METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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一時の休戦

 太陽が沈み、辺りが暗くなる頃には日中果てしなく続いていた戦闘音がなりをひそめ、昼間のけたたましさが嘘のように町は静寂に包まれる。

 戦闘で電気も止まった町では周囲を照らす明かりもなく、敵に居場所を悟られることを恐れ火やライトを照らすこともしないため、場所によっては数メートル先も見えないほど暗さであった。

 スコーピオンらMSFの兵士たちも、戦闘を一時停止させ、制圧したアパート内に入り込み疲れ果てた身体を休ませていた…。

 

 二人も集まればわいわいと騒ぎ出す人形たちも、その時ばかりは誰も声を発さず思い思いの場所で休息する。 

 唯一の明かりである、窓から差し込む月明かりで町の地図を照らしながら、キッドとWA2000は小さな声でこれからの作戦計画を立てている。

 

「―――町の広場を制圧したいところだな。どのルートを通っても機関銃陣地は避けられない」

 

「スナイパーも多いわ。広場に通じる大通り、ここはダメよ。見晴らしがよすぎるわ、通りを渡るだけでも全滅するわ。そうなるとルートも限られるわね」

 

「町の下水道を通って迂回するか? いや、スコーピオンが負傷している今、遭遇戦は避けたいな」

 

「スネークの部隊ともエグゼの部隊とも離れて連携が取れないのは痛いところね」

 

 再度通信でスネークとエグゼに呼びかけてみるものの、電波障害からか雑音しか帰って来ない。

 戦術人形として指揮官となる人間を必要とする彼女たちは、マシンガン・キッドを現在の指揮官と無意識に認識し指示を受けている。

 夜襲を仕掛けようと9A91は提案したが、夜戦を得意とする彼女はともかくとして満足な夜戦装備も持っていないためその提案は見送られる…彼女は離れたところで夜の見張りを行っているところだ。

 

 

 窓から外を伺っていた9A91は、ふと通りの向こう側で赤い光が数回点滅したのに気付く。

 一定の間隔で灯される赤い光をしばらく観察していた彼女は、同じように銃に取りつけられていたレーザーを一定の規則でつけたり消したりを行う。

 レーザーサイトを使った彼女のモールス信号は相手側に届き、向かいの建物から数人の人影が通りを素早く横切りこちらのアパートへと入って行った。

 しばらくすると、部屋の扉がノックされお互いに合言葉を交わす。

 それからゆっくりと部屋の扉を開ける…入ってきたのは数人のヘイブン・トルーパー、その手には物資の入った荷物を持っていた。

 

「補給です。弾薬と食糧、それから医薬品です」

 

「助かる。そっちの様子はどうだ?」

 

 キッドが持ちこまれた物資を受け取りつつそう尋ねると、彼女たちの反応はあまりおもわしくは無かった。

 町を守備するのは連邦軍でも精鋭と知られる空挺軍、そして悪名高きウスタシャの兵士たちも多数入り込んでいることも確認されている。

 部隊を率いるスネークとエグゼは最も敵の抵抗が激しいエリアに攻勢をかけているようだが、精強な空挺軍に苦戦しているようだ。

 

「近く、パルチザンの増援部隊が到着するとの情報もあります」

 

「それは連邦軍も同じだろうな」

 

 空軍基地手前の要衝ということで、連邦軍も本気だ。

 既に互いの戦力は、この街で戦闘を起こした時の倍以上にまで膨れ上がっている。

 プレイング・マンティスやピューブル・アルメマンの兵士たちも増援として駆けつけているが、相手は一国の正規軍であるため、MSFとしては数の上では劣勢になっている。

 

「ご安心を、明日にはメタルギアZEKEが戦線に投入されます」

 

「おお、そうか! あいつを動かすってことは、ボスは一気に勝負をつけるつもりだな」

 

「はい。ですが連邦軍も大規模攻勢を計画しているようです」

 

「ZEKEは強いが、無敵の存在というわけじゃないからな…ZEKEは歩兵とそのほかの兵器と共同運用をしてこそその真価を発揮する」

 

「我々も処刑人の指揮の下攻勢を仕掛けます。明日には大きく戦況が動くでしょう、ではご武運を」

 

 ヘイブン・トルーパーたちは来た時とは違い、窓から地上へと飛び降りあっという間に町の陰にその姿を消していった。

 

 キッドとWA2000は一先ず作戦会議を中断させ、ヘイブン・トルーパーたちが運んできてくれた物資の配当を行う。

 弾薬はそれぞれにあったものを配り、最低限の医療品は各自に配り、残りはスプリングフィールドに手渡す。 

 それから待ちかねていた食糧。

 MSF製の軍用レーション、それも親切に温められたものだ。

 日夜糧食班が研究に研究を重ね、栄養バランスと飽きない味を実現させた至高の発明品だ…どこぞの不味いレーションとは大違いである。

 

 

「ほらサソリ、大好きな食べ物が届いたわよ」

 

 WA2000がレーションを手にスコーピオンに声をかけると、彼女は重たそうなまぶたを開く…どうやら寝ていたらしい。

 無言でレーションを受け取り、スプーンを手にするも彼女は食が進まない様子だった…。

 

「食べなきゃダメよ、力が出ないわ」

 

「そうだね」

 

 いつもなら喜んでがつがつと食事をするのだが、スコーピオンはスプーンに少し掬っては緩慢な動きで口に運ぶ。

 だが痛めた身体が支障になるのか、その手からスプーンが落ちる。

 WA2000は落ちたスプーンを拾い、代わりに料理をすくいスコーピオンの口元へと運ぶ…彼女は嫌がることも拒絶することもなく、WA2000の好意に素直に甘えていた。

 

「ごちそうさま…」

 

「うん、スプリングフィールドを呼んでくるわ。包帯を替えてもらわなきゃ」

 

「待ってワルサー。屋上に連れてってくれないかな…ちょっと、風をあびたい」

 

「分かったわ…歩ける?」

 

 ふらつくスコーピオンに肩を貸し、WA2000はアパートの階段をゆっくりと上がっていく。

 屋上への扉をゆっくりと開き、周囲を警戒しながらスコーピオンの身体を床に横たえる。

 

 

「あんまり風無いわね」

 

「別にいいよ。星がきれいだから」

 

 

 スコーピオンが漏らした言葉に、ふとWA2000は空を見上げる。 

 電気が止まり明かりが消えたこの町では、星空の明かりがいつも以上に綺麗に煌めいて見えた。

 

 

「ねえワーちゃん、今猛烈にオセロットに会いたいでしょ?」

 

「なに言ってんのよアンタは。あんたこそ、スネークに会いたいでしょ?」

 

 スコーピオンの問いかけに、思わずWA2000はため息をこぼす。

 普段ならそんな質問、バカの一言で片づけているところだが、今日のところは優しくしてやろうという気持ちがあった。

 逆に問いかけられたことにスコーピオンは微笑み両手を広げ横になる。

 

 

「スネークも同じ星空を見上げてる、そう思うと全然寂しくないよ」

 

「そう。そうね…」

 

 

 WA2000はオセロットが感傷に浸って星空を見上げていることを想像するが、彼に限ってそんなことはないなと思う。

 ふと、彼女はオセロットと一緒に並び満天の星空を二人きりで見上げるという妄想を膨らませる。

 相変わらずの仏頂面のオセロット、その隣で幸せそうに微笑む自分……そこまで妄想したところで顔が火照っていくのを感じ、頭を振って煩悩を振りはらう。

 

 

「ねえワーちゃん、何か聞こえてこない?」

 

 

 スコーピオンのその言葉に、WA2000は耳を傾けると確かにどこからか声が聞こえてくる。

 姿勢をかがめ屋上の端にまで移動し、辺りを伺う。

 

 声は町の向こう…連邦軍が拠点としている町の一角から聞こえてくるようだった。

 何を話しているのかは分からなかったが、声を聞いているうちに、それが彼らの歌であることに気付く。

 楽器もなく、プロの歌手でもない素人の歌声……やがてそれは別な方角からも、パルチザンの野営地の方からも聞こえてきた。

 

 意味は分からなかったが、同じ歌詞を歌うそれは、この国の、彼らの故郷の歌であることはなんとなく理解できた。

 

 そんな時、WA2000は通りの向こうでパルチザンの兵士が白い布きれを巻いた棒を手に、ゆっくりと進んでいくのが見えた。

 脱走兵か、そう思いスコープを覗きこむ。

 しかし、敵対する連邦軍の兵士の方も同じように手を挙げたまま彼らのもとへ近寄っていくではないか…。

 彼らは何かを話しあい、互いの所持品を交換していた。

 

 それから戦場に倒れるお互いの負傷者と死者のもとへ歩み寄り、自分たちの陣地へと運んでいく…。

 

 戦場での部分的な停戦に、WA2000は引き金から指をそっと離し、スコープから目を逸らす。

 

 

 

「みんな、好きで殺しあってるわけじゃないんだ。そうしないと、自分たちの家族や友人が殺されてしまうんだ。それは相手も同じ……許されないことだって、たぶんお互いに分かってるんだよ。分かってるけど、止められないんだ。だから、とても哀しいんだよ」

 

「サソリ…」

 

「ずっと夜のままならいいのにね。明日になったらまた……でも雨はいつまでも続かない。素晴らしい世界は明日の先にあるんだ」

 

「そうね。さ、もう中に戻りましょう。休める時に休まなきゃ」

 

スコーピオンに肩を貸し、屋上を立ち去っていく。

ふと、WA2000は立ち止まり静かな街に響く兵士たちの歌に耳を傾ける。

 

止まない雨はない。

だけど、雨は嵐となりなにもかもをめちゃくちゃにした後で、果たして素晴らしい世界は残っているのか?

 

いや、今は考えるまい。

絶望を見続けるよりも、希望を見出したい…そう思い屋上を立ち去っていった。


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