正規軍の中心的人物であるカーター将軍がMSFに正式な形で会談を求めてきた、このニュースを聞いた多くの者が驚きを示す。
カーター将軍と言えば軍内部において中心的な人物の一人であり、大戦に従軍し多くの戦功をあげたことや国内の動乱を強いリーダーシップで鎮圧した軍人であり、軍内外で尊敬を集める人物でもある。また、グリフィン社長のクルーガーはかつてカーター将軍の部下であったことで知られており、グリフィン拡大の裏には彼との繋がりがあるためと言うことは公然の秘密だった。
カーター将軍の直接の会談を断る理由もない。
正式な形でオファーを出して置いて暗殺を企む様な真似はしないだろう、それは彼やその軍にとっての評判が下がるだけだ。
そしてカーター将軍はさらに、MSFの長であるビッグボスを名指しして招待してきた。リスクが全くないというわけではなかったが、スネークやミラーはあえてこの招待を受けることとした。
ヘリを飛ばし、一度ユーゴ連邦へと入国…前もって話を通しておいたイリーナとそこで会い、正式な形で国境を越える。スネークは断ろうとしたのだが、イリーナによってユーゴ連邦の要人並みの警護を保証されながら面会の場所へと向かう…それはイリーナのMSFへの友情の証であった。
広い国土の移動には時間がかかる…数日かけて面会のための正規軍基地にたどり着くと、スネークに同行する形でついてきたエグゼはくたびれ切っていた。
「クソッたれがこんな遠いところまで呼び付けやがって。用があるならそっちがきやがれってんだ」
「あまり乱暴な言葉を使うんじゃないエグゼ。あまりそういうのは聞かれたくない」
「はいはい、分かりましたよ」
ここに来てからというものエグゼの機嫌はあまりよろしくない。
同行に選んだのはスネークでその時は大喜びしていたが、国境を越えて町を通る過程で彼女は人間たちの好奇なまなざしをずっと受け続けていた。戦術人形の、それも鉄血人形であるエグゼが町を堂々歩いているのがよほど珍しいのだろう…だがエグゼからしたら鬱陶しいことこの上ないようだ。
ある程度彼女が自制心を持っているのは幸いだ。
出会った頃の彼女なら、おそらくじろじろ見てくることに腹を立てて暴力を振るっていただろう。
基地のゲートでは軍服姿の兵士が一人、スネークたちを待っていた。
彼はスネークを前にするとかかとを合わせ背筋を伸ばし敬礼をする。
「お待ちしておりましたビッグボス。どうぞこちらへ、将軍がお待ちです」
MSFの司令官とはいえ、外部から見たら傭兵の親玉だ。
そんな相手に正規軍のこの兵士は見せかけなどではない敬意をもって接していた。
「軍の中にあなたの存在を知らない者はおりません、あなたの活躍は度々聞いています。あなたのような兵士に会えて光栄ですよ」
兵士が口にする言葉におそらく嘘偽りはない。
時折振りかえりながらスネークへ語りかける男を見て、エグゼは苛立たし気に舌打ちをしていた……やがてカーター将軍の待つ司令部へ到着するが、そこで兵士は戦術人形は入れられないとエグゼを見ながら言う。さっきから不機嫌なエグゼがこの発言でキレてしまわないか一瞬ヒヤッとするスネークだが、意外にも彼女は平静を保ち、素直に司令部脇のベンチに腰掛ける。
「悪いな、エグゼ」
「いいよ、別に。行ってら」
エグゼは無愛想に手を振って返す。機嫌があまり良くない時には必要以上に言葉をかけてはいけない、エグゼとは長い付き合いなので言葉で彼女の機嫌がどうにかなるものではないということを、スネークはよく分かっていた。
兵士の案内のもとに司令部へと入る。
案内された司令部の応接間へと入ると、今回MSFに接触を求めてきたカーター将軍がスネークを出迎えてくれた。
「遠路はるばるようこそ。初めましてビッグボス、私がカーターだ」
「こちらこそ、カーター将軍。ご苦労だったなエゴール大尉、あとは下がっていたまえ」
スネークを案内してくれた兵士、エゴール大尉は上官であるカーターへ敬礼を向けると、部屋を退出していく。
「頼もしい部下を持っているな」
「その言葉を彼が聞いたら大喜びするだろう。エゴールは基本的に傭兵の類に偏見を持っているが、あなたに関しては例外のようだ。戦場でのあなたの活躍は我が軍でも評判になっている…"伝説の傭兵"の名でね」
「伝説はいつも誇張されがちだ。ありのままのオレを知ってしまえば、彼も失望してしまうかもしれない」
「謙虚だな、私自身あなたの事は気に入っている。まあかけてくれ、話したいことはたくさんある」
彼の言葉に甘えてスネークは勧められたソファーへと腰掛ける。
彼の表情から察するに、彼もまたエゴール大尉同様ビッグボス個人に対するある程度のリスペクトは存在するようだ。秘書が運んできてくれたコーヒーを嗜み、世間話に花を咲かせた後、カーター将軍は本題を切りだしてきた。
「東欧でいまだその勢力を保持する米軍残党及び鉄血の残存勢力の脅威に対し、我が軍は掃滅作戦を行うことを計画している。ベラルーシからウクライナ、果てはベルリンに至るまでの敵勢力を一掃し、欧州に秩序を取り戻すためにな」
「大がかりな作戦になるな。だが奴らの戦力は侮れない、いまだ組織的な軍事行動を可能とし強力な兵器を多数保持している。短期決戦に持ちこむのは危険だと思うが…」
「十分承知している。何も手を打っていないわけではない…奴らの兵器については我が軍で研究し、その対処法も確立している。厄介だった奴らの戦車も脅威であることには変わりないが、弱点を見つけ攻略は可能だ。ビッグボス、これがそのデータだ…この仕事を引き受けてくれるなら、そのデータを十分活用してくれ」
カーターは敵に対処するための戦術データをおさめた情報媒体をスネークに手渡す。
一緒に戦場で同じ敵を相手に戦うのならありがたいことだが、彼がここまで友好的に接してくれることに何か裏があるのではと疑うが…。
「ビッグボス、私はある意味あなたと同じタイプの人間だ……平和な時代に私は生きられん。我が国や欧州に広まるロクサット主義は我々古い兵士の存在を否定するようなものだ。世界統一政府などまやかしの幻想に過ぎん…世界を一つにすることは不可能だ。それを成し遂げたとして10年20年の平穏は維持できるかもしれん…だがそこに人の意思がある限り、平穏は長く続かない」
人類がこのまま汚染による脅威によって破滅することは望まないが、各国の適度に保たれたパワーバランスと緊張が人類を破滅に導く大戦争を回避させ、なおかつ抑止力として兵士が尊重される時代を実現するべきと彼は語る。そしてそれはかつて米ソが世界を二分した、あの冷戦時代が理想なのだと…。
平和な時代には生きられないと語るカーターとスネークは確かに似ているかもしれない。
だがあの冷戦の時代を彼よりもよく知るスネークはそれが理想的な時代であるのかどうかについては、共感しかねた……ましてやこの世界では、冷戦時誰もが怯えていた核戦争が現実に起こった世界だ。お互いに抱く理想は似ていながらも、根本的な部分での分かり合えなさを実感する…。
「ビッグボス、ロクサット主義者どもは必ず我々の脅威となる。軍内部には私に同調してくれる者も多い、私たちとあなたの
「将軍、オレたちは皆祖国を棄てて戦いの中で生きる道を選んだ兵士だ。アンタのような崇高な理念や思想があるわけじゃない…国家の事情に振り回されるのはまっぴらごめんだ。オレたちを政治的な陰謀に巻き込もうという腹積もりなら、申し訳ないがこの依頼は受けられない」
「そうか、残念だよビッグボス……だがこの話がなかったことにしたとしても、MSFの力を今度の作戦に借りたいという思いは残っている。あなた方もかの敵と交戦し、その脅威を知る者たちだ…味方となってくれれば心強い」
「お互い深入りをしないというならこの仕事を引き受けよう。将軍、以後は事務的なやり取りで交渉を進めるということでいいかな?」
「それで構わない。情報についてはこちら側で可能な限り用意する、必要な場合はいつでも連絡をしてくれ」
話し合いを終えてお互いに握手を交わすが、そこに交渉の成立を意味するもの以外は存在しない。ミラー的に言うならば、あくまでこれはビジネスの繋がりに過ぎない。おそらくカーターはMSFを自陣営に引き込むことを諦めはしないだろうが、その想いに応えてやるつもりはさらさらなかった…。
話し合いが行われた司令部を後にし、待たせていたエグゼがいるはずのベンチに目を向けるが、そこにいるはずのエグゼがいない。基地の外まで付き添ってくれているエゴール大尉曰く、暇を持て余して基地の外にふらふら出ていってしまったとか……呆れてため息をこぼすスネークに、彼は苦笑いを浮かべていた。
幸い、エグゼは基地を出てすぐに見つけた。
基地の近くの公園の木陰で寝そべり、眠っていた…。
「あー、イリーナ聞こえるか?」
『こちらイリーナ。将軍閣下との交渉は終わったか、どうだった? めんどくさいこと言われたか?』
「なにも。いつも通りの仕事の依頼だ……イリーナ、迎えはもう来れるのか?」
『ああいつでも』
「そうか、感謝する。それと、別に急がなくていいと伝えてやってくれ」
『あぁ? それはなんで……あぁ……さてはエグゼとデートか? ハハハ、君も男だな』
「そんなんじゃない! まあ、エグゼが寝てしまってな…起こすのはかわいそうだろう?」
『ハハハ、そういうことにしておくよ。それじゃあ』
エグゼが目を覚ましたのは周囲が暗くなって来た頃だ。
大きな欠伸をかき、ネコのように背筋を伸ばす…それからぼけーっとだるそうに佇んでいたが、日が沈み暗くなりかけてきたことに気付き一瞬焦るが、すぐ隣にスネークがいることに気付くとほっと安堵の息を漏らす。
「んだよ、起こしてくれればよかったのによ…暗くなってるじゃねえか」
「気持ちよく寝てたからな。かわいそうだから起こさないで置いた」
「せっかく明るいうちに行きたいところ探しといたってのに……人生はうまくいかねえもんだな。んで、迎えはいつ来るんだ?」
「そろそろ来ると思うが、分からん」
「そうかい」
それっきりエグゼは黙り、夜を迎える町に明かりが灯っていくのをぼんやりと見つめていた。時折、エグゼはスネークの横顔を見つめ、何かを言いかけるように口を開くが顔を逸らす…それが何度か続き、スネークが問いただせばエグゼは少し迷った末に言った。
「また、デカい戦いがあんのか?」
「そうだな、そうなるだろうな」
「そっか……スネーク、前々から思ってた事なんだけどよ……怒らずに、あと驚かないで聞いてくれるか?」
「なんだかしこまって、お互いそう気を遣うような仲じゃないだろう?」
「いや、そうだけどよ…驚くなよ?」
「分かった分かった、言ってみろ」
「……オレさ、その……連隊長辞めたいんだよね」
「……なんだって?」
エグゼが驚くなと釘を刺したうえで打ち明けた本音、驚かないと約束したがこれを聞いて驚くなという方が無理がある。案の定驚いたスネークをエグゼは咎めるように見るが、仕方ないことだとして諦めた。
「理由を聞いてもいいか?」
「あぁ……オレさ、トップの立場向いてないと思うんだよな」
「そんなことは無いさ。しっかりやってくれていると思ってるし、みんながまとまってるのはお前のおかげだと思うぞ」
実際、エグゼは連隊長としてMSF初めての戦術人形部隊を立派に戦える精鋭として育てあげた実績がある。これまでに経験した戦いの勝利に大きく関わってきた、彼女なしで部隊が今のようにたくましくなるのはあり得ないことだと断言できる。
だがエグゼは首を横に振る。
「鉄血にいた頃、オレは仲間を引き連れて戦場で直接戦ってた。でも今は連隊っていうデカい組織の長として、後方で指揮をとるようになった……育てた部下たちを戦地に送り、何人無事で帰って来れたか報告で聞く……だけど、戦いに勝っても帰って来なかった兵士のことを考えちまう。オレは部下を駒としては見れないよ」
「仲間は駒じゃない、お前が部下を想う気持ちは間違っていないじゃないか」
「でも戦いに勝つためには犠牲を覚悟で部下を送り込む覚悟がいるだろう? 最初の何回かは耐えられたさ…でも今はさ、疲れるんだよな…仲間と肩並べて戦ってた頃は、そんなこと考えてなかった。ただ自分と、周りの仲間を気にしてればよかったからな」
元々エグゼは何千という戦術人形を統率するために生み出された戦術人形ではない。同じハイエンドモデルでも、ドリーマーやジャッジのような高位の存在なら不自由なく指揮できたかもしれないが、後付けで組み込んだ指揮モジュールだけで大勢の部下を率いるのには彼女自身の負担が大きすぎた。
「ごめんなスネーク、めんどくさいこと言って……でもアンタにしかこんな事言えないしさ。オレもやれるだけのことはやったし、そろそろ休憩してもいいかな~なんてさ………ダメ、かな?」
いつもの強気な姿はなりをひそめ、エグゼは弱々しく微笑み上目遣いでスネークを見上げる。
エグゼが本音をさらけ出せる相手は少ない…親友と呼べるスコーピオンやハンター、姉と慕うアルケミストにさえも言えなかった本音をスネークにだけは晒せる。自分の弱さを見せられる相手、スネークへの信頼の証であった。
エグゼが連隊から外れることは組織として大きな損失で、穴埋めは大変だろう。
だがスネークは自分を信頼し、弱さをさらけ出してまで懇願したことをむげにできるような冷たい男ではなかった。
「心配するなエグゼ、お前からのお願いだ……正直このまま頑張って欲しかったところだが、オレもお前のためにベストを尽くす」
「うぅ、ごめんなスネーク…わがまま言ってよ」
「気にするな。ただ今すぐには難しい、おそらく今度の戦いの前までにというのは難しいかもしれない…あともう少しだけ、頑張ってくれるか?」
「ああ、分かったよスネーク。務めは果たすよ」
「いい子だ」
「やめろよ、くすぐってえな…」
頭を撫でられてそう言うが、言葉とは裏腹に自分からスネークの手に頭を擦りつけて嬉しそうに微笑んでいた…。
なにこのフラグっぽいの……誰か死ぬの?(ガクブル)
まあ、今回のエグゼのお話は伏線…になるのかなぁ?
先行鯖ではストーリーに中立都市ベオグラードが登場する、これを見越して拙作ではユーゴを登場させたのだ(嘘)
パラデウスの諸氏が登場すればユーゴに再び戦乱が訪れるかもね…。
次回更新はかなり間隔空きますが、死ぬわけではありません
Twitterでいつもはっちゃけてるので、生存確認したい場合は見に来てくださいな~