METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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ブラックライフルファミリー 後編

 アンナ(AR-15)とフランコが住む農場にAR小隊の隊員たちが頻繁に訪れるようになるのを、アンナ(AR-15)は快く思わなかった。ある日突然やって来て、あなたは記憶を失っているのだと迫られれば不快感を持つに決まっている…M16という人形は礼儀正しいが、M4という人形はあれから遠巻きに見つめてくるのみで鬱陶しいことこの上ない……そしてもう一人、対応に困るのがSOP2という少女だ。

 SOP2はあれからというもの、暇さえあれば農場にやって来ては畑仕事を手伝いにくる。

 手伝いと言えば聞こえはいいが、まるっきり作業を分かっていないSOP2が一緒にいると作業は捗らない。簡単なことでも任せれば畑を滅茶苦茶にされてしまうので、片時も目を離せない…仕方ないので作業を教えてあげるが、おかげで一日の作業は進まない。

 

 その日も、農作業を手伝いにやって来たSOP2の面倒を見ながら、作物の収穫を行っている。

 作物を傷めないよう収穫するやり方を教えられ、SOP2は手をプルプルと震えさせながら作物を慎重に採取した……失敗ばかりだった農作業で初めて上手くできたことに彼女は大喜びだ。たかが収穫だけでここまで喜ぶなんて、そう思いながらアンナ(AR-15)は苦笑いを浮かべていた。

 

「やったやった! 上手くできたよ!」

 

「はいはい、じゃあ残りの野菜も収穫しますからね。SOP2は、あっちから収穫してください」

 

 SOP2に指示を出して、アンナ(AR-15)は指示した場所とは別なところから収穫を行うために移動する…しかし、ふと違和感を感じて立ち止まる。いつもなら指示を貰ったSOP2は元気よく返事を擦るはずなのに…振りかえり見たSOP2は、何故だか嬉しそうに笑っていた。

 

「やっと、わたしの名前呼んでくれたねAR-15」

 

 その言葉でアンナ(AR-15)はハッとする…自分では意識していなかったが無意識に呼んでいたようだ。AR小隊の隊員を快く思っていなかったアンナ(AR-15)は、これまでで一度も彼女たちの名を呼ぶことは無かったのだが…。

 

「私のこと、思い出してくれた?」

 

「知りませんよ……あなたとは、ここで初めて会ったんですから」

 

「でもAR-15は気にならないの? 過去に何があったかとか…」

 

「ええ気になりませんよ。それから変な名前で呼ばないでください、私の名前はアンナです。ここでおじいちゃんと暮らしてるだけ。自分が人間じゃないことくらい分かってる、それでもおじいちゃんは私の大好きなお爺ちゃんなの!バカにしないで!」

 

「バカになんかしてないよ。素敵なことだと思うよ…アンナもあのおじいちゃんも、本当の家族みたいだもん。そっか、アンナは今が幸せなんだね…なんか安心した」

 

「はい?」

 

「ううん、気にしないで。最初はあなたを連れ帰ろうとしたけど、今のアンナを見てたらどうでも良くなっちゃった。アンナが幸せなら、私たちはそれでいいんだ…M4もM16もきっと、そう思ってるはずだよ」

 

 SOP2の言葉に嘘偽りはないのだろう。

 ただ純粋に想ってくれる彼女に対し、厳しい口調で怒鳴ってしまったことにアンナ(AR-15)は気まずそうに俯く。SOP2は最後まで笑いかけながら農場を去っていく…一人畑に残ったアンナ(AR-15)の気持ちは揺らいでいた。

 

 

 

 

 

 

 数日後、起床したアンナ(AR-15)は大きな欠伸をかいてベッドを降りる。

 窓を開けて庭を眺める…あれからAR小隊の隊員たちは農場に訪れていない。ようやく日常が戻って来たことを嬉しく思う反面、何か企んでいるのではないかという思いがよぎる。

 毎日の日課の放牧をしようと階段を降りていくと、珍しくフランコが早く起きていたのに少々驚く。彼はいつもの作業服ではなく、スーツを着ていた…テーブルには花束が数束置かれており、今日の日付を思いだしたアンナ(AR-15)は思いだす。

 

「出かけるよアンナ、支度をしなさい」

 

「はいおじいちゃん」

 

 アンナ(AR-15)はすぐに自室へと戻ると、パジャマを脱いで外出のための身支度を整える。

 フランコのスーツの色に合わせるように、アンナ(AR-15)もまた黒っぽい服に袖を通す…身支度を整えた後で一階に降りると、待っていたフランコと一緒に農場から町まで足を運ぶ。町にある駅で列車に乗る……。

 列車を乗り継ぎ、二人が向かったのはとある都市の郊外にある集団墓地だ。

 閑散とした墓地を訪れた二人は、目指していたお墓の場所に来ると、持っていた花束を供える。

 

 墓に埋葬されているのはフランコの息子夫婦と孫だ…毎年欠かさず、この時期に墓地を訪れている。戦後はいつも一人で墓参りに訪れていたが、今は自律人形の孫アンナ(AR-15)がいる。

 おかしな話かもしれないが、アンナ(AR-15)にとってこのお墓に埋葬されている者たちも家族として認識している。写真の中でしか見たことがない夫婦を親と思い、少女を姉と思っているのだ……そんなアンナ(AR-15)の想いをフランコは否定せず、むしろ感謝していた。

 

「お父さん、お母さん、お姉ちゃん…どうかおじいちゃんを見守っていてください」

 

 お墓に向かって穏やかに語りかけるアンナ(AR-15)を、フランコは静かに見つめていた。

 こんなにも心優しい少女がいつもそばにいて、おじいちゃんと呼び慕ってくれていた日々の記憶が走馬灯のようによみがえる。本当の孫のようにかわいがり、今日まで育ててきたアンナ……今の自分にとってどれほどかけがえのない存在であるか、別れが近付いたフランコは気付かされる。

 

「みんな、また来るからね……おじいちゃん、いこ」

 

「あぁ」

 

 墓参りを終えて、墓地を後にした二人は、近くの公園に足を運ぶとそこで休憩をすることとした。てきとうなベンチに腰掛け、冷たい風にアンナ(AR-15)は肌を震わせる。フランコはコートを一枚脱いで隣に座るアンナ(AR-15)にかけてあげた…彼女は小さく笑った。

 

「おじいちゃん、夜更かししたせいかな…なんだか眠くなってきちゃった…」

 

 アンナ(AR-15)はフランコの肩に頭を乗せると、うとうととし始める…彼は何も言わず、優しく彼女の髪を撫でてあげる。アンナ(AR-15)は気持ちよさそうに目を細めると、少しの間重たそうにまぶたを開いていたが、いつしか目を閉じて小さな寝息をたてはじめるのだった。

 そんなアンナ(AR-15)を、人形の孫をフランコは愛おしそうに見つめる……名残惜しさを感じながらも、彼は決意した。

 

 

「M16さん、どうかこの子を連れていってください。本来の記憶を戻してあげてください」

 

 

 この公園で待ち合わせすることは既に決まっていた…アンナ(AR-15)をAR小隊に引き渡すために、わざと眠らせもした。彼は眠りにつくアンナ(AR-15)を、迎えに来たM16とM4に託す。

 

「アンナが記憶を戻すのに、どれくらいかかるのですか?」

 

「そう時間はかかりません。明日には…」

 

「そうですか……記憶を取り戻せば、わしのことは忘れてしまう…そうですね?」

 

「AR-15の最後のバックアップデータをもとにメンタルモデルを再生いたしますから、今までの記憶は…」

 

「そうですか…分かりました。M16さん、どうもお世話になりました……アンナ、今日までありがとう……これからは、本当の家族と一緒になるんだ……さようなら、アンナ」

 

 

 ベンチの上で横になって眠るアンナ(AR-15)の頭を最後に撫でたフランコは、迎えに来た二人に頭を下げると静かに公園を去っていく。彼の悲哀に満ちた後姿を見て、それまで黙って見ていたM4はいたたまれなくなり声をかけようとしたが、M16に制される。

 

「やめろM4。下手な同情はご老人を余計に辛くさせるだけだ。さあ、彼女を連れていこう……ペルシカが待っているんだ」

 

「はい…姉さん…」

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、フランコ・ゼレンスキーは駅のホームで、列車が来る時間を待っていた。

 この町に来るときは二人だったが、今は一人だ……列車が来る間、ホームのベンチに座っている彼は、ホームを行きかう人々を無意識に眺めていた。絶えず行きかう人々の中から、まるでだれかを探しているかのように…。

 やがて、列車が来るアナウンスが流れ、彼はベンチから立ち上がる…その際に少しよろめいてベンチの背もたれに手をついた。これからは誰も支えてはくれない、自分一人で生きていかなければならないのだ…。

 

 義足を引きずりながら、彼は列車に乗車すると、疲れた様子で席に座る。

 発車までは少しの間時間がある、その間彼は、ホームにいた時と同じように外を歩く人々を眺めていた……ぼんやりと見つめる駅のホームでは見知らぬ顔が現れては消えていく。

 もう、忘れよう……そう思った時のことだった……見覚えのある少女の姿を、彼は見つけた。

 

 とっさに窓を開けて身を乗り出すようにしてその少女を見つめる……間違いない、アンナだ。

 アンナはホームの中を走り回り、誰かを探していた…いや、フランコのことを探していた。

 

 

「アンナ…!」

 

「…っ、おじいちゃん…!」

 

 

 彼がアンナの名を叫ぶと、彼女もまた列車に乗る彼に気付きまっすぐに走ってくる。そして窓から手を伸ばしたフランコの手を取ると、涙を浮かべながらその手にほほを擦りつけた。

 

「アンナ…どうして…」

 

「思い出した、全部思い出したよ…おじいちゃん……でも、ペルシカさんがおじいちゃんとの記憶をうまく残してくれたの…!」

 

「アンナ……いや、わしのことはもう忘れなさい。わしの記憶は今のおまえにとって余計なものだ、今の家族のためにもわしのことは」

 

「余計なことなんかじゃないよ、おじいちゃん……おじいちゃんが私にしてくれたことは大切な思い出だもん……おじいちゃん、初めて私の誕生日をお祝いしてくれた時のことを覚えてる? 私、うれしかったよ……」

 

 アンナ(AR-15)はフランコの手を強く握りながら、今日まで深い愛情をもって育ててくれたことへと感謝を伝える。涙を浮かべながら語り掛けるアンナの前で、フランコも涙を我慢することなどできなかった…。

 やがて、駅員にとがめられて手を離すと、列車はゆっくりと動き出す。

 アンナは列車と並んで歩き、なおも語り掛ける…。

 

「記憶を取り戻しても、おじいちゃんが私にしてくれたことは忘れたくない。おじいちゃんは、私の大好きなおじいちゃんなんだから……だからね、おじいちゃんも私のことを忘れないで…お願い…!」

 

「あぁ、アンナ……」

 

「これでお別れなんかじゃないよおじいちゃん…! 私、おじいちゃんの家に遊びに行ったり…お手伝いしに行ったりもできるんだよ…! だからまた、おじいちゃんの家に行ってもいいでしょ…!?」

 

「ああ、もちろんだよ…アンナ…」

 

「約束だよ、おじいちゃん……また、またおじいちゃんのところに行くから…!」

 

「いつでも待っているよ、アンナ…」

 

「約束だよ、おじいちゃんッ!」

 

 ホームの端まで走っていき、最後の瞬間までフランコの姿を追い続けたアンナ(AR-15)は、列車が見えなくなるその時まで手を振り続けるのであった…。

 

 やがて列車が見えなくなると、彼女は手をおろし、ゆっくりと振り返る。

 そこにはAR小隊の仲間が、心配そうに見つめているではないか……AR-15はおろおろしているM4の前まで歩みを進めると、とりあえず一発、彼女の額に手刀を叩き込む。

 

「なんて顔をしてるのあなた? あなたに同情されるほど私は落ちぶれてない、そうでしょM16?」

 

「ふふ、お前のそんなセリフを聞くのも久しぶりだな」

 

「AR小隊の復活だよM4! やったね!」

 

「ちょっとSOP2! とりあえず……おかえりなさい…AR-15」

 

「ええ、M4…いろいろ迷惑かけたわね…」

 

 

 




書き終わる最後まで、Badエンドがちらついていた、いやマジで……。

AR-15たまに帰省しておじいちゃん孝行するルートを選んで取りあえずのグッドエンドですね!




さて、次回からはほのぼのを交えつつ…敵対勢力"ハイブリッド"らの脅威や、アメリカの謎について焦点を当てつつ話を展開させていきますか。
あれ、シークレットシアターのはずなのに…。

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