「ふぅ、ようやく形となるものが出来上がって来たな…少し休憩するか」
アフリカ南部ウロボロス邸の一室にて、所狭しと積み上げられた資料の中で、ジャッジは椅子にもたれかかりながら大きく伸びをする。それから机の上にあごだけを乗せて、窓から見渡すことが出来る広大なアフリカの大地を眺めるのだった。
連日、これから新設されるウロボロス軍の戦闘教義について他国や過去の軍隊がとっていたドクトリンを参考に研究しているジャッジは、一日のほとんどをその部屋で過ごし、ハイエンドモデル勢の中でも忙しさではトップクラスに位置するであろう。
難しいのは、仮想敵としているヨーロッパの正規軍が強すぎていかにアフリカの大地で迎え撃つか戦略を立てることで、シミュレーション上では何度も何度も敗北を繰り返してしまうほどの強大な相手だ。
あまりにも負けるものだからジャッジは戦闘教義を攻撃的なものから防衛戦略に方針転換、インフラが未発達なアフリカの大地を十二分に活かした遊撃戦術やゲリラ戦、焦土戦術などを盛り込んだのだが…それでようやく正規軍のアフリカ遠征軍を撃退できる見通しが立った。
しかしそれでは正規軍相手に勝ったとは言えない。
撃退できるのはあくまで遠征軍、正規軍の圧倒的な航空支援や大陸間弾道ミサイルのことは除外してのシミュレーションなのだ。相手は第三次大戦を生き残った国家、もう一度核を、それも異人種が多く占めるアフリカの地に撃ちこむことなど躊躇しないだろう。
あまり成果が上がらないとウロボロスに嫌味を言われることになるので、ジャッジ自身出来上がった戦闘教義について完全に満足しているわけではないが、一応形となったものを見せることとした。
"あれだけ時間とカネをくれてやったのに成果がこれか?お笑いだな、ジャッジさま。えぇ?"
などというウロボロスの嫌味が幻聴のように聞こえてくる…憂鬱な気分で、ジャッジはウロボロスの書斎を開く。
扉を開けた途端目に飛び込んできたのは、たくさんの子どもたち…カーペットの上で積み木遊びをしていたり、絵の具を飛び散らして遊んでいたり、物を投げ合って遊んでいたり…。書斎はそれなりに綺麗であったと記憶していたが、無垢な子どもたちの破壊行為によって書斎は荒れ果てている。
その中でウロボロスはというと、子どもたちを咎めるわけでもなく、パスされたボールを投げ返したり、子どもを膝の上に乗せてお絵かきで遊んでいたり…子どもたちが暴れまわっていることなど全く気にも留めていない。
子どもたちの暴走に軽く目まいを起こすジャッジ…わざとらしく咳払いをするとウロボロスが気付く。
子どもたちに"勝手に遊んでろ"などと言えば、子どもたちは"はーい"と元気よく返事を返す……呆れながら書斎を出ると、ウロボロスはジャッジを連れて別な部屋へと招くのだった。
「おい、あんなんでいいのか? お前の大事な書斎が滅茶苦茶だぞ?」
「ほっとけほっとけ、後で代理人に掃除させるから」
あの荒れ果てた部屋を元通りにさせられる代理人に同情しつつ、招かれた部屋へと入る…が、そこには先客がいた、アルケミストだ。ただ何かをしていたわけでもなく、ソファーの上に寝そべって本を読んでいた。
「邪魔するぞアルケミスト」
「あぁ? ウロボロスとジャッジか…お気になさらず」
「なんだ暇そうだな。こっちの手伝いをしてくれてもいいんだぞ?」
「この間手伝ってやったろジャッジ。こう見えて忙しいんだよ、ガキどもの教育は疲れるんだよ?」
先日、スケアクロウに代わって授業をとって以来、子どもたちの人気が密かに上がりつつあるアルケミスト…どうもやりたい放題授業を教えるスタイルが好かれているらしい。まあ、その尻拭いをさせられるイントゥルーダーやスケアクロウはたまったものではないが。
余談だが、デストロイヤーがアルケミストの真似をして教師をやろうとしたところ、子どもたちになめられ過ぎて学級崩壊を起こした。
本と称し成人向け雑誌を読んでいるアルケミストの事は無視し、早速ウロボロスとジャッジは戦闘教義研究の成果を確認し合う。
意外なことに、ジャッジが示したアフリカでの防衛戦略についてウロボロスは共感を示す。
「意外だな。お前のことだからこれくらいのことでは嫌味を言ってくると思っていたのだが?」
「私もバカではない、正規軍相手に真っ向からぶつかって勝利できるとは思っていない。おぬしの戦術は中々に良い、遠征軍に出血を強いて広大なアフリカの大地に引き込んでの遊撃戦、我々がとれる最適解だろうさ」
「だが奴らは大陸間弾道ミサイルや核を持っている。そこに関しては私も手が打てん」
「問題ない…とは言い難いが、策はあるさ。私が取る方針は、奴らが私たちを攻撃することを躊躇させることだ。軍の強さは目を見張るものがあるが、それならば別な対象を狙うだけさ」
「テロリズムか…」
「そうだ。我々を攻撃しようとすれば民衆が被害を受けることになる、そのことを分からせてやればいい。こんなご時世だ、世論の厭戦気運は今なお高い…民衆をターゲットにされれば奴らも手を引かざるを得ない。まあ実行する必要はないが、それを可能とする力があることはそれとなく示すつもりさ」
「気は進まんが、仕方ないな」
「目的は正規軍を撃滅することではない。今後数十年、奴らが我々にちょっかいをかけてこないようできればそれでいい。私が軍の規模を拡大させる目的は、もっと別なところにある……奴らはまたやってくる、必ずやってくる、今度は欧州だけではなく世界を覆い尽くさんとな」
「なんのことを言っているのだ?」
「かつて"アメリカ合衆国"と言われていた連中だよ、ジャッジ。来たぞウロボロス」
ジャッジの疑問に答えたのは、静かに部屋へとやって来たシーカーである。
先の欧州侵攻の渦中にいた人物であるシーカーが示した答えに、ジャッジは目を丸くする。
「進捗はどうだシーカー?」
「あぁ。バトルドロイド及びその他装甲兵器の生産は順調、今は新規開発はストップさせて、量産体制の増強に主軸を移しているよ。今の規模で、ようやく軍隊として運用できると言ったところか…今でも十分強い軍隊と断言できるが、アフリカ各地の軍閥を掃討できる戦力ではないと言っておこう」
「十分だシーカー、ドリーマともどもよくやってくれているな。まあ座れ、ちょっと話したいことがある…アルケミストもちょっと会話に混ざってくれ」
ウロボロスに言われるまま、シーカーは空いている椅子に腰掛け、アルケミストは気だるそうに起き上がる。
ウロボロスが指をぱちんと鳴らすと、屋敷の使用人が入室し、それぞれにコーヒーを配り一礼をして退出していった。このコーヒー豆もウロボロスの農園で栽培されているもので、売り上げは好調だ。
コーヒーをすすり、ウロボロスはシーカーに問いただす。
「なあシーカー、私はどうにも腑に落ちないのだが……奴ら、本当にアメリカ合衆国と呼ばれていた国家と同じ存在だったのか?」
「なにが言いたい?」
「アメリカはその力を恐れる核保有国らの核攻撃で滅びたというのが今の常識だが、そもそもこれが納得いかない。世界の最先端をいき、軍事力において頂点に君臨していたあの米国がなすすべもなく滅びるか? そもそもこの核戦争、一体どの国が先に仕掛けたんだ?」
相互確証破壊に基づき報復核攻撃が起こったことで世界は荒廃したというのが通説であるが、誰が先に核攻撃を行ったかについては各国でバラバラな主張があった。結局真実は分からずじまい、闇の中に葬られているが…一部の陰謀論者は、世界を牛耳る秘密結社の陰謀だとか、ロシアの自作自演だとかと言われているが真相は誰にも分からない。
「連中は核戦争を予期していた…でなければ、国土が荒廃するほどの核攻撃を受けていながらあれだけの軍団を保持できていたとは思えない」
「もう一つあるよウロボロス。アメリカ本土は放射能汚染は凄まじいが、崩壊液の汚染はほとんど見受けられなかった。ジェット気流で粒子が世界に拡大しているにも関わらずだ」
「それについてはメタリック・アーキアという、崩壊液を代謝する微生物の存在がいるってことで解決したじゃないかアルケミスト」
「崩壊液の汚染が世界にまん延しているのに、アメリカにだけ崩壊液の汚染地帯が存在しないのが納得いかないんだよ。シーカー、お前はあの連中と関わっていて何か違和感を感じなかったか? お前のその、ESP能力がありながら奴らの真意が読めなかったのも謎だよ…」
「わたしの能力も万能ではない。なんでも思考を読みとれるわけでもない…たとえば戦術人形含めたAIの思考、それは電子戦の分野になる。私のESP能力だけで他者の思考を読みとれる対象は、生身の人間だけだ」
「だがお前は奴らの真意を見抜けなかった……サイボーグとはいえ、人間であるはずの奴らを」
「あぁ……疑問に思うべきだったな。今思えば、奴らからは…人間の意思を感じられなかった」
「つまり、奴らは…人間じゃない?」
「断言はできないが…」
ウロボロスの疑問から始まったこの話題について4人は話しあうが、謎はさらに深まるばかりだ。
ウロボロスが本当の意味で最大の仮想敵と定めているのは、他ならぬ欧州に破壊をもたらした超大国の亡霊たちだ。だが果たしてあれが亡霊などと言う存在なのか、手がかりは何一つなかったが…。
「アルケミスト、MSFにはこの手のことで何か知っていそうな奴はいないのか?」
「あぁ……まあオセロットになるのかな? いや待てよ……UMP45、アイツもアイツで調べていたからな。何か手がかりを知っているかもな」
「分かった、今度何かあったらそれとなく聞いてみよう。シーカー、どうしたそんな難しい顔をして?」
「いや……みんな、【アーネンエルベ】と【アーカーシャ】という言葉を聞いたことはあるか? 意味は分からないんだが、何故だかその言葉だけを鮮明に思いだせるんだ」
「知らないな。ジャッジとアルケミストは?」
ウロボロスの問いかけに、二人は首を横に振る。
腕を組み思いだそうとするシーカーであるが、その言葉以上に思いだせることは何もなかった。
「なんだか気味が悪いね。この話、エリザさまには?」
「いや、まだ言うまい。まだ我々の胸の中にとどめておけ……ヴァンプとグレイ・フォックスに少し探らせる。みんなはいつも通りに…協力は後で呼びかけるかもしれんがな」
「了解した」
会議はそこで終了し、各員部屋を退出していく。
一人部屋に残ったウロボロスは、夕陽が照らすアフリカの大地を見渡した。
大地の赤土が夕陽に照らされて、まるで大地が一面血の海に埋め尽くされているように見えた……それが自分たちの行く末を暗示しているかのように…。
ここに来て謎を増やしてくスタイル
この後の展開を予告するなら、全ては第二次世界大戦の時から始まっていた…ですね