METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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マザーベース:飲んでも呑まれるな

 自分たちが暮らす家は綺麗な方が良いかと聞かれたら、誰だって綺麗な方が良いと答えるだろう。不衛生で汚い場所に暮らそうと思うものは決していないはずだ。

 広いマザーベースには洋上であるために海鳥が多く来訪してきては糞を落としていくが、それを放置していれば悪臭や雑菌の温床となって環境は悪くなってしまうだろう。そのため日常的にスタッフや人形たちが屋内を含め、マザーベースの清掃活動を行っている。

 そしてもう一人、マザーベースでは黙々とある設備の清掃行っている男がいる。

 

 司令官スネークよりサウナ一年間の清掃を義務付けられた副司令のカズヒラ・ミラーである。

 

 かつてそのサウナでは二人の大男による死闘が繰り広げられ、古参のMSFスタッフの間では伝説として語り継がれる戦いがあったが、新参の兵士や人形たちはそこで何があったのかは噂程度で聞くことしか出来ないが、ミラーが関わっているということでロクなことではないなというのが全員の予想だ。

 それはいいとして、仕事は真面目にこなすミラーのおかげでサウナは常に清潔に保たれている。熱く焼いた石に水をかけて蒸気を発生させるフィンランド式サウナは、訓練生として訪れていたスオミを大いに喜ばせた。それだけではない、血行促進効果を促すためのヴィヒタも取り揃えていることにスオミはとても感動していた…。

 マザーベースのサウナが今日まで大盛況なのはミラーのおかげということもあるのだが、事情を知らない者がほとんどなために、ミラーの努力はあまり知られていない。

 

 普段はミラーが一人黙々とサウナを掃除をしているところだが、その日はスコーピオンとキャリコの二人が掃除の手伝いを行っていた。もちろん三人とも普段着の格好で、何もやましいことはない…三人ともせっせとサウナの清掃を行っていた。

 

「ねえオッサン、この石もう交換した方がいいよね?」

 

「いや、近々新しい石が届けられるはずだからそれまではこのままでいいんだ。それよりビヒタの在庫はあったかな? あれも数が少なくなってきたと思うんだが」

 

「どうだったかな? 後で調べてみる?」

 

「オレが調べておくよ。それより、折角休みの日なのに手伝ってもらって悪いな」

 

「気にしないでよオッサン、夕方まで暇だったしさ。キャリコの方はどうなの?」

 

「あたしもちょうど手が空いてたからさ、別にいいよ。ここのサウナはあたしらも使わせてもらってるから、自分たちで掃除しないとね」

 

「ありがとな二人とも」

 

「いいってことよ」

 

 サウナは人間だけでなく人形たちにとっても憩いの場だ。MSFでは元々男性スタッフが多かったこともあって浴場とサウナは同じ空間にあり、なおかつ時間帯で男性と女性の入浴時間が分けられていた。今もそれは変わらず、女性陣から女性用の浴室を望む声が多々上がっているが、一度施設を作ったところに増設するのはとても難しい。

 何も計画はしていないわけではないが、他に優先すべき課題もあるため、この事は後回しになっている状態だ。

 

「そういえばオッサン聞いてよ、この間エグゼと一緒にサウナ入ってたらさ…あいつビヒタでおもいきりひっぱたいてきたんだよ。あたしも怒っちゃってさ、いつの間にかビヒタで殴り合いだよ。最終的にスネークに怒られるしさ」

 

「怒られただけで済んで良かったじゃないか」

 

「まあ、そうなんだけどね。そういえばオッサン、ここでスネークとやり合ったんでしょ? 何があったの?」

 

「うん?」

 

「あ、それあたしも気になる。なんか噂程度でしか聞いたことないけど…裸で殴り合ったとか」

 

「いや、まぁ…色々あったんだよ、あの頃は」

 

 キャリコまで興味を示し始めたそのネタに、ミラーは言葉を濁らせる。そんなことでは到底諦めないスコーピオンはいつの間にかサウナの掃除から手を離して、ミラーの昔話をほじくり回す。

 サウナでスネークと殴り合う、終いには屋外の甲板上で全裸での死闘…そこまではスコーピオンらも知るところであるが、肝心のケンカの理由というのは誰に聞いても分からないのだ。当事者のスネーク聞いても、笑って流されるだけだった。

 

「まあとにかくこの話しはまた別の機会にしよう。サウナも2人のおかげできれいになったことだしな!」

 

「うわ、流された。余程聞かれたくないんだね…まあいいや」

 

 逃げるようにサウナから出ていったミラーにそれ以上の追及はせず、スコーピオンとキャリコもサウナを出ていった。浴場は朝と昼の間に当番制で掃除を行うため、掃除は行き届いているので、三人は真っ直ぐに脱衣場へと向かう。そこで、ちょうどやって来たMG5と遭遇する。彼女はどうやらキャリコの事を捜していたらしい。

 

「ここにいたんだなキャリコ。副司令、すまないがキャリコを連れていってもいいか?」

 

「構わないぞ。キャリコ、手伝ってくれてありがとうな」

 

「どういたしまして、副司令。それで、どうしたのリーダー?」

 

 キャリコはぱたぱたとMG5のそばに駆け寄っていき、腰に手を回して背の高い彼女を覗き込む様に見上げた。ジャンクヤード組の他のメンバーにも言えることだがなんとも仲睦まじい関係だ、スコーピオンとWA2000とは比べる対象にもならない。まあ二人は険悪ではなく、お互いに意地を張ってケンカしているだけで本当は仲が良いのだが…。

 

「あれ、リーダー? 指から血が出てるよ…?」

 

「これか、さっき整理していた木箱の釘が剥き出しになっててな。大したことじゃない」

 

「ダメだよ、ちゃんと手当てしなきゃ…」

 

 MG5の人差し指から微かに血が出ている。キャリコはMG5の手をとったかと思うと、おもむろに血のついた指を口元まで運び咥えた。それはあっという間の出来事で、血を舐めとるとすぐに指を離したが、二人は妙に親密な様子で視線を交わす。

 

 

「ん?」

 

 

 違和感に気付いたのはスコーピオンだけではなく、ミラーも同じだった。マザーベースに来てから他のメンバーよりもだいぶ仲が良いとは思っていたが、もしやと思いジッと観察する。そんな視線を受けてか、MG5とキャリコは一旦離れその場を立ち去っていく。

 だがスコーピオンとミラーは見逃さなかった。

 自動ドアが閉まりきる瞬間、二人の手が絡み合ったのを…。

 

 ドアが閉まりきった後、脱衣所でスコーピオンとミラーの二人は何とも言えない表情でたたずんでいた。

 

「オッサン、あれは…」

 

「オレに聞くな。オレが発言すると、妙に勘違いする奴らが多いんだ…勘弁してくれ」

 

「今回はあたしが許す」

 

「分かった…あの二人は…できているな。いわゆる"百合"というものではないだろうか」

 

「ストレンジラブみたいなの?」

 

「アイツは過激派だ、一緒にするべきじゃない。まあ、うちでは色恋沙汰は個人の自由だ……問題はない。それより今日はありがとう、そういえば夕方から予定があるって言ってたな?」

 

「えっとね、エグゼも夕方は空いてるからって折角だから飲み会でもやろうかなって思ってさ。あんまり人は集まらないけどね」

 

「うちは娯楽もあまりないからな。いいんじゃないか?」

 

 スコーピオンも遊んでいるように見えて実は結構な働き者だ。戦場では危険な任務にも従事し、基地では新兵の訓練や資材整理の任務にもあたる。非番の遊んでいる時の様子が強烈すぎて、遊んでいるイメージしかないのは事実だが、上に立つ人間はスコーピオンの働く姿はきちんと評価している。

 休みの時でも、こうして善意でミラーのサウナ掃除を手伝ったり、案外働き者な一面がある。

 というのも"働いた後の飯と酒は美味い!"という彼女のモットーがあるからかもしれないが…。

 

 それはともかくとして、サウナ清掃を手伝ってくれた報酬として、ミラーから選別にワインを一本貰いスコーピオンは意気揚々と居住区へと帰っていく。

 ビール、ワイン、つまみのポテトにナッツ。飲み会の用意はできた、後はメンバーを待つだけである。

 夕方までスコーピオンはやることもないので射撃練習場に行って射撃訓練を行う。ちょうど訓練にやって来ていたヴェクターとスコアの勝負をして見事に敗北、射撃のコツを教えてもらう頃には約束の時間となっていた。

 

 

「よお、どこ行ってたんだお前?」

 

 部屋に戻るとそこにはエグゼがいて、先にビールを開けて酒盛りを初めてしまっていた。

 

「射撃場行ってヴェクターと競ってたんだけど、普通に負けたね。あたしもまだまだだね」

 

「そんなこと気にすんな。的当てが得意な奴より、怖いモノ知らずなお前の方がよっぽど頼りになる。それより、乾杯だ」

 

 軽く缶ビールを突き合う…この間の懇親会のような堅苦しい乾杯はない。糧食班の渾身の発明品ドリトスを開くと、スパイスの効いた良い香りが部屋に漂う。

 

「そういや9A91も後から来るってよ」

 

「へぇ、任務から帰って来てるんだ。ワーちゃんは?」

 

「知らね。噂じゃ新参のSAAにてこずってるとかなんだとか…あいつが今は一番忙しいのか?」

 

「かもね。スプリングフィールドは相変わらず山籠もりしてるし、404小隊はなんだか訓練見ててくれてるし。バルカンの内戦で一杯報酬貰ったみたいだし、しばらくは新兵訓練が優先事項なんだね。そういうエグゼの方は最近はどうなの?」

 

「こっちは問題ねえよ。部隊の増員は一旦止めて月光の運用だとか、山岳訓練だとかエリート部隊の育成に注力してる。ハンターの奴も最近手伝ってくれるようになったし、助かってるよ。あいつも誘ったんだけど、こういう場にはなかなか来てくれないな」

 

「でも、ちょっとずつ仲良くなってるよね。見てると分かるよ……そういえば9A91が来るとなると、酒足りなくなりそうだよね」

 

「ああ、そうだな。ワインも二人分しかねえし」

 

 おそらくこの場にWA2000がいればワイン750mlが二本もあれば十分でしょ! と怒鳴りつけていただろうが、この場に置いて二人の引き止め役となる人物は存在しない。余談だが、当初エグゼは酒はあまり好みではなかったらしいのだが、ストレンジラブによってAIを弄られて以降味覚(?)が変わったのか、無類のアルコール好きになってしまった。

 おかげで休みが合えば酒を手に飲んだくれる姿があちこちで見られており、時たまへべれけになったエグゼを仕方なく介抱するハンターがいる。

 

 

「ヤバいぞスコーピオン、このままじゃ中途半端な酔いで一日が終わっちまう。どうするんだ?」

 

「まいったな、お酒の入荷はまだだし…いつの間にかこんなに無くなってるんだ?」

 

 この二人のせいである。

 

 だが無いものはどうしようもない、この日は今あるだけの酒で我慢しようと話しあう二人であったが、突如部屋の扉が開かれ二人の会話に待ったをかける者が現れる。

 9A91だ。

 

「あの、何かお困りのような様子でしたが?」

 

「お、来たか。まあ座れよ」

 

 やって来た9A91をひとまず座らせ、それから酒が足りないという悩みを伝える。

 

「なるほど…そうだと思ってこう言うのを持ってきました」

 

「なんだこいつは?」

 

 無骨な瓶に入れられた透明な液体、蓋を開けて匂いを嗅いでみれば強烈なアルコールの匂いにエグゼも顔をしかめる。

 

「いつかお酒がなくなるだろうなと思って、こっそり作ってみました。ジャガイモと砂糖に酵母菌を入れて作りました」

 

「流石ロシア生まれはやることが違うな。スコーピオン、味見してみろよ」

 

 手渡されたそれを不安げに見つめていたスコーピオンだが、グラスに注ぎ一気に飲み干す。すると、よほどキツイ飲みごたえだったのか身震いして咄嗟につまみのドリトスを口に放り込む。9A91の特性密造酒はアルコールも癖も強いようで、続いて飲んでみたエグゼも同じような反応を示す。

 それはともかくとして酒の問題は解決した様にも見えた、他の誰かがいればこれ以上騒ぐことは無いだろうと安心するだろう。

 

 だがこの3人は今夜、暴走することになる。

 

 

 

 1時間後、部屋には空になった空き缶と空瓶が散乱していた。

 9A91が持ってきた密造酒も無くなり、3人は神妙な面持ちで空瓶を囲み頭を悩ませている。

 

 

「ヤバいね、過去最高のペースで酒が消えたよ…どうしよう?」

 

「なんか今日は果てしなく飲めそうな気分だぞ。全然眠くねえし、9A91は?」

 

「同じく」

 

 

 しかし酒がない以上どうすることもできない。酔いが回った頭でまともな考えも浮かぶはずもない。

 そんな中一見冷静に見える9A91の言葉に二人は耳を傾けるのだ。

 

 

「研究開発棟に行ってみましょう。あそこには実験用のアルコールが、衛生棟には消毒用アルコールがあります」

 

「それだ! そうと決まれば早速行こうじゃない!」

 

 

 アルコールの副作用でタガの外れた三人は一切の疑問を浮かべることなく研究開発棟へと走りだす。途中千鳥足で海に落ちそうになったがなんとか目的地へとたどり着き、アルコールと思われる液体を片っ端から手に取っていく。

 

「9A91、手を消毒するやつだ、飲めるか!?」

 

「飲めます」

 

「こっちに塗装用のアルコールがッ!」

 

「飲めます」

 

「化粧水にもアルコールって入ってたよな!?」

 

「飲めます」

 

「うわ、工業用アルコール…メタノールって身体に悪いやつだよね?」

 

「飲めます」

 

 持ってきたバッグに何でもかんでも放り込み、三人はやって来た時と同じようなふらふらとした足取りで、ときどきマザーベースの甲板から落ちそうになりながらもスコーピオンの部屋に戻ってくる。

 

 部屋に到着するといてもたってもいられない…アフターシェーブローションの一気飲みだ。

 

「くぅ…きくぜッ!」

 

 もはや正気を失った目で次なるアルコールに手を付けていく。一体どこで道を間違えてしまったというのだろうか……9A91のレシピにより工業用アルコールに塩を入れてよく攪拌し飲むが、元々は工業用、身体にいいものではないがそんなことは関係ない。戦術人形はこれくらい平気だという謎の自信から容赦なくメタノールを飲み干していく。

 酒とあらば何でも飲む…そんな飲み方をしていればいつまでも持つはずもなく、いつしか一人、また一人と倒れていき、最後にエグゼが一人で呑気に歌っていたさなか、糸が切れたように倒れ伏したことで部屋は沈黙する…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝……三人は辛く苦しい朝を迎えることになる、二日酔いだ。

 

 吐き気、頭痛、目まい、気だるさに苦しめられ身動きさえ取れない三人であったが、こんな二日酔いの症状に効く治療法はよく心得ている。

 

 

「ゴクゴク…うー、効くね~」

 

「よし、第2ラウンドだ!」

 

「まだ、終わってません」

 

 

 迎え酒である。

 二日酔いにはこれが最良であると三人は知っているのだ。幸せそうに歌い始める三人……もちろんこの後研究開発棟の監視カメラの映像から、アルコールを持ち去る三人が特定されてこっぴどく叱られることとなる。




※良い子も悪い子も真似しないでね
元ネタは世界丸見えのアレ……9A91、お前はまともだったはずなのに…おそロシア


活動報告に色々と書き込んでくれてありがとう!
反映できるかどうか分からないけど、要望とかリクエストも書いてええんやで!

あと、カズのヒロイン候補の構想ができつつあります。
そろそろかっこいい副司令が見たいよね…見たくない?

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