「ハンターが、やられたか……随分呆気ないものだな」
鉄血司令部の一室にて、一般兵より持ちこまれたハンター敗北の知らせをウロボロスは冷めた態度で受け止める。
最近感情の起伏が激しく、平気で部下を八つ当たりに破壊するウロボロスの前でその兵士は緊張した様子で直立する。
ウロボロスが手で追い払うような仕草を向けると、その兵士は足早にその場を立ち去っていく…。
「まあ、所詮処刑人と同じレベルのハイエンドモデルだ。いくら優秀な師がいても、素質が無ければどうにもならんものだよな。フォックスよ、おぬしが気に病むことはないさ。おぬしという最高の師より鞭撻を受けながら成果を出せぬ奴が悪いのだ」
ウロボロスは額に手を当てながら、ケタケタと笑う。
代理人より厳しい叱咤を受けて以来、ウロボロスの精神状態はとても不安定なものとなり、時間が経つごとにそれは酷くなっていた。
ウロボロスは自身とアルキメデスを狙いやってくるであろうビッグボスとの邂逅を楽しんでいるかのような口ぶりであったが、彼女が内心ビッグボスに対し恐れの感情を内包していることをグレイ・フォックスは見抜いていた。
電脳空間で幾度もビッグボスとその師ザ・ボスをモデルとしたAIと果てしない戦いを経験したとはいえ、現実世界でのビッグボスの強さと脅威を、その身体で体感してしまった。
自身の生まれから高い自尊心を持つ彼女だが、現実のビッグボスを目の当たりにした今、彼女は自身の力に疑問を感じつつあった…。
そんな時、彼女の元へ来訪者が訪れた。
音もなく現われたその人物に咄嗟にグレイ・フォックスはブレードの刃を首筋につきつけたが、相手が同胞の鉄血人形だと分かると静かにその刃を下ろす。
「ずいぶん辛気臭いところに引きこもっているな」
「アルケミスト…おぬしがジャミング装置の回収をしに来たのか?」
「ああ、お前のせいで折角の休暇が台無しだ。それで、戦況はどうなってる?」
「フン、ハンターがやられたところだ」
「ハンターが? ほう、そいつは痛いね…」
アルケミストの目が一瞬鋭くなったことを、ウロボロスは見逃さなかった。
だが彼女はすぐに薄ら笑みを浮かべ、司令部の端末に映るエリアのマップに目を向ける…。
多くの部隊がこのエリアに展開されているが、いくつかの部隊はグリフィン側の部隊と交戦状態であり場所によっては劣勢となっているようだ。
「なるべく早く駆け付けて良かったよ。のんびりやって来てたらジャミング装置が奪われていたところだ」
「アルケミスト、どういう意味だ…?」
「そのままの意味だよ。この勝負、お前の負けだな」
「まだ勝負は続いておるわ! グリフィンの雑兵部隊など大した脅威ではない、ビッグボスを打ち倒し次第すぐにでも駆逐してやる!」
「ハハハ、まだそんなことが言えるとは少しは根性があるんだな」
「おぬし、この私をおちょくっておるのか?」
「だったらどうするんだ?」
アルケミストの見え透いた挑発に、ウロボロスは苛立ち、睨みつける。
「言い忘れたが、あたしが回収に来たのはジャミング装置だけじゃない。お前の勝手な権限で動員された部下たちも回収する」
「なんだと…! ふざけるなよ、今部隊を引き抜かれたら戦線が崩壊するであろうがッ! おぬしにそんな権限など―――」
「代理人の指示さ……お前どうしようもないバカだな、よりによって代理人を怒らせるなんて。お前はしくじっちまったのさ……我々鉄血としてはMSFと事を構えるつもりはさらさらないんだよ。代理人がお前に望む事は、この場でビッグボスの手で抹殺されることだ」
「殺されることがだと…! ふざけるな、何故私が死なねばならん!」
「だったらビッグボスを殺し、MSFを壊滅させて見ろ。お前如きにできるか? 奸智に長けた代理人が戦うことを避ける相手だ…無理だよな、お前にはよ? あたしらはここでお前と縁を切る、せめてもの願いは逃げずにビッグボスに殺されることだ」
「なぜだ、何故私がこのような目に合わねばならんのだ! 代理人だ、代理人と話しをさせろ!」
いくら代理人の指示を破ったからとこのような処遇は重すぎる、そう不服を申し立てるウロボロスに、アルケミストは中指を立てて拒絶した。
「お前なんだろ…ハンターのAIを初期化しやがったのは。仲間を踏みにじる、一番やっちゃいけないことをやっちまったなお前」
「裏切り者の処刑人を抹殺するためだ、気心のあるままでは戦えぬだろう! それに奴は…」
「ハンターはいい奴だった、アイツがどれだけ長い時間をかけてあそこまで成長したと思ってる。お前はあいつが積み上げてきたものすべてを消したんだ。お前はあたしらの仲間を、家族を奪った……本来ならあたしがこの手でお前を殺してやりたいところだ。まあ、もうすぐお前も終わるさ」
アルケミストは怒りを鎮め、戦場を俯瞰するモニターへ目を向ける。
もうすぐウロボロスにとっての死神がここへやってくるだろう…。
「蠱毒から生まれたのはただの毒蛇だったみたいだな…。まあ今回の失態は代理人の側にもあるがな…あばよウロボロス、二度と会うこともないだろうがね」
アルケミストは最後にそう言いその場を立ち去っていく。
「グレイ・フォックス、アンタがこの女に従ってる理由がいまいち分からないね。もう命を拾ってくれた恩は十分だろう? こいつを捨てても、誰もお前を責めないぞ?」
アルケミストの問いかけに、グレイ・フォックスは無言のままであった。
やがて興味が失せたかのように、アルケミストは二度と振り返ることなく司令部を立ち去っていった。
来訪者が消え、二人だけとなった静かな司令部に、小さな笑い声が響く。
その笑い声は徐々に大きくなり、やがては狂気的な高笑いへと変わっていった。
笑い声の主、ウロボロスはひとしきり笑った後、獰猛な笑みを浮かべ司令部のモニターを叩き割る。
「なんだこれは、なんなのだ? 忌々しい電脳空間から解放されたと思えばこれだ……いいだろう代理人、だがな、糸の切れた人形がただ崩れ落ちるだけだと思うなよ。私は、おぬしの思い通りにはならん! ビッグボスをこの手で殺し、正統なる蛇として生まれ変わってやろうではないか」
ウロボロスが司令部の端末を操作すると、基地全体が大きく揺れる。
すると、司令部に残骸のように横たわっていた装甲人形が起動し始める。
軍用人形として生み出された装甲タイプは直接ウロボロスの指揮下にあるため、代理人の権限をもってしても動かすことはできない。
失った鉄血兵の代わりに、装甲人形の大部隊が動き始める。
「今の振動は何だ?」
「分からん、ウロボロスが何か仕掛けたのかもしれん。ボス、先を急ごう」
エリア全体が揺れ動き、不安に駆られたスネークとオセロットは先を急ぐ。
廃墟に展開されていた鉄血の部隊はある時戦闘を放棄し、皆一斉に戦場から離脱していった…何かが鉄血側の内部で起こったのだろう。
そんな時、二人の前に複数の装甲人形が立ちはだかる。
盾を構え機敏な動きで接近する装甲人形を、スネークは対装甲用に徹甲弾を装填したM60軽機関銃の連射で破壊する。
「オセロットッ!」
さらに街路の端から姿を見せた装甲機械兵"ニーマム"。
だが、オセロットは素早く反応し、射撃体勢に入ったニーマムの砲身へリボルバーの速射を叩き込み、内部で爆発を起こさせて破壊する。
伝説の傭兵ビッグボスと、彼のライバルであり伝説の英雄を母に持つオセロット…この二人を止めるには装甲タイプといえど力不足だ。
「ボス、何か来るぞッ!」
オセロットは凄まじい速さで接近する気配を察し、ホルスターにしまっていたリボルバーを取り出して引き金を引く。
放たれた銃弾は、接近する何かによって弾かれ、それは姿を現す。
「フランク!」
フランク・イェーガー…いや、グレイ・フォックスは二人の前に姿を現すと、静かにブレードを構える。
「なぜだ、なぜお前はウロボロスに協力する」
「私的な理由だよ、ビッグボス。お互い…小娘人形の世話に手を焼かされているようだな」
「誰が小娘人形だッ!」
ウロボロス、姿を見せた彼女にオセロットは銃を構える。
オセロットとウロボロスはここでの顔合わせが初であるが、ビッグボスとよりによってザ・ボスのAIをもとに強化されたと聞かされていたため、その存在は許容できないものだ。
「これがボスの紛い物か」
「おぬしの事は知っておるぞ、オセロットよ。おぬしの諜報活動のせいでMSFの機密を入手することはついに敵わなかった」
「お前のような小娘に出し抜かれたんだ、オレもまだまだだな。お前はボスを超えようとしているらしいが、教えてやる、お前はボスの足元にも及ばない。ザ・ボスにもな…」
「ならば実戦で証明しようじゃないか。結局のところ、最後まで立っていたものが勝者であるのだ。スネーク、10分だ…20分後にアルキメデスは発射される。標的はグリフィン司令部、おぬしらの前哨基地…そしてここだ。
わたしはおぬしを超えねばならんのだ…わたしを見下した全ての者に、私の力を見せつけてやるッ!」
「さぁ決着をつけようじゃないかビッグボス! 最後まで立っていたものが、真の蛇となるのだ!」
難産だった…クライマックスが難しい。
次回、3章最終話!
次は少し休んで投稿します…。
逸る4章への衝動を抑えなければ…。