METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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そして教え子は師に並び立つ

「ありゃ、今日もお休みか」

 

 マザーベース内、居住エリアの一画にあるカフェの扉には"close"の札が下げられており、カフェの中は照明が消されて真っ暗であった。以前ならスプリングフィールドが非番の時に、カフェを開いてMSFのスタッフや人形たちに憩いの場を提供していたのだが、しばらくカフェは開かれていない。

 

「この間の懇親会で会ったきりだよな。それも早々に帰っちまったし…訓練するのもいいけど、そろそろあいつのコーヒーとスイーツが恋しくなってきたぜ」

 

 もしかしたらと思いカフェを訪れたスコーピオンとエグゼであったが、数日前に訪れた時と変わらず、カフェは閉まったままであった。

 

「あいつ飯ちゃんと食ってんのかな? マザーベースにも前哨基地にもいないんだぜ?」

 

「エイハヴがどこまでスプリングフィールドに教えてるか、だよね。でも噂じゃ、相当厳しい訓練を受けてるみたいだよ?」

 

「聞いたよ、特殊部隊も真っ青な過酷な訓練だって? あの優しいスプリングフィールドがね、よくやるぜ」

 

 現在スプリングフィールドはエイハヴの訓練を受けているらしいのだが、噂によれば新兵が聞けば気絶しベテラン兵士も躊躇するほどの過酷な訓練を受けているようだ。以前、訓練を終えたと思われたスプリングフィールドが前哨基地に帰って来た時には、全身泥だらけで疲労により宿舎に帰るなり死んだように眠りについていた。

 その様子を見た仲間たちがエイハヴに訓練内容を和らげるよう抗議したのだが、それはスプリングフィールド自身に拒否される。

 

 "自分の弱さを克服したい"

 

 彼女のそんな言葉を聞いて以来、以後二人の訓練に口を挟む者はいなくなった。

 

「ま、スプリングフィールドもああ見えてタフだからきっと大丈夫だよ」

 

「それもそうだな。そう言えばスコーピオン、オレが教えた技を試してみたか?」

 

「いや、試してないね。訓練でやったら死んじゃうもんね…敵にしかできないよ」

 

 

 そのままの足取りで二人はマザーベースの訓練場へと向かう。志願兵の増加と、新規に加入した人形とでマザーベースの訓練場もここ最近は手狭に感じる。今では訓練場は予約制であり、あぶれたものは陸地の前哨基地に足を運ぶしかない。

 その前哨基地も、新規加入の兵士たちの対応もあってなかなか思うような訓練は受けられない。

 兵士が増えたことは喜ばしいことだが、それに付随して訓練不足の兵士の増加はMSF全体の練度の低下が問題になっている。古参のスタッフが教官として志願兵たちを鍛えているが、以前のような精兵ぞろいのMSFからはほど遠いのが現状だ…せめて大きな訓練施設があれば、というのが現場で動く人間からの声であった。

 

 マザーベースの訓練場では最近加入した人形たちが、人間の兵士に混じって訓練を行っている。

 今日行われていたのはCQCの訓練だ。志願兵や戦術人形の中には近接格闘戦術の心得がある者もいるだろうが、ここではより高度な技術を身に付ける。

 古参のスタッフの他、マシンガン・キッドや9A91といったFOXHOUND隊員も駆り出されての訓練指導だ。

 小柄な9A91を嘲笑する者もいたようだが、大きな体躯の男を軽々投げ飛ばしたのを見て以降は、全員真面目に講義を受けているようだ…。

 

 

「なんか懐かしいな。エグゼがMSFに来る前くらいだけど、あたしらオセロットにびしばししごかれたからさ。以前のあたしらを見てる気分だよ」

 

「そんで今の今までCQCは上手くなっちゃいねえって、笑えんだろ。ま、お前にはもっと別な格闘術を教えたから大丈夫だろ」

 

「あたしのタフさはCQC殺しだからね!」

 

 無邪気に笑って見せるスコーピオンだが、実際彼女はCQCを身に付けた兵士たちにとっては天敵といえる存在だ。いくら投げ飛ばしても起き上がってくるし、脳天から叩き落してもビクともしない。以前ウロボロスにやられて以来、ますますタフさに磨きがかかったようにも思える。

 そんなスコーピオンにエグゼ自身が教えた格闘術も相まって、現在は組み手においてはほぼ無敗だ。

 

 そしてスコーピオンとは対照的に、初期よりCQCの技術に磨きをかけ続けた者がいる。

 オセロットの一番弟子であり、スネークとオセロットを除けば間違いなくMSFの実力者ランキングトップに食い込む勢いのWA2000だ。食事と就寝時以外はほぼ訓練を行っていると言っていいほどだ。元々素質もあっただろうが、血のにじむような努力が今日の強さにつながったのは間違いない。

 

「ヘヘ、またオセロットとCQC訓練だ。動きもさまになったもんだよな」

 

 戦闘力においてはスネークに次ぐ実力者であるオセロットと、そのオセロットの教えを受けたWA2000の格闘は不慣れな者から見ればまるで異次元の戦いに見えるかもしれない。

 以前までは一方的にやられていたWA2000も、今ではオセロットの素早い動きについて行っている。それでもまだまだオセロットの方が上手なのか、足を払われ床に身体を打ちつける。

 

 

「まだまだッ!」

 

 

 その度に、WA2000はすぐさま起き上がり再度組み手を申し入れる。熱意ある教え子に対し、オセロットもやりがいを感じているようだ。口には出さないが、訓練に真面目で素行も良いWA2000はオセロットの一番のお気に入りの生徒である。

 いつの間にか訓練場にいた者たちの視線が、二人の達人へと向けられていた。たくさんの視線を受けても二人は一切緊張感を損なうことはない。

 

 オセロットが訓練生にCQCの技術を見せるのはこれが初めてではない。

 だが、オセロットが本気を出して戦う姿を見るのはほとんどが初めてのことだろう。そしてそれは、彼の本気を引きだせるまでに成長したWA2000への称賛もあった。

 

 膠着していた中、先に動いたのはオセロットだ。

 

 予備動作の無い素早い動きは並の兵士には反応すらできない速度であったが、WA2000は見事に彼の動きを捉える。すかさずWA2000は捉えた手を払いのけ、腕を掴み彼の体勢を崩す。彼女の素早い反応に、オセロットの表情がわずかに歪む…。

 体勢を崩したオセロットの腕に右腕を絡ませ、WA2000は自身の身体をねじることで回転運動をかけ、オセロットの両足を床から浮かせて見せた。そのまま投げ飛ばされるかに見えたが、オセロットは宙に浮かされた際に身をひねり、まともに床に叩き付けられることを回避する……が、WA2000の技をかける速度が予想よりも速かったためか、片膝をついた状態で着地していた。

 

 

「す、すげぇ…」

 

 

 いつの間にか二人の戦いに見入っていたいたエグゼが思わずそう呟いた。周囲の観衆たちもおそらく同じに思ったことだろう。

 

 しかし戦いはまだ終わっていない。

 片膝をつくオセロットに駆け出し、WA2000の素早い蹴りが彼の側頭部を狙う。それは難なくかわされたが、追撃として鞭のようにしなる回し蹴りが放たれたとき、オセロットは咄嗟に腕で防いで見せる。まるで回避が間に合わず、咄嗟に防御をとったようにも見える彼の動きに、WA2000は好機と見て鋭い蹴りの連撃をオセロットに向ける。

 下段、中段、上段蹴り。鍛錬に鍛錬を重ねた彼女の蹴りは一発一発が必殺の一撃に匹敵する、それをオセロットは冷静にさばき、大降りになった一撃を捉えると、一気に攻め立てる。

 片足を脇腹で受け止め、素早い突きでWA2000を怯ませる。捉えていた彼女の足から手を離し、一気に肉薄すると、オセロットは彼女の腕と襟を掴み、彼女を背負い込む様に担いでそのままの動きで床に投げ飛ばす。

 人体が床に勢いよく叩きつけられる音が訓練場に鳴り響く。

 背面から打ちつけられた形のWA2000であったが、彼女はその場でもがくこともせず、オセロットの足を払おうと倒れた姿勢からの水面蹴りを放つ。

 

 惜しくもその蹴りは空を切り。お互い距離を保ち身構える。

 

 まだ決着はついていない……が、観衆から拍手が沸き起こると二人の熱気は急激に冷めていった。

 

 

「すげえなワルサー! いつの間にこんな強くなってたんだな!」

 

「流石だね、同期として鼻が高いよ!」

 

「なによ、見てたの? まったく、私を見ても参考にならないわよ?」

 

 

 観衆たちの称賛をさほど気にしていないかのように彼女は乱れた衣服を整える。

 惜しみない拍手の嵐がまだ続いているが、喜びを表現することもなく、むしろ鬱陶しそうに思っているようだ……それもオセロットがそばに寄ってくると、途端に顔を綻ばせるのだからかわいいものである。

 

「汗をかいたのは久しぶりだ。よくここまで成長したな、オレも油断していたらみんなの前で恥をかくところだった」

 

「そんな、わたしがオセロットに勝つにはまだまだよ」

 

「謙遜するな。オレが見てきた中でお前以上の逸材はいなかった、ある意味オレの見立ては正しかったようだ」

 

「初めて会った時は邪険にしてたくせに…ちょっと都合がいいんじゃないの?」

 

「フッ、あの時はオレも気が立ってたからな。悪かったと思ってる」

 

「あら、オセロットも素直に謝れるのね。いいよ、許してあげる」

 

 昔はよく粗末な扱いを受けて時々泣かされてたWA2000であったが、それも今は懐かしい思い出。

 汗を流すオセロットにタオルを手渡し、ほんのりと頬を赤らめて微笑むWA2000の図。美男美女の微笑ましいやり取りだ。

 

「おいスコーピオン、この二人見てたら殺意が湧いてきたぞ。殺っちゃっていいか?」

 

「やめときなエグゼ。遺体収容袋に詰められるのはアンタになりそうだから」

 

「なんでお前はそんなに余裕なんだよ……まさかテメェ、スネークに抜け駆けしたんじゃねえだろうな?」

 

「えー?なんのことかなー?」

 

「てめっ! いつだ!? この前二人で探索行った時か!? どこまでやったんだよ!? どうりで最近距離が近いと思ったら…ちくしょう、この裏切り者め! お前となんか絶交だバカやろう!」

 

 突如泣きわめき、訓練場を飛び出していったエグゼを、仕方なくスコーピオンが追いかける。

 相変わらず騒がしい二人にWA2000は呆れかえる。何やら裏切り者がどうとか言っているが、大抵飲んだ次の日くらいには元通りになってるのでさほど心配はしない。

 

「ワルサー、お前新参の人形たちを訓練してみないか?」

 

 オセロットの急な言葉に、WA2000は目を丸くする。

 

「え、どうしたのよ急に…」

 

「ここ最近は志願兵の増加で全体の練度の低下が問題になっているのは知ってるな? 部下を育てる優秀な教官が必要となっているが、人手不足でなかなかうまく言っていないのが現状だ」

 

「スネークやキッドも、訓練指導で今は忙しいもんね。でも、わたし上手くやれるかしら?」

 

「心配するな、お前には戦術人形の訓練を任せるつもりだ。同じ人形同士、訓練も見やすいだろう。それにいきなり任せるつもりはない、しばらくはオレも一緒に見てやるつもりだ」

 

「そっか……今度は私が教官か。オセロットの訓練を卒業しちゃうみたいで、ちょっと寂しいね…」

 

「成長の証だ、誇りに思え」

 

「そうね…そうよね」

 

 WA2000はうつむき、少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。それでも、顔をあげた時には未練や名残を振りはらい明るい笑顔を彼に向けていた。

 

「それで、わたしが教える人形は誰なの?」

 

 オセロットは"待ってろ"とだけ伝え、訓練対象の人形が記載された資料を持って来る。

 

「慣れるまでは分担して訓練を監督する。お前に見てもらいたいのは、M1919、Micro Uzi、StG44、IDWだ」

 

「了解よ。それで、あなたが見るのは誰なの?」

 

「あぁ。お前が慣れてくれば監督は任せるが、ひとまずはスオミ」

 

「イリーナからの依頼だものね、スオミはきちんと教えてあげなきゃね」

 

「あとは404小隊のG11」

 

「ちょっと待って、ちょっと、待って!? なんで404小隊が出てくるのよ!?」

 

「なんでも、なまけ癖のG11の根性を叩き直してくれと依頼があったらしい」

 

「オセロットってば、404小隊がマザーベースに来るのは反対してたはずでしょう!?」

 

「司令官のスネークと副司令のミラーが許可したんだ、決まった以上オレからはどうも言えん」

 

 嘘でしょ、と嘆くWA2000であったが、オセロットの言葉通り、組織のトップが認可した以上それ以上は何も言うことはできない。ただそれでいいのかMSF、とは思うことがある。

 

「それからガリル。こいつは野良の戦術人形だが、前哨基地に面接にきたらしい」

 

「IDWと一緒ね、どんな奴だったかしら?」

 

「これから知ることになる。最後の一人だが、最後の一人はコルトSA―――――]

 

 

ダメよッッ!!!

 

 

 突然のWA2000の大声に、訓練場にいた兵士たちは飛び跳ねるかこけてまわり、マザーベース中の海鳥が飛び立った。

 

「いきなり大声を出すな、なんなんだ?」

 

「いま、今なんて言おうしたのよ…!」

 

「コルトSAAだが?」

 

「やっぱり! どうりで、名前をいう時少し笑ってたような気がしたから…嫌な予感がしたのよ…!」

 

「よく分からんが、このメンバーで――――」

 

「ダメよ! いいわ、わたしが全員訓練します!」

 

「おい、何を言って――――」

 

「オセロットは補助だけをお願い! 間違っても、特定の戦術人形(・・・・・)を贔屓してみないこと! いいわね!?」

 

「お前オレにいつから命令するように――――」

 

いいわねッ!?

 

「あ、あぁ……」

 

 いきり立つ猫のように息を荒げるWA2000に、ただならぬ気迫を感じ、あのオセロットが引いた…。

 

 MSFの力の序列に変化が生じるかもしれない。




終盤書いてる時ニヤニヤが止まらなかった(笑)


さてそろそろ発動の頃あいですかね?

"ツン(ヤン)デレの狙撃手に死ぬほど愛されて眠れないオセロット"シリーズ(笑)

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