METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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トラブルメーカー

 MSFにはエイハヴのような穏健な性格の者もいるが、中には凶暴性を隠しきれない存在というのはどうしても一定数いる。MSFには国家に所属する軍隊という枠に収まり切れない輩、性格に難があったりトラブルを起こすような兵士が所属するケースもある。その最たる存在が、ジャングル・イーブルという男だ。

 アパルトヘイト政策下の南アフリカで生まれ育った彼は、人種差別が存在するのは当たり前だと認識しており、自分が認めた者以外とは必要以上に慣れ合うことは無い。それでも彼がMSFでつまはじきにされない理由は、一度認めた者への面倒見の良さと、その類まれなる戦闘能力をMSFとビッグボスのために行使することを惜しまないからだった。

 

 ある日のこと、イーブルは珍しく普段親しみの無い人形を何人か連れて任務へと赴いた。

 

 イーブルの人を選ぶ荒っぽい性格は承知しているが、それでも周りより少し大人になって協調していってくれ…そんなことをスネーク直々に言われでもしたら、いくらイーブルといえども無下にはできない。まあ、彼なりにMSFの後輩人形たちと仲良くしようとしているのだが…。

 普段の怖い態度をしているイーブルしか知らない79式とリベルタドールは、戦々恐々としながら彼の後ろをついて歩く。

 

「―――んでさ~、この間ミラーのおっさんがまた入浴時間間違えて入って来てさ。絶対確信犯だよね?」

 

「あの人も懲りないもんだな。どうでもいいが、人形だかなんだか知らないが、ちんちくりんのガキどもによく欲情してられるな」

 

「ちょっとイーブルひどくなーい? あたしも含め、人形は普通の人間よりスタイルいいんだぞ!」

 

「けっ、なーにが…下の毛も生えそろってねえような小娘がませたこと言ってんじゃねえよ」

 

「うわ、それみんなの前で言ってよ。絶対ドン引きされるから…二人もそう思うよね?」

 

 後ろで黙って会話を聞いていた79式とリベルタは、突然スコーピオンに話しを振られた瞬間挙動不審になる。リベルタは速攻で口元をバンダナで覆いだんまりを決め込み、79式は目を泳がせている。

 

「なあスコーピオン、オレってそんなに怖いか?」

 

「うん、フランケンシュタインよりおっかない顔してるかもね。というか気にしちゃう?」

 

「いや、別に気にはならねえけどよ…あまり他の奴を怖がらせるなってボスに釘刺されてるんだよ、普通にしてるだけなのによ。というかフランケンシュタインってなんだ、殺すぞ」

 

「そういうとこだよイーブルくん」

 

 普段から荒っぽい言動のエグゼや能天気なスコーピオンとは奇跡的に気が合うイーブルだが……真面目な79式や口数の少ないリベルタとは絶望的に性格が合わない。

 実は79式とリベルタは好きでイーブルと任務にやって来たわけではなく、先輩のWA2000にイーブルと一緒に任務に行かないかと声をかけられたからだ。イーブルの性格を知っているWA2000は、二人に嫌なら辞退しても構わないと言ったのだが、うまく断り切れないところが災いして一緒について行くことになってしまった…リベルタに至っては、79式任せにしてしまい一言も発していない。

 

 二人だけで行かせたら何が起こるか分からない、としてスコーピオンが一緒に来てくれたのは幸いだった。

 

「79式、だっけか? お前MSFに入隊してどれくらいになる? 勘だが、1年経ってないだろう?」

 

「え、えっと…はい…再来月でちょうど1年になります」

 

「MSFに入る前は何やってたんだ?」

 

「そ、それは……その…」

 

 イーブルからMSF入隊以前の経歴を尋ねられた79式は途端にうつむいてしまい、言葉を詰まらせた。79式のそんな様子を横目で見たイーブルは小さなため息をこぼし、気だるそうに銃を肩に担ぐ。

 

「言いたくねえならそう言いな。知ってると思うが、MSFに入隊してきた奴は過去の経歴なんて色々あるんだ。それこそ自慢できないクソエピソードを持ったろくでなしだっている……見方によっては、オレもその一人だが…まあオレは過去から目を逸らしたいなんて思うような生き方はしてないがな」

 

「ちょっとイーブル、そこら辺にしときなってば。79式もあんまり気にしちゃダメだよ?」

 

「は、はい…」

 

 79式の過去についてはスコーピオンも知っているし、今だに彼女が過去の記憶に悩まされていることだって分かっていた。このままの流れでリベルタの過去を掘り起こそうとするのを、スコーピオンが話題を変えることで阻止した。

 リベルタもまた、過去に南米でカルテルの残忍なシカリオとして活動していた時期があった。

 それをリベルタが現在どう思っているか分からなかったが、殺し屋としての経歴を探られることはあまり気分が良いものではないことくらい容易に想像出来る。

 

「イーブル、あんたデリカシーなさすぎだよ」

 

「あぁ?」

 

「女の子にはもっと優しくしなきゃ…」

 

「温いこと言ってんじゃねえよ。オレは男も女も区別しない、最近じゃ人形と人間の区別もな」

 

「まったくあんたって人は…もういいよ、さっさと仕事済まして帰ろ?」

 

 相変わらずのイーブルの人を選ぶ性格には、割と仲良くできているつもりのスコーピオンも呆れてしまう。

 いきなり人と人と仲良く出来るわけがない、とりあえずはそう考えて交友を深めるのは今回はここまでにしておき、任務の達成を優先させることとした。

 

 さて、今回のイーブルたちの任務だがとある依頼主より旧鉄血支配地域内に隠されていた機密情報の回収を依頼された。詳細は不明だが、鉄血人形のテクノロジーの回収が目的のようで、最近ではI.O.P以外にも戦術人形業界に食い込もうとする企業が失われた鉄血のテクノロジー収集を目的に依頼を出してくる。

 ここら一帯には既に組織的な脅威はなく、上位AIの統制から外れたはぐれ鉄血兵士や米軍残党が時々襲撃してくるだけだ。噂では、東欧で米軍残党の脅威が高まっているとのことだが、正規軍がその辺一帯を隔離地域に指定したため情報が入って来ない。

 

「見つけました、情報によればこの金庫の中のようですが…頑丈そうですね」

 

 情報にあった通りの場所で金庫を見つけたわけだが、鍵もなく頑丈な金庫に79式は苦戦する。ピッキングを試みる79式であったが、リベルタがそっと近寄ると、得意の怪力でむしり取るように金庫の扉を引き剥がす。

 

これで開いた

 

「やるじゃねえか。さっさとずらかろうぜ」

 

 リベルタが引っぺがした金庫の中から設計資料のようなものを回収し、イーブルたちは廃墟を去ろうとするがそこで少しの誤算が起こる。廃墟を出たイーブルたちを、戦術人形の小隊が取り囲んできたのだ。

 鉄血か米軍残党かと思い銃を構えようとするのを、イーブルが制する。

 

「全員武器を捨てて、両手を頭において跪きなさい!」

 

「おい、なんだお前ら? オレたちになんか用があるのか?」

 

「我々はグリフィンの哨戒部隊です。立ち入り禁止区域への侵入、物資等の持ち運びは禁止されております。あなた方には不法侵入と窃盗の疑いがあります」

 

 グリフィンの哨戒部隊を名乗る戦術人形たち…確かにここら一帯はグリフィンの管轄地域と隣接しているが…。

 

「おい、ここらは他所の管轄地域だったか?」

 

「いや、そんな話は聞いていないけど、だとしたらヤバいんじゃ…」

 

「うちの諜報班を舐めるんじゃねえよ、そんな情報があったら知らせないはずがない。大方、法施行が間に合わず、独自にこいつら動かしてるだけだろうな……ふん、大した脅威じゃないさ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたイーブルは銃を肩に担いだまま歩きだす。

 すると、グリフィンの人形たちが一斉に銃を構えて牽制する…それに対し、イーブルはわざとらしくおどけてみせた。

 

「警告です、銃を捨てて跪きなさい!」

 

「銃を人に向ける意味、お前ら分かってるのか? 脅しの意味合い越えてるんだぞ?」

 

「……それ以上の口答えをすれば、脅しではなくなりますよ」

 

「言うこと聞かなかったら撃つのか、あぁ? お前らの指図は受けねえよバカやろう…ほら、撃てよ。どうした、おもちゃかよそれ?」

 

「さっきから聞いてれば舐めたことをこいつ!」

 

「待って! あなたたちの所属を、明らかにしなさい…」

 

 イーブルの見下すような態度に怒りを示す人形を、隊長格と思われる【FAMAS】が制止する。

 FAMASはわずかに表情を歪めつつ、イーブルたちに所属を尋ねる…相手の問いかけに79式が答えてしまいそうになるのを、スコーピオンが咄嗟に抑え込む。荒っぽいやり方になると思われるが、イーブルがこの場をおさめてくれるはずだ…そうスコーピオンは察した。

 

「ちょっと待って、この人たち……MSF? 隊長、まずいよ…指揮官からは前にMSFには関わるなって!」

 

「このエリアで盗みを働いている奴を逮捕しろと指示をしたのも指揮官です! 相手が誰であろうと関係ありません、侵入者を逮捕するのが任務です、それに抵抗するのなら射殺もやむなしと…!」

 

「おいおい、それはグリフィン全体の総意ってことでいいんだよな? 小娘、お前が指にかけてるのは戦争開始の引き金だ。オレたちとお前らだけじゃおさまらねえぞ…大勢が死ぬことになる。お前に、それだけのことをしでかす覚悟はあるのか?」

 

「それは……」

 

「どうなんだ……やるのか、やらないのか……どっちなんだよこのやろう! オレらと戦いてえのか、お前が今ここで決めろ!」

 

 イーブルは相手を恫喝するが、決して先に手は出さなかった。

 指揮官から任務を言い渡されたとき、FAMASはまさかこのようなことになるとは思ってもいなかったし、自分の行動で戦争を始めるかどうかなんて到底決めることなど出来ない。彼女の電脳はパニックに陥り正しい判断が何なのか決められずにいたが、成り行きを見守っていた他のグリフィンの人形がそっとFAMASの銃を下ろさせる。

 FAMASをなだめたその人形はイーブルを睨みつけるが、興味を無くしたイーブルの目には映ることは無かった。

 

「もう用が済んだろ? オレたちがいなくなったら、好きに仕事をすればいいさ……それより、退けよ、邪魔だ」

 

 黙り込んだままの人形たちはゆっくりと道を譲る…悔しそうにイーブルを睨みつけるグリフィンの人形たちの視線が、後に続く79式やリベルタにも向けられる。居心地の悪さを感じて、彼女たちは早足にその場を立ち去るのであった。

 

 

 

 

 

 

「ふへぇ~…マジ焦ったわぁ…」

 

 マザーベースに帰還し、回収物をスタッフに預けた後でそれまでの緊張の糸がようやく切れたのかスコーピオンが椅子にもたれかかる。あのスコーピオンがここまで疲れているとは、イーブルと二人の仲を取り持つのに余程苦労したのだなと周囲は想像したが実際は違う。

 任務先で一体何があったのか、みんなの前でスコーピオンが説明するとみんなから笑みが消え去った。

 

「危うくグリフィンと戦争ね……よくおさめられたな、イーブルか?」

 

「そうだよ、ほとんど恫喝してたけどね。まあ、相手の人形も引きさがってくれて良かったよ」

 

 スコーピオンのことをエグゼは労いつつ、そばで煙草をふかすイーブルに親指を立てて見せる。79式とリベルタも相当胆を冷やしたもので、今ではホッとした様子だ。

 

「でも、本当にあの時撃たれなくて良かったですね…撃たれてたらどうなってた事か」

 

「どっちかが潰れるまで、戦争だな」

 

「…冗談でも恐ろしいですね…」

 

「まだ分かってねえな79式……冗談なんかじゃねえよ。仲間撃たれてオレらが黙ってるはずないだろ、なぁスコーピオン?」

 

「うーん…まあ乗り気じゃないけどやるしかないよね」

 

 エグゼはともかく、スコーピオンまでもがそのような意見を言うことに79式は軽いショックを受ける。スコーピオンだけではない、その場に居合わせたキッドや9A91までもがイーブルやエグゼらと同意見であった。

 

「あの、皆さん……あのくらいのことで戦争だなんて…」

 

「あのくらいってなんだよ79式、オレたちは軽く見られてたんだぞ……それともなんだ、お前にとってうちはその程度の存在だと思ってるのかよ」

 

「いえ、そんなつもりじゃ…失礼があったのなら謝ります、エグゼさん…」

 

国境なき軍隊(MSF)の名前に泥塗るような真似すんなよ? 今の名声手に入れるために、何人仲間死なせてきたと思ってる…手足なくして退役していった兵士も大勢いるんだ……そんな仲間たちが命懸けで勝ち取った誇りだ、それを安売りするんじゃねえ」

 

「はい……すみません…」

 

 イーブルの意見に同調する者が多い中で、79式のような考えの持ち主は孤立してしまう…彼女以外で、この一件に反対意見だったのはリベルタだけだった。彼女の場合、グリフィンに大切な友だちがいるため、万が一にもグリフィンと戦争になるような事態は望んでなどいなかった。

 

「まあ色々言ったけどさ、別に積極的に戦争起こそうなんてあたしらもイーブルも思ってないからね? 安心して?」

 

「オレは戦争になっても一向に構わねえがな。いっそこっちから戦争仕掛けるか? そうしたほうが踏ん切り着くだろ?」

 

「イーブルは黙ってて!! あー…今日のところは部屋に帰ってゆっくり休みなよ。大丈夫だからさ」

 

 スコーピオンに促されるまま、二人はその場を立ち去っていくが…背後から突然スコーピオンとイーブルの激しい口論が聞こえてくると、二人は逃げるようにその場を走り去っていった…。

 

 

 

 その日の夜、リベルタは79式の部屋に訪れて昼間のことで二人話しあっていた。そこへ、79式と相部屋のWA2000が後からやってくる…彼女も他の人から、昼間の出来事を聞いたらしい。

 

「大変だったわね、あなたたちも」

 

「すみませんセンパイ、心配をかけてしまって…」

 

「いいのよ、部下のメンタルケアも私の務めなんだからさ。リベルタも、今は私たちしかいないんだし自分が言いたいことを言っていいのよ」

 

ありがとう……私はやっぱり、他のみんなと同じ考えにはなれない

 

「グリフィンにいる友だちを心配してるのね?」

 

 WA2000の言葉に、リベルタは小さくうなずいた。

 二人に限ったことではないが、WA2000を筆頭とするこの小隊メンバーはMSFの中では少し異色の存在だ。隊長のWA2000がその忠誠心を向けているのは、組織の長であるビッグボスではなくオセロットだ。

 カラビーナ、79式、リベルタの忠誠はWA2000に向いており隊長と同じようにどちらかというとオセロットの方により大きな敬意を示す。

 他の大勢がスネークに絶対の忠誠を示す中、彼女たちは組織の中で異端の存在だった…そんなことも、今日の意見の違いが生まれた理由の一つであったのかもしれない。

 

グリフィンとは戦えない、戦いたくない……ユノたちを傷つけるようなことは絶対にしたくない。そんなことになるくらいなら…

 

「バカなことを考えるのはよしなさいリベルタ…物事は前向きに考えるのよ。あなたが心配するようなことにはならないわ、安心しなさい」

 

あぁ…ありがとう

 

 リベルタはぺこりと頭を下げる…グリフィンにいる友だちのことを心配し不安に思っているリベルタを安心させようと、WA2000は励ましてあげる。まだ不安は残るようだが、彼女の言葉で安心感を得たリベルタはおやすみの挨拶をのこし部屋を出ていった。

 

「さてと…79式、あなたは大丈夫?」

 

「は、はい……」

 

「………他に何かあったの?」

 

「任務中、イーブルさんに昔のことを聞かれて……それで…」

 

「あのやろう……! はぁ…知らないから無理もないか……また思いだしてしまったの?」

 

「すみません……」

 

「謝らなくていいってば。ほら、こっちに来なさい」

 

 WA2000に招かれて、79式はそっと彼女の隣に腰掛けるとWA2000は79式の頭を抱き寄せて撫でる。

 忘れたくても忘れることのできないユーゴの記憶……MSFでは人形の記憶を書き換えたりバックアップを取る機材を意図的に備えていない。人間と同じように精神を鍛えるやり方は79式には酷なものであったが、センパイと呼び慕うWA2000の支えで彼女は自分を見失わずにいることができていた。

 

 79式はまぶたを閉じ、しがみつくようにしながらWA2000の胸元に顔をうずめる。

 それを優しく抱き留める彼女の腕の中で、79式は眠りについていった…。




MSFに一定数いる好戦的な奴ら…。

人間も人形も、やるならやってやるよって意見の人が多すぎる…!


焔薙さん、ちょっとだけユノちゃんの名前借りました。

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