MSF副指令カズヒラ・ミラー、そのお手伝いとして彼を補佐する97式の朝は早い。
一緒のベッドで眠っていたトラの蘭々は、主人である97式の起床とともに起きだし大きなあくびをかいていた。
以前までは寝ぼけ眼で起床して蘭々に抱き着いたまま数十分、あるいは一時間を超えてベッドの上でぐうたらしていた97式だが、副指令の補助を長く務めるようになってからはメリハリのついた生活を送るようになり、朝の起床も実にスムーズに済ませ素早くMSFの制服へと袖を通す。
鏡の前でその艶やかな髪に櫛をかけ、慣れた手つきであっという間に髪をいつもの形へと結い上げた。
97式は自分のことばかりではなく、起きたばかりの蘭々のためのご飯もスムーズに用意、軽く化粧を施すと今日の仕事に向けて気合を入れるのであった。
そして…。
「おはようございます、ミラーさん!」
マザーベースの司令室へ、蘭々をともない97式は元気よく朝の挨拶をする。
いつもと変わらず、97式よりも早く起床し司令室に来ていたカズヒラ・ミラーは、97式に微笑みかける挨拶を返す。
さあ挨拶を済ませたら、忙しい一日の始まりだ。
どれだけ前日のうちに仕事を片付けようとも、97式たちが就寝している間にも報告書の類は絶えずマザーベースの司令室へと届けられるのだ。
マザーベースが夜を迎えていても、世界の裏側で活動するMSFの兵士たちにとっては昼であり絶えず死と隣り合わせの戦場で活躍をしている…まあ、戦場に就寝時間などあってないようなものなので、たとえ夜でも業務は遂行さえ、その戦闘報告は絶えず送り届けられるのだ。
つまり、MSF副指令カズヒラ・ミラーとその助手97式に休んでいる暇などないのだ!
「んん? ミラーさん、南米で活動している部隊から増員要請が来ているよ?」
「南米っていうと…ベネズエラか? ついこの間も増援を送ったと思ったが…何かあったのか?」
「豪雨がすごくて補給路がすぐ使い物にならなくなっているんだって。気象予報を照らしてみると、雨雲がこの先もずっと停滞しているみたいだけど…」
「活動している部隊は主に山岳での活動をメインとしているんだったな…兵站が行き届かなくなるのは問題だが、戦力の過剰な投入は反政府ゲリラの格好の標的になってしまうしな。その件は一度戦略を立て直す必要があるかもしれないな、保留にしておいてくれ」
「はい、ミラーさん」
そうして、97式とミラーは司令室に送られてきた戦闘報告書と戦地からの要望について、そのどれ一つも適当に処理せず目を通し、気がかりなものがあれば言葉を二人で交わしまとめ上げていく。
時間を気にせず仕事をこなしていくと、あっという間に時間は過ぎてお昼になる……気づかない二人に、お腹を空かせた蘭々が97式の足にすり寄り昼食を要求したことでようやく二人は手を止めた。
「もうこんな時間かぁ…でも、集中したおかげで一気に片付いたね」
山盛り積もった報告書を片付けられたことに、97式は満足する。
一昔前までは、一日で終わらせられればいいやとほどほどに頑張っていた97式だが、ここ最近は集中力の続く限り一気に仕事を片付け余った時間を有意義に使うという方針がすっかり身についていた。
まあ、MSFに所属する限り時間が余ることなどめったになく、暇そうに歩いていればほかの戦術人形につかまって訓練に付き合わされるのだが。
蘭々を伴い、二人は食堂へと向かう。
今日のメニューはカレーだ、MSF糧食班の作るカレーは絶品、蘭々にはボイルされたチキンが5羽ぶん提供された。
そうしていると、遅れてやってきたハンターが二人を見つけ一緒の席に着く。
「珍しいな、キミがこの時間にいるなんてな」
ハンターはその部隊の性質上、MSFの戦術人形部隊の中でも忙しく、対ゲリラ戦・山岳戦・破壊工作などなど…長期にわたって戦地に派遣されることが多い。
のんびり食堂で仲間たちと食事を共にするというのもとても珍しいのだ。
「実は、エグゼのやつに助力を頼まれてな。スネークにはエグゼのほうから話を直接つけたみたいで、あなたのほうにはもしかしたら報告がいっていないのかもしれない」
「何かあったの?」
「ああ……エグゼが担当しているコーカサス地方があるだろう? 山岳戦に慣れた私らの援助に来てほしいって」
「平和維持と復興支援が目的の派遣だったはずだが…ナゴルノ・カラバフ問題が再び再燃して、そこにイランやトルコ、そして新ソ連が介入し始めて収拾がつかなくなりそうだとは聞いていたが…」
コーカサス地方は、北に新ソ連、南にイラン、西にトルコと大国に囲まれてなおかつ地政学的にも重要な土地としていずれの国家も影響下に置いておきたいという思惑がある。
アゼルバイジャンに新たな大規模な油田が見つかったというニュースも、この地域をホットスポットにさせている理由だろう。
「エグゼが助けを求めるとはよっぽどだね」
「そうとも。聞く限りじゃ、最悪な戦場になりつつある……生きている人間なんて一人もいないさ。比喩じゃない、私らのような疑似感情モジュールを搭載した戦術人形じゃなく、感情を持たない戦術人形やドローン、無人機などが多数投入されているんだ」
ハンター曰く、安価な戦術人形やドローンがいずれの陣営でも多数投入され、数に限りのあるエグゼらの部隊は対処に難儀しているのだとか。
特に厄介なのは、自爆型ドローンの存在だ。
戦場だけでなく、市街地でもどこからともなく現れては容赦なく突っ込んできて自爆する。
「鉄血にもゴリアテなんていたが、あれよりも小型でおもちゃみたいなドローンなんだ。それでも兵士一人殺すのに十分な殺傷力を持っている。安価で大量投入可能な点では、ゴリアテよりも厄介だよ」
「鉄血にしてもI.O.Pにしても…なんか実用性よりロマン追及しているところあったもんね」
兵器として投入するのなら、人間そっくりの見た目じゃなくてもいいような気もするが…まあ、それを言ってしまうのも今更出し、ミラーとしてはゴリゴリの機械っぽい見た目より、今目の前にいる二人のように美少女の姿をしてくれていたほうがいろいろとはかどるというものだ。
ミラーが勝手に一人納得しうなづいているのであった。
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「———それはさておき、どうするのミラーさん」
「ん?」
「さっきのハンターさんの話だよ。コーカサス地方の任務……ハンターさんに戦地の映像を見せてもらったけどさ、どの勢力も無人機やドローンを大量投入してて私たちだけじゃジリ貧だよ」
97式がそう言って見せてくれたのは、戦地から送られてきたという映像だ。
空を飛び交う無人機、能率的に動くことはないが大量投入される安価な戦術人形、小さなドローンに爆弾を積み込んだ自爆型ドローンなど……見せてくれた映像にはそういう類の兵器ばかりで、生きた人間の姿は一切なかった。
爆発で建物が崩壊し壁が黒く焦げることはあっても、血肉は一切飛び散らず悲鳴も上がらない。
感情を持たない無人機たちが撃ち合い、火花を散らせ倒れる……それはまるでSF映画やあるいはゲームの映像のようで、生身の人間が戦い殺しあう戦場を知るミラーには気味の悪いものに見えた。
「このような戦場は限定的だと思いたいが…ふむ、民間人の巻き添え等はないしある意味人道的にも見えるが…」
「もう、ミラーさんそんなこと言ってる場合じゃないよ!? あの映像の通りなら、やってることは消耗戦だし私たちにしたら不利な展開なんだから! ミラーさん、いい!? コーカサスに派遣しているエグゼの部隊の規模と物資から考えればね————」
「わかってるよ、言ってみただけさ。コーカサスで起きている戦闘は極めて稀な事象だ、我々としてはそこに無理にこだわる必要もない。新ソ連との兼ね合いで派遣しただけ…ボスとも話して、規模の縮小と撤退を進めよう」
「それが正解だと思うけれど……エグゼの性格を考えると、素直に撤収しなそうな気が…」
「そこなんだよなぁ……ボスが直接言ってくれれば、素直に帰ってくるとは思うんだが…」
ミラーと97式の悩みの種といえば、やはりMSFの狂犬エグゼに他ならない。
堂々と命令無視をするわけではないが、負けん気の強さで戦略上の方針転換などでの撤収などを大いに嫌う。
帰ってきてからの彼女のケアもなかなかに骨が折れるというもの…。
と、二人は悩んでいたがそれは杞憂だった。
エグゼはミラーからの部隊の撤収を、すぐに受け入れたばかりか実にスムーズに撤収の準備を進めあっという間に帰還を果たす……まるでエグゼ自身が、前もって撤収準備を進めていたかのように。
ハンターは大変なご立腹だった。
それもそうだろう、コーカサスで任務に就くエグゼが苦労しているからと助力を頼まれて向かったかと思えば、コーカサス地方からの撤収を手伝わされただの一度も戦闘を行うことなくマザーベースにとんぼ返りを果たしだのだから。
目の前で呑気にビールを飲んでいるエグゼの姿がまたハンターの機嫌を損ねている…さっきから目も合わせようとしない。
「そう拗ねるなってハンター、もう過ぎたことじゃないかよ」
「うるさい」
「わっはははは! ま、おかげさまであのくそみたいな場所からおさらばできたんだ…ほんと感謝してるんだぜ?」
「他のやつに頼めばよかったじゃないか」
「お前が一番早く来てくれそうだったからな~」
「このくそが、死ね!」
最後のエグゼの言葉にカチンときたハンターは、目の前にあったおしぼりをエグゼの顔目掛け投げつけた。
この程度でイライラが解消されるハンターではなかったが、不意に見てしまったエグゼの朗らかな笑顔…さっきから目を合わせなかった理由がこれだ。
エグゼの無邪気にも見える笑顔を見てしまうと、どれだけ頭に来ていたとしてもなぜだか諦めて許してしまえるのだ。
「まったく…今後二度とこんなくだらない用事で呼び出すなよ?」
「ごめんってば、一応反省はしているからさ。ってなわけで、お前も飲めよ、な?」
「一杯だけな」
足元のクーラーボックスに冷やされた缶ビールを手渡され、ハンターはため息を一つこぼし缶を開けた。
プシュッという小気味よい音、きめ細やかな炭酸がのどを流れていく、それからほのかな苦みと爽やかな香り…少しはハンターの留飲も下がる。
「そういえば、スコーピオンは? 一緒に帰ってきたんじゃなかったか?」
「スコーピオン? あいつもなかなかに帰りたがってたからな……ヘリポートに着陸する前にヘリから降りようとして、そのまま海に落ちて病院送りだよ。バカだよな?」
「バカなんじゃないのか? しかしスコーピオンまでも……よっぽど、コーカサスでひどい目にあったんだな」
「そりゃあな。送った映像は見たろ?」
「ああ、見たよ。ただひたすら無人機が戦闘を繰り広げる…人の意思が一切介入しない魂のない戦争」
きっかけは国家間のいざこざや軋轢によって始まった戦争であっただろうが、新ソ連・トルコ・イランが介入する形で諸国の戦術人形・無人機・ドローン・AI兵器といったものが多数投入されて、コーカサスの戦闘は人間の兵士が戦うことのない戦場へと様変わりした。
戦場で戦うのも無人機、それらを指揮統率するのも実体を持たないAI…各国の軍参謀はAIから纏められる情報を閲覧し大まかな方針だけをAIに指示し、それをAIがデータをまとめ上げて戦場に反映させる。
「戦術人形のオレが言うのもなんだけど、めちゃくちゃ気持ちの悪い戦場だったぜ」
「気持ちは分かる。人と同じように振る舞うからこそ、余計にな」
コーカサスの紛争地帯にも、少しは人間の傭兵が雇われるということがあったという。
しかしその理由も、無人機の投入が追い付かないという理由だったり、あるいは無人機よりも人間の命のほうが安いというひどい理由だった。
そんな場所で、エグゼはいつまでも任務を続ける気もなかったのだ。
「しかし、いいタイミングでミラーのおっさんも撤収を指示してくれたぜ。おかげさまでオレのほうから言い出す手間も省けたよ」
「あきれたものだ。まあ、無事でよかったよ」
「おう、あらためてありがとうな。さてと……それにしてもスネークはどこ行ったんだ? 嫁が帰ってきたってのに、顔も見せに来ないとは許せねえ!」
「誰が嫁だよ、まったく。スネークならいつもの極秘任務じゃないか? 彼も忙しいから…」
「いいや、絶対いるね! オレにはわかるんだ!」
「なぜわかる?」
「匂いでわかる!」
「犬かお前は……ああ、狂犬だったな…」
「ようし、腹も膨れていい具合に酔ってきたことだしスネークを探しに行くぞ! ハンター、お前もちょっと付き合え!」
「なんで私が…」
「獲物を見つけるのは、得意だろう?」
「……わかったわかった…そんな目で私を見るな」
親友の頼みを断るわけないだろう?
なんの疑念もなく自分を見つめるエグゼに、ハンターはまたまた情に流されてしまうのだ。
昔からこうだ、人の気も顧みず、楽しそうに笑って。
だが…。
「……悪くないな」
ハンターは小さく微笑むと、急かすエグゼの後ろをついていくのだった。
久しぶりだな、兄弟たちよ
MGSシリーズの新作を間近に控えたので、ちょっとね。
ほな、そのうちな