「………んん…」
カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされたアンジェリアが、小さな声を漏らしながら目を覚ます。寝起きで頭が上手く働かない彼女は少しの間そのままの体勢でベッドの上に寝転がっていた。
ふと、布が擦れる音を聞いて彼女は音が下方向へと目を向ける……薄暗い部屋の片隅で、銀髪の男性がアンジェリアに背を向けながら服を着ている。
彼女は彼の後姿を見ると、ゆっくりと上体を起こし、シーツを手繰り寄せて自身の裸体を隠した。
「おはよう、オセロット」
上気した表情で声をかけてきたアンジェリアに、彼は少しだけ振り返るのみで返事はしない。
そんな素っ気ない仕草に彼女は少し胸を痛めるが、愛しの彼との昨夜の情事を思い返しその余韻に浸る…何度も重ね合わせた唇を指で触れ、アンジェリアは小さく笑った。
「ねえ、次はいつ会えるの?」
ジャケットに袖を通すオセロットにそんな質問を投げかける。
返事は直ぐに返ってこなかったが、アンジェリアは辛抱強く彼の言葉を待った。着替えの終わったオセロットは胸ポケットから一枚の写真を取り出すと、アンジェリアに手渡す。
「こいつに関して握っている情報を集めろ。出身、家族構成、交友関係、好みの料理、趣味、通っている理髪店…全て調べろ。次に会うのはそれが済んだ時だ」
一方的に告げられた条件にアンジェリアは目を丸くしてしばし呆気にとられる。
最初に彼と会った時はとても紳士的で、魅力的な男性であった。
戦いで義肢の使用を余儀なくされ、全身についた生々しい傷痕を見れば大抵の男性は敬遠するところだが、彼は偏見を持たずアンジェリアを一人の女性として接してくれた。女としての幸せなどとっくの昔に捨てたと思っていたのに、彼に会ってからというものアンジェリアは忘れていた女としての感性を思いだしてしまった。
それからは、彼にずっと夢中だ……彼の正体を知り、自分が利用されていると知った上でも、アンジェリアは虜になっていた。
「冷たい人……でも、そんなあなたに夢中なわたしってなんなのかしら? ねえ、もしまだ時間があるなら……後一回だけ………ね?」
裸体のままベッドから降りたアンジェリアは、彼の背中に身体を押し付けながら、彼のたくましい胸元に手を回していく―――――
「――――――なんて、破廉恥なことがあったに違いないわ! あー、思いだすだけでもおぞましいわ! あのアンジェリアとかいう泥棒ネコ! 死ね! 死ね! 死ね!」
「おぅ……とりあえず全力の被害妄想は流石だな……」
場所はマザーベース、隔離地帯から帰って来て除染を受けた後でWA2000を出迎えようとした仲間たちが遭遇したのは、かつてないほど荒れに荒れているWA2000であった。
怒り心頭の彼女は、国家保安局のアンジェリアなる人物に対しての罵詈雑言の嵐をまくしたて、その姿はケンカ中のネコに例えられる。今しがた、オセロットとあの女はこういうことをしているに違いないという妄想を、聞いてもいないのにスコーピオンらに話し始め、ようやくそれが終わったところだった。
「とりあえず、一旦落ち着こうか?」
「これが落ち着いてられるとでも思ってるの!? スコーピオンにエグゼ、アンタたちだってスネークが知らない女とベッドでいちゃついてたらムカつくでしょ!?」
「いや、それはそうだけどさ…ねぇ?」
「あぁ、つーかオセロットはスパイみたいな奴なんだから、そうやって情報集めるの得意だろ?」
「あんたは私のオセロットをなんだと思ってるのよ!? オセロットは紳士的で強くてかっこいい理想の男の人なんだから! そんな破廉恥なことするわけないわよ!」
「だめだこりゃ」
完全にメンタルが乱れてしまっているようだ…。
そしてなんともタイミングが悪いことに、その場へオセロットが通りかかる……彼を見つけたWA2000は顔を真っ赤にして目に涙を溜めながら詰め寄り、アンジェリアのことを追及する。
あの女はなんだ、どういう関係なのか、どう思っているのかなど……それはもう凄い勢いでだ。さすがのオセロットも彼女の勢いに飲まれるのではと、周囲は冷や冷やしていたが…。
「それを知って、お前にどう関係があるんだ?」
オセロットはオセロットだった…安定の彼の態度に周囲はホッとしたが、WA2000の怒りに油を注ぐ事態となったことは言うまでもない。ヒステリックを起こしかけている彼女には、だんだんとオセロットの表情も厳しいものへと変わっていく…。
「少し黙れ……オシント、ヒューミント、シギント、コリントなど諜報活動の内容はいくつかの大まかな分類に分けられる。ワルサー、オレが得意として力を注いでいる分野はなんだ?」
「うっ…それは、えっと…ヒューミント?」
「人間を媒介とした諜報のことをヒューミントと言うが、その手段として聴取や尋問がある。尋問はオレの得意分野であるのは間違いないが、他の手段が不得意というわけではない……いわゆるハニートラップも、必要な場合の手段として存在する……いいかワルサー、お前は以前オレの力になりたいと言ったな? その結果が今のお前のその態度なら邪魔なだけだ、オレの仕事を理解するつもりがないならお前の協力は必要ない…いいな?」
それだけを言って、オセロットはWA2000の反応も見ずにさっさとその場を去っていってしまった。
硬直したままで立ち尽くすWA2000……なんと声をかけていいか分からないスコーピオンとエグゼであったが、しばらくすると彼女はふらふら歩きながらどこかへ向かう。
こんな心ここにあらずな状況でうろついたら、うっかりマザーベースの甲板から墜落してしまう……心配になった二人は一応彼女のあとをついて行く…。
数時間後、WA2000の姿はスプリングフィールドのカフェにあった…。
彼女が座るカウンターには、空になったボトルが数本置かれている。
「あ、あの…ワルサー? いくらなんでも飲み過ぎじゃ…」
「うるさいわね……私の勝手でしょ? それに、いくら飲んでも酔わないのよ……!!」
そうは言うが、だいぶ酔っている様子だ…。
たまたま居合わせたFALは、そのうちWA2000がここへ来るだろうと思っていたようで、自分がいない間に何が起きていたのかをスコーピオンに教えてもらう。
「大丈夫よワルサー、オセロットの事だからその…たぶん相手の女は利用してるだけでしょ? 愛はないから平気よ」
「私なんて一緒に寝るどころか、キスすらしたことないのに……あいつ…! ちょっと国家保安局壊滅させてくる」
「そんな買い物行くノリみたいに言わないでくれるかしら?」
「そもそも、この手の話題で独女のあんたがアドバイスしてるのもおかしいけどね?」
「Vector、あんたは黙ってなさい!」
相変わらず憎まれ口を叩いてくるVectorにぴしゃりといいつける。
しかし困ったのはスプリングフィールドだ。
時間帯が夜に差し掛かっているとはいえ、本来このカフェは静かで落ち着いた雰囲気を提供する場……とは本人は思っているが、WA2000のこの有様で安らぎを求めてやってくるスタッフたちはこぞって退き返していってしまう。
そうするとどうだ、酒と面白そうな話題につられて飲んだくれの輩共が不思議と寄ってくる。
「あら、これはワルサーさんご乱心ね。マスターさん、お店で一番きついお酒をいただけないかしら?」
「グローザさん、9A91……お願いですから今日は面倒を起こさないでくださいね?」
「失礼ね、私たちがいつも問題を起こしてるみたいじゃない? 心外ね…隊長さんもそう思うでしょう?」
「はい」
「ちょっと私が店を外した隙にすべてのお酒を開けて、持ちこんだ消毒液とか塗装用アルコールで宴会を開くのが問題じゃないというのなら、ストレンジラブ博士に頼んであなたたちのメンタルモデルをリセットさせてもらいます」
「代金は全部払ったでしょう?」
「そういう問題じゃありません!」
「分かったわよマスターさん。今日は大人しく飲むから」
そうは言うが、この場に彼女たちだけじゃなくてエグゼやスコーピオンなどもいる時点でやかましいことになるのは間違いなかった。案の定、数十分もすればカフェ内部は賑やかな宴会場へと変わってしまい、和やかなジャズの曲はいつの間にか激しいロックへと変わっていた。
「うぅ~……」
そんな中、一人カウンターに突っ伏して涙を流しているWA2000。
やけ酒に走った彼女もどうやらここまでらしい。
「まあ、気持ちは痛いほど分かりますけれどオセロットさんは誠実な人ですから、心配いりませんよ。あまり考え込んじゃダメですよ?」
「やだよ、あの人に素っ気なくされるのは慣れたけど、他の女がくっつくなんてやだもん! うぅ……自分が惨めに思えてくる……死にたい、スポンジでぶたれて死にたい…」
「あらら…これは重症ですね」
MSFのエリートに送られるFOXHOUNDの称号を持ち、周囲から尊敬と羨望の眼差しを受ける彼女も、オセロット絡みの色恋沙汰となると途端にポンコツ化してしまう。いつも冷静で生真面目なだけに、こうなってしまうとなかなか立ち直れないから困ったものだ。
どう彼女を立ち直らせたものか、悩むスプリングフィールドは普段の彼女の負けん気の強さに希望を見出した。
「ワルサー、そうやっていつまでもうじうじしていると本当にその人にオセロットさんをとられてしまいますよ?」
「なんですって!?」
「きっとここが正念場に違いありませんよワルサー。ここであなたがあの人を想い続けることが出来るかどうかで、未来が決まるに違いありません! 自信を持ってくださいワルサー、一途に想い続けてきた愛は必ず叶いますから!」
「そ、そうよね……こんな風に腐ったままなんて、私らしくない! オセロットを想う気持ちは誰にも負けるはずがないわ!」
「その意気ですよ、ワルサー」
「ありがとうスプリングフィールド。おかげで目が覚めたわ…迷惑をかけたわね」
すっかり元気を取り戻した彼女は財布からお金を取り出してカウンターに置いていくと、釣りはいらないなどと粋なセリフを残して颯爽と出ていった…酔って正しい計算ができなかったのか、お金は足りなかったが今日のところは大目に見てあげる。
ただし、カフェの片隅で大騒ぎを起こす飲んだくれどもには容赦せず、少しの値切りも許さずに代金を徴収した。
翌日、任務から帰ってきたオセロットをWA2000が待ち構える。
腕を組み堂々と構えるWA2000に、オセロットは"またか…"とうんざりした様子だった。
周りにはWA2000がどういう行動を起こすのか気になる様子の人形たちが集まっており、まるで見世物のように見物していた。もちろんオセロットからしたら非常に不愉快この上ない。
「ワルサー…いい加減にしろ」
「ふふ、あれから色々考えたのよオセロット……確かに私はあなたの手助けになりたいって言ったけど、あのアンジェリアとかいう女みたいな奴が――――」
したり顔で彼女がそのまま話を続けようとした時だった。
オセロットはため息を一つこぼすと、いきなり彼女の肩と腕を掴んで壁に押し付けると唐突に唇を重ね合わせた。
突然のことに、本人はおろか周囲も呆気にとられる…。
壁に押し付けられたままのWA2000は彼が手を離すまでほとんど身動きができず、離れた後でオセロットの顔をじっと見つめることしか出来なかった。
「これで満足か?」
最後に一度だけ、荒っぽくWA2000の頭を撫でつけたオセロットは、自分たちを見ていた周囲の野次馬に睨みを聞かせ追い払う。その後は特に何も言葉をかけることなく、オセロットはどこかに去っていってしまった。
「あー……わーちゃん?」
オセロットがいなくなった後でスコーピオン達が戻ると、WA2000は魂が抜けたようや表情で自分の唇を指で触れていた。そして、ニヤニヤと変な笑みを浮かべ始めるが…彼女のメンタルがようやく現実に戻ってきたのか、急に顔が真っ赤に染まっていき、最後には卒倒しその場に倒れ込んでしまった…。
ズキュウウウン!!
久しぶりのラブコメ書いたら疲れた、わーちゃんかわいい。
次回予告!!
未定です(笑)