屋敷の書斎にて、ウロボロスは物憂げな様子で椅子に腰掛けていた。
彼女の前に置かれた机の上には、たくさんの資料が並べられ、それを持ってきた部下の一人が資料の一つ一つを丁寧にウロボロスに報告している。普段なら無視して部下の采配に任せている彼女であるが、その日は珍しく、資料に目を通し時たま不明瞭な点を部下に対し説明を求めていたりした。
「――――以上が、この1年の統計であります。油田やダイヤモンド鉱山の採掘は順調、さらに調査活動によってタングステンや金鉱山の採掘場所を発見しております。いずれも埋蔵量に関しては推測の段階ですが、長期的に採掘が可能な量となっています」
「よろしい。各地域の統治はどうなっておる?」
「はい、各コミュニティにはいまだ反抗的な勢力もいますが、旧南アフリカ共和国は完全に従属、それ以外のコミュニティに対してもウロボロス様に概ね賛同しております。各コミュニティには武装解除と引き換えに潤沢な経済支援を保証しています」
「上出来だ、統治に関しては引き続き継続せよ」
「はい。ただし問題が、これだけ広げた支配地域に対し兵力や装備の不足があります。今のところ問題はありませんが、反抗勢力が各地でゲリラ活動をすればこちらの活動に支障が…」
「それに関してはすぐに手を打つ。おぬしらの努力により計画は直ぐに実行に移せる……どうした、褒めておるのだぞ? もっと嬉しそうにせんか」
「身に余る光栄でございます…!」
すべての報告を聞いたうえで、日頃の努力を労い褒められた部下は感動のあまり目頭を熱くした。
いつもなら暴君と恐れるウロボロス、だが結果を残す有能な人材に対しては褒美を与え褒めることを惜しまない。スラムから拾われた黒人の彼は、今までの苦労が報われたことに感激し、更なる忠誠を誓うのだ。
窮屈なバラックで生活していた彼が、今では小奇麗なスーツを着て清潔な住居で暮らし毎日食事にありつけるのも、彼女のおかげだった。彼と同じような理由でウロボロスに忠誠を誓う者は、他にも多くいる。
「ウロボロス様。約束の物を持参してきました」
「うむ、ご苦労。下がってよろしい」
部下は一度深々とお辞儀をすると、書斎を出ていった。
その後ウロボロスは部下が置いていたアタッシュケースを二つ手に取ると書斎を出る…部屋の外には側近のヴァンプが待っており、アタッシュケースを彼に預ける。二人は屋敷の応接間に向かう、そこに行けばハイエンドモデルの誰かしらはいる…案の定、そこにはスケアクロウとイントゥルーダーがおり、なにやらテーブルの上に教材を広げて何かを話しあっていた。
「やあ二人とも、教育の方は順調かな?」
「あらウロボロス、ごきげんよう」
「こんにちは」
イントゥルーダーとスケアクロウには子どもたちの教育を任せている。
教材を広げているのは、子どもたちに何を教えるか話しあっていたようだ。
「子どもたちの識字率は向上したか?」
「もちろんよ、みんなやる気があって嬉しいわ。笑顔で授業を受けに来てくれるんですもの、私たちも貼り切ってしまいますわ。ね、スケアクロウ?」
「ええ、そうですね」
「よろしい……"愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ"という言葉がある。賢者を導くのも先人のつとめ、おぬしらの経験や知識を惜しみなく子どもたちに教えてやるのだぞ」
「分かったわ。でも、イーライ君はどうします? あまり授業に来てくれません…」
「イーライは心配いらん。私やグレイ・フォックスが教育する、奴には私なりの帝王学を学ばせるつもりだからな! ふはははは!」
相変わらずの子供びいきと、イーライへの愛情を見て二人は苦笑する。
まあ、戦うばかりだった二人が子どもたち相手に教育することが出来る今の立場を得られたことに関しては、ウロボロスに感謝している。子どものため、と言えばウロボロスは大抵なんでも揃えてくれる。
次にウロボロスは屋敷の中庭へと向かう。
そこで、ハイエンドモデルの一人であるジャッジが部下の戦術人形を使った戦術を日々研究しているのだ。その日もジャッジシミュレーションにて戦術教練を行っており、気難しい表情で端末とにらめっこしている。
「やあジャッジ。おぬしが欲しがってたデータが手に入ったぞ」
「本当か? 正規軍の戦闘データなんてなかなか手に入れられないからな…すまんな……ん? なんだこれは?」
「グレイ・フォックスに色々見つけてきてもらった。先の米軍の欧州侵攻時の戦闘記録だけではつまらんと思ってな…」
「すごい…! 第三次世界大戦の戦闘記録なんて、ほとんど機密事項だというのに!」
ジャッジはウロボロスの屋敷にやって来て以降、彼女の私兵部隊の訓練や指揮などを任されている。
ジャッジの高い指揮能力は戦術人形や装甲人形が多く占める私兵部隊において極めて有用、ウロボロスは多額の給与をジャッジに約束して懐柔した。無論、主人であるエルダーブレインの身の安全を保障した上でだ。
「第三次世界大戦…いや、世界史上最大の激戦として知られるウラジオストク大会戦の戦闘記録だ。ロシア軍と人民解放軍、双方合わせて600以上の師団、1万を超す戦車と航空機が投入されたまさに史上最大の戦いだ。先の欧州侵攻も、これに比べたら見劣りするだろうな」
「あぁ…こんな戦力が私たちに向けられたらと思うと、ゾッとするな」
「いつ正規軍の奴らがうちにちょっかい出してくるか分からん。奴らの戦術や戦略を十分に研究してくれたまえ」
「ああ、とりあえずやってみよう」
ジャッジは与えられたデータの重要さに臆し、やや手が震えていた。
余談ではあるが、かの正規軍と真正面からぶつかり合った中国人民解放軍。その戦いで国力は疲弊し不利な条件でロシアと単独講和を結び大戦を離脱…というのが世に知られた定説だが、核戦争で世界のネットワークが断絶されたため、東アジアの情報はロシアを通してしか知ることが出来ない。
噂によれば、かの国は未だ東洋の覇権国家としての地位を保っているとか、はたまた荒廃し無法地帯になり下がったとか様々な憶測が飛び交っていたりする。
ウロボロスは再び屋敷に戻る。
次に向かったのはドリーマーがいるであろう部屋、部屋に入ると退屈そうなドリーマーとちょうどシーカーの姿もあった。ウロボロスを面倒そうに見つめるドリーマーであったが、特に興味を示すことなく窓の外に目を移すが…。
「暇そうだなドリーマー。そんなおぬしにいい仕事を持ってきたぞ?」
「仕事? 面倒なことはごめんよ」
「我が部隊を増強する。そのための兵器開発、生産管理をおぬしに任せたい。おぬし得意だろう?」
ウロボロスが持ちかけた仕事の話は、どうやらドリーマーの気を引くことに成功する。
しかしドリーマーはまだ興味が無さそうな態度を装っている。
「前にやってた事だけど、兵器開発とかそういうのはアーキテクトの方が適任じゃないの? MSFから連れ戻してきたらいいじゃない」
「アーキテクトか、奴の技術力は評価するが…私が目指す軍事力に奴が生み出す兵器は適さない。欲しいのは少数の強力な兵器ではない、敵を圧倒し蹂躙する量産可能な兵器だ。シーカー…おぬしならどちらが戦争において重要かは理解できるだろう?」
「あぁ。戦いは第一に数を揃えること…古来の戦争からそれは変わっていない」
「まあ、アーキテクトはロマンで兵器を造るからそこら辺のことは度外視でしょうね。でも面倒なことには変わりないわね…」
まだドリーマーはウロボロスの提案に乗って来ない、だが関心を引くことは出来ている。試そうとしてくるドリーマーの狙いを見抜いたウロボロス、彼女は側近のヴァンプに目配せした。先ほど部下が持ってきたアタッシュケース、それをドリーマーの目の前に置いて開く…中にはいっぱいの現金が入っていた。
「既に開発のための工場と研究所は用意した、このカネもおぬしの自由に使ってくれて構わん。足りないなら私に言え、すぐに手配しよう」
「理解できないわね…何故わたしにここまでするの?」
「これでも人を見る目はあると思っているのでな。これはおぬしらへの投資だ。きっとおぬしらならこのカネ以上のものを生み出してくれるという自信があるのだよ…引き受けてくれ」
ウロボロスは自身の決断を微塵も疑うことをしない。
鉄血で生まれた彼女はうぬぼれ屋のぽんこつだと思っていたが、今そこにいる人物は…王者の風格を纏っている。このアフリカでの成功が単なる偶然の産物や、運によるものでないことを如実に物語る。
ドリーマーはアタッシュケース、ウロボロス…それからシーカーを見つめた。
「いいわ、引き受けてあげる……あんたが何しようとしてるかもなんとなく分かったわ」
「おぬしはバカではない、十分に期待させてもらう」
「でも強力な軍隊を揃え、なおかつ正規軍と張り合えるようなのを生み出すって言うなら足りない物があるわね」
「分かっておる。すぐに取り掛かるつもりだ」
「さてと、退屈とはおさらば出来そうね。行きましょう、シーカー」
「うむ」
最後まで仕方なく、といった態度を崩そうとはしなかったが足取り軽く外へ出かけていくドリーマーを見て、再度彼女にこの仕事を任せたのは正しかったとウロボロスは認識する。
「ヴァンプ、トゥーラに向かえ。そこにグレイ・フォックスを潜入させている」
「お嬢、任務は?」
「正規軍の機密データの奪取だ。奴らは既存の兵器を更新するべく開発を進めている…テュポーン戦車の後継機オブイェークト828戦車、ハイドラの後継機オブイェークト897四脚戦車……他のデータももろもろな?」
「引き受けました、お嬢」
主人より任務を受けたヴァンプは笑みを浮かべると、踵を返し彼女の元を去る…。
側近を任務に送りだしたウロボロスもまた、進みだした己の計画に想いを馳せて笑みを浮かべた…そんな時だ、代理人がウロボロスの前に姿を見せたのは。
「ウロボロス、正規軍に戦いを挑むつもりですか?」
代理人は前置きもなく、そんな質問を投げかける。
それに対しウロボロスは笑みを崩すことは無かったが、代理人は固い表情のまま。
「自衛のための戦力を整えているだけだ。なんにせよ、広大なアフリカを統治するには戦力がいる」
「そうでしょうね。ですが、ご主人様に万が一にも危害が及ぶような真似はあってはなりません」
「ぬるいな代理人。危険を犯さず得られる物などたかが知れていよう?」
「何を言いますか……何においてもご主人様の身の安全は守らなければなりません。ご主人様は平穏を望んでいるのです…あなたはそれにどうお答えするつもりですか?」
「ふん……甘ったれるなと、言ってさしあげろ」
「なんですって?」
代理人にとって、主人であるエリザは自分の命以上に大切であり、何においても優先されるべき存在だ。そんな敬愛すべき主人に対し、ウロボロスは今なんと言った? 主人に対し侮蔑ともとれる彼女の発言に代理人は怒りを露わにした。
だがウロボロスは代理人の怒りを前にしても微塵も動じない。
そんな彼女を見て代理人は察するのだ、このアフリカにエリザを招き入れた真意を…。
「あなたもなのですか? あなたも…ご主人様を自分の利益のために利用しようと…」
「なにを言っておる。おぬしらも私を利用しておるではないか、なんの見返りもなく平穏を得ようなどと図々しい。来て貰ってるわけじゃない、むしろ保護してやっているのはこちらの方だ」
「あなたがご主人様を利用しようとしてるだけだと分かっていたなら、ここにご主人様を連れては来ませんでしたわ」
「ほう? では他に誰を頼る? MSFか? 言っておくが、ここにいるより遥かに危険は高いぞ? それとも安全な場所を探してどこまでも逃げ続けるか? 断言してやる、逃げた先に安寧はない…いつか追い詰められ惨めに轢き潰されるだけだ。連邦、正規軍、南極、アメリカ…狙ってくる連中はたくさんいる、暴力に対抗するには戦うしかないのだ!」
ウロボロスの強い口調に、代理人は言い返すことが出来なかった。
急速に怒りを冷ましていく代理人を見て、ウロボロスは見下したように鼻を鳴らす。
「協力してるうちは守ってやる、それは約束してやる。お姫さま気分を味わせたいなら勝手にしろ、だがつとめは果たしてもらう」
代理人の返事も聞かず、ウロボロスはさっさとその場を去っていく。
一人残された代理人はしばらくの間、その場に立ちすくむ…固く握りしめる手は震え、血が滲んでいた。
やがて、代理人は足取り重く歩き出す。
向かった部屋のドアノブに手をかけた代理人は少し間を置いて、ゆっくりと扉を開く。部屋の中ではエリザが一人、端末に向かって座り作業をしていた。しばらくそのままの体勢で、代理人は静かに主人を微笑みを浮かべながら見つめていた…。
「ふぅ…あ、代理人。ちょうどいいところに来た、こっちに来て」
「はいご主人様、いかがいたしましたか?」
「ここのとこなんだけどさ…」
エリザが行っていたのはこのアフリカでネットワークを敷設するための作業であった。
エリザが行っている作業はウロボロスが彼女にやらせているものだと、代理人はすぐに理解した。しかし代理人はそれに気付かないフリをして、主人の手伝いをするのだ。
「ウロボロスも知らない間に凄いことをしてるね」
「…と言いますと?」
「人類の起源であるこのアフリカの地で、私たちは新しい時代を切り拓く、って…凄いよね。感心しちゃったよ、シーカーもそうだったけど、目標や夢がある人って尊敬できるよ…私も二人みたいに…代理人? どうしたの?」
ふと見つめた代理人が物悲しい表情をしているのに気付き、エリザは心配そうに覗き込んだ。
敬愛する主人に心配をかけてしまった、そんな自責の念に駆られる代理人…そんな彼女に、エリザは手を伸ばしその頬を撫でた。
「代理人、なにかあったの…?」
「いえ、ご主人様…」
「ん……どうしたの? ほんとうに大丈夫?」
なにも言わずに抱き締めてきた代理人に、エリザは戸惑っていた。
「ご主人様、なにがあろうともわたくしがあなた様をお守りいたしますわ…なにがあろうとも…」
この先なにが起きようとも、必ず…。
腕の中に包む敬愛すべき主人を失ってしまわないように…強く、強く抱き締める。
ちょっとダークでシリアスなお話を書きたかった。
ウロボロス、この人も30年後…【パン屋作戦】の時代を見据えてますね。
ウロボロスがやりたいのは子を為せないかわりに自分が存在した証、文化的遺伝子を後世に残すことです。
そして自分のミームを引き継ぐイーライ、リキッド・スネークを世に送り出すことなのです。
ソリダスみたいな動機ですな…。