静かに迎えた朝は、どちら側からか分からない砲撃のけたたましい轟音と共に打ち破られる。
着弾地点からほど近い位置で休息をしていたキッドたちはすぐさま飛び起き、装備を身に付け戦闘態勢をとる。
激しい砲撃音の最中には、銃撃戦が鳴り響く音と戦場を駆けまわる兵士たちの怒号が飛び交う。
眠気など一瞬で吹き飛ぶ目覚め方だが、それでいい。
疲れているとはいえ、寝起きでいつまでも意識が覚醒しなければそれは生死の問題に直結してしまうからだ。
昨晩たてた制圧目標である町の中心部にある広場の攻略。
軍事的建造物ではないが、町の要衝として連邦軍が防御陣地を構え、対戦車砲及び迫撃砲が数門、数十もの機関銃陣地に戦車までもが確認されている。
精鋭を率いるキッドとは言えども、ごり押しで敵陣を突破するなどとは考えていない…それができるのはビッグボスくらいだ。
「さあ出撃だ諸君、まずはエグゼの部隊と合流する。あいつの突破力と月光の部隊があれば広場の攻略も可能だ。スコーピオン、やれるか?」
「うん。一晩寝たら何とかなったよ」
スコーピオンはまだ包帯はとれていないが、自分の力だけで立ち握り拳をつくって見せる。
元々…いや、いつのころからかやたらとタフになり始めたおかげか、小さな傷はほとんど完治し疲労も感じさせないほどに良く動く。
憂鬱とした気分で昨晩を過ごしたが、戦闘前に思い思いの行動で気持ちを切り替える。
「スナイパーが多い。姿勢を低くして進め」
アパートを出た部隊は、キッドを指揮官に彼の指示で素早く移動する。
重量のある機関銃を所持しながらもそれで行動を阻害されることなく、ポイントマンとして部隊の先頭を行く。
そこら中から聞こえる戦闘音によって味方がどこにいるのか把握することが難しくなる。
ばったり会った拍子に撃った相手が味方だったということが無いように、キッドは部隊の先頭を慎重に進み、それでいて早くこの激戦を終わらせるべく早足で進むのだ。
「―――ッ! 下がれ!」
通りの角を曲がったところで、キッドは叫びすぐさま引き返す。
次の瞬間には猛烈な機関銃の弾丸がそこに撃ちこまれ、弾丸に抉られた建物の外壁がはじけ飛ぶ。
「敵の数は!?」
「見えた限りでは10人ほどだ! ワルサーとスプリングフィールド、そこの建物の上階から狙撃しろ! 9A91とスコーピオンはオレに続け!」
物陰から身を晒し、敵へ向けてキッドの軽機関銃が火を吹いた。
圧倒的連射力によって敵の部隊が身を隠したその隙に9A91とスコーピオンは素早く通りの反対方向へと走りだし、崩れた瓦礫の中に飛び込んだ。
「グレネード!」
キッドがリロードのために身を隠したと同時に、スコーピオンと9A91は手榴弾を投擲。
リロードの隙を突こうと身を乗り出した連邦軍兵士は爆発とまき散らされた破片によって倒れる。
だが瓦礫の向こうから現れた別な兵士は、ボディーアーマーに防弾マスクを装備し手榴弾の破片を耐えきり突撃してくる。
寄せ付けまいと牽制射撃を行うが、シールドをもった別な兵士が前に立ちふさがり銃撃を防ぐ。
「歩兵の癖に弾弾くなんて、頭に来る奴!」
「わたしたちの弾じゃ撃ち抜けない…!」
シールドに身を隠しながら撃ち返す敵に、思わず愚痴をこぼす。
だが次の瞬間、スコーピオンらの後方から放たれた弾丸がシールドの装甲をぶち抜き、そのままシールドの向こうに隠れていた敵兵を射殺する。
スコーピオンが振り返り建物の上階を見ると、WA2000とスプリングフィールドの二人が狙撃位置についているのが見えた。
二人の狙撃にたまらず連邦軍兵士は退却するが、二人の素早い射撃は逃げる連邦軍兵士を捉えて全て仕留めて見せる。
狙撃した敵の一人が立ち上がり足を引きずり建物の中に逃げ込んだのを見て、スコーピオンは走りだす。
逃げ込んだ家屋に足を踏み入れたと同時にスコーピオンの目に飛び込んできたのは、幼子を抱きしめる女性の姿であった。
追いかけた連邦軍兵士は血を流し、息を荒げながらスコーピオンを見つめている。
「キッド…! 民間人だ、逃げ遅れた民間人がいる!」
負傷した敵兵に銃口をつきつけたまま部隊長のキッドを呼ぶ。
すぐさま駆けつけたキッドは怯える民間人にそっと近寄り、敵意が無いことを説明して見せる。
怯える子どもたちをあやしながら、母親は不安な様子でキッドと連邦軍兵士を交互に見つめる…。
「落ち着け…オレはウスタシャじゃない……逃げても誰にも言わない」
負傷した連邦軍兵士の言葉に、民間人の母親は頷き子どもたちを伴い立ち上がる。
「……町には、民間人が取り残されてる…アンタら、どこの傭兵か知らないが、彼らを救ってくれ…」
「何を言ってるんだお前は、国民を守るのはお前ら正規軍の仕事だろう」
「あの忌々しい…ウスタシャ共は、町の住人の避難を…禁止した。逃げれば、殺される……こんなクソみたいな国に生まれたばかりに、チクショウ……解放してくれて、あり…が…」
そこまで口にしたところで、連邦軍兵士は息を引き取った。
「キッド…」
「民間人を安全な場所まで連れていく。行こう…」
そこはまだ砲弾や銃弾が飛び交う戦場、民間人の保護はパルチザン側から依頼された任務の一つでもある。
なにより司令官のビッグボスが望んだこと…。
「大丈夫ですよ、必ず安全な場所に避難できますから」
怯える民間人の傍らにスプリングフィールドが寄り添い、そっと支え優しい言葉をかける。
こういった場面はスプリングフィールドが一番の適任だ。
だが、母親はそんなやさしさに感謝しつつもどこか落ち着かない様子だ…当然だ、この町は連邦政府の領域であり、MSFやパルチザンはむしろこの町の住人にとって侵略者なのだから。
それでも、キッドらは民間人を救う。
ここは戦場になってしまった、彼らにとっての故郷は失われ…兵士たちの場所となってしまったのだ。
彼らの故郷を戦場に変えてしまった、ならばせめて彼らを安全な場所まで避難をさせる……。
部隊は安全圏を目指しながら進むと、見通しの良い道路にぶつかる。
そこには車両を積み重ねたバリケードがあるが、ところどころ車両一台分通れるだけの間隔が開いている。
通りには、おそらく戦場から逃げ出そうとし、スナイパーの餌食になった民間人の遺体が倒れている。
恐怖に怯える民間人の家族を落ち着かせ、まずはキッドとWA2000が先行してバリケードを横切る…その時は何ごとも無かったが、次に9A91がバリケードを駆け抜けた時、間髪入れずに弾丸がバリケードとして積み上げられていた車両に撃ちこまれる。
やはりスナイパーがいる。
見えない脅威に部隊は緊張し、せめて民間人の家族だけでも救うことを決める。
「さあ行くよ、あたしの合図で飛び出して…いい?」
バリケードの向こうでスコーピオンが手招く。
何度も母親に振り返って見せる少女は今にも泣きそうな顔であった。
「1,2,3で飛んで。そうしたらあたしが受け止めるから…いいね? いくよ…いち、にの、さんっ!」
スコーピオンの合図に、少女はバリケードを飛び出した。
すかさずスコーピオンが手を伸ばして少女を受け止め、安全な場所にまで引き込む…。
次の男の子も同じように、合図をとって安全な場所にまで退避させる。
さあ後は子どもたちの母親だけだ。
二人の少年少女を助けられたことに気が緩み、短い間隔で母親にも同じような合図を送ってしまった。
合図を受けてバリケードを飛び出した瞬間、母親は狙撃され糸の切れた人形のように前のめりに転倒する。
生気の失せた目を見開き、こめかみから血を流す…即死だった。
母親が目の前で殺され、二人の子どもは大声で泣きわめきスコーピオンの手の中で暴れだす。
抑えるスコーピオンの手を振りほどき、男の子は倒れた母親へと走って行ってしまう…。
「だめ! 来ちゃダメ!」
反対側からスプリングフィールドがそう叫ぶが、男の子は物陰を飛び出し母親の亡骸へとしがみつく。
咄嗟にスプリングフィールドはバリケードを飛び出し、男の子に手を伸ばした…。
乾いた一発の銃声が鳴り響き、目の前の男の子の身体から血肉がはぜ、男の子の身体は母親に寄り添うように倒れそのまま動かなくなった…。
「あ…あぁ……そんな…!」
「スプリングフィールド! 早く! 早くこっちに来て!」
目の前で奪われた小さな命に、スプリングフィールドはその場に呆然と立ち尽くす。
慌てて9A91が彼女の腕を掴み物陰に引っ張り込み、次の瞬間、弾丸がスプリングフィールドの立っていた辺りに直撃する。
危うく死ぬところだった……危険な行為に怒鳴りつけようと口を開きかけたWA2000であったが、目を見開き肩を抱いて震えるスプリングフィールドの姿を見た瞬間口を閉ざす。
「ごめんなさい……ごめんなさい…! 嫌……もう、嫌よこんなの…!」
「おい、しっかりしろ! 気をしっかりもつんだ! 深呼吸をするんだ、ゆっくりと…!」
動揺する彼女の目を見ながら落ち着かせようとする。
キッドの言葉に何度も頷き深呼吸をしようとするが、呼吸が速くなり過呼吸症候群のような症状が現れる。
「しっかりしてスプリングフィールド! 大丈夫、大丈夫だから!」
仲間たちはなんとか手を尽くそうとするが、症状は酷くなる一方だ。
頭を抱え涙をこぼし、うわごとのように謝罪の言葉を口にする…母親と弟を失った少女の泣き声が、より一層彼女の精神を追い詰める。
「おいおい、なにやってんだお前ら!」
「エグゼ! 大変なの、スプリングフィールドが!」
どうやらエグゼの部隊が防衛線を突破したらしい。
ヘイブン・トルーパーと月光を伴った部隊と共に駆けつけてきた。
エグゼは戦闘のショックから動揺するスプリングフィールドの傍に歩みより、何度か声をかけた後…そっとその首に手を回す。
「ちょっ、なにすんのよ!?」
「うるせえ黙ってろ」
エグゼの指がスプリングフィールドの首を絞めつけ、圧迫感に一瞬苦悶の表情を浮かべた後、彼女は目を閉じ卒倒した。
「大丈夫、気絶させただけだ。あのままにしておくより、こっちの方が良い……こいつはもうダメだ、後方に送れ」
「ちょっとそんな言い方ないでしょう!?」
「ああ、悪かったよ、少しピリピリしてんだ。おい、他にも気持ちが落ち着かない奴はいるか? 引き返すのは今だぞ、地獄の先はまだまだ長いんだ」
「あたしらは大丈夫だよ。それよりスプリングフィールドを運ばなきゃ」
気絶したスプリングフィールドの護送はヘイブン・トルーパーの隊員が任される。
「後は任せて。ゆっくり、休んでね…」
意識の無いスプリングフィールドへ、去り際にスコーピオンはそう呟き彼女を見送った。
エグゼの言う通り、地獄はまだまだ長い…果たして地獄の果てにたどり着くまで自分の精神は持つのだろうか?
そんな不安に駆られるが、今は考えまいと疑念を振りはらう。
「おい、それより聞いたか? 連邦軍が数個師団こっちに来てるって話しだ、おまけに連邦空軍も動いてるらしい。ヤバいぞ少し…」
「そんな、スネークとはまだ連絡がとれないの!?」
「電波障害が酷過ぎる。どうなってんだよ」
通信機を起動させ、スネークに連絡をとろうと試みるが相変わらず雑音が返ってくるばかりだ。
ふと、何かを察知したエグゼは素早く建物の壁をよじ登りあっという間に屋根の上へと登り切る。
スナイパーがすぐそばにいるため危ないと注意するが、エグゼは構うことなく屋根の上から市街地を一望する…。
銃撃戦の音が少しなりをひそめ、代わりに連邦軍ではあわただしく動いているのが見える。
エグゼは遠くの空を、鋭い目でじっと観察する。
見つめる先にある黒い点…それは徐々に大きくなり、凄まじい速さで市街地の上空を通過したかと思うと、町の中心部である広場にて大きな爆発が起こる。
「空爆だ! 連邦空軍が来たんだ、ああ、もうお終いだ!」
「おい落ち着けよスコーピオン、なんか変だぞ」
市街の外に目を向けて見れば、連邦軍の思われる増援部隊が町へ入り込んでいくのが見えるのだが、彼らはパルチザンへと向かっていかずむしろ仲間である町の防衛軍に向けて攻撃を仕掛けているではないか。
『あーあー、聞こえるかMSF兵士諸君。こちらはパルチザンのイリーナだ』
「お、通信が戻った」
『早速だが朗報だ。連邦空軍と空挺軍の一部が我々に寝返った、町の外から攻撃を仕掛けてきているのは我々の仲間だ。赤旗を掲げているから間違えないだろうが』
「おいおい、連邦軍が寝返ったってどう言うことだ!? それにさっきまで通信も使えなかったぞ!」
『それについてはわたしたちが説明するわ』
「その声は、UMPポンコツ小隊! てめえらどこに行ってやがった!」
『変な名前で呼ばないでくれる? 通信障害はわたしたちが犯人よ、連邦軍の切り離しを悟られないためにやったことよ。これはイリーナとビッグボスの提案だから恨まないでね』
連邦の過激な方針について行けず、祖国への盲目的な忠誠に疑問を持っていた将兵というのは少なくない。
そんな連邦軍兵士の忠誠心の揺らぎに目をつけ、イリーナは寝返りを促し、スネークもそれに手を貸したという……。
これまでの内戦で連邦空軍は出撃を拒否し続け、頑なに民族主義的な政策を取り続ける連邦政府に反発をしていたのだ。
彼らは今ある連邦政府よりも、イリーナの目指す新たな国家にその希望を見出した。
町に、月光の牛の鳴き声に似た独特な動作音が鳴り響く。
エグゼ配下の月光ではない、遠くから徐々に近付いていくその音は規模を増し、ついにはエグゼらの前にも群れとなってやってくる。
大地が揺れる。
金属同士がが擦れ合い発せられる咆哮と共に、月光の数倍もの巨体を持つ鋼鉄の巨大兵器が町の瓦礫を薙ぎ倒し姿を現した。
「ZEKEだッ! 一気に勝負を仕掛けるんだな!」
MSFが誇る鋼鉄の守護神の登場に、MSFの兵士たちは沸き立つ。
ZEKEの圧倒的な姿の前に連邦軍は一層慌てふためき、体勢の立て直しに駆られることとなる。
「―――――かくして役者は揃ったわけだ。さあ行こうか諸君、戦争だ、待ちかねた戦争だ。パルチザンも、連邦軍も、MSFもすべてを蹂躙せよ」
蛇は一人でいい……そうだろう?
スプリングフィールドさん…離脱です…ちょっと休ませてあげて。
そんでもってメタルギアZEKE投入、これで勝つる!
エグゼ「怖いよー怖いよー、ZEKE怖いよー」プルプル
エグゼは第一章でZEKEにボコられたため恐怖心持ってそう(笑)
そして鉄血勢ウォーミングアップ完了。
次回、三つ巴!