「えーーーーっ!? 24時間このまま待機ぃ!?」
山間の廃屋にて、一人の戦術人形が通信機越しに指示された待機命令を聞いて大きな声をあげて不満を漏らす。通信機越しに指示を出してきた指揮官は彼女の抗議を無視し、偵察用ビーコンの通信状態確認のためにその場に待機するよう言うと、さっさと通信を切ってしまった。
コンクリート枠にもたれかかって己の境遇を嘆いていると、その場にいたもう一人の人形が自嘲気味につぶやいた。
「そのための人形だし…命令なんだから仕方ないよ」
「あ……また出た。45ってば、その"命令だから"って言うの止めなよ。諦め癖ついちゃうよ?」
「ご、ごめん…でも仕事は仕事だから」
UMP45は常日頃から注意されている気弱な発言を咎められ、申し訳なさそうに謝った。だが45の仕事だからというのも確かであるのだが…彼女が心配なのは、45が引っ込み思案な性格で自分の意見を押し通せずに大事なものを掴み損ねてしまわないかだった。
それを聞いた45はフッと微笑み、遠くの景色を見つめた。
「それなら大丈夫だよ。とっくに見つけたもん」
「あら意外。それってなに?」
相棒が見つけた大事なもの、それが何か気になるようすの彼女に、UMP45は誇らし気に言うのだった。
「初めて友だちができたこと。落ちこぼれで独りぼっちだった私の初めての友だち……あなたが思っている以上に私はあなたに救われてるんだ。だからね、この先も"40"とずっと一緒にいられる、それだけで私は十分幸せなんだよ」
UMP45のその言葉を聞いた彼女…UMP40はわずかに目を見開いた…。
「それは……それは困っちゃうなー。あたいがある日突然覚醒してどっかの精鋭部隊に異動になったらどうするのさ?」
「うっ……そ、その時は私も訓練頑張って一緒に昇進を…」
「低スコア常連の45にそんなことできるかな~?」
「もー! 40だって毎回私とビリ争いしてるじゃない!」
「あっははは! 確かに違いない!」
折角真面目に打ち明けたのに、40におちょくられた45はムキになる。
グリフィンの基地では二人とも訓練成績でビリ争いしているポンコツコンビとして知られ、指揮官からはまるで相手にもされず、与えられる仕事もお粗末なものを押し付けられる。それでも二人はお互いに励ましあい…いや、どちらかというと元気いっぱいな40が落ち込みやすい45を励ましてきた。
「ふふ……違いないね……」
40は声のトーンを落とし、目を伏せる。
「…あたいもさ、また来年もその次も、ご馳走がなくったって、どんな意地悪指揮官にいびられたって、あんたと一緒にこんな景色を見られたら…それがいちばん幸せかなー……」
いつも元気な相棒にしてはめずらしい、どこかさびしげな様子を45は初めて目にした。気のせいなのかもしれないが、40のそんな姿を見て45の疑似感情モジュールが反応を示す。
「でももしも…もしこの先、本当にあたいがどっか遠くへ行くことになっちゃってもさ…」
40が振り向いた時、45がさっき感じた彼女の寂し気な様子はなく、いつもの明るい表情があった。いつかのように、40は握りこぶしを45に見せると微笑みながら言った。
「忘れないで45。どんなに離れてたって、あたいはちゃーんとあんたを見守ってるからね」
「―――きろ……ええ加減起きろや、おう。どんだけ爆睡しとんねん45」
「ん………あぁ、なんだガリルか」
「なんだとはなんや、失礼な奴やな。あんたが爆睡しとる間、偵察用ビーコンは仕掛け終わったで」
「ごくろうさまガリルはん。さっそくシグナルの反応を見てみましょう」
体にかけていた薄い毛布をたたみ、さっそくUMP45はガリルが仕掛けてくれていた偵察用ビーコンの反応を確かめるために端末を用意する。寝ている間にガリルがエリアの指定された箇所にビーコンを設置、その一つ一つの通信状態を確認し、そのどれも正常に動作していることを確認した。
「よくやったわねガリルはん。さすが、デルタとシールズの訓練を受けてるだけはあるわね」
「死ぬほど訓練したんや、当然やろ? そんで、連中の動きはどうなんや?」
「ちょっと待って。今見てみるから」
端末を通してビーコンから送られてくるデータを読み取る。
ガリルがビーコンを仕掛けたこのエリアは、米軍残党勢力及び変異体であるハイブリッドの支配下にある。今回の任務は外部からの依頼ではなく、MSF独自…さらに言うならばUMP45の立案の上で動いたミッションである。
かねてから米軍残党に関して独自に調査していたUMP45は、かつて鉄血支配地域であったこのエリアにて、残党勢力が鉄血の工場を再稼働させて戦力を増強していることを突き止める。それと同時に、工場から生み出された人形たちがエリアの広範囲に展開されて不穏な動きをしていることに気付いたのだ…。
変異体ハイブリッドは基本的な動きはE.L.I.D感染者たちと変わらないが、一連の動きは何か明確な意思のもとで動いている…その理由を探るためにUMP45は危険なこの地にやって来た。
「当たりよ……鉄血人形が発する信号に酷似したものが複数確認できるわ」
「なあ、こいつらってやっぱりアフリカのウロボロスらとは関係ないんやろ?」
「そうね。エグゼを通して聞いてみたけど、向こうはこれに一切関与していないわ。エルダーブレインの統率から切り離された人形たちで間違いないわ…さて、奴らが何をしてるか確かめに行きましょう」
「せやな。ほな、ぼちぼちいこか」
キャンプのたき火を足でもみ消し、二人はバイクにまたがりビーコンが捉えた信号へ向けて走らせる。
相手に気付かれないよう離れた位置でバイクを降り、連携通信を切り静かに接近していく……ツェナープロトコロルに頼らず、静かに動くUMP45にガリルは問題なくついて行く。やはり特殊部隊に鍛え上げられただけのことはある…。
瓦礫の前で二人はしゃがみ、双眼鏡をとりだし遠くで動く人影を偵察する。
「下級人形らしいのが5体、ハイエンドモデルっぽいのが一体やな」
「ええ。他に姿はなしね」
「あいつら、なにしとるんやろ?」
遠くで鉄血の人形たちは重機を用いて瓦礫や土砂をどけている。
その間他の人形がいくつかの荷物を運んでいるように見えるが、遠すぎてはっきりとは分からない。もう少し近付いてみようという45の提案に頷き、ガリルは彼女の後に続く。
相手はあまり周囲を警戒しておらず、ただ黙々と作業をしている…二人は人形たちが作業を行っている場所近くの物陰に隠れ、そっと様子を伺う。
「おいそこ、たらたらやってんじゃねえよ。日が暮れる前に全部運び出せ」
ジャケットを羽織り指示を出すハイエンドモデル。
他の多くのハイエンドモデル同様肌は白く、艶のある長い黒髪をポニーテールにまとめている。彼女は、不機嫌そうな表情で作業を行う人形たちを監視していた。
「45…あいつら運んでるのって…」
「ええ……遺跡から持ちだしてるものに間違いないわね。でもここらに遺跡はなかったと思うけど…」
「せやけど現に遺物を持ちだしてるっちゅうことは、ここらに未知の遺跡があるってことやろ? ほんま何しようとしてるんやろ?」
「確かめる必要があるわね」
「よっしゃ」
二人は息をひそめ、作業員たちがどこかへ遺物を運んでいくのを静かに見つめる。
作業のための人形が減っていき、最後の集団が残ると指示を出していたハイエンドモデルが撤収の用意をし始める。遺物と作業員を乗せた車両が出たのを見計らい、二人は物陰から飛び出し残っていたハイエンドモデルに銃を突きつけた。
相手は驚いたような表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべだす。
「動かないで、ちょっと話がしたいだけだから」
「おいおい、これから話をしようっていう相手に銃を向けるなんて野蛮すぎやしないか?」
「やかましいわ。うちらのルールに従ってもらうで、反対側向けや」
「はいはい」
相手は大人しくガリルの指示に従い、面倒そうに後ろを向いた。
ガリルは片手で銃を構えたまま、彼女にボディチェックを行って武器の類を見つけ捨てさせる。持っていたのはナイフが2本のみであった。
ボディチェックが終わり、二人に振り向き直る彼女…彼女はふと、ガリルの服につけられたMSFのワッペンをニヤリと笑った。
「アンタらMSFの人形かよ。ってことはだ…エクスねえちゃんのお友だちか! こんなところで奇遇だな、あたしは鉄血人形の【
「知らないわね。エグゼとはそれなりに親しいけど、アンタのことなんか一言も言ってなかったわ」
「そりゃそうだ、一回も会ったことねえからな!ハハハハハ!」
「なんやお前? 変な奴やな……そんで、鉄血人形のお前がここで何しとるんや? エルダーブレインはもうおらんやろ?」
「エルダーブレイン? そんなの知るかよ、あたしは【アーネンエルベ】の遺物を運んでるだけだ」
「アーネンエルベですって? 詳しく聞かせなさい」
「あ、やべ…」
うっかり口を滑らせたらしい、レイダーは舌打ちをした。
なにがなんだか分からない様子のガリルであったが、その単語に心当たりがある45はさらに追及する。もちろんレイダーはすぐに口は割らなかったが、命には代えられない…45の本気を見た彼女は大人しく白状した。
「ドイツ第三帝国が敗戦間際に隠した遺物の事さ。アーネンエルベってのは、当時遺跡を研究してた…後のことはあたしも知らねえよ」
「陰謀論者やオカルトマニアじゃなくても、詳しい人なら知ってることよ。レイダー、アンタは誰に命令されて動いているの? 隠された遺物の場所がどうしてわかるって言うの?」
「知りたいのはそれだけか? いいぜ……あたしに指示を出しているのは【コーネリアス大佐】っていうやつだ。そいつが工場稼働させて、あたしらハイエンドモデルを生み出した」
「あたしら…? 他にもお前みたいなのがおるんか?」
「ああもちろん。あたしの他に【
「どうだかな。シーカーよりヤバい奴がそうそういるとは思えへんな」
「それは戦ってのお楽しみ。なあ、もう行っていいか? 素直に喋ったろ?」
「ええ、そうね…あんたがやたら素直に話してくれたことが気になるけど」
「へへ、誰も死にたくねえだろ? そんじゃ、家に帰らせてもらうぞ……あ、そうそう」
去ろうとしたレイダーに気を緩めた一瞬、レイダーは目にも止まらぬ速さで45へ掴みかかる。意表を突かれた45は抵抗虚しく拘束され、銃を向けるガリルに対する盾とされてしまった。
「45を離せやこのアホ!」
「誰が言うこと聞くかよクソボケ。素直に話したのは、この場でテメェらをぶち殺せば済む話だからさ。おっと動くなよ、こいつの首が胴体からおさらばするぜ?」
口角を吊り上げて笑ったレイダーの口内には、鋭利な牙が無数に並んでいた。
彼女が手に装着しているガントレットは鋭い形状をしており、尖った指先を45の首にあてている。異様に長い舌を口内から伸ばし、45の頬をねっとりと舐める…。
そのまま膠着状態が続く…ガリルは銃を構えたまま、どうすることもできない。
「そこまでだよレイダー…離してやりな」
「あぁ? カーディナル、そいつはどういうことだよ?」
彼女は音もなくその場に現われた。
レイダーと同様腰まで届くストレートの黒髪はそのままに、黒を基調とした衣服で身を包む。物静かな印象を受けるが、カーディナルの鋭いまなざしはレイダーに有無を言わさず従わせる力強さがあった。
乱雑に45を解放し、彼女は地面に膝をつく…。
45は絞めあげられていた首をさすっていると、目の前に手が差し伸べられる…だが45はその手を掴むことなく、立ち上がった。目の前に立つカーディナルを睨みつけた時、彼女の顔がもの哀しそうに見え…なぜだかそれがとても、懐かしかった…。
「立ち去って。ここは不用意に足を踏み入れていい場所じゃない」
「なんや、誰がお前らの命令なんか聞くかいな。このエリアはお前らのもんでもないやろ?」
「めんどくせえな。ぶっ殺そうぜ、なあカーディナル」
「やめろレイダー。45、あんたもここで死ぬのは望まないでしょう…退きなよ」
カーディナルは静かな声で諭しかける。
相手はハイエンドモデルが二体、ここで仕掛けるのはあまりにも不利だ…不愉快ではあったが、ガリルも現状を理解できないほど愚かではない。彼女が銃を下ろすと、レイダーはつまらなそうに鼻を鳴らす。
後ずさるように下がっていった45であったが、ふと足を止めると、カーディナルを見つめる。
「カーディナルと言ったわね……あんた、前にどこかであったかしら?」
「さあね……共通の友人はいたかもしれないね」
「そう……お互いもう会うことがないのを祈るわ」
そう言ったきり、45とガリルは二度と振り返ることなくその場を去っていった。
興味を失くしたレイダーはその場に座り込み、つまらなそうに二人が去っていった方向をぼんやりと見つめる。
「なあ、どうすんだよ。ばれちまったぞ…?」
「大したことじゃない。どうとでもなる」
「へっ、そうかいそうかい。コンキスタドールなら問答無用でぶち殺してくれたのにな…さーて、昼寝でもすっかな」
侵入者二人を殺せなかった不満からか文句を言いながらレイダーは立ち去っていく…。
彼女を見送り一人残ったカーディナルは、もう一度UMP45とガリルが去っていった方向を見つめると、どこかさみし気に微笑む。
「45……あんたは、あんたの道を進みなよ……もう一人じゃないんだから…」
色々匂わせまくった回…ほんとにシークレットシアターかこれ?
ちなみに冒頭の描写はアンソロジーにあったネタです
新展開では、兄弟姉妹による戦いが起こりそう…。
今から楽しみなのは、リベルタドールとまだ名前だけの登場のコンキスタドールの戦いですかね