METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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狂気マシマシ


ジャンクヤード編:クレイジーワールド

「トリック・オア・トリート、トリック・オア・トリート、トリック・オア・トリート、トリック・オア・トリート…」

 

 ブツブツと同じ言葉を何度も口ずさみながら、ヴェクターはジャンクヤードを歩いて回る。

 その左手には、千切られた人形の足が握られており、ズルズルと引きずっているためヴェクターが通って来た道には赤い血痕が残されている。

 

「トリック・オア・トリート、トリック…ア・トリート、トリッグ……トリー…トリック……ア、トリー……ト」

 

 さ迷い歩くヴェクターの動きがぎこちないものへと変わり、喉から発せられる声も雑音まじりの不可解な音声に変わった。

 正常な動作で動けなくなったヴェクターはその場で停止し、数十秒同じ体勢のまま立ち止まる……やがてその目に光が戻り、また自然な動作で動き出すのだ。

 

「あ、ヴェクターみつけた」

 

 頭上から聞こえてきたその声に反応し、ヴェクターが真上を見上げた時には、純白のウェディングドレスを纏ったFALが自身めがけ飛びかかっているところであった。

 ろくな反応もできずに、ヴェクターはFALに頭を蹴り飛ばされ、背後の壁に叩き付けられる。

 

「トリックオア…トリート…FAL、ウェディングケーキ持ってるでしょう?寄越しなさい」

 

 よろよろと起き上がるヴェクターの足を撃ち抜き、崩れ落ちた彼女の元へ微笑みを浮かべたまま歩み寄る。

 そのままFALは倒れ伏したヴェクターに馬乗りになると、銃を地面に置き、代わりにどこからともなく大きなグルカナイフを取り出した。

 

 

「甘えん坊さんね…あなたがウェディングケーキになるのよ」

 

 

 慈愛すら感じさせる温かな笑みのもと、FALの禍々しい凶刃がヴェクターの顔面めがけ振り下ろされる。

 

「あ…ガッ……!?」

 

「夫たちよ。妻を愛しなさい。つらく当たってはいけません。同じように、夫たちよ。妻が女性であって、自分よりも弱い器だということをわきまえて――――」

 

 涼し気な声と表情で、FALは聖書の一節を読みあげる。

 その間何度も何度も、FALはヴェクターの身体にグルカナイフを振り下ろし、顔や胴体を滅多切りにしていく…。

 ナイフを振り下ろす度にはね返る返り血で、純白のドレスはあっという間に真っ赤に染まる。

 息も絶え絶えのヴェクターが震える手を伸ばした時、FALはその腕を地面に押し付け、ひじの辺りに狙いをつけてナイフを振り下ろす。

 鋭利な刃はヴェクターの腕を容易く切断し、おびただしい出血で狭い空間をあっという間に血の海に変えた。

 

 

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません……今日は一番大事な日、お祝いありがとうねヴェクター。あら、でもまたダミーみたいね…本物はどこにいるのかしら?」

 

 

 FALは殺したヴェクターがダミーだと知り、困り顔できょろきょろと周囲を見回す。

 それから原型が無くなるほど滅多切りにしたダミー人形(vector)の血を指に絡め、そっと口紅を引くように自身の唇を赤く染めた。

 

「Dear未来の旦那様、一体わたしの伴侶はどこにいるのかしら? 花嫁修業の道のりは遠いわね」

 

 ダミー人形の惨殺体を引き摺り、FALはおめでたい結婚式の歌を口ずさみながらその場を立ち去っていった…。

 後に残されたのは、斬り刻まれたダミー人形の肉片と血だまりのみ…FALが立ち去ってから数十秒後、廃棄物の中からM950Aがそっと顔を覗かせて辺りを警戒する。

 

「行ったみたい、ついてきて」

 

M950Aが物音を立てないようゴミ山の中から這い出ると、後に続くようにスネークとスコーピオンの二人が這い出る。

 しばらく銃声が鳴り止んだかと思ったが、先ほどのFALとヴェクターの殺しあいを機に、あちこちで銃声が鳴り響き狂ったような高笑いが響き渡る。

 

「そろそろ事情を説明してくれてもいいんじゃないの?」

 

「もう少し待って、今は長話してる場合じゃない」

 

「さっきからそればっかりじゃん…」

 

「とにかく、命が惜しければ私の指示に従って」

 

 説明を求めてもM950Aは大した説明もせず、時折腕時計を気にする様子は何か時間稼ぎをしているかのようにも見える。

 説明不足と不審な行動でスコーピオンも彼女を怪しく思うようになるが、今のところ神出鬼没に現われる狂った戦術人形から助けてくれてはいる。

 

 付近で激しい銃声が鳴り響き、彼女は咄嗟に身をかがめた。

 

「この銃声はネゲヴだ……相手は、誰だろう?」

 

「もう、いい加減説明してよ! 何が何だか全然分からないよ! あいつら一体何なのさ!?」

 

「長くなるから簡単に言うよ…みんな前はこんなんじゃなかったんだけど、いつからかちょっとずつおかしくなったんだ。最初は会話がかみ合わなかったり些細なことだったんだけど、日を追うごとに酷くなっていってさ…」

 

「それで、なんでアンタは無事なの? あんたも実はあいつらと同じで、おかしくなってるってことはないよね?」

 

「それは…信じてもらうしかないよ。あんなんでも、私の仲間だったんだ…仲間を人殺しにしたくないんだよ」

 

「アンタが嘘ついてるようには見えないけど、うーん…」

 

「もういいスコーピオン、これ以上彼女を疑う必要はない。M950A、お前…さっきから時間を気にしているな、それは何の意味があるんだ」

 

「あ、あぁ。そういえば言ってなかったね、それは――――」

 

 その時、頭上から何かがM950Aの目の前に落下し、べちゃりと気味の悪い音がなった。

 落ちてきたのは先ほど惨殺されたダミー人形(vector)の下半身。

 M950Aの顔からサッと血の気が引き、恐る恐る真上を見上げると、血にまみれたウェディングドレス姿のFALが優し気で、しかし不気味な笑顔で覗きこんでいた。

 

「みーつけた」

 

「に、逃げて…!」

 

 咄嗟に逃げようとしたM950Aに、FALは飛びかかって押し倒す。

 その首にグルカナイフの刃をつき付け、FALは微笑みを浮かべたままとても愛おしそうに彼女の頬を撫でた。

 

「久しぶりねキャリコ、元気だったかしら? みんな寂しがってたわよ?」

 

「や、やめてよFAL…お願いだから…!」

 

「怖がることは無いわ、あなたと私は仲間でしょう? いいのよ怖がらなくても」

 

 FALのナイフを握る手に力が入り、刃先が触れたM950Aの首筋にうっすらと赤い血の線が浮かぶ。

 

 FALが穏やかな声で語りかけいとおしそうに頬を撫でる姿は優しさすら感じられるが、一方で彼女が握る刃は今にもM950Aの首を斬り裂こうとしている。

 その異常な光景にスコーピオンの身体は硬直し、言いようのない恐怖に身を震わせていた。

 

 

「ねえキャリコ、私の赤いドレスに、あなたの血も欲しいと思ってるの。いいわよね?」

 

 

 殺される…ナイフを首につきつけられたM950でさえもそう思ったその瞬間、咄嗟にスネークがFALのナイフを握る腕を掴みあげる。

 その隙にM950Aは拘束から逃れ、FALから距離を離した…。

 

 獲物を逃したFALはゆっくりと首を回し、スネークを見つめる。

 FALの表情に、先ほどM950Aに見せていたような笑顔はなく、一切の感情が読みとれない顔はまるで蝋人形のようであった。

 彼女のゾッとするような無表情にスネークも気圧されかけたが、空いたもう片方の腕が動きだしたのを見逃さず、FALの腕をひねりあげて転倒させた。

 

「なんなんだ、こいつは…!」

 

 得体のしれない狂気が、スネークに危機感を抱かせる。

 スネークと対峙した時と同じく、無表情のままFALは起き上がると、地面に座り込んだままスネークをじっと見つめだした。

 何かするわけでもなく、感情の無い表情で延々と見つめる…それが酷く不気味で、その場にいる誰もが恐怖を感じていた。

 

「見つけた、未来の旦那様…」

 

 やがてFALの表情が、ゆっくりと笑顔に変わり頬を紅潮させる。

 上気した表情で座り込み、血にまみれた真っ赤なウェディングレスを纏う姿は扇情的で妖艶で、そして恐ろしかった…。

 

「今日が一番大事な日…ねえ、名前を聞かせてくれる? あ、ごめんなさいね、人に名前を伺う前に自己紹介をしないのはとても失礼よね。私はFAL、IOP社製の戦術人形よ。私、あなたを一目見た時に熱いものを感じたわ…そうね、まるでそれは溶鉱炉の火のように真っ赤に燃えて、それでいて激しいのよ? そうだ旦那様、わたしたちの子どもはどういう風に育てようかしら? 理想は男の子と女の子の二人が欲しいわよね…男の子はあなたで、女の子は私に似るの、素敵よね。私古風な街並みに憧れてるの、海岸沿いで涼しい潮風が吹くところがいいな。休みの日にはね、あなたと私、それから子どもたちと一緒に砂浜を散歩するの。あのね、私あなたに謝らなくちゃいけないことがあるの…実は前に海に行った時、男の人に声をかけられちゃったのよ。いえ、違うわよ、自分から声をかけられにいったわけじゃないの……でも、あなたがもしそういう場面見たら…嫉妬してくれる? 嫉妬してくれたら嬉しいな…フフ。ねえあなた、今日は天気もいいし折角だから公園にでも散歩に行かないかしら? ちょっと時間を貰えればお弁当も用意するわよ。あなたは何か食べたいものはあるかしら? わたしはなんでもいいわよ、あなたが好きなお料理はわたしも好きですもの。公園をお散歩したら、二人で教会に行きましょう? そこで永遠の愛を誓いあうの、末永く幸せに、良い伴侶となれるよう神さまの前でお祈りをするの。ねえあなた、あなたのお名前を聞かせてくれないかしら?」

 

 

 ニッコリと微笑みFALは手を差し伸べる。

 愛くるしい表情で近寄ってくるFALのただならぬ様子に、スネークは後ずさる。

 

「スネーク、こいつなんかヤバいよ!」

 

 怯えた様子のスコーピオンが震える手でスネークの服を掴む…その様子を見たFALは表情を一変させ、怒りを露わにする。

 

「なによその女…私という存在がありながら、信じられない! 私の前で堂々と浮気ってどういうことよ!?」

 

「待て、何を言ってるんだお前は!?」

 

「私はあなたがどう生きようと何も言わないけれど、私以外の女と一緒にいられるのは嫌なの! ねえあなた、その女殺してよ! 私の事を愛してくれてるんでしょう? だったらできるわよね、殺して? ねえ、その女殺してよ、ねえ…ねえ…ねえッ!」

 

 

 激高したFALはグルカナイフを逆手に持ち構え、勢いよく飛び出した。

 狙いをスコーピオンただ一人に定め、声を荒げ襲い掛かるが、スネークは二人の間に立ちはだかるとFALの凶刃を防ぎ、足をかけて地面に叩き付けた。

 

「どうして…私は、こんなに愛してるのに…どうしてよ…どうしてよッ!」

 

「くっ、キリが無いな!」

 

 すぐさま起き上がり組みついてきたFALを再度組み伏せ、首に手を当てて地面に押し付ける。

 苦しみにもがくFALであったが、不意に抵抗を止めたかと思うと、首を絞めるスネークの腕に自身の手を重ね合わせたではないか。

 

「いいわ、殺しなさい…。あなたに殺されるなら、本望よ…あなたが私を殺せば、私はあなたの心の中で永遠に生きられるもの…さあ殺して、そして永遠に私を愛してよ…」

 

 首への圧迫に苦悶の表情を浮かべるFALであったが、その中で涙を浮かべどこか満たされたような表情でスネークに一切を委ねている。

 だがFALの一人舞台にスネークは付き合うつもりはない。

 少し力が緩んだすきに首から手を離し、すぐさま距離をとる…。

 

 

 その時、広大なジャンクヤードにカランカランと、鐘の音色が鳴り響く。

 

 その音を境に、先ほどまでジャンクヤードのあちこちで響き渡っていた銃声が鳴り止み、辺りは静寂に包み込まれる。 

 鐘の音色を聞いてか、それまで狂気的な言動をしていたFALも落ち着いた様子で立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回している。

 

 

「FAL、ここにいたのか? ご飯の時間だぞ」

 

「あらMG5、いま行くわね。今日はあなたの当番よね」

 

 

 現われたMG5と挨拶を交わし、差し伸べられた手を取りFALはジャンクヤードの上階へと這い上がっていった。

 そこへそれまで殺しあいを続けていたヴェクターやネゲヴも集合し、楽し気に談笑しつつこの場を立ち去っていく。

 さっきまで殺しあいをしていたとは思えないほどの、ほのぼのとした様子……だが4人とも返り血を浴び、何人かは片腕が千切れていたりしているが、痛がっている素振りは見せていない。

 異様な光景に、スネークは立ちすくむことしか出来なかった…。

 

 

「ふぅ…やっと終わった…」

 

 緊張の糸が切れ、安堵のため息をこぼすM950A。

 同じようにスネークとスコーピオンも緊張が解けたところで、多くの疑問をM950Aに答えてもらわなければならなかった。

 

 

「いいよ、説明してあげる。でも、私自身もあんまり理解してないこともあるから…そこのところは了承してね。まずは場所を変えようか。近くに小さな町があるんだ、そこのバーで話しをしようか。しけたところだけど、飲み物もあるからね」

 

 

 




引き続きホラー回、何故こうなった…(困惑)
発狂大佐が降臨してるのかなぁ。

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