翌日、毎朝の日課となる牛の放牧のために牛舎の扉を開く少女"
牛たちは慣れた様子で開かれた扉から、柵で仕切られた拾い放牧地へと散らばっていく…牛たちが一匹残らず牛舎を離れた後で、
これらは農場にある畑の良い肥やしとなる、一つとして無駄にはならない…。
一通りの作業を終えて、井戸水で手を洗っていると、昨日の来訪者がまた訪れる。
昨日の出来事を思い出してか、
「何をしに来たんですか? また迷惑をかけるつもりなら、出てってください」
「昨日のことは悪いと思っているが、そう邪険にしないで欲しい。今日はご主人と話をしに来ただけさ」
「おじいちゃんに何かしたら許さないから…」
農場の家へと向かっていくM16とM4の二人に
記憶を失っているとはいえ、かつての仲間に敵意の眼差しを向けられることにM4はショックを受けていた。咄嗟に何かを話そうとしたM4の手を掴み、M16は農場の家へと向かう。何度かM4が振り返るが、
「まったく…」
二人の姿が家の中へと消えると、
鍬を担いで畑を耕し始めると何やら感じる視線…ちらっと視線を感じた方を向くと、少女が1人、じっと見つめているではないか。少女は昨日来た来訪者の仲間であり、別段相手にする必要もないと判断し、
すると少女…SOP2はとことこ
その様子に気付いていながらも、
「なんですか?」
ジト目でSOP2に問いかけると、彼女はぱっと表情を明るくする。
「ねえねえ、何してんの?」
「見てて分かるでしょ? 畑を耕しているんです」
「それはわかるけど、どうして?」
「はぁ? 作物を育てるために決まってるじゃないですか」
「そうなんだ! 私戦いしか知らないから分からないんだよね……ねえねえ、私も手伝っていい?」
「いや、いいですよ手伝わなくて。畑を滅茶苦茶にされても困ります、戦いしか知らない野蛮な人にできるとも思えませんし」
「……そうだよね……ごめんね、邪魔しちゃって…」
昨日からの苛立ちのままに冷たい言葉を発した
「簡単ですから、その…教えてあげます」
その言葉を聞いたとたん、SOP2はにこりと笑った。
M16とM4が招かれた家の中は古ぼけた外観と同様年季の入った造りであり、照明や電化製品の類はない。
農場までは電気が通っておらず、昔ながらの生活をしていることが伺えた…
二人が招かれた部屋の椅子に腰掛けて待っていると、老人はおぼつかない足取りでお茶を運んでくる…気を効かせたM16が代わりにお茶を乗せたトレーを受け取ると、老人は小さく頭を下げた。
「大したお招きもできず申し訳ない」
「いえ、急な来訪です。お話をさせていただける機会を設けてもらえただけでもありがたいことです」
「そう言っていただけると、わしも気が休まります……さてと、なにから話しましょうか」
義足を引きずりながら椅子に腰掛けた老人は、どこか疲れたような表情を二人に向ける。
そこでM4は初めて老人の顔をはっきりと見る、顔にはいくつもの傷痕が刻み込まれている…肩の先から失くした腕、膝から下がない足は日常での怪我とは思えない。M16もM4も、老人が"戦争を知る人間"であるとすぐに察した。
「私たちはお互いのことを知りません。まずは自己紹介をさせていただきましょう……私たちは民間軍事会社グリフィン&クルーガー所属の戦術人形です。グリフィン部隊のAR小隊に所属していますM16です」
「同じくAR小隊、隊長のM4です」
「わしはフランコ・ゼレンスキー、ここで農場を営むただの老いぼれです」
「よろしくお願いします。不躾な質問ですが、フランコさんは従軍歴が?」
「昔のことです……中露国境地帯、アムール戦線に出兵しました。2047年の夏に徴集され、2050年に爆弾で手足を失うまでそこに……終戦は、陸軍病院内で…」
老人はM16の問いかけに淡々と答えていく。
第三次世界大戦の主要参戦国であるロシアと中国の戦いは熾烈を極め、国境を接する都市などではいくつもの激戦が繰り広げられた。アムール戦線は、ウラジオストク戦線と並び人類史上稀に見る陸戦が勃発した地域であり、かの戦場では戦術核兵器も投入された結果今な汚染地帯として封鎖されている。
鉄血とグリフィンの抗争など、小競り合いに思えてしまうような激戦……そこで老人が何を目の当たりにしたのか、M16とM4の二人には想像のしようもないことだった。
「あれは、ご家族の写真ですか?」
M4は、招かれてから気になっていた壁に飾られた一枚の写真について尋ねると、老人は小さくうなずいた。
古ぼけた写真には、老人とその子どもと思われる夫婦、そして幼い少女の姿が映っていた。
「ご家族は…」
「死にました。終戦後に、知りました」
当時、ロシアが対峙していた敵国は中国だけではなく、西欧諸国のいくつかとも戦線を抱えていた。欧州に近いロシアの都市に敵国の空襲や砲撃が行われ、その最中に老人の息子夫婦と孫は都市部から逃げ遅れ、空襲の犠牲となったという…。
「徴集は最初、わしの息子に届きました。わしは、軍にいた知り合いに頼み込み、代わりにわしが出兵することで息子を見逃してもらいました……それで、息子や家族を助けられると思っていたんです…」
「フランコさん…」
「あの戦争でわしは全てを失いました。家も、家族も、財産も……50年の人生をかけて手に入れた宝が、たった6年で全て失ったのです。そんなわしに祖国がくれたのは、一つの名誉負傷章とわずかなお金だけでした…」
「当時の大戦については、我々も伝え聞いていることです……心中お察しいたします」
「ありがとうございます……戦後の数年を、どのように生きていたかは覚えていません。ここの農場を買ったのは5年ほど前です……そして、あの子を…アンナを見つけたのは2年ほど前です」
老人は
当時貧しかった暮らしの中で老人は、自律人形を一体手に入れたいと思い、違法とは知りながらも戦場跡地を探索して再利用できる自律人形を探していたという。廃墟の中で、老人は
だが老人は
「なるほど…AR-15は、彼女の記憶はその時に消したのですか?」
「いいえ…再起動した時には既に……」
「そうですか。それで、あの子を…亡くした孫の代わりに?」
老人は直ぐには返答せず、窓の外を見つめる。
窓から見える畑では、
「もしも、孫が生きていたのならちょうどあのくらいの年頃でした……あの子を見つけた時、わしはそんな風に思ってはいなかった。だが…あの子が目を開けて、わしに話しかけて来た時…わしは咄嗟に、うそをつきました」
「自律人形の需要の中には、亡くした家族を忘れられず故人を再現したいというものもあります……フランコさん、あなたがそのことについて気に病むことは無いと思います」
老人との会話はほとんどM16が進めていて、その間ほとんどM4は静かに会話を聞いていた。
彼の話を聞く前までは言いたいことがたくさんあったはずなのに、今は何も言葉にすることが出来ない…戦友のAR-15を連れ戻したい気持ちは強いが、彼女を孫としてかわいがり大切にする老人の嘘偽りのない気持ちを知って、M4の胸中は揺れていた。
すべてを失った老人が、唯一得た希望を…無理矢理奪っていいのだろうか?
そんな想いに揺れるM4の気持ちを察したのか、老人は小さく笑いかけた。
「M4さん、あなたが悩む必要はありません……あの子が特別な人形であることは見つけた時から知っていました。あなたたちのような方方々がいつあ、あの子を連れ戻しに来ることも覚悟していました。M16さん、M4さん…あの子は間違いなくあなた方の仲間です……あの子を不当に得たわしに、所有を主張する権利はありません」
「フランコさん、我々としては嬉しいお話ではありますが…あなたのお気持ちはそれでよろしいのですか? 私が言うことではないのかもしれませんが、グリフィンには彼女を保護していたと言って、見返りに報酬や他の自律人形を求めることが出来ると思います」
「M16さん、お金や代わりのものではないのです……アンナとの暮らしは短いものでしたが、あの子のおかげで大切なことを思いだせたのです。全て、覚悟していたことです…」
「分かりました、フランコさん」
「よろしくお願いします……もしよければ、あの子と別れる前に少し時間をいただけないでしょうか?」
「もちろんです……しかし、どうか後悔だけはなさらぬように」
「感謝します…」
次回でこのイベントは終了かな?
中露戦線がどんな地獄だったか書いてみたい気もするけど、たぶん書ききれないから自粛