「あぁ、こんなの正気じゃないわ! 今回ほどペルシカさんがいかれてると思ったことは無いですよ!」
「文句を言うなM4、任務を続けよう……うっ、それにしても酷いにおいだな」
地中海の海上にて、洋上サルベージ船舶を用いてとある沈没船の引き揚げ作業に従事しているのはAR小隊のメンバーだ。引き揚げられた船は破損しズタズタになっているが、船体の一部は原型を保っているものがあった。
その中の一つ、ブリッジ付近の船体を引き揚げ、M4と姉のM16は暗い船体内部を捜索していた。
内部には一緒に引き揚げられた魚がぴちぴちと飛び跳ね、壁にはフジツボが繁殖し、隙間などからはゴカイなどが湧きだして足下を這い回る。気味の悪い海洋生物がひしめいている他、二人の気分を悪くさせているのは、船体内部に充満する悪臭である。
腐ったどぶ水のような吐き気を催すような悪臭に加えて、漏れ出た油などの匂いも混じる。
人間の作業員は早々に逃げだし、人形だからという理由で、AR小隊が送り込まれたわけであるが…。
「見つけた、たぶん…これだ」
「腐乱死体じゃなくてよかったです…」
ブリッジ内の通信装置付近で横たわる白骨化した死体を見つけ、M4はその場にしゃがみ込む。
一見人間の骨に思えるが、よく見れば金属パーツがたくさん組み込まれており、ただの人間の死体ではないことが伺える。M4は手袋をはめて死体の頭蓋骨をそっと持ちあげる……頭蓋骨を持ちあげた時、そこから大量のカニが飛び出して来て、M4は大きな悲鳴をあげた。
「うぇ……もう、最悪……!」
「なにも食べてなくて良かったな。よしM4、そいつをこっちに寄越してくれ」
すっかり顔色を悪くしてしまったM4から頭蓋骨を受け取り、M16は頭蓋骨を持ち変えて内部を覗く。
人体に欠かせない脳組織は蟹かゴカイなどに喰われたのか残っておらず、別に奇妙な部品が見える。
「見てみろM4、サイバネティックパーツだ。全身の神経系統とを繋ぐこいつが最重要部、すなわち奴らの電子頭脳に違いない」
頭蓋骨内部の機械的なパーツ【サイボーグ部品】を見えるようにM4に手渡す。
受け取った頭蓋骨内部を嫌そうに見ていたM4であったが、内部に隠れていたカニが一匹這いだして手に乗ったとたん、M4は大きな悲鳴をあげて頭蓋骨を投げ出した。咄嗟に頭蓋骨をキャッチし、M16は安堵の息をこぼす。
「姉さんッ!!」
「待て今のは私のせいじゃないだろう!?」
「カニなんて大嫌いです! もう戻りましょう! こんなとこ長居したくありません! 帰ったらペルシカさんに文句を言いに行きます!」
「あはは…」
「はむはむ……うーん、こんな退廃的な時代でこんなに美味しいズワイガニが食べられるなんて、最高だね!」
マザーベースの甲板にて、仲の良いスタッフ数人と人形と一緒にガスコンロにかけられた鍋を囲むスコーピオン。昆布のだしをとったお湯に、ズワイガニの身をさっと茹でたものを特製のたれに付けて食べる。贅沢な味わいに鍋を囲むスタッフたちもハッピーだ。
「出来上がりましたよ。ソフトシェルクラブのフライです、スパイスとソルトをかけて召し上がれ」
「おぉ! 滅茶苦茶美味しそうじゃん! いっただきまーす! うーん……美味すぎるッ!」
スプリングフィールドが作ってくれたソフトシェルクラブのフライに早速手を伸ばしたのはアーキテクトだ。
そのまま食べても美味しいが、スパイスとソルトをかければなお美味しく、レモンなどの柑橘類の果汁をかけてあげれば油っぽさが緩和されてさっぱりとした味わいに変わる。
「お、めちゃ美味そうなの食ってるじゃねえか。オレのはあんのか?」
「お帰りエグゼ、たくさんあるからじゃんじゃん食べなよ!」
「ラッキー、どれどれ……ふむふむ、うめぇ!!」
後からやって来た人たちもカニ料理を堪能し、ちょっとした盛り上がりを見せる。
さて、なぜここにカニが大量にあるかというと、アフリカのウロボロスの使いが押し売りにやって来て買わされてしまったのだ。うさん臭かったが買って今は満足している。
「ところであのアホ、なんだってこんなカニ売ってんだ?」
「なんかね、ソマリアの海賊潰したついでに船奪って水産業に手を出したみたいだよ」
「なにを目指してんだアイツは…」
「海賊王でも目指してるんでしょ。まああれだけ儲けてるなら、エリザさまやみんなの心配はないよね!」
ダイヤモンド鉱山を抱えた宝石王、油田を掘りあてて石油王、では今度は海に乗りだして海賊王でも狙っているのではないか、というのがアーキテクトの予想だ。ふざけた話に過ぎないと思うが、あのウロボロスならやりかねないという思いがあった。
大量に買わされたカニを堪能しているところ、なにやら一機のヘリがこちらの甲板に向けて飛んでくる。
見たところMSF所有のヘリではない……。
「あれ、グリフィンのヘリじゃない? なんだってこんなとこに?」
「知らねえよ。警報も鳴ってないしなんか用があって来たんだろ、どのみちオレには関係ないね。なあ、カニって焼いたら美味いのか?」
着陸するヘリを無視してひたすらカニを食い続ける彼女たち、むしろローターの回転で発生する風を鬱陶しそうに感じている様子。そんな姿を見ながらヘリから降りてきた乗員、AR小隊のメンバーは相変わらずな様子をジト目で見つめている。
そして、AR小隊の人形たちがヘリから降りてきたのを見たエグゼは叫ぶ。
「AR小隊だ! ぶっ殺せ!」
「落ち着け」
直属の部下に命じてAR小隊を始末しようとしたエグゼを、ちょうどそこへ通りがかったハンターが阻止した。
それからハンターはAR小隊の元へと向かい、なにやら出迎えているようだった。
「久しぶりだなみんな!」
「うわっ、カニだ! き、気持ち悪い……!」
「おいコラM4! こんな美味いカニが気持ち悪いだと!? シュールストレミング食わせるぞこのやろう!」
「すまないな、M4はちょっと前にトラウマ級の出来事があったばかりでな」
あんなにも美味しいカニを、恐ろしいものでも見るようなM4の顔から、よっぽど恐ろしいことがあったのだろうと予想する。
その場でしばらく久しぶりに会った彼女たちと会話していると、スネークが出迎えのためにやって来た。カニを前にして震えているポンコツM4の代わりに、M16が代わって挨拶をする。
「また会えてうれしいよスネーク」
「こちらこそ……ところで、本当にいいのか? 16LAB製の戦術人形をうちで貰って」
「ああもちろん。MSFには日頃の感謝も兼ねてね……SOP2、RO、早いとこ下ろしてくれ」
「は~~い!」
「M16、あなたも手伝ってください!」
着陸したヘリより、SOP2とROの二人がなにやら大きな箱を下ろしている。
M16の言葉から推測するにあの中に戦術人形が入っているらしいが…。
「君らにしてはずいぶんその……雑な扱いだな。中に人形が入ってるんだろう?」
「あぁ、そうだが……まあ初期出荷はこんなもんさ!」
「そうかなぁ? あたしが造られたときは、工場で起動させられたけど?」
「それはまあ、なんだ……私たちは16LAB製だからな、ちょっと扱いが違うんだよ、あはは」
「そうなの? ところでM4ほんとに大丈夫? 顔色悪いよ?」
「大丈夫です、問題ありませんよ……あははは…」
ヘリから箱を下ろした彼女たちはそれっきり、ヘリに戻ってここから立ち去ろうとする。
折角来たのだからゆっくりしていけばと提案するが、彼女たちは断りさっさと帰ろうとしている…以前のAR小隊であったら、なんだかんだ遊びに興じて借金まみれになるのがオチであったのだが、何かがおかしい…その疑念を誰よりも抱いたエグゼは先にヘリに乗り込んでいたM4を無理矢理引きずり下ろす。
「おいテメェ、なに隠してんだ?」
「な、何のことですか…!?」
「ふざけやがってこのやろう、てめぇら何か企んでるんだろう! 正直に話しやがれ!」
「知りませんってば! 何も隠してないですよ!」
「さっさと言いやがれ! ぶち殺すぞコラ!」
「うぐぐ、苦し……姉さん助けて…!」
首を絞めあげてエグゼが尋問している間、スコーピオンとアーキテクトが興味津々で下ろされた箱を開けてみる。
中には彼女たちが言った通り人形が一体入っていたのだが、全身を頑丈な拘束具で覆われており、その異様さに箱をあけた二人は跳びあがって逃げていった。箱の中を見たエグゼは、いまだヘリに乗ったままのAR小隊メンバーをギロリと睨みつける。彼女の冗談なしの睨みを見て、ヘリに乗り込んでいた人形たちはエグゼの怒りを恐れて観念して降りてくる。
「おい腐れAR小隊、よく聞けよ。うちのボスはおおらかで寛容で客人に優しいけどよ、その部下も同じかって言われたらそうじゃねえんだよ。分かるよな? あぁ? オレが炭酸の抜けたへぬるいビール以外に許せねえもんがあってよ……まあ色々あるけど、一番はオレのボスに敬意を払わねえ奴だ。分かるか、おい?」
「いやエグゼ、これには事情があってだな…」
「お前らの事情なんて1ミリも興味ねえよ。こんなわけのわからねえ人形持ちこんで、大した説明もなしにとんずらかよ。ただで帰れると思うんじゃねぞばかやろう!!」
エグゼが普段からキレているのは間違いはないが、それはまだマシな方……本気で怒っている時のエグゼは、一回冷静になるそぶりを見せてから爆発する。今まさにその怒りを受けると事となったAR小隊は、恐怖のあまり震えあがる。
「こいつら舐めやがってよ! ありゃ一体なんだ、場合によっちゃマジで殺すぞ!」
「まてエグゼ、もう十分だ。一旦話を聞こう」
「スネークが言うならな。言葉選べよお前ら、オレの銃が暴発しねえようにな」
スネークの横やりにほっとしかけたが、箱の中の人形を見てしまったスネークも疑念を抱いたらしい。彼の目を見てもはや隠し通せないと観念し、M16は素直にことの端末を話すのであった。M16が言うところによればこうだ……16LABのペルシカの指示でとあるパーツを回収し、その技術を戦術人形の開発に利用した。研究は上手くいき、戦術人形として形になるところまで行ったたらしいのだが……そこでペルシカは突然開発を中止し、開発中だった人形を処分しようと決めたらしい。
その処分方法というのが、MSFに贈り物を装ってのことだったが……。
「あのクソ研究者め、今度会ったら絶対に殺してやる!」
「事情は分かった、どうやらお前たちに悪気はないようだな。後で抗議はしておく…おいスコーピオン、その戦術人形の拘束を解いてやれ」
「あいよ~!」
さっそく箱の中に入れられた戦術人形の拘束具を解いてあげるスコーピオン。
拘束具を解いている最中に、その人形は目を覚ましマスクの奥から周囲に視線を向ける…鋭いまなざしを見たスコーピオンはおもわず手を止める。この拘束具を解いたら大変なことになりそうな気がする…そう思っていたが、スネークに急かされて結局すべての拘束具を解いた。
拘束具から解放された人形はゆっくりと起き上がる。
背丈は高い、スネークの身長とほぼ同じか、どこかの国の軍服をモチーフとしたと思われる戦闘服にハーネスを取りつけ、その上から黒灰色のコートを羽織る。端正で美麗な中性的な顔立ちのその人形は、自身の腰よりも長い黒髪を手にすくいまじまじと見つめる。
「あの、これペルシカさんからです。烙印システムによって結び付けられていますから分かるはずです、【S&W M500ハンターモデル】あなただけの銃です」
M4が持ってきた大型回転拳銃を手に取ったその人形は、ゆっくりとリボルバーを見回し、最後にシリンダー内を覗く。
「弾は?」
それは静かで、だがはっきりと聞こえる声であった。
人形の求めに応じてポケットから専用弾である500S&Wマグナム弾を取り出し手渡すと、人形はシリンダー内に弾丸を装填し始める。それまでM4たちだけを睨みつけていたエグゼであったが、ふと、人形の持つ大型リボルバーを見た瞬間ハッとする。
咄嗟に走りだしたエグゼに周囲は驚く。
次の瞬間、リボルバーに弾を装填し終えた人形がその銃口を向かってくるエグゼに向けて引き金を引いた。
轟音が鳴り響き、大型獣をも一撃で仕留める威力を秘めた銃弾がエグゼの首筋をかすめ、血肉が爆ぜる。
怯むことなくそのまま突っ込んでいったエグゼが相手の襟首を掴むが、相手はエグゼに頭突きして怯ませると、ひざの裏を蹴って跪かせる。即座にリボルバーの銃口をエグゼの頭部に向けようとするが、スネークが加勢に入りリボルバーを手からはじく。
しかし、人形はスネークのナイフを奪うとそのナイフを逆手に持って斬りかかる。
「てめぇ…!させるかよ!」
膝をついていたエグゼが水面蹴りを放つが容易く躱された。
すぐに起き上がりスネークの援護にまわろうとしたが、丸腰のエグゼに狙いを定めた人形によって組みつかれ、勢いよく甲板に叩きつけられる。背中からおもいきり叩きつけられた彼女の髪を掴んで起こし、その首筋にナイフの刃をあてがう……拳銃を抜いたスネークがその銃口を相手に向けると、人形はようやく動きを止めた。
周りにいたスコーピオン達もエグゼを組み伏せる人形に銃口を向け牽制するが、相手は少しも動揺する素振りを見せなかった。
「くそが……テメェ、なんでここにいるんだ……!」
「エグゼ、そいつを知っているのか!?」
「初対面だよクソッたれ……だが、こいつのあの銃には見覚えがある…!」
「あの人の銃?」
M4は甲板に落ちていた大型リボルバーを手に取った。
光沢を持つ銀色のリボルバーはAR小隊が任務で一緒に回収したものだが、そこで回収したものを彼女たちは把握していない。だがあの日、あの場所で戦ったエグゼ、そしてハンターにはそれが何なのか分かった…忘れようがない。
「忘れるかよ、そのリボルバー……お前なんだろう大尉……アーサー・ローレンスさんよ…!」
Q.つまりどういうことだってばよ?
A.ペルシカさんのぶっとんだ倫理観が生んだ怪物
M4の設定を知る方ならなんとなく想像出来るかもw
でもまあ、シークレットシアターだから深刻にはならんやろ(適当)
アーサー人形が女なのか男なのか気になるって?
ひん剥いて確かめてみなはれ、命の補償はしないけど!
ワイもカニくいてえぜ