METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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殺戮の錬金術師

 冬の嵐は前哨基地から遠く、なだらかな地形に位置するジャンクヤードにも雪を運んでいた。

 それでもなだらかで標高の低い場所に存在するジャンクヤード一帯は、数メートルも降り積もった前哨基地とは違いせいぜいひざ丈ほどの高さに雪が降り積もっただけであった。なだらかな地形に雪が降り積もったおかげで、一帯は辺り一面が銀世界となっている。

 雲が晴れ、太陽の日差しが地面の雪で反射する…ジャンクヤードにやって来たスコーピオンは雪が反射する光に、まぶしそうに目を細めていた。

 遠くを見て見れば、FALとベクターの二人がジャンクヤードの上を歩き、行方不明の諜報員を捜索している。ジャンクヤード上に積もった雪は、一晩氷点下に晒されて固く氷結して固い足場となっている。

 しかしジャンクの隙間など、薄い箇所もあるために慎重に歩かなければならない…スコップ片手に足場をよく確かめながらスコーピオンはジャンクヤードの上を歩きまわるのであった。

 

「おいスコーピオン、何か見つけたか?」

 

「全然だね、何の手がかりもないよ…って、うわっ!」

 

 スコーピオンはエグゼに手を振り足を踏み出した時、突然足元の雪が崩れ前のめりに転倒する。なんとかこらえて這い上がろうとしたが、凍りついた雪上に掴むものが無くよく滑る。ズルズルとジャンクヤードのクレバスに引きずり込まれていき、ついに手が滑ってしまった……スコーピオンは数メートル下の地面に墜落し、堕ちた先で後頭部をぶつけ悶絶する。

 

「おーい、大丈夫か?」

 

「うぅ…いたい……頭ぶつけた…!」

 

「お前いつも頭ぶつけてんな。ちょっと待ってろ、これに掴まれ」

 

 頭上に空いた雪の穴からエグゼが顔を覗かせ、長い鉄パイプを差し入れる。晴れているとはいえ外は氷点下を下回る、外気に冷やされた鉄パイプを素手で掴もうものなら手の皮がはり付いてしまうことだろう。スコーピオンは一応手袋をしているので大丈夫だが、それでも冷えた鉄の感触が手袋越しによく伝わる。

 穴のすぐそばまでよじ登ったスコーピオンの手を取り、エグゼが一気に引き上げる。

 

「頭がガンガンする…傷薬持ってない?」

 

「つばでもつけとけ。おーいハンター、なんか見つけたか?」

 

 ジャンク品が積みあげられて丘のようになっている場所、高台に立ち周囲を観察するハンターへ声をかけつつ二人は息を切らしながらジャンク山の丘を駆け上がっていく。頂上についたところで油断したスコーピオンがまた足をとられて下の方へ滑っていってしまったが、もはや時間の無駄だと思いエグゼは救いの手を伸ばさなかった。

 

「何か見えたか?」

 

 ハンターは丘の頂上からじっと、周囲を観察する。目を細め、一面の銀世界を見据える彼女はまるで空の狩人である猛禽類を思わせる。並の兵士にはただただ雪景色が広がっているだけに見えるだろうが、きっとハンターは何らかの痕跡を見つけるはず、一度AIをリセットされた存在とはいえエグゼは彼女に無条件に信頼を寄せていた。

 

「大まかな痕跡は見つけた…近くに行って見てみよう」

 

「流石、生粋の狩人だな」

 

 丘の雪上を一気に滑走して滑り降り、丘の上から目星をつけた場所へと向かう。斥候(スカウト)の技術は鉄血内でハンターの右に出る者はいない。元々の素質に加え、一時彼女の師をつとめたグレイ・フォックスの教育もあっていかなる痕跡も見逃さず、また周囲の環境変化にも敏感であった。

 とりわけスカウトとしての能力だけでなら、ビッグボスに勝るとも劣らない能力を持っている。

 

「見ろ、足跡が残っている。大きさは…約27センチ、行方不明の諜報員とほぼ同じ大きさのサイズだ。この足跡を辿ってみよう」

 

「うわ、よくあの丘の上から見つけたね。全然気付かなかったよ」

 

「あったりまえさ、ハンターはオレの親友なんだからよ!」

 

「私はお前と親友になったつもりはない」

 

「う、そりゃないぜハンター…」

 

 冗談だ、と口にして笑うハンター…まだとっつきにくい雰囲気はあるが、エグゼとの関係も最近はマシになってきたものだ。

 

「よっしゃ、足跡がわかりゃとっとと諜報員を見つけるぜ!」

 

「まあ待て処刑人」

 

 走りだそうとしたエグゼの後ろ髪を引っ張ると、エグゼはつるっと足を滑らせ尻餅をついてしまう。。行方不明者を見つけ出そうとするのはいいが、下手に走り回られて痕跡を滅茶苦茶にされてしまうのは避けたい…そう伝えるハンターにエグゼは頷き、勢いよくぶつけた腰を痛そうにさすった。

 痕跡の追跡はハンターに任せ、スコーピオンとエグゼの二人はそっとその後をついて行く。

 やがてハンターは、ある場所で立ち止まる…しゃがみ込んだ彼女が手にしたのは故障した無線機、諜報班に支給されているものと同じ型のものだ。調べてみると、行方不明者に支給された無線機と同じIDが記されていた。

 

「スネーク、こちらスコーピオン。行方不明の諜報員の無線機を発見したよ」

 

『了解した。後で北側に来てくれ、こっちにも何かあるみたいだ』

 

「了解」

 

 通信を切ると、ハンターはいまだ地面にしゃがみ込み何かの痕跡を調べていた。

 

「ここで諜報員の足跡が消えている。だが、別の奴の足跡がある……見ろ、この辺りの雪が抉られている、おそらく争った跡だろう。血痕は見当たらないようだが」

 

「誰かの襲撃を受けた? 一体誰が…ここらでMSFにケンカを売るような奴はいないぜ?」

 

「分からん。足跡は…あの町へ向かっているな」

 

 足跡が続く先は、以前スコーピオンも訪れたことのある流れ者が集まる貧しい町があった。諜報員と争った正体不明の人物はおそらく町へ向かったはずだ。有力な手がかりを見つけたところで、先ほどスネークが言っていたことを思い出し三人はジャンクヤードの北方へと向かう。

 

 指示された方角へ歩き、ほどなくしてスネークとFAL、ベクターの三人を見つけた。

 同時に、スコーピオンらはスネークたちが見つめる先にある大きなクレーターのような穴を目にすることになる。周囲が一面雪景色であるのに対し、そこだけは雪が降り積もらず、廃材や廃車が剥き出しとなり、巨大な飛行機の尾翼が突き刺さるようにクレーター内にあった。

 

 

「スネーク…これって?」

 

「あたしらが正気を失った場所、MG5がブラックボックスを見つけた場所だよ」

 

 傍へ駆け寄ったスコーピオンが尋ねると、代わりにベクターが説明をしてくれた。

 穴の中はジャンク品が乱雑に放り捨てられ、奥の方は光もあまり届かず真っ暗だ…この寒い中で、クレーター内から吹く風は妙に生温かく気味が悪かった。

 

「案内はここまでよ、指揮官。これ以上は…私たち人形は近付かない方がいいと思うの」

 

「ここまで案内してくれただけありがたい。少し気になっていたんでな…少し見に行ってこよう」

 

「大丈夫かスネーク? なんならオレも行くか?」

 

「いや、やめておいた方が良い。もしもFALたちのようなことがあってはマズいからな。心配するな、危ないと思ったら戻ってくる」

 

「気をつけてね指揮官…あとこれを持って行った方がいいわ。中は、放射能汚染があったから」

 

 FALから渡されたのは放射線測定器とガスマスク、全身を包む防護服ほどの効果はなく気休め程度のものではあるが…受け取ったマスクを早速着用し、スネークはクレーター内へと入って行く。

 クレーター内は生温かい空気がたちこめ、この空間だけが隔絶されているかのようだ。足場の悪いクレーターの奥へと進んでいく…奥に進むたびにFALから受け取った放射線測定器がカリカリと音をたて、この空間が放射能で汚染されていることを音で示す。

 入り組んだ迷路のような場所を進んでいくと、突然開けた場所にスネークは出た。

 そこへ進み入ろうとしたところ、放射線測定器が激しく反応し咄嗟にもと来た通路に身体をひっこめる…数値を見て見れば尋常ではない量の放射線を測定している。

 

 止むを得ず、スネークは遠くから開けた場所を観察する。暗闇に目が慣れて見えてきたのは、破損し内部構造が剥き出しとなった大きな物体…その付近にはどす黒い水たまりができ、放射能汚染を示すハザードシンボルが描かれたプラカードが放棄されていた。

 

「核弾頭…どうしてこんなところに?」

 

 それは紛れもなく、この世界を破滅に追いやった兵器であった。

 目を凝らして見て見れば奥の方にも同じ形状の核弾頭が転がり、一部は核物質と思われるものが散らばっていた。

 核弾頭のさらに奥…半壊しつつも原型をとどめる航空機の残骸がある。大きさからして旅客機か輸送機、あるいは戦略爆撃機か。

 

U.S.A.F(アメリカ空軍)…」

 

 塗装は剥げかかっているが、機体の残骸には確かにそう書かれていた。

 おそらく第三次世界大戦の遺物、任務の最中に墜落したものと思われる。

 スネークはその後辺りを調べたが、MG5が言っていたようなブラックボックスは見つからず、また放射能の汚染も酷かったためにそれ以上の探索は諦め地上へと戻る。

 

「何か…見つけたか?」

 

「奥に核弾頭の残骸があった、航空機もな。それ以上は汚染が酷すぎて調べられなかった」

 

「そうか。ハンターがさっき諜報員の痕跡を見つけたんだ、どうやら町の方に向かってるらしい」

 

「良く見つけたな、ならそこに向かおう。それにもうすぐ日没だ、これ以上の捜索は止めておいた方がいい」

 

 この辺も夜になれば今以上に気温が下がる。雲ゆきも怪しくなり始めたために、この日の捜索は打ち切りだ。

 ハンターの言う通りならば諜報員を襲った謎の人物も町へと向かったはずなので、そこで有力な情報も得られるだろう。

 

 ジャンクヤードを去る際、スネークは一度立ち止まりクレーターのあった方角へと振り返る。

 ジャンクヤードに吹く風がクレーター内で音を立て、不気味な音を響かせていた。

 

「スネーク、もう行こうよ。なんかここ…あまり長居したくない」

 

 スコーピオンもまた、スネークと同じ方向を見つめ、珍しく不安げな表情を浮かべていた。彼女はクレーター内の核弾頭や汚染を見ていないが、言いようのない気味悪さを感じているようだった。

 

「なあスコーピオン、この世界のアメリカは…」

 

「おい何やってんだよスネーク! さっさと行こうぜ、寒いったらありゃしないよ」

 

 スコーピオンへの問いかけはエグゼの声でかき消される。早く来いと手招きするエグゼに、スネークは一先ず町を目指すことにした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平野に降り積もった雪に足をとられながら、ジャンクヤードそばの町へ到着する頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。季節が冬に移り変わり日が傾く時間も早くなっていた。

 先に町に向かっていたハンターへ合流したが、彼女は全員に警告を促す。

 

「様子がおかしい…人の気配がない」

 

「誰もいない? 前来た時はそれなりにいたと思うんだけど」

 

 遅れて到着したスコーピオンが町を見回してみれば、確かにこの暗い中町の家屋は一軒も明かりがついておらず、人影も話し声もなかった。スネークたちは静かに銃を手に取り、周囲を警戒する…動く者は誰もいない。

 町はまるでゴーストタウンになったかのようだった。

 

「私とFAL、ベクターとで向こうの通りを見て来よう」

 

「分かった。スコーピオン、エグゼ、オレに付いて来い」

 

 メンバーを二つに分け、一方は奥の通りを、スネークらは町の入り口から調査を始める。

 エグゼは手近な家屋の扉を開いた。

 ライトの明かりで内部を照らすがやはりそこには誰もいない。

 部屋の中を探索するエグゼはテーブル上のべたつく何かを指ですくい、その匂いに眉をひそめた。水分が失われ乾いているようであったが、それは紛れもなく血であった。床に残る血痕を辿っていくと、それは浴室にまで続いていた。

 

「おいおい…まじかよ…」

 

 開いた浴室の壁は、余すことなく真っ赤な血で彩られていた。

 浴槽いっぱいの血、その真上には頸動脈を斬られ腹部を斬り裂かれた青ざめた死体が逆さ吊りにされていた。眼球は抉られ、口内には歯も舌も残されていない。凄絶な拷問の痕が、死体に刻み込まれていた。

 エグゼは元鉄血としてこのような死体は見慣れたものだが、それでも不快感は隠しきれない。念のため死体の顔を確認し、それが捜している諜報員ではないことを確認し外へと出る…。

 

「うぅ…うげっ…」

 

 外ではスコーピオンがうずくまりえずいていた。どうやら彼女も他の家でエグゼと同様のモノを見たのだろう…直前に食事をしていなかったのは幸いだっただろう。

 

「人間の解剖死体があった…大人も子どもも関係なく……一体誰が?」

 

「さあな、だがこんな事する奴をオレは一人知っている。もしこれをやったのがオレの想像する奴なら…オレたちじゃ手に負えない、スネークと合流しよう」

 

 二人はすぐに付近を調べていたスネークに合流し、家の中で見たものを彼に報告した。どうやらスネークも調査していた家で同様のものを見つけたようで、厳しい表情を浮かべていた。エグゼの警告に、三人はバラバラに行動せず周囲を警戒しながら調査を進めた…。

 

 そしていつか訪れた町の酒場…そこで人の気配を感じスネークは銃を構え店の奥をじっと見据える。スネークが店の中に入って行くと、暗がりの奥で誰かが立ち上がった。エグゼとスコーピオンもすかさず銃を構え、ゆっくりと近寄ってくる謎の人物を狙う。

 

 

 窓から差し込む月明かり、その光に照らされて現われたのは長い白髪に眼帯をした女だ。女はその顔に不敵な笑みをはり付かせたまま、三人の前に歩を進めた。

 

 

「はじめましてかな、ビッグボス。あぁ、それに懐かしき我らが同胞、処刑人…元気にしていたかな?」

 

「やっぱりお前かよ、アルケミスト。拷問を楽しむ奴なんて、アンタ以外いないからな」

 

「お前たちがここを訪れるまで退屈しのぎに人間をおもちゃにしただけにすぎないさ。全員死ぬ前に来てくれると思ったんだが、見込み違いだったようだ…まあくつろいでくれ、是非とも話したいことがあるんだ。97式、客人をもてなせ」

 

 アルケミストは踵を返し最初に座っていたテーブルへと向かい、入れ替わりに三人の前にやって来たのはI.O.P戦術人形の97式、予想外の人物の登場にスコーピオンは驚愕していた。

 

「みなさん…どうぞ、こちらに…」

 

 97式の目はどこか虚ろで表情も暗く、声に覇気もない。

 

「97式…? あんた、グリフィン支部にいた97式だよね? あたしのこと覚えてる? スコーピオンだよ?」

 

「あ、あの……はい。ひとまず、こっちに…」

 

 97式は何度かアルケミストの事を気にし、まるで彼女に怯えきっているようだった。その異変にスコーピオンも気付き、アルケミストへ敵意の目を向ける。奥の席で座るアルケミストはそんなスコーピオンの視線も意に介さず、テーブルで指を絡ませて三人をじっと見つめていた。

 

「座りなよ。大丈夫、地雷なんてしかけちゃいない。今日はアンタらとお話しをしに来たんだよ」

 

「信用ならねえな、オレはアンタのことをよく知ってる。鉄血で代理人の次くらいにヤバい奴だ」

 

「ここには話しをしに来ただけだと言ってるだろう?」

 

「それで町の住人を全員皆殺しか? 相変わらずのサディストぶりだ、オレはとっととこの場からおさらばしたいくらいだ。話しってなんだ、どうせろくでもないことに決まってるだろ」

 

「黙れ処刑人…お前、いつからこのあたしにそんな舐めた口をきけるようになったんだ? また泣かされたいのか?」

 

 アルケミストは笑みを浮かべたまま、鋭い目でエグゼを睨みつける。その一睨みでエグゼは言葉を濁し、それ以上の発言はしなかった。いつもの威勢はどこへやら、萎縮するエグゼの横腹をどついてスコーピオンは文句を口にする。

 

「勘弁してくれよスコーピオン…あいつ怒らせるとマジおっかねえんだ!」

 

「情けないなもう! とりあえず一発ぶん殴るのがあんたでしょう!?」

 

「マジで止めろ、殺されるぞ! いいから、落ち着けって!」

 

 珍しくエグゼがスコーピオンを嗜め、席に座らせる。

 遅れてスネークも席に座るが、決して警戒は緩めていない。少しでも目の前のアルケミストが不審な動きをしようものなら、すぐさま銃を発砲する用意はしていた。

 

「どうぞ…」

 

「ありがとう97式、後は裏の片付けでもしてな」

 

 97式は淹れ立てのコーヒーを人数分テーブルに運ぶと、ぺこりと一度お辞儀をして逃げるように裏の方へと姿を消した。

 

「さて話しについてだが…アンタらが捜している諜報員は無事だ。五体満足で生きているさ」

 

「何故オレたちの仲間を攫ったんだ?」

 

「ビッグボス、アンタと話すためさ。仲間を誘拐すれば捜しにくるだろうと思ったからね。ウロボロスのバカを倒したあんたに是非とも会いたいと思っていたところだしね」

 

「待ちなよ鉄血…なんで97式があんたの言うことを聞いてんだよ」

 

「あぁ? なんだお前は?」

 

「おいスコーピオン、やめろ!」

 

 エグゼが制するのも聞かず、スコーピオンは真正面からアルケミストを睨みつける。対するアルケミストはスコーピオンの事など眼中になく、今になってようやくその存在に気付いたと言わんばかりの表情だ。

 

「あの子はグリフィンにいたはず。あたしもグリフィンにいた頃に何度かあったことがある…アンタ、あの子に何をしたんだ!」

 

「お前に関係ないだろう。ビッグボス、話しについてなんだが――――」

 

「あたしの質問に答えろよッ!!」

 

 バンッとテーブルを勢いよく叩き、スコーピオンは怒りのこもった眼で睨みつけ、今にも殴りかからんばかりに拳を握り固める。一触即発の空気に、エグゼは咄嗟にアルケミストの表情を伺った……彼女は先ほどまでの笑みをひっこめ、不愉快そうな表情でスコーピオンを見据えている。

 アルケミストは何も言わず、先ほど97式が運んできたコーヒーへ口をつけ眉をひそめた。

 

「97式、おい97式!」

 

 アルケミストの呼び声に慌てて97式が駆けつける。

 

「お客様がどうやらお怒りのようでな…怒りを鎮めるのにはコーヒーを飲んでもらいたいところだった。寒い日だ、温かい飲み物でも飲めば気持ちも落ち着く。だけどな…」

 

 アルケミストはマグカップのコーヒーを床に捨て、その手から落ちたマグカップが割れて床に散乱する。

 97式はどうしていいか分からず、ただ怯えた様子でアルケミストと割れたマグカップを交互に見つめていた…。

 

「拾えよ、なにやってんだ?」

 

 アルケミストの言葉にびくっと身体を震わせ、97式は直ぐにしゃがみこみ割れたマグカップを拾い集める。いそいそと破片を集める97式を冷たく見下ろしていたアルケミストは、突然足を振り上げたかと思えば、破片を拾い集める97式の手を踏みつけた。

 

「あぁっ! い、いたぃッ!」

 

 踏みつけられ、マグカップの破片が97式の手のひらに突き刺さり血が流れる。

 痛みに悲鳴をあげる彼女の手を踏みにじり、アルケミストは97式の髪を鷲掴みにして顔を無理矢理あげさせた。

 

「お前こんなどぶ水みたいなコーヒーで客人をもてなせると思ってんのか?」

 

「ぅぁ……ご、ごめんなさい…ごめんなさいっ!」

 

「まったく役に立たない屑人形だ、どうやらお仕置きが必要だな」

 

「それだけは、お願いします…許してください! もう嫌なんです、痛いのはやなんです! ちゃんとやりますから、もう失敗しませんから!だから・・・!」

 

「ダメだ、こっちに来い」

 

 嫌がる97式の髪を掴み、アルケミストはナイフを取り出す。ナイフの切っ先を97式の目へと近付けた…怯えきった表情の97式は涙を流し抵抗するが、無情にもナイフの先端は近付いていく。

 ナイフの切っ先が今まさに眼球を貫こうとした時、スネークがアルケミストの手を掴み引き留める。

 

「それ以上その子を痛めつけるのなら、オレも黙っていないぞ」

 

「うちの教育方針だ、あまり口を出さないで貰えるか?」

 

「ならお前がしたいという話しあいもなしだ。オレは常軌を逸した加虐嗜好者と話しあうつもりはない」

 

 アルケミストとスネーク静かに睨みあい、やがてアルケミストが折れる形で97式から手を離す。

 

「オーライ、このバカに構って話しあいの機会を逃すのは惜しい。まあ、こいつには相応の罰が必要だけどね…97式、後は自分でやりな。分かってるだろう?」

 

「おい、何をする気だ?」

 

「あたしは何もしないさ…後は何が起きようが、あたしの知ったことじゃない」

 

 腕を組み不敵に笑うアルケミスト、彼女の言葉の意味を考えていると、97式がよろよろと立ち上がりカウンターの裏へと回る。そこで彼女は何かを手に取ると…次の瞬間、大きな悲鳴をあげて倒れ込んだ。

 すぐさまスコーピオンがカウンターを乗り越えて駆け寄ると、97式はうずくまり指先から血を流していた…血を流すその指は、爪が引き剥がされていた。

 

「97式、あんた何やってるんだよ!?」

 

 彼女の片手にはペンチが握られ、そこには剥がされたばかりの爪が挟まれていた。

 激痛に涙を流す97式であったが、震える手でペンチを握り直し無事な爪を挟もうとする…咄嗟にスコーピオンは彼女の手からペンチをとり上げると、震える彼女の身体を抱きしめた。

 

「アルケミスト、お前あの子に一体何をしたんだ…」

 

「長年の教育のたまものさ。あいつは悪さをしたらあたしに叱られることになってる。だが悪さをしても、例えばそこにアタシがいなかったとしたらどうする? 黙っているか? そうはいかないだろう?」

 

「まさかお前…自分で自分に罰を与えるように?」

 

「ご名答。あたしが罰を与えなくても、あいつは自分で自分に罰を与えるのさ。素晴らしい調教だろう、グリフィンの奴隷人形の末路に相応しい姿だ」

 

 ケラケラと、アルケミストは悪びれもせずに笑い、むしろ自分を痛めつけて見せた彼女を誇らしげに眺めている。身を震わせて泣く97式を抱きしめるスコーピオンはあらん限りの怒りを込めて睨みつける。

 

「お前、97式に…なにしたんだよ…!」

 

「知りたいか? それともお前も受けてみたいか、そいつが受けた痛みをさ…ま、一日もてばいい方だがね」

 

「97式にはお姉ちゃんの95式もいただろ…!」

 

「あぁ…いたね。あいつは、良い声で啼いてくれたよ、たまらなかった。97式がどうしてそうなったか教えてやるよ。思いつく限りの拷問、尊厳が失われるほどの凌辱、生きることを苦痛に感じるほどの虐待、そして大切な存在を全て皆殺しにしてやったのさ」

 

 アルケミストは誇らし気に、自分が97式にして見せた暴力の数々を口にする。それは考えられないような残虐で非道な所業の数々でだった。耳を塞ぎたくなるような行いに、エグゼの顔からも血の気が引き、スコーピオンの心に怒りが沸き立っていく。

 

「気がついた時には、従順な奴隷の出来上がりだ。こいつはあたしの言うことを何でも聞く、死ねと言えば死ぬ。そうだろう、97式」

 

「……は…はい…アルケミストさま…」

 

「この通り、可愛い奴隷さ。さてそろそろ本題に入りたいんだが…あたしはMSFに仕事を依頼したい」

 

「は? 何言ってんだよあんた」

 

 疑問を浮かべるエグゼの言葉を無視し、アルケミストは目の前のスネークだけを見つめる。彼女に取って最初からスネーク以外の存在などどうでもよかったのだ。

 彼女はテーブルの下からアタッシュケースをテーブルに出す、中には札束がぎっしりと詰め仕込まれていた。

 

「これは前金だ、依頼をこなしてくれれば同額を支払う。偽札じゃないよ」

 

「待てよアルケミスト、金だけ用意しても任務が分からねえだろ」

 

「その通りだったな処刑人、なんだ頭の使い方を覚えたんだな? MSFにはあたしの仲間のデストロイヤーの救出任務を行って欲しいんだ」

 

「あのチビをか? まさかグリフィン絡みじゃねえだろうな?」

 

「いいや違う。デストロイヤーにはある任務で遠いところに送ってあるんだ……場所は、北米さ」

 

「北米だって…? おまえあんなところに送ったのかよ!? あそこがどういうところか知ってるだろ!?」

 

「勿論。かつて世界を牽引した超国家があった場所、今は亡き自由と平等、正義を掲げた国家…」

 

「アメリカ合衆国…」

 

 重い口調で述べたスネークに、アルケミストは相槌を打つ。

 

 世界経済の中心であり世界最強の軍事力を誇り栄華を極めたのは今は昔、第三次世界大戦の核攻撃でアメリカの国土は大半が灼け文明は崩壊し秩序は失われた…とされている。核の炎が大地を灼き、電磁パルスがあらゆる電子機器を破壊させ、戦争の主役が地上戦へと移行した時、あらゆる国家はアメリカ合衆国の報復を恐れ侵略にそなえていた。

 だが戦争が長引き、終戦が宣言された時、そして現在に至るまでもアメリカは静かなものだった。

 

 アメリカは初期の核攻撃ですべてが荒廃した……それがスネークが伝え聞いた、この世界においての故国の現状だった。

 

 

「数週間前、デストロイヤーから救援要請があった、泣きそうな声でな。アメリカは消えちまったが、あの地では今だ旧世界の遺産が眠ったままだ。それを狙って渡米する命知らずもいるが、大抵は皆帰って来ない」

 

「噂じゃいかれた殺人鬼に、制御のタガが外れた軍用人形、旧軍の生き残りが血みどろの抗争を繰り広げる無法地帯らしいな。代理人はよくそんな場所にあのチビを送ったな」

 

「確かにリスクは大きいが、それ以上に収穫があると踏んだのさ。どうだ、MSFとしても大金の他に旧合衆国が持っていたテクノロジーを収穫するチャンスだと思うんだが? リスクはあるが、メリットはそれ以上に大きいはずだろう? 悪い話しじゃないはずさ」

 

 後は請けるかどうか、組織の長であるスネークの意思次第だ。

 沈黙を続けるスネークはアルケミストを、そしてスコーピオンに抱かれすすり泣く97式を流し見る。テーブルの上で広げられたケースにはぎっしりと詰められた札束がある…MSFが、利益としての報酬を貰おうとするのならば願ってもいない依頼だ。

 

 エグゼもスコーピオンも、スネークの考えに口を挟まず、ただ成り行きを見守っている。

 やがてスネークが金の入ったケースに手を伸ばした時、スコーピオンは哀しそうに目を背けるが…。

 

「金はいらん…持って帰れ」

 

 咄嗟に顔をあげたスコーピオンが見たのは、ケースの蓋を閉め、アルケミストに押し返すところであった。

 

「交渉は、決裂か?」

 

「依頼は請けてやる。前金はいらない、その代わりに…97式を自由にしてやれ」

 

「ほぅ」

 

 スネークの提案は意外であったのか感嘆の声をアルケミストは漏らす。

 スコーピオンは嬉しそうに明るい表情を浮かべ、エグゼはただ唇を噛み締めスネークをじっと見つめている。

 

「残念だが、こいつの調教には手間暇かけたんだ。前金断ったくらいじゃ手放せないね」

 

「なら前金と合わせて報酬もいらん。その子に自由を与えろ」

 

 スネークの確固たる意志にアルケミストは呆れたように額を抑えた。

 目を閉じ、じっくりと思考していたアルケミストはやがて顔をあげニヤリと笑った。

 

「交渉成立だな。いいだろう、任務を果たした時にこいつを自由にしてやる。バカだなあんた…こんな役立たずと引き換えに莫大な報酬を蹴るなんてさ。まあいい、どっちに転んでもあたしに損はない」

 

 交渉成立の握手を交わすと、アルケミストはケースを手に席を立つ。

 

「出発の日は追って連絡する。97式、行くぞ」

 

「は、はい…!」

 

「97式待って…元気でね、すぐに自由にしてあげるから…!」

 

 名残惜し気に手を離すと、97式は急いでアルケミストの跡をついて行き、店を出る時に振り返り深々と頭を下げた。そのまま二人は雪の降りだした町の外へと出ていってしまった。

 

 

「スネーク、その…ありがとうね。97式のこと…」

 

「いいんだ、オレも見ていられなかった。女一人を助けるために莫大な報酬を逃したと知ったら、カズが怒るだろうな」

 

「ミラーのおっさんがそんなんで怒るわけないよ。むしろ女の子が増えたーとかいって大喜びするよ…きっと」

 

「そうか、そうだな…」

 

 スコーピオンの笑顔にスネークも笑って応え、懐から葉巻を取り出した。

 気を利かしてスコーピオンが取り出したライターで葉巻に火をつける…葉巻の香りを嗜んでいると、スコーピオンは手を伸ばして葉巻をひったくると、スネークの真似をして葉巻をふかした。

 しかし嗜み方をしらないスコーピオンは葉巻の煙を深く吸ってしまい激しくせき込む。

 

「子供にはまだ早いぞ」

 

「子供じゃないもん、大人だもん」

 

 強がるスコーピオンがなんともおかしくてスネークは笑い声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、待ってくれよ!なあ!」

 

 雪上を歩くアルケミストは自身を呼び留める声に足を止め振り返る。

 大手を振って追いかけてくるのはエグゼだった…エグゼは息を切らしながらアルケミストに追いついた。

 

「なんだ処刑人、鉄血に戻りたくなったのか?」

 

「そんなんじゃねえよ…今回の依頼…代理人の指示じゃねえだろ? それにチビ一人助けるくらい、姉貴一人でもなんとかなるだろう?」

 

「まあ確かに、アタシ一人でもできないことはない。まあ、ウロボロスのバカを倒したビッグボスに興味があったとでも言っておこうか? もっともあんな得にもならないことを言いだす奴だとは思わなかったが……お前たちも苦労するだろう、あんな指揮官を持つとさ。だが、嫌いじゃないよ」

 

「へへ、だろう? 姉貴もスネークに惚れちまいそうだな」

 

「その呼び方は止せ、お前はもう鉄血の仲間じゃないんだ。今日は、お前の元気そうな姿を見れて良かったよ…元気でな処刑人、また会おう」

 

「姉貴……」

 

 アルケミストは一度エグゼを抱擁する…エグゼを優しく抱きしめる彼女の表情は慈愛すら感じられる。先ほどまで97式をいたぶっていた同じ人物だとは思えないくらいに…。

 アルケミストは今度こそエグゼに別れを告げ、振り返ることなく雪の降る夜の中へと消えていった。




ほのぼのはここらで置いて行け




アルケミストは敵に対し徹底的に容赦なく、身内には滅茶苦茶甘々なお姉さん…こんな感じで行く。

本編ではどうなってるか知らないけれど、ここでのアメリカは核の炎に焼き尽くされて海は枯れ地は裂けあらゆる生命体が死滅したかに見えた世界になってます。
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