「オレは絶対反対だ、何がいるかもわからない危険な土地にアンタを行かせられるものか!」
MSF副司令官カズヒラ・ミラーは珍しく苛立たし気に声を荒げ、その怒鳴り声に驚いた海鳥が一斉に飛び立った。普段は飄々とおちゃらけているミラーの怒りを、初めて見る者たちは何ごとかと注目している。
それもミラーが怒りをぶつけているのはほかならぬスネークだ、騒ぎを聞きつけその場にはたくさんの人だかりができていた。
「カズ、お前に相談もなく高額の報酬を蹴ったことは悪かったと思っている」
「これは金の問題なんかじゃない! オレも副司令としてこの世界の事情は調べてきた、ここでのアメリカがどんなことになっているのかだって分かっているつもりだ! ボス、あの場所に向かうのは危険すぎる!」
「なんの騒ぎだ? ボス、これは一体どういうことなんだ?」
集まるスタッフと同様、この騒動を聞きつけたオセロットがやってくる。
ミラーがスネークに対する怒りは、昨日ジャンクヤードそばの町で鉄血のアルケミストと交わした契約についてだった。スネークの独断で決められたこの仕事の依頼は、多額の報酬を蹴った代わりに、アルケミストの奴隷となっている戦術人形97式を解放することを条件に請けたものだ。
マザーベースに帰還したスネークが、ミラーにありのままの事情を説明したところ、彼は不満を示したというわけだ。
事情を聞いたオセロットもまた、今回ばかりはスネークに賛同の意思を見せなかった。
「ボス、今回ばかりは手を引いた方が良い。この世界のアメリカは危険だ、あんたの能力以前の問題だ。オレもあの国を調べなかったわけじゃない…高濃度の放射能汚染、異常気象、未知の伝染病など、生物にとって過酷なあらゆる要素があそこにはある。あんたが伝説の英雄だといっても、その身体は人間と同じなんだ」
「オレの身体はもう被ばくしている。それに死ぬ危険のある場所に行くのも今回が初めてじゃない。カズ、ピースウォーカーの破壊任務も死ぬ危険はあった、それでもお前は送りだしてくれたはずだ」
「あれは核戦争の危険があったからだ、それに……いや、確かにアンタが思うように出来ればその子を助けたいとはオレも思うさ。だがアンタの命とその子を天秤にかけた時、ここの全員がアンタを選ぶはずだ。ボス、MSFにはアンタの代わりはいないんだぞ」
ミラーの言うことももっともだ。
彼は決して多額の報酬よりも一人の戦術人形を選び任務を請けたことを怒っているわけではなかった。MSFに取ってスネークの存在は欠かせない、ここにいる全員が彼を慕い集まったものばかりなのだから。もしも組織の顔であるスネークがいなくなったとしたら…おそらく崩壊は免れない。
ミラーが反対するのはそれだけじゃない、何よりもスネークの事を心配しているからこそこうも声を荒げてまで反対をしているのだ。
彼のそんな気持ちはスネークも痛いほど理解していた、言葉として聞かなくてもだ…。
「スネーク、今回ばかりは止してくれ。核がもたらす放射能の恐ろしさは、あんたが一番よく理解しているはずだ。生きて帰って来れるか分からない場所に、アンタを送りたくない」
「ボス、ミラーもあんたを信頼してないというわけじゃない。どうしようもないんだ、強靭な身体を持つアンタでも、放射能には抗えない」
みんなのために頼む、こらえてくれ…。
ミラーの言葉はスネークの心に重くのしかかる。
この場に集まるスタッフたちの気持ちはミラーと同じだった。
一人の少女を見捨てる形となり薄情に見えるかもしれないが、二人の命を比べられたときここにいる誰もがスネークを選ぶはずだ。
やりきれない思いに苛立つスネークを、オセロットはなだめる……今回ばかりは、どうしようもない。
「あの、ちょっといいかな?」
そんな時、集まる群衆の中から声が上がる。
人だかりが避けていき、その中から手を挙げるスコーピオンが姿を現す。
「オッサンは生身のスネークがアメリカに行くのを反対してるんだよね?」
「あぁそうだ。スネークが既に被ばくしているとはいえ、これ以上身体を放射能で蝕ませるわけにはいかない」
「じゃあさ、あたしがアメリカに行って任務をするって言ったら…おっさんは反対する?」
「なに? なんだって? スコーピオン、お前がか?」
驚き聞きなおしたミラーに、スコーピオンは軽く頷いてみせる。
予想外のスコーピオンの提案にミラーは唖然としているようだった…ざわめく群衆、そんな中でスコーピオンはその青い瞳を真っ直ぐにミラーに向けていた。
「ダメだ、そんなのは認められない」
「どうして? あたしら戦術人形は放射能の影響は少ないんだよ、あたしならやれる」
「お前の言う通り放射能の問題は少ないかもしれないが、あそこの脅威は放射能だけじゃないんだ」
「分かってる、分かってるつもりだよ…聞いた話しでしかないけれど。でも上手くやれる、そのために今日まで訓練してきたんだ」
「ダメだ行かせられない。もう何度も言ってきたと思うが、自分が戦術人形だから平気だという言い訳はするんじゃない。もうお前たちはMSFの、オレたちの家族なんだ。さっきボスはMSFに欠かせないと言ったが、MSFには誰ひとりいなくなっていいやつなんかいないんだ。スコーピオン、もちろんお前もだ」
サングラス越しに見えるミラーの真っ直ぐな瞳、仲間を想う確かな気持ちをスコーピオンは感じ取る。
人間も人形も関係ない、死んでいい命は一つもない…普段聞くことのできないミラーの重みのある言葉に流されそうになるが、スコーピオンも譲れない気持ちはあった。
「おっさんの気持ちは嬉しいよ。97式はMSFの仲間じゃないかもしれないけど、あたしの友だちだったんだ。おっさんはスネークを大切に想うからこそ、アメリカに向かうことを反対したんだよね?」
「もちろんだ」
「じゃあ、あたしが97式を助けたいって気持ちもわかってくれるでしょ? おっさんも97式を見れば分かる、あいつは死ぬよりも酷い目に合ってるんだ。助けたいんだ…お願いだよおっさん、迷惑は絶対にはかけないから」
スネークへの想いを引き合いに出されたミラーは沈黙する。
組織の参謀として時には非情な決断もしなければならないときもある…だが、純粋な瞳で懇願するスコーピオンの気持ちを無為にすることができない。
迷い、苦悩するミラーをスコーピオンはただ静かに見つめていた…。
「呆れたものね。作戦も無しに突っ込んで、反対されれば情に訴えかける。あんた相変わらずバカよスコーピオン、ミラーがMSFの利益を第一に考えることは当然なのよ。報酬が一人の戦術人形の解放程度なら、反対して当たり前よ」
群衆の中から、WA2000は辛辣な言葉を口にしながら前に出る。
侮蔑するような冷たい視線を向けられ、スコーピオンはバツが悪そうに俯いた。
「アンタはサソリじゃなくてイノシシよ、何も考えないで、思ったままに行動する。頑固で、わからずやで、意地っ張り、いつも誰かを困らせるのはあなた。いつも一人で突っ込んで返り討ちにあってるのに、どうして上手くやれるなんて思えるのかが不思議でならないわ。大ばか者の毒サソリ……そんなに友だちを助けたいって思ってたなら、どうして私たちにも相談しなかったわけ?」
「それは、つい勢いのままにさ…」
「だと思った…そういうところよ、あんた。ミラー、わたしも行くわ。わたしが一緒に行けば作戦の成功は100%決まったものよ」
「ワルサー、そう言うことじゃなくてな…」
「あら、どういうことなの? それともなに、わたしたち戦術人形だけじゃ信用できない? お生憎、この世界では人形だけの部隊は珍しくもなんともないのよ」
WA2000の参戦にミラーは狼狽えるが、そこへ9A91とスプリングフィールドも名乗りをあげる。
「私もスコーピオンと一緒に行きます!」
「私もです。エイハヴさんに教えてもらった技術を活かしてみせますよ…私と9A91が合わされば、任務成功率は200%上昇です!」
「200%ってなによ…ま、頼りにさせてもらうけどね」
「みんな…ありがとう。おっさん、あたしらは失敗するつもりはないし絶対に生きて帰ってくるよ。だから、お願いだ、任務に行かせてよ!」
「だが…」
「あぁもうめんどくせぇなッ!」
それまで成り行きを見守っていたエグゼが突然大声で叫んだかと思うと、大股でミラーへと近付いたかと思えばサングラスをひったくり胸倉を掴みあげる。
「サングラスでこいつらの成長が良く見えねえか!? オレもこいつらももう一人前だ、いつまで保護者面してやがんだ! 子離れできねえのはお前らの方だろ! オレもこいつらも、戦う覚悟と死ぬ覚悟はできてんだ! 指揮する立場のアンタらが怖気づいてどうすんだよ!」
「落ち着けエグゼ、言いたいことは分かったから…とりあえず、落ち着け!」
「あぁ落ち着いてるぜクソッたれが! どうすんだおっさん! やるのかやらねえのか!?」
「分かったから、分かったから……落ちる…!」
絞め落とす寸前でミラーは解放され、げほげほと苦しそうに咳きこんだ。投げ返されたサングラスをかけなおし、ミラーは声を荒げて怒鳴る。
「前々から言おうとしてたが、オレはMSF副司令だぞ! 全くたまには上官を敬え!」
「うるせえ、オレはスネークの言うことしか聞かねえ!」
「よしいいだろう! 今回の任務を請けてやろう!」
その言葉に沸き立つ人形たちだが…。
「ただし! 絶対に生きて帰ることが条件だ…後方支援も増援も期待できない場所だ。過酷な荒野がお前たちを待ち受けている、それでも誰ひとり欠けることなく帰ってこい。自信をもって約束ができないのなら、この仕事は認めない」
「分かった、帰ってくるって約束するよ。絶対に」
「分かった…なら、認めよう。行ってこい…」
「うん、ありがとねおっさん」
彼女たちの熱意に折れたミラーはまだ何かを言おうと口を開いたが押しとどめ、後のことをスネークに託しその場を立ち去った。ミラーと入れ替わりに彼女たちの前にやって来たスネークに、一同背筋を伸ばし顔をひきつらせた。
スコーピオンの事を散々言ったが、勢いのままに突っ走ってしまったのはみんな同じ、ましてやスネークを放っておいてだ…スコーピオンは愛想笑い浮かべるも、スネークの固い表情を見て笑顔をひっこめる。
「スネーク…何も言わないで。わがままだって言うことは分かってるし、迷惑かけてるのは分かってる。だけど、いてもたってもいられなかった」
後悔はしていないが、自分勝手な行動をしたとい自覚から申し訳なく思うスコーピオン。上官に相談もせず、自我を優先させる…戦術人形としてあるまじき行為であった。
スネークはうつむくスコーピオンの頭に手をのせる…そっと見上げた彼は小さく微笑んでいた。
「いつまでも子どもだと思っていたが、立派になったものだ。お前たちは大切なものを既に習得しているようだな…お前たちはもう立派な一人の戦士たちだ。エグゼの言う通り、子離れできていなかったのはオレたちの方だったな」
「言ったでしょ、もう子どもじゃないよ」
はにかむスコーピオンの頭を撫でると、スネークは他の者に視線を移す。
「スプリングフィールド、お前はバルカン半島での悔しさを糧に今日まで良く過酷な訓練に励んできた。エイハヴからもお前の努力は聞いている。エイハヴは優秀な兵士だ、教えられたことに間違いはない。後は戦場で技術を磨き、あらゆる変化に対応できるようにするんだ」
「はい、スネークさん!」
彼女は背筋を伸ばし、スネークへ敬礼を向け、スネークもまた敬礼を返す。
「9A91、正直君を救いだした時ここまでこれるとは思っていなかった。エグゼとの関係は、とても難しい問題だっただろう。だがお前はよくそれを乗り越え、戦友としてエグゼを受け入れた。誰にでも出来ることじゃない、誇っていいことだ。今は亡きかつての指揮官も、君を誇りに思うはずだ…」
「司令官……」
その言葉に9A91は瞳を潤ませるが、ごしごしと顔を吹くと、晴れ晴れとした表情で敬礼を向けた。
「ワルサー、お前とはあまり話す機会はなかったがオセロットからよく話しは聞いている。とても優秀で、真面目で、勇敢な教え子だとな。仲間の悪い部分を指摘するのは勇気がいることだ、だが仲間たちにとっても厳しい意見を言ってくれる存在は欠かせない。オレたちは仲間だが、決して馴れ合いだけの付き合いじゃないことを君はみんなに分からせてくれる。立派な存在だ」
「そうね。みんな優しすぎるみたいだから、わたしがガツンと言ってやらなきゃダメなのよ」
WA2000はさも当然というように、だが普段関わることのあまりないスネークの褒め言葉に嬉しそうであった。
「エグゼ…お前は、はっきり言って一番心配だ」
「なんでだよ!?」
「ハハ、冗談だ。思えばオレとお前は敵同士だった、まさかここまで長い付き合いになるとは思わなかった。オレも何度かかつて敵だった存在と共に戦うことはあったが、お前のような奴は初めてだ。エグゼ、お前がまだ失くした手足の痛みを感じていることは分かっている…仇敵を憎む心があることもな。だがもういいだろう、乗り越えるんだ、お前なら出来るはずだ」
「スネーク…分かってるよ、いつまでも腐ってるつもりはねぇ」
エグゼは義手の指先を撫でながら、そっと目を閉じる。
彼女の幻肢痛は未だ消えていない…友はとり返したが、けじめはまだつけていない。いつか憎しみの相手と向き合う必要があるのだろう…。
「スコーピオン、お前は…いつも問題の中心にいる。まるで台風の目だ…そんな存在だからこそみんなお前を放っておけないんだろうな。戦場においてお前のような存在は欠かせない、兵士たちを勇気づける存在がな。これからもMSFの太陽であって欲しい、兵士たちを奮い立たせるムードメーカーとしてな」
「えへへ、それがあたしの取り柄だからね。ありがとねスネーク、あたしら頑張るよ。スネークの、みんなの気持ちを無駄にしないよ」
「その意気だ。みんな約束だ、さっきカズが言った事を守るんだ。全員生還しろ、誰ひとり欠けることなくな」
スネークの言葉に一同敬礼を向け、スネークは答礼と共に一人一人の確固たる決意をその目で確かめた。
やんちゃでいつまでも手のかかると思っていた人形たちの成長に、スネークは目頭が熱くなるのを感じたが、なんとかこらえてみせる。組織の長として、女々しい姿をみせるわけにはいかない…。
「コホン! えっといいかな、任務成功の確立をあげるためにここらで404小隊も加勢したいと思いますね」
「あぁ?お呼びじゃねえぞポンコツ小隊!」
「まあまあエグゼ、ごく潰しのニート小隊が手伝ってくれるって言うんだからいいんじゃない? 扱き使ってあげましょうよ」
「ワルサー、あなた結構毒舌なのね」
「あなたほどじゃないわ416」
互いの目線から火花を散らしつつあくどい笑みを浮かべて笑い合う二人。
最近は本当にニート状態だったが、戦場に出れば彼女たちの力はとても心強い…訓練中のG11もぐるぐる巻きで連行されている、404小隊は準備万端だ。
「待て、私も加勢しよう。同胞デストロイヤーの危機なのだからな」
「お、来てくれるのかハンター?」
「お前らのためじゃない。デストロイヤーのためだ、勘違いするなよ」
「それでいいよ、歓迎するぜハンター」
エグゼの握手を渋々と言った様子で受けるハンター。
かくしてMSF戦術人形部隊の出撃が決まる。
目指すはアメリカ合衆国…世界を焼き払った焔がいまだくすぶる失われた大地、旧世界へ…。