ある日のマザーベース、爽やかな海風が吹く甲板上を酒瓶片手にのんびり歩くグローザ。朝っぱらから日課のような飲酒が始まり、たまたま目の前を通りかかった416を見つけて退屈しのぎに誘うも、416は驚くほどお酒に弱いので速攻で酔いつぶれてしまった。
416の倍以上アルコールを摂取しているはずのグローザは涼しい表情で、海風に心地よさを感じる余裕すらあった。
「おや?」
ふと、前方から全身びしょ濡れで息も絶え絶えな様子のエグゼがやってくる。
黒髪から水を滴らせながら歩く彼女は見るからに機嫌が悪い…このようなエグゼの姿をグローザは以前にも見た覚えがあるが、それはAR小隊のM4と不毛なバカバトルを繰り広げていた頃の話で、マザーベースにAR小隊がいない今どうしてあのような目に合ったのだろうか?
好奇心から近寄っていくと、エグゼは何も言わずにグローザから酒瓶をひったくりラッパ飲みする。
「ちくしょう…あのクソガキめ…」
「ご機嫌斜めね、おこりんぼうさん。なにがあったのかしら?」
「ヴェルの奴がスプリンクラー発動させやがって! おかげでオレは全身びしょ濡れ、今日一日廊下掃除だよくそが!」
「それは大変ね。でも子どものやったことなんだから大目に見なきゃね、おこりんぼうさん」
「分かってるよ……というか、オレを変な名前で呼ぶんじゃねえよ」
「だってあなたいつもキレてるじゃない? いいと思わない、おこりんぼうさん?」
「うるせえ」
グローザのよく分からないネーミングセンスにケチをつけ、エグゼは娘の後始末のために掃除用具を取りに向かっていった。それを見送るグローザであったが、エグゼが酒瓶を持って行ってしまったのに気付くがその頃にはもう姿が見えなくなってしまった。
しかしこんな事もあろうと、非常用のアルコール飲料がある…と思いきや、昨晩飲む酒がなくなって非常用のお酒も飲み干してしまったことに気付いた。空になったスキットルを傾けるが、一滴も中に残されていなかった。
「どうしましょう? 昨晩で全部なくなってしまったし、消毒液を貰おうにも私と隊長さんは医療棟を出禁になってるし……困ったわ、手が震えてしまいそう」
というのは冗談で、本当に手が震えるわけはないのだが、任務がない一日は大抵飲んだくれて過ごすのがセオリーなグローザにとってこの状況は大変よろしくない。まるで砂漠の中で渇きに苦しむかのような状況に、グローザは知恵を働かせる…。
「そういえば、研究開発プラットフォームで外装の塗装作業をやってたわね…塗装用アルコールを貰えないかしら? 頼んでみましょう」
マザーベースのプラットフォームの手すりに手をかけながら、ゆっくりと隣のプラットフォームへと歩いていく。プラットフォームを繋ぐ橋は遮るものがないので他の甲板より強く風が吹く、酔っ払いが橋を渡ることは割と危険であるが、一応グローザは歩調を乱すことなく真っ直ぐ歩いていく。
そしてたどり着いたプラットフォームにて、想像していた通り塗装作業を行っているスタッフたちを見つける。
風に運ばれてアルコールの香りが流れてくる…その匂いはどちらかというと酒というより接着剤に近いようなにおいだが、そんなことはどうでもよかった。
早速アルコールを分けてもらおうとした時のことだ。
「まさかとは思いますけど、あんなばっちいアルコールを飲もうってわけではないですわよね?」
「あら?」
真上からかけられたその声に反応し、視線をあげてみれば、上階の手すりに寄りかかって見下ろすカラビーナの姿があるではないか。
「誰かと思えば、こんなところで奇遇ね"お節介さん"」
「あなたと同じでわたくしも非番で…暇を持て余してたところですわ。よければ退屈しのぎに付き合ってくださらない?」
どうやらカラビーナの方もチームがお休みで退屈らしい。
休みの時でもトレーニングを休まない79式に付き合ってWA2000は前哨基地に向かってしまい、リベルタは一日部屋に引きこもっているから退屈らしい。
ちなみにグローザがカラビーナを"お節介さん"と呼ぶのは、度々WA2000とオセロットの恋路にちょっかいを出している様子からそう命名したものである。
「それで、バルザーヤの副官のあなたがどうして一人で暇を持て余していますの?」
「生憎、隊長さんは司令官さんと遊んでいるのよ。ヴィーフリとペチェネグは新人さんの教育で忙しいし……退屈しのぎって言うけど、私の気を引くのはそう簡単ではないわよ?」
「取り寄せたばかりのワインボトルが12ケースありますわ」
「時間がもったいないわ、さっさと行きましょう」
「ちょろいですわね」
カラビーナとグローザ、二人がガラガラと台車を押しながらワインケースを食堂に持ちこんで来た時はスタッフたちも驚いたことだろう。何気に珍しい組み合わせの二人であるが、二人にはいくつか共通点がある…二人ともWA2000、9A91というMSFを初期から支える古参組の副官的ポジションであり参謀をつとめていること。そして二人とも自分の上司がMSFで何においても勝っているという歪んだ忠誠心というか自信を持っていることだ。
最初は和やかにワインを嗜んでいたはずが、お互いの上司の自慢話になると会話に熱が帯び始める。
「――――隊長さんがこのMSFで最も優秀な戦術人形であることは疑いの余地もないわね。特殊部隊バルザーヤの困難な任務を成功に導いたのは隊長さんの優れた戦闘力とリーダーシップがあってこそよ、それに並び立つ人形は生憎思い浮かべられないわね」
「それは偏った見方ですわ。MSF内外からその優秀さを褒め称えられるマイスターこそが、MSFでナンバーワンです。苦境に立たされても決して諦めず冷静な判断を下せるマイスターに勝る者はいませんわ」
「生憎、強いだけじゃナンバーワンにはなれないの。分かってると思うけど隊長さんのかわいさはそりゃあもう、目に入れても痛くないほど。あんなにかわいくて強くてお利口な子がナンバーワンじゃなくてなんだって言うの?」
「それならマイスターに分があるでしょう? 一途にオセロット様を想いそのそばにあろうとするその献身さ…それでいて素直になり切れずついつい強がってしまう、そんな乙女のかわいらしさに惹かれない存在などいようもんかしら?」
「いくらなんでも持ちあげすぎじゃないかしら? 確かに強いけど、うちの隊長さんほどあのツンデレさんが優れているはずないわ」
「決めつけね。そっちのヤンデレさんよりうちのマイスターの方が強くてかわいいですわ」
「よく分かったわお節介さん。議論はここまでにしましょう…お互い自慢できる上司がいるって素敵なことよね」
「それについては同感。9A91も恵まれてますね、あなたみたいな頼りがいのある副官がいてくれて」
「そっちこそ…と言いたいけど、あなたはちょっと口を出しすぎね」
「承知の上ですわ」
お互いにニヤリと笑いあい、互いのグラスにワインを注ぎ合う。
どうやらカラビーナもそれなりにいける口のようで、酒豪の自分に付き合ってくれる仲間を見つけたグローザは嬉しそうに笑った。
A-91「あれ~~…なんか知らない間に変なとこに辿りついちゃったわ~」
グローザ「あなたの出番はまだよ、飲んだくれさん」
ほのぼの? 飲んだくれ回?
ほんとはスペツナズもといバルザーヤ部隊の新メンバー回をやろうとしたが次回に持ち越し~