 

「なんでって、そう言われても困るわ。気付いたら極寒のカムチャッカ半島で横になってたんだもの…まったく長い帰り道だったわ。シベリア鉄道を辿ってバカみたいに寒い極地を、酒を飲みながら来たわ……さてと、あら?」

 

 スペツナズの面々へ向き直ろうとした時、それまで硬直していた9A91は急に動きだしたかと思うと、グローザへ抱きつき顔をうずめる。困惑するグローザの前で、9A91は声をあげて泣きだした。

 

「グローザ……グローザ…!」

 

「た、隊長さん? どうしちゃったの?」

 

「グローザだ、本当にグローザだ……よかった…本当によかった…! おかえり…おかえりなさい、グローザ…!」

 

「もう、隊長さんったら……ええ、ただいま……心配かけてごめんね」

 

 泣きつく9A91の髪を優しく撫でながら、グローザの瞳にも涙が浮かぶ。

 二人の姿にPKPとヴィーフリ、そしてスコーピオンも涙をこらえきれずに泣きわめく……スペツナズの大切な仲間が、ようやく帰ってきた。

 

 

 

 

 そんな、彼女たちの感動的な再会を、病室の窓から温かく見守るスネークとミラーがいた。

 

「グローザから連絡があった時は驚いたよ。まさか、生きているとは思わなかった…だが、本当によかった」

 

「ああ、あの子らにとってもな。だが、何故グローザは生きていたんだ? 彼女は何も言っていないのか?」

 

「本人も分からないそうだ。これはあくまでオレの推測だが、シーカーは彼女の自爆攻撃を避ける際にテレポーテーションを使った…だがその時、グローザも一緒に飛ばされたんじゃないかと思うんだ。信じられないが、そう考えることもできる」

 

「シーカーは……命の危機を感じた時、力を開花させていた。もしかしたら、本当にそれが理由かもしれないな」

 

 もう一度窓から見下ろしてみれば、今だに彼女たちは肩を抱き合って再会を喜び、感激の涙を流し続けている。

 辛く、苦しい出来事ばかりであったがこんな素晴らしいことだってある…それを繋いで見せたのは、グローザの仲間への想いだったのかもしれない。

 

「なあスネーク、オレはたまに考えるんだ……オレたちがこの世界に来た理由って何なのかをな」

 

「どうしたんだ急に?」

 

「いや、ふと思う時があるんだ。もしくは、オレは…長い夢を見てるんじゃないかってな」

 

「一発殴って確かめてみるか?」

 

「ハハ、止してくれ。ここに来る前、オレはある夢を見たんだ……マザーベースが燃えて、仲間を大勢失い、そしてアンタも失う……オレは失くした痛みに呻き、復讐に取りつかれていた。最悪な夢だった…」

 

「夢で良かったじゃないか…悪い事は夢で起きるに限る」

 

「そうだな……スネーク、ここに来て、いろんな事があったよな」

 

「あぁ、何もかもが驚きの連続だった」

 

「戦術人形なんて、まるでSF映画の設定みたいな存在に出会った。だが今ではもう、オレたちの大切な仲間であり家族の一員だ。なあスネーク、実はみんなでやりたいことがあるんだ……あの日、あの時ついに出来なかったことだ。彼女も、パスもきっとあの日を迎えたかったはずだったんだ……【平和の日】を」

 

「平和の日か………やろう、カズ。いや、やらなければならないな……オレたちの、止まった時間を動かすんだ」

 

「ボス…ありがとう…」

 

 




最終イベント……【平和の日】


執筆中、設定の変更とか紆余曲折ありましたが、ラストにこのイベントを持って来るって目標だけは変わらずありました。

PWで、ついに叶わなかった平和の日を、この世界で迎えるのだ!

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