ヘイブン・トルーパー【キャプテン・レックス】はこの世界に来てからのMSFに初期のころから尽くし、豊富な実戦経験とそれに裏付けされた戦略眼を持ち、なおかつ部下や上司からの信頼も篤い優秀な隊員だ。これまでの多くの戦闘によってヘイブン・トルーパー隊は犠牲も多く、初期に生み出されたトルーパーは少なく、レックスのように優秀な個体はさらに数も少なくなる。
今はスプリングフィールドの部隊の中隊長として活動しているが、レックスを直々に鍛え上げたエグゼは部下の中でレックスを特に気に入っており、時々レックスを呼び出して仕事に連れていったりしている。
真面目で規律に厳しいレックスはエグゼの職権乱用に頭を悩ませつつも、尊敬すべき上官の誘いを断り切れずについて行く。まあ、エグゼの方も勝手に引き抜いて行ったりせずちゃんとスプリングフィールドに一声かけてから連れていくようにしているのであるが……スプリングフィールドが拒否したところで言うことを聞く存在ではないが。
さて、今回エグゼがレックスを誘った理由であるが、毎度のことながら特に大したことではなかったりする。
エグゼは所持するバイクで暇さえあれば走りに出かけるのだが、何故だかガス欠になってバイクを荒野に放置して後日取りに戻るケースがやたらと多い。単純にメーターを気にせず走ってしまったり、走行距離を見誤ったり、オイル漏れがあったりなどなど理由は様々だ。
今回はオイル漏れが理由で、バイクで走っている際に暴走した野良の戦術人形に攻撃を受けてタンクに穴が空いてガス欠になったようだ。もちろん攻撃を仕掛けてきた戦術人形はその場で破壊、数十キロ離れたMSFの基地まで徒歩で歩いて帰ることとなった。
車に修理のための工具と替えの燃料タンクとガソリンを詰め込み、レックスの運転でバイクを放置してある場所まで向かう。ばれると呆れられるので、スネークや他のみんなには内緒だ。レックスも出かける際このことを喋ったりせず、彼女の口の堅さもエグゼが気に入る理由の一つだ。
「それでコマンダー、その襲い掛かって来た戦術人形っていうのはどんな奴だったんですか?」
「大した存在じゃない。正規軍の故障した人形さ、おおかたハイブリッドに攻撃されてAIがいかれたはぐれだろう。大した数もいなかった」
「ハイブリッドですか。奴らの活動範囲が少しずつ広がっているみたいですね、正規軍は何をしているんです?」
「さあな。いかれたヤンキーのスパイが今もきっちり仕事してるんだろう…よしこのあたりだ、ゆっくり走れ」
身を乗り出し、廃墟の中に隠した愛用のバイクを探す。
戦場跡や、放射能やコーラップスで汚染されたエリアに潜り込んでスクラップやジャンク品を漁る輩は少なくない。生身で漁りにくる命知らずの者もいるが、多くは安物の自律人形を探索に回す。エグゼはそういった輩の対策に、バイクを隠していた廃墟にいくつかのトラップを仕掛けていたが、見事トラップが発動していて古い自律人形が破損して倒れていた。
「ようし、修理開始だ。レックス、手伝ってくれ」
車から工具と替えの燃料タンク、ガソリンを廃墟に運びこみ早速修理を開始する。せっせと穴の開いたタンクを、持ってきたタンクに変えてそのほかの故障したパーツをいくつか交換する。
あとは燃料を入れて走れるようにしたら帰るだけだ。
しかしその時、レックスは何者かの気配を感じそっと廃墟の外を伺う。
「コマンダー、何者かが我々の車のそばに」
「なんだって?」
燃料の入ったポリタンクを置いて、エグゼも廃墟の隙間から顔を覗かせる。
二人が乗ってきた車両に近付いて何かを調べているのは、米軍残党の戦術人形と思われる人形だ。関節部から粘ついた緑色の粘液を滴らせる姿から、単なるはぐれではなく厄介なハイブリッドの個体と思われる。人形たちは車内に手を突っ込み、中に置いていた備品を引っ張りだしたり、ボンネットを開いて内部の配線を引きずりだして壊そうとしている。
二人はそれを敵対行為とみなし、廃墟から飛び出しハイブリッドたちに奇襲攻撃を仕掛ける…エグゼの放った弾丸が一体の戦術人形の頭部を撃ち抜き撃破、残りの敵も反応するがまわり込んだレックスが側面から銃撃しあっという間に片付ける。
「やるな、レックス」
「誰に鍛えられたと思っているんですか、コマンダー?」
エグゼの言葉にニヤリと笑って見せ、レックスはまだ息のあった人形に向けてとどめを刺した。
「コマンダー、車が破壊されました。使える装備もこれだけです」
荒された車内には、あの人形たちが滴らせていた緑色の粘液が付着し物資にこびり付いている。
ハイブリッドはコーラップス液と米軍残党機とメタリックアーキアとが複雑に絡み合って突然変異によって生まれた存在、そんな奴らが残したものはろくでもないに違いない。使える物だけを回収し、車の給油口に布きれを突っ込んで火をつける。
布きれが導火線のように燃料タンクに火を誘導し、車は一気に爆発炎上した。
「バイクを取りに来たのになんだよこれ? 乗れよレックス」
「お待ちをコマンダー。あれを…」
「ああん?」
レックスが指さした先には、荒野を必死で走る二人組の姿があった。
その背後からはハイブリッドの戦術人形が数体とそれらが使役する犬型のロボットが追いかけている。双眼鏡を手にして逃げる二人組を見たエグゼは、ニヤリと笑みを浮かべるとバイクのエンジンを始動させ二人組めがけ一気に走らせる。
ハイブリッドから必死に逃げる二人組の手前で減速し、少し距離を開けて並走…向こうもそれに気付いたようだ。
「ようよう! こんなとこで何やってんだよおい! まーた連中にちょっかいかけて遊んでたのか、反抗期小隊?」
「反逆小隊よ! ちょっと暇ならあいつらをどうにかして!」
「ああん? 聞こえねえな?」
「助けてって言ってんの! 早くどうにかしなさい!」
叫ぶAK-12に笑みを浮かべ、エグゼは背後から跳びかかってきた猟犬ロボットに銃弾を叩き込んだ。
次いでレックスがバイクの後部座席から飛び降り、遅いかかってきた猟犬の頭をマチェットで叩き割る。後続のハイブリッドたちが迫るが、彼らを統率する戦術指揮人形がいなければ烏合の衆だ。反撃に転じた反逆小隊の二人も加わって、ハイブリッドを撃破する。
「よう、危なかったな」
「ええ助かったわ…まったく、もうハイブリッド絡みはうんざりね」
「救援感謝する、MSF」
「いいよ、後でカネふんだくるから」
エグゼの返答にAN-94は反応に困り、救いを求めるようにAK-12の方をちらちらと見つめる。
ただで助けてもらおうなどとは思っていなかったが、やはり謝礼を求めてきたことにAK-12はため息をこぼし、荷物から現金を取り出してエグゼに渡す。しかしエグゼはそれを貰ったうえでさらに報酬を要求して来たため、AK-12の怒りを買った。
「あのね、いくら助けてくれたからって強欲過ぎない?」
「オレ様の戦力は安くねえんだよ。きっちり金を支払ってもらうぜ?」
「いくらなんでも無茶だ。こんな吹っ掛け方されるなら助けなんて求めなかった…そうでしょう、AK-12?」
「その通りよ。いいかしら、わたしがあなたに払うのはそれだけそれ以上はなしよ!」
「いいよ別に、お前らの上司脅して金ふんだくってやる」
「アンジェに迷惑をかけるわけにはいかない! この話はこれでお終いだ…そうでしょう、AK-12?」
「うるせえよテメェ! AK-12の腰ぎんちゃく女が、引っ込んでろ!」
「私は腰ぎんちゃくじゃない! そうでしょう、AK-12?」
「あー…盛り上がっているところ申し訳ないですが、一旦落ち着いてください。この場に留まるのは危険です、移動をした方がよろしいかと…」
収拾がつかなくなりそうな口論を見かねて、レックスが仲裁に入る。
ハイブリッドどもを撃破したものの、ここに留まれば追手が来るのは明白だ。それは理解しているエグゼはさっさと口論から退いて、バイクにまたがった。
「待ちなさい! もしかしてこのまま私たちを置いていくつもりじゃないでしょうね?」
「大当たりだよバカやろう。せいぜい殺されないよう気を付けな」
悔しそうに唇を噛み締めるAK-12に中指を立て、バイクのキーを回す…が、エンジンがかからない。
何度も繰り返しキーを回すがエンジンはうんともすんとも言わない。舌打ちして顔をあげたエグゼが見たのは、愉快そうにほくそ笑むAK-12の姿であった。
その後、結局エグゼらと反逆小隊の二人は利害の一致から行動を共にして近くにあった古ぼけた村に身を寄せた。バイクを諦めきれないエグゼが自力で押して移動するせいでいつハイブリッドに襲われるか冷や冷やしていたが、何とか村までたどり着く。
しかし村の入り口にはハイブリッドの残骸が散らばり、ここも安全な場所でないことが伺える。
少し休んだらすぐに移動しよう、そう思った時だった…。
家屋の陰から何者かが跳び出し、エグゼに向けて銃口を向ける。
咄嗟にエグゼも拳銃を向けるが、すぐに相手の正体に気付く。
「お? AR小隊のポンコツクズニートじゃねえかよ!」
「誰がポンコツクズニートだ! なんでここにお前がいるんだ、メスゴリラ!」
現われたのはエグゼと浅からぬ因縁を持つAR小隊の隊長M4だ。
M4の後からひょっこり顔を出したのはSOPⅡ、それからAR-15……エグゼはずっとAR-15の事を死んだと思っていたため、彼女の顔を見た時驚きを見せる。
「おかしいな、墓穴にちゃんと埋葬されてない奴がいるな。どうして生きてんだ、ゾンビかテメェはよ?」
「まだまだ死ねない事情があるのよ。M4、こいつらは敵? それとも味方?」
「ねえねえM4! 折角だからエグゼたちにも手伝ってもらおうよ!」
「ちょっと待て、なんだそれは?」
SOPⅡの提案にエグゼやAK-12も疑問符を浮かべる。
AR小隊に事情を聞くよりも先に、村の奥から年端もいかない少年少女たちが駆けつけてくる。子どもたちはM4たちのそばに寄り添い、じっと見知らぬ顔のエグゼたちを見つめる。
あまり小奇麗とは言えない子どもたちの服装と、村の奥に見える建物からエグゼはすぐにAR小隊が立たされている状況を理解する。
「なるほどね…この村というか、孤児院を守るために雇われたってわけか」
「雇われたわけじゃありません。戦争屋のあなたたちには分からないでしょうね」
「言うじゃねえかM4。敵はハイブリッドか……多勢に無勢だな。とっとと逃げちまえばいいのによ、なあお前たちもそう思うだろう?」
エグゼは自分を見つめる少年の一人にそう問いただすが、少年は首を横に振る。
「ぼくはどこにもにげないよ。先生や友だちを置いてななんていけないよ」
「そうよ、あんなやつらぜんぜんこわくないもん!」
子どもたちに怯えているような様子はない。
これくらいの歳の子なら恐怖に怯えてもいいはずなのに…子どもたちのたくましさを目の当たりにして、エグゼは上機嫌に笑う。
「久しぶりに頑固なクソガキを見たぜ…おいレックス、たまには慈善活動ってのもいいもんだよな?」
「弱者をいたぶるのは気に入りませんからね。手伝いますよ、コマンダー」
エグゼの気の変わりようにはM4も驚き目を丸くさせる。
これまであまり接点のなかったAR-15も、エグゼの発言は意外だったようだ…そんな中、SOPⅡだけはエグゼなら手伝ってくれると信じていたようで満面の笑みを浮かべていた。
不意にエグゼは振りかえり反逆小隊の二人を見やる…次にエグゼが何を言うかなんとなく理解しているようだった。
「乗りかかった船だろう、お前らも折角だから手伝ってけ」
「助ける義理はないけれど?」
「ここはお前らの国の領土だろうが。お前んところに苦情入れるぞ? さっきのカネの話も帳消しにしてやるから手伝え」
「どれだけ強引なんだろうこの人は…でも、最優先の任務がない限り人命救助は尊重されるとアンジェは言っていた。そうでしょう、AK-12?」
「ええ、そうね。どうせここから安全に帰還するには連中をどうにかしないとならないしね…乗ったわ」
「そう来なくっちゃな」
「はぁ……【七人の戦術人形】ですか…うまく共闘できればいいけれど…」
以前ほど噛みつき合いしなくなったとはいえ、犬猿の仲のエグゼとこの場所で共闘することに不安を隠しきれないM4。どうせならM16がいてくれたらと思いつつ、人知れずこっそりとため息をこぼすのであった…。
黒澤明監督を称えて!!
七人の侍のオマージュ、そしてスターウォーズへのリスペクトも兼ねたストーリーw
敵役はハイブリッドだけど、過度にえぐい描写はないから安心してくださいなー