METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

50 / 317
※SAN値下がる描写あり


Hunting Ground

 最初の襲撃以来、廃墟は静かなものでそれが一層不気味さを感じさせる。

 過ぎ去る路地裏、道路に乗り捨てられた廃車、高層ビルの窓…狙撃手を配置し奇襲をかける場所などいくらでも存在する。

 オオカミ型ロボットに連れ去られた仲間を追うUMP45と416は静かに、物音を立てないように静寂に包まれた廃墟を進む。

 地面に残された血痕を辿り歩いていくと、それはどうやら高層ビルの一つにまで繋がっていることに気付く。

 双眼鏡と同時に暗視装置も使用し、暗闇の中で視界を確保しながら周辺の偵察を行う。

 

「周囲に敵影無し。でも、隠れてるだけでしょうね…」

 

 確証はないが、長年の経験と勘から自分たちが奥へ奥へと引きずり込まれているような悪い予感を感じていた。

 敵である鉄血の情報はグリフィンのヘリアンより教えられた404小隊だが、ウロボロス、サイボーグ忍者、強化されたハンター、そして宇宙兵器アルキメデスなどとイレギュラーな存在が多すぎる。

 情報を信用し行動するのは危険だ。

 それとUMP45が罠にはまっていると感じているのにはもう一つ理由がある…。

 

「またいるわ、45…」

 

 416が物陰に身をひそめつつ、遠方を指差し忌々しく呟く。

 指さした方角の電柱には一羽の鷹が止まり、じっと二人の方を見つめている。

 鳥目…と言うくらいに、鳥類は一部の種を除き夜間の視力は極端に落ちる。

 自然界のハンターとも言える鷹もそれは例外ではなく、活動時期は昼間であるのにも関わらずその鷹は夜の闇をものともせず404小隊を追跡している。

 

「撃ち落とそうかしら」

 

「この距離であの小さい標的に当てたら大したものね。弾の無駄だから止めておきなさい」

 

 銃を構えれば、鷹は翼を広げ飛び立つ。

 一時的に追い払ってもいつの間にか戻ってきては監視を続ける…おそらくは襲撃してきたオオカミ型のロボットと同じタイプのロボットであろう。

 

「ここまで敵の手のひらで踊らされてる感覚は初めてね」

 

「じゃあ9とG11をおいて撤退する?」

 

「冗談、あの二人が死んだら稼ぎが無くなるわ。416、暗視装置は持ってるわね…下水道を通るわよ」

 

「最悪だけど、仕方ないわね」

 

 二人は一旦その場を離れると、反対側の路地に出てマンホールのふたを開く。

 再度周囲を確認し誰にも見られていないことを確認し、下水道へと入り込む…。

 

「うっ…酷い匂いね…」

 

 下水道の中は廃棄物やヘドロが澱んだ汚水の中に溜まり形容し難い悪臭が充満していた。

 人がいなくなって久しい廃墟であるが、どこからか入り込んだ小動物の汚物や腐った泥水が染みこむことでおぞましい環境になっているのだろう。

 悪臭を嗅いだせいで嘔吐しそうになるが、なんとか416は堪え前に進む。

 

「45、ところで道はわかるの?」

 

「だいたいだけどね。下水道の図面をさっき見つけたの、高層ビルの裏につながるマンホールまでなら分かるわ」

 

 45は地図なら頭に叩き込んだ、と言いたげに額を小突いて見せた。

 よりによって下水道を通るルートを選ぶところはうんざりさせられるが、何の考えもなしに入らなかったことには素直に称賛する。

 

 複雑に入り組む下水道を迷いもせず進んでいくところは流石だ、こういう時は頼りになるものだ。

 

 とは言っても下水道をひたすら進めば見たくないものも嫌でも目にすることになる。

 ドブネズミが足下を走り回り、壁には見るのもおぞましいムカデやゴキブリと言った生物が這う。

 下水道の天井などはもはやそれら生物がびっしりとたかり、時折目の前に落下してきては、その度に悲鳴をあげそうになるのだ。

 

 反対に隊長のUMP45はそれらに動じず、極めて冷静に下水道をすいすい進んでいく。

 416が知る限りでは彼女もこういった虫の類は苦手であったはずだった。

 おそらく内心ではおっかなびっくり進んでいるのかもしれないか、あるいはスイッチを切り替えて動じないようにしているのか…。

 UMP45が確認のため足を止めれば、地面を這う虫やゴカニに似た生物が足から這い上ってくる。

 環境汚染による突然変異のせいか何なのか、図鑑で見るよりも巨大化し一層気持ち悪さを増した虫たちの群れに416は発狂寸前だ。

 

 やがてUMP45は天井から微かに光がさす場所で立ち止まる。

 

「ここよ。よく声を出さずに我慢したわね、えらいわ」

 

「あんたがビビらないのに、私だけビビるわけにもいかないでしょう?」

 

 強がっているが、その声は震えており、416のそんな仕草にUMP45はクスッとと笑う。

 

「良い判断ね。こういう誰も足を踏み入れないような場所には、時々恐ろしいものが潜んでる時もあるからね」

 

「恐ろしいもの?」

 

「そう。人間でも、人形でもない恐ろしいものよ…さ、行きましょう。もうこんな場所うんざりだしね」

 

 袖にまとわりついたムカデをナイフの刃先で払落し、UMP45はマンホールの外へと通じる梯子を昇っていく。

 一足先に出たUMP45の手を借りて一気に外部に出ると、416はすぐさま深呼吸を繰り返し、汚れた空気を自身の肺から追いだしていく。

 それでも衣服にこびり付いてしまった悪臭はどうしようもない。

 おまけにまだよく分からない虫がはり付いているので、おそるおそるそれらを払っていく…そんなことをしているとUMP45はさっさと目的の高層ビルの中へと入って行くので、416は慌ててその後を追う。

 

「ねえ45、本当にここに9とG11はいるの?」

 

「9とG11の信号がここから出てるわ。きっと罠でしょうけどね」

 

「罠だとしたら、どうするの? まさかダクト管を通るとかは言わないわよね?」

 

「それもありだけど、普通に進んでいくの今回はベストね」

 

 そう言った矢先、UMP45はその場にしゃがみこみ床を観察する。

 

「至る所にトラップがあるから注意して。糸を切ったら、ドカン…だからね」

 

 通路を横切るように張られた糸を辿っていくと、仕掛けられた手榴弾を発見する。 

 慎重な動作でそれを握りしめ、糸による仕掛けを解いていく…それはまだ比較的簡単なトラップであろうが、敵の足止めには効果的なものだ。

 UMP45が先行し、罠や地雷の類を見つけ出し解除する。

 彼女が罠を解除している間は416が周囲を警戒…牛歩の進みだが、奇襲を受け撤退する事態になった時、罠を見落とし殺されるのを防ぐ狙いがあった。

 ただ解除しただけでは解除された跡をたどり位置を特定される危険があるので、罠の無害化だけを行いできるだけ罠を解いた痕跡を残さないようにする。

 

 そうして高層ビルを進んでいき、G11の信号を強く感知する場所にまでやって来る。

 場所は更衣室…UMP45はため息をこぼしロッカーの一つを開くと、小さな悲鳴をあげて隠れていたG11が転がり出てきた。

 

「この役立たず、9はどうしたの?」

 

「うぅ…怖かったよぉ…」

 

 泣きつくG11に、416はそれ以上厳しい言葉をかけられず呆れることしか出来なかった。

 

 G11が言うには、9を追いかけてここまで来たのはいいが、オオカミの群れに取り囲まれて集団で襲われ逃げ回っていたらしい。

 おまけに鉄血のハイエンドモデル"ハンター"の奇襲を受けてダミーリンクは全て喪失、命の危機になんとか逃走に成功して隠れていたようだ。

 

「呆れた。ハンターってAR小隊にやられたザコでしょ? 何をてこずってるのよ」

 

「そんなこと言わないでよ、本当に殺されると思ったんだから…!」

 

「まあまあ落ち着きなさい二人とも。とにかく9を助けるわよ、信号は上階から来てるみたいだしね」

 

 ケンカする二人をなだめ、再び高層ビルの上階を目指す。

 足音を立てず、彼女たちは無言のまま部屋を一つ一つ確認、警戒しながら進んでいく…こうも静かだと自分たちがつけられているのではと不安になり、G11は何度も背後を振り返る。

 オオカミに追い回され、ハンターの奇襲を受けた彼女は疲れ切ったような表情をしている。

 そんな彼女を416は無言のまま肩を叩き元気づける…。

 

「この階よ、9がいる…」

 

 階段を上ったところでUMP45は端末を確認した。

 9がいることを示す信号はすぐ近くにある、いまだ通信は繋がらないようだが…。

 

 そんな時、通路の奥の部屋からあのオオカミたちが姿を現した。

 咄嗟にUMP45は銃を構え引き金を引いた。

 何体かのオオカミは仕留めたが、上階の踊り場から一気に飛びかかってきたオオカミに彼女は弾き飛ばされる。

 

 

「いい加減邪魔よッ!」

 

 

 覆いかぶさろうとするオオカミを蹴飛ばし、その凶悪に開かれた口内へと銃弾を叩き込む。

 軍用の装甲人形と違い、民間向けに作られただけのロボットは比べるまでもなく脆い。

 それでもその牙は容易く肉を裂き、顎は人形の骨格を粉砕するだけの力は持っているので油断ならない。

 そんなオオカミがあちこちから姿を現し、狭い室内で素早い行動のできない404小隊へ容赦なく襲い掛かっていった。

 

「45ッ!」

 

 先頭を走るオオカミを撃ち殺し、その後にやって来ていたオオカミが足をとられ転倒した。 

 その隙に416はグレネード弾を射出し、オオカミたちを一網打尽に駆逐した。

 

「流石ね416! 一気に駆け抜けるわよ!」

 

 まだオオカミたちは続々と姿を現してはいるが、道が切り開かれているうちにUMP45は素早く進む。

 飛びかかってくるオオカミたちを走りながら撃ち殺し、信号のある部屋の扉を乱暴に開き入った。

 

「9ッ!」

 

 手錠をかけられ、目隠しをされた妹へと駆け寄ろうとした時だ。

 

 その瞬間、側面より凄まじい殺気を感じ取り、UMP45は咄嗟に銃を盾に鋭い一撃を寸でのところで防ぐ。

 

「ハンター…!」

 

 ハンターのナイフはUMP45の銃を刺し貫き、さらにもう一本のナイフが彼女に迫る。

 UMP45は思い切って銃を手放して退避し、自身もナイフを取り出す……そんな彼女を鼻で笑い、部屋の扉を閉めて施錠する。

 外では襲い来るオオカミの群れを退ける416とG11の銃声が響いている。

 

「ずいぶん姑息な真似をするわね、それに民生のオオカミロボットを使うなんてね。群れのボスにでもなったつもりかしら?」

 

「粋がるな、貴様は私の思い描いた通り仲間たちと分断された。お前一人で何ができるか見物だな」

 

 ナイフを鞘にしまい、ゆっくりとした動作で二丁の拳銃を引き抜く。

 ナイフ一本で本気のハイエンドモデルに勝てるほど戦闘力に自身があるわけではない…UMP45は視界の端に、UMP9の愛銃を捉え、それに向けて一気に走りだす。

 

「9、あなたの銃借りるわね!」

 

 走りざまに銃を手にし、スモークグレネードを手に取り、ハンターへ向けて放り投げる。

 それをハンターは空中で撃ち落として見せた。

 思ったような場所で炸裂はしなかったが、狭い室内で炸裂したスモークグレネードによって一気に煙が充満する。

 布で口元を覆うUMP45の裏で9がゲホゲホと咳きこんでいるが、致し方ない場面であるので我慢してもらう。

 そのままUMP45は煙に紛れハンターが立っていた場所へ駆け出した…。

 

 が、そこにハンターの姿はない。

 

「バカが…」

 

 声がして、即座にUMP45は走りだし自身もまた煙の中に紛れ込む。

 すかさず声のした方へと引き金を引き、ハンターもまた撃ち返す。

 お互い狙いも定めずおおよそで乱射し、周囲のデスクや窓ガラスが叩き割れる音が聞こえた。

 

 窓ガラスが割れたことで空気が循環し、徐々に煙が晴れていく。

 

 銃声が止み、不審に思うUMP45は銃を構えたまま視線をしきりに動かしハンターの姿を探す。

 しかし、煙が完全に晴れた時、部屋にハンターの姿はなく、戦闘で破壊されたデスクなどが散乱するのみであった。

 

「ゲホゲホッ…! 酷いよ45姉…!」

 

 激しくせき込む9が姉へ抗議するが、そんなことは聞いていられない。

 

 ハンターの姿はどこだ?

 どこに行った?

 

 デスクの陰を捜し、割れた窓から外を見下ろす。

 もしやと思い部屋の扉に目を向けたが扉は施錠され、閉じられたままだ…。

 考えられないが窓を叩き割って逃げたのか…そうとしか考えようがない、そう思い気を緩めた時だ。

 

 ガシャンと音が鳴り、彼女の目の前に排気ダクトの蓋が落ちる。

 

 しまった、上を見落としていた。

 それに気付き見上げた時には、排気ダクトから上半身のみを晒すハンターのナイフが振り払われていた。

 

 鋭利な銀色の刃が振り抜かれた直後、赤い鮮血がその後に続き吹きだした。

 

「45姉!? どうしたの45姉!?」

 

 9が必死で姉の名を呼ぶ声がする。

 

(9……しまった、喉を…!)

 

 UMP45は喉を真一文字に斬り裂かれ、そこからおびただしい人工血液を流している。

 声帯に位置する箇所を斬り裂かれたために彼女はまともに声を発することもできず、血をなんとか止めようと手で覆う。

 人形として首を少し斬り裂かれ、多少の血液を喪失した程度で死ぬことは無い。

 ただし、声を奪われた影響は非常に大きい。

 

「一瞬の気の緩みを待っていた、お前ほどの人形が油断するとは情けない」

 

(クッ…ちくしょう…)

 

 声を放とうとするたび、首の傷口から気泡の混じった血が吹きだす。

 

「狩人と獲物は対等だ。狩人が獲物を狩るときもあれば、獲物が狩人を仕留め返す事もある。狩りとは原始的な命の奪い合い、駆け引きに他ならない。標的を追い、時に誘導する。自身にとって最高の力を発揮できる場所にまで誘導し、圧倒的有利な環境で全力をもって仕留める……あの男、グレイ・フォックスに教わったことだ」

 

(グレイ・フォックス…! あの男か…!)

 

「さて、そろそろか…?」

 

 ハンターが視線を扉へ向けたと同時に、爆発によって扉が破壊され傷だらけの416が息を乱し部屋へと入り込んできた。

 

「見つけたわよハンター! あんたのバカ犬どもは始末した、今度こそあんたも終わりね!」

 

「いいや、終わるのは貴様らだよ」

 

 そう言って、あろうことかハンターは窓を突き破り外へと飛び出した。

 急いで窓際に駆け寄ったUMP45が落下するハンターを見た時、彼女は笑みを浮かべその手にリモコンのようなものを握っていた。

 

(爆弾だ!)

 

 咄嗟に振り返り叫ぼうとしたが、喉を斬り裂かれた彼女は言葉を発せず、代わりに血を吐きだす。

 だが、416は意図を察し、すぐさま行動に出る。

 

 

 

「ハハハ、ジ・エンドさ」

 

 

 

 落下する最中、ハンターは起爆装置のスイッチを押し、間髪入れずに先ほどまでいた部屋が大爆発を起こし、爆炎が窓ガラスを吹き飛ばす。

 地上に叩き付けられる前にハンターはワイヤーを建物に絡め、落下の勢いを殺し地面に着地する。

 

「404小隊、呆気ないものだ」

 

 黒煙が吹きあがる高層ビルを眺めつつ、ハンターはつまらなそうに呟いた。

 上官であるウロボロス、そしてグレイ・フォックスからのアドバイスにより入念に準備して待ち構えたが、正直上手く行き過ぎたためにやりがいを感じることは無かった。

 ひとまずは任務成功、そうハンターは思い報告のため通信装置を開こうとしたが…。

 

 

「死体の確認もせずに成功報告か? ダメダメそういうの、少なくとも処刑人様はくたばった相手の面を見るまで満足はしねぇ」

 

「……処刑人」

 

 

 暗がりから、不敵な笑みを浮かべながら彼女は姿を現した。

 月明かりに照らされ、この暗闇の中で彼女の白い肌だけがくっきりと見える。

 

 

「404小隊なんてどうなろうが知ったこっちゃない。少なくともあの灰色鼠とムカつくM4もどきにお前がやられなくて安心したぜ。なあハンター、もう色々めんどくせえからよ……一先ずお前をぶちのめすことにする。込み入った話しはその後にすることに決めた」

 

「お前はウロボロスの敵だな、容赦はしない」

 

「おう、こっちも全力でやるから覚悟しろよ。ぶちのめした後ゆっくり話すからそのつもりでな」

 

 腰を落とし、ブレードを肩に担ぎ、片手を地面につける。

 一撃に重きを置くエグゼの独特の構えに、ハンターも銃を引き抜き身構える…。

 

 

 満月は赤みを帯び、狩人と処刑人を照らす。




416「下水の虫とか嫌ァァッ!!」
UMP45「だったら食えばいいだろう!」(謎理論)


次回…今度は鬱展開にならないと信じたい。
幻肢痛からエグゼは解き放たれるかな?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。