METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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予告していたアルケミストの過去編
若干一名キャラ崩壊してます


追憶編:かけがえのない日々

「おい処刑人」

 

 重たそうな木箱を抱えていたエグゼは自身を呼ぶ声に足を止めて振り返る。

 呼び止めた相手がハンターだと分かるや否や、特に理由もなく笑顔を浮かべるエグゼ…対してハンターの方はというと、表情を一ミリも変えず、エグゼの抱えていた木箱をじっと見る。

 

「また酒か? バカ者め…」

 

「一度に飲むわけじゃないぞ! ところで、どうしたんだオレを呼び止めてさ」

 

「いや、特に用があったわけじゃないんだが…」

 

「ん? そうなのか? どうせならオレの部屋に来るか?」

 

「そうだな……そうしよう」

 

 来ないだろうと思いながらも誘ってみたエグゼだったが、返ってきた彼女の予想外な返答に目を丸くする。

 何か悪いものでも食べたのか、それとも風邪でも引いているのか、いや人形は風邪などひくはずがない…珍しいハンターの態度に思案していると、それが面白くなかったのかハンターの目つきが怪しいものとなる。

 せっかく来てくれるということで、それ以上詮索はせず、エグゼはハンターを連れて自室へと向かっていった。

 

 エグゼの招きに応じ部屋に入ったハンターは部屋の中を軽く見回した。

 スコーピオン達とよく遊んでる印象から部屋は荒れ放題と思っていたが、部屋の家具は小奇麗にまとめられ掃除も隅々まで行き届いている。

 ベッドの寝具も綺麗にたたまれ、物もきちんと整理されている…予想していたよりも清潔な部屋にハンターは感心し、少しだけエグゼへの評価を改めた。

 

「ちょっとこれ片付けてるから適当なところでくつろいでてくれよ」

 

 エグゼの言葉に頷き、ハンターはそばのいすに腰掛ける。

 持ってきたビールを冷蔵庫に収納するエグゼをぼんやりと見ていたハンターであったが、ふと壁に飾られている写真に目を止める。

 その多くがMSFの仲間たちとの風景を撮った写真だったが、その中に一枚だけMSFの仲間ではない者たちとの写真があった。

 

「鉄血…」

 

 写真はエグゼがまだ鉄血にいた頃に撮ったものなのだろう。

 笑顔を浮かべるエグゼは同じように笑うハンターと肩を組んでいた……前までの記憶が消えて以来、このように笑い合い肩を組むことなど一度もしてたことがない。

 自分が知らないかつての自分の姿に、ハンターは哀愁を感じていた。

 

 写真には他にもデストロイヤーや相変わらず無表情な代理人、そしてアルケミストらも写っていた。

 時に利用し合う鉄血の人形たちだが、固く結ばれた絆が一枚の写真から伺える…そんな中に、ハンターには見覚えのない人物が一緒に写っている。

 研究員の白衣を着たメガネをかけた女性で、アルケミストの隣に並び優しそうな笑顔を浮かべている。

 

 おそらく写真に写るその女性は人間だろう。

 鉄血が人類に反旗を翻した今では絶対にありえない光景だ。

 

 

「おい処刑人、この人は誰だ? 少なくとも今の私の記憶にはない」

 

 その女性の正体が気になったハンターは写真を手に取りエグゼに問いかける。

 

「あぁ……サクヤさんか」

 

「サクヤ? 鉄血の研究員か何かか?」

 

「そうだな、一時期オレたち鉄血のハイエンドモデルの開発主任だったひとだ。そっか、お前は覚えてないよな……いい人だったよ」

 

 懐かしむように写真を見たエグゼであったが、その表情にどこか哀しみの色が込められていた。

 

「サクヤさんとは姉貴が…アルケミストが一番付き合いが長かったんだ。姉貴が他の誰よりも尊敬してて大切に想っていた人だったんだ」

 

「アルケミストがか?」

 

「あぁ。この頃は姉貴もあんなんじゃなかったんだぜ? 信じられるか?」

 

 アルケミストが敵対者に見せる過剰なまでの残虐性だが、エグゼはその当時のアルケミストにはそのような様子はなかったと説明する。今も変わらないのは仲間を想う気持ちだ。

 

「それで、この人は今は…?」

 

 ハンターの問いかけに、エグゼは何も答えなかった。

 ただその沈黙が意図するものを察し、ハンターはそれ以上の追及はしなかった。

 

「姉貴がどうしてあんなにも仲間じゃない存在に冷酷になれるか…姉貴は仲間には優しいが、それ以外の存在には情けをかけない。いやそんな半端なもんじゃないな…憎悪を抱いてると言ってもいいな、姉貴は人類を、世界を憎んでるんだ」

 

「処刑人、わたしは記憶を失って以来かつての仲間たちのことを知る機会がない。わたしはここで生きていくと決めたが、それでも知りたいんだ…教えてくれないか、みんなの事を」

 

「あぁ…いいよ。ハッピーエンドで終わる話しじゃないけど勘弁してくれよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄血工造株式会社 研究所

 

 東欧のある街に建てられた鉄血工造株式会社の自律人形製造工場、その近くにある広大な演習場で、開発されたばかりの戦術人形…いわゆるハイエンドモデルと呼ばれる人形の性能テストが行われていた。

 場所は戦術人形の戦闘訓練を目的に設けられた演習場だ。

 ハイエンドモデルを含む鉄血製の戦術人形の多くが情報漏えいを避けるため、人の目につかないよう周囲を外壁で覆われた広い演習場が使われる

 

「主任、上手くいきますかね…?」

 

「あの子なら大丈夫だよ、なんたって自慢の子だもの!」

 

 不安げな様子のスタッフとは対照的に、主任と呼ばれたメガネをかけた女性は満面の笑みでピースサインを向ける。二人が見つめるモニターには、演習場の様子が映されている。

 今回選ばれたのは市街地を模したフィールドだ。

 今映像に映し出されているのは一人の白髪の戦術人形……コンクリートの建造物が並ぶフィールドを落ち着いた様子で索敵している。

 

「わが社の三番目のハイエンドモデル、そして我々のチームが初めて開発したハイエンドモデル"アルケミスト"。この人形が上に認められれば、我々の評価も上がりますね主任」

 

「上の評価はどうでもいいけど…アルケミスト上手にやれるかな? 少し心配になってきた…!一応救急箱を用意しといて!ああ、でも大けがしたら大変だわ!きゅ、救急車も呼んでおいた方がいいかな!?」

 

「サクヤ主任落ち着いてください!それに修復施設もすぐそこにあるから大丈夫ですから!あ、戦闘が始まりますよ」

 

 その言葉に"サクヤ"は手に持っていた救急箱を放り投げてモニターの前へ駆けつける。

 箱入り娘を想う親のような彼女の様子に、女性スタッフも苦笑を浮かべる。

 

 モニターには、仮想敵として用意された鉄血製の戦闘ロボットと戦うアルケミストが映されている。

 アルケミスト一人に対し、用意された戦闘ロボットは数十体…明らかに無茶な性能テストの内容だが、上層部の指示で断り切れず、開発主任であるサクヤとしては不本意なものであった。

 とはいえ緊急時には主任であるサクヤの権限で戦闘ロボットの動作を停止させることも可能だ。

 ロボットを制御するボタンを早まって押してしまわないか、それが部下のスタッフの心配事であった。

 

 

「あぁ! 怖くて見ていられないッ!」

 

「しっかり見ててくださいよ主任、上に誰が説明すると思ってるんですか、あなたでしょう!?」

 

「は、そうね! 深呼吸しなきゃ……スー…ハー……よし来い!」

 

 

 落ち着きのないサクヤに部下のスタッフも頭を抱え込む。

 こんなんでも自律人形の開発において高い成績を持つ人物なのだから困ったものだ…最近はI.O.Pから引き抜いたと言われる研究員が重要な開発を行い、鉄血工造としてもそちらに開発費を多く投じているらしいが、それでも組織内でサクヤを評価してくれる存在も少なからずいる。

 

「心配いりませんよ主任、見てください。アルケミストが優勢ですよ」

 

「よし、これで勝てる! やっちゃえアルケミスト! 頑張れ頑張れ、負けるなアルケミスト!」

 

「あの主任、お願いですから落ち着いてください」

 

 

 モニターに映るアルケミストの戦闘の様子に、先ほどまで不安な様子で見ていたサクヤも手を叩いて喜んでいる…が、市街地から多数の戦闘ロボットが現れてアルケミストを包囲するのを見ると、大きな悲鳴をあげて緊急停止ボタンに手をかける。 

 それをスタッフが全力で阻止、暴れるサクヤをなんとか押さえ込む。

 

「は な せ! アルケミストに何かあったら承知しないかんね!?」

 

「落ち着いてくださいよこのバカ! 性能テストの最中ですよ!」

 

 ぎゃーぎゃー喚くサクヤに手を焼かされているうちに、演習場では動きがあったようだ。

 先ほど包囲されていたアルケミストは驚異的な身体能力で建物の突起物を足場に駆け上がり、包囲の外へと逃れ敵を殲滅する。単調なAIである戦闘ロボットはアルケミストの鮮やかな手口に対応できず、そこへ駆けつけた増援もろとも撃破していくのであった。

 そしてすべての戦闘音がおさまった時、フィールドに立っていたのはアルケミストただ一人だった。

 

 

「よ、良かったー…」

 

 無事終わった戦闘に、安堵したサクヤはその場にへたり込む。

 暴れるサクヤを押さえていた女性スタッフも重労働から解放されその場に崩れ落ちる…運動不足の研究員には暴れまわる人間を押さえるのは相当な重労働らしい。

 しばらく息を整えていたサクヤであったが、思いだしたように立ち上がると脱兎の如く駆け出した。

 運動不足が心配される研究員とは思えないほどの足の速さでサクヤが向かっていったのは、先ほどモニターに映されていた演習場ゲート。

 ゲートの鍵を開きロックを解除すると、そこにはゲートが開くのを待っていたアルケミストが無表情でたたずんでいた。

 

「アルケミスト! 無事で良かった…!」

 

 アルケミストの姿を見るなりその胸にとびつくサクヤ…一応主人である彼女を受け止めるアルケミストだが、どこか困ったような表情だ。

 

「たかが戦闘テストで大げさです。あの程度の戦闘ロボット、どうということはありませんよ」

 

「そうは言ってもだねアルケミスト、万が一ということもあるんだよ? 日本にはね、サルも木から落ちるということわざだってあるんだから」

 

「戦術人形の私が確立という不確かなものには左右されません、それに私はサルではありません」

 

「もう、屁理屈言わないの!」

 

「屁理屈ではないと思うのですが…」

 

 目の前でぷんぷん怒るサクヤの様子に、より一層アルケミストは困惑する。

 ふと、サクヤはアルケミストが腕から血を流していることに気付くと慌てだす。

 

「大変、怪我してるじゃない!」

 

「銃弾が一発当たっただけです。さほど問題ではありませんよ」

 

「大問題ですッ! しまった救急箱を置いてきてしまったわ…!救急車、救急車を呼ばなきゃ!」

 

「マスター、修復施設はすぐそこですよね?」

 

「それだ! 早く行くわよ!」

 

 困惑するアルケミストの手を引いて、サクヤは修復施設に向けて駆けだした。

 施設の扉を勢いよく開けると、何事かと施設のスタッフたちが飛び出してくる…切羽詰まった様子で話すサクヤであったが、言葉がめちゃめちゃで伝わるものも伝わらない。

 見かねたアルケミストが簡潔に代弁する。

 

「なるほど、人形が負傷したから修復をと……で、お前はこの傷を治すべきだと思ってきたのか?」

 

「私個人の意見を言わせてもらいますと、自然治癒で問題ないかと」

 

「その通り、自然治癒で治るのならそれに任せた方が利口な場合もある。そういうわけでなサクヤ主任……いちいち小さな傷でやってくんな!」

 

「なんだと!? わたしは開発部門の主任なんだぞ、偉いんだぞ!」

 

「やかましい! こっちだって修復部門の主任だ!」

 

「マスター…もう此処の皆さんに迷惑をかけるのは止めて戻りましょうよ。すみません、ご迷惑をおかけしました」

 

「ちっ、覚えてなさいよあんた!」

 

「おとといきやがれ!」

 

 お互い姿が見えなくなるまで罵り合い、その間好奇の目に晒され続けたアルケミストはやりきれない思いでサクヤの襟首を引っ張っていった。

 

 

 

 

 

「まったくもう、あのオッサンときたらまったく」

 

 その後は研究所へと戻り、サクヤの部屋にてアルケミストは治療を受けていた。

 銃弾が当たったとはいえかすり傷程度、大した処置などしなくても数日で治る程度の傷であったが、サクヤはそれをよしとしなかった。

 ばい菌が入らないよう傷口を消毒し、清潔なガーゼを当てて包帯を丁寧に巻いていく。

 主人である彼女に治療されることは気が引けるアルケミストであったが、椅子に座り治療を受けることを"命令"されて大人しくしていた。

 

「マスター何度も言いますが、大した傷ではありませんよ?」

 

「ダメだよ、傷跡が残っちゃったら大変なんだから。あなたも女の子なんだから、そういうところ気にしないとダメだぞ」

 

「いつか私は戦術人形として戦場に出ます。そうしたら今以上の傷も受けますよ」

 

「そうならないように努力するの…よし、これで出来上がり!」

 

「ありがとうございます、マスター」

 

 水玉模様のテープで包帯を固定し、傷口の処置に満足げに頷くサクヤ。

 もう用はないだろうと、宿舎へ戻ろうとするアルケミストであったがサクヤに引き止められて再び椅子に腰掛ける。

 そのまま待っていると、サクヤはお盆に二人分のケーキを載せて戻って来た。

 

「町で買ってきたんだ、アルケミストはケーキ食べた事ある?」

 

「いえ、ここでの食事以外はありません」

 

「そっか、じゃあ食べてみなよ。きっと気にいるからさ!」

 

「では、いただきます」

 

 小皿に載せられたケーキを受け取り、スプーンにケーキをすくう。

 ケーキを口に運ぶ前に、チラリとマスターであるサクヤを見て酷く後悔する。

 物凄い期待したような表情でじっと見ているのだ…マスターの清々しいほどの笑顔に怯むアルケミストであった。

 サクヤの視線に気まずさを感じつつケーキを口にしたアルケミストであったが、口の中に広がるクリームの甘味に感嘆の声を漏らす。

 

「どう、美味しいでしょ?」

 

「……はい、とても甘くて美味しいです」

 

 生まれてからというもの、このような菓子類を口にしたことがなかったアルケミストはケーキの美味さにすっかり魅了される。甘すぎず滑らかな味わいの生クリーム、ふわふわのスポンジ、白いケーキの中に彩りをつけるイチゴの甘酸っぱさ…それら一つ一つを丁寧に味わっていく。

 

「ごちそうさまです、とても美味しかったです」

 

「それは良かった…もう一個食べる?」

 

「え?ですがそれではマスターが…」

 

「わたしはいいから食べなよ」

 

 サクヤの好意に遠慮するアルケミストだが、最後には折れてもう一個のケーキを受け取る。

 やはりサクヤはニコニコと笑顔を浮かべてアルケミストをじっと見つめている…先ほどのような気まずさを感じていたが、一度ケーキを口にすればその味わいに夢中になる。

 あっという間に食べてしまわないようペースを控えめに、ゆっくりとケーキを味わう。

 至福の味わいに、ついアルケミストのほほも緩む。

 

(やっと笑ってくれた…)

 

 本人も知らずに浮かべているその笑顔…いつもは無表情のアルケミストの珍しい表情に、サクヤは満足していた。

 

 二つ目のケーキも食べ終わったアルケミストは、少しの間余韻に浸り満たされたように穏やかな表情をしていた。

 そんな時、サクヤは少し身を乗り出してアルケミストへ近付くと、彼女の頬についていた生クリームをそっと指ですくったかと思うと、それを自分の口元へと運んだ。

 

「んふふ…あま~い」

 

「なっ…マスター…!?」

 

 途端にそれまでクールを装っていたアルケミストの顔が真っ赤に染まる。

 アルケミストのなかなか見れない動揺した姿に大喜びするサクヤであった。

 

「まったく、あまりからかわないでください」

 

「あはは、堅苦しくしてるより笑ってた方がずっと楽しいんだから。それにその口調、もっとこう…敬語なんて使わなくていいんだよ?」

 

「いえ、マスターと私は上下関係にありますのでそこは守らなくてはいけないかと。ですが命令されるのであればそのように致しますが」

 

「もー、そういうとこだよアルケミスト! まあ命令はしないけどさ、気軽に話してくれると私も嬉しいからさ…君の好きなタイミングでいいよ、それが無理なら今のままでも構わないから。結局は君が思うようにするのが一番だからね」

 

「そうですか……分かった、マスター」

 

 少しだけ砕けた口調で話してくれたアルケミストにサクヤは微笑みを返す。

 ふと、サクヤは思いだしたようにテーブルの上のタブレットを手に取ると、ある人形の写真を表示させてアルケミストに見せる。

 

「新しく生まれてくるハイエンドモデル"デストロイヤー"だよ、まだメンタルの調整中で起動させてないけど近いうちに一緒になるよ。君にはこの子の面倒を見て欲しいんだ、新しい家族としてね?」

 

「家族…?」

 

「うん、そうだよ。人間の家族とは意味合いが違ってくるけど、同じ鉄血工造で生まれた人形として家族みたいに仲良くして欲しいんだ」

 

「家族という意味が理解できませんが、命令とあらばそのように」

 

「今はそれでいいけど、いつか他の誰かを好きになって、大切に想う気持ちを知ってくれたら嬉しいな」

 

 その言葉にアルケミストは無言で頷いたが、内心ではその言葉の真意を探ろうと電脳をフル稼働させていた。

 家族、誰かを好きになる、誰かを大切に想う気持ち…そのどれも今のアルケミストには理解できないものであった。

 アルケミストは好きということを興味に置き換えてみる。

 それを目の前にいるマスターに当てはめてみれば、興味があると言えよう……時折大げさなところもあるが、親身になって接してくれたり、さっきのように小さな傷でも身を案じてくれる。

 見ていて飽きが来ない、今こうして何気なく一緒に居るだけでも悪い気はしない…おそらくこれが好きということなのだろうか?

 

 ケーキの皿を片付けるサクヤの背をアルケミストはぼんやりと見つめる。

 

「わたしは、マスターの事が好きなのかもしれない」

 

 そんなことを無意識にアルケミストが述べてみると、その言葉を聞いてしまったサクヤが驚きのあまり転倒する。

 転んだ拍子にテーブルの角に頭をぶつけたらしい、鈍い音と彼女の悲痛な声が響く。

 

「マスター大丈夫か!?」

 

「アイタタタ……それよりアルケミスト、さっきなんて…?」

 

「うん? 何か言いましたか?」

 

「私の事好きって言わなかった?」

 

「言いましたかそんなこと? それより額から血が出てます、治療しないと」

 

「へーきへーき、ほんのかすり傷だよ」

 

「ダメです。マスターも女の子なんですから、傷跡が残ってしまったら大変です」

 

 先ほど自分が言って聞かせた言葉を言い返されたらサクヤも何も言い返せない。

 幸いにも額の傷は少しかすった程度で、ばんそうこうを一枚貼るだけで済む…のだが、アルケミストは消毒液や軟膏を用意する徹底ぶりだ。

 そこまですることはないのにと思いつつも、アルケミストの優しさが嬉しくてそれに甘えるのであった。

 治療のため二人は近い距離で向き合う形となる……治療をしていたアルケミストは、ふと自分の顔をじっと見つめるサクヤに気付く。

 

「なんですか?」

 

「いや、君の瞳がきれいだったからさ」

 

「おかしな話しですね、わたしを作ったのはあなたですよ?」

 

「そういえばそうだった。アレ、ということは私ってアルケミストのお母さん?」

 

「なんでそうなるんですか……はい、治療終わりましたよ」

 

「うーん、ありがとうね!」

 

 能天気な笑顔を浮かべるサクヤにどういたしましてと返す。

 アルケミストに治療されたのがよほどうれしいのか、鏡の前で何度も額をみてはにかむ…そんな様子を眺めながら、先ほどの会話をアルケミストは思いだしていた。

 

(私がマスターを好き…と言ったのか?)

 

 まだアルケミストにとって"好き"は単なる言葉でしかない…だが先ほどのサクヤの反応から、その言葉が特別なものなのだということは少し理解できた。

 そんなことを考えていると、宿舎に入る門限が近付いていたことに気付く。

 一応人形を管理する観点から、人形たちの宿舎には門限が存在する。

 あまり自由が認められず、限られたエリアの出入りしか出来ない鉄血人形たちのほとんどは宿舎で過ごすため、門限を超えて外出している人形はほぼいない。

 だが万が一門限を超えた場合、いかなる理由であっても処罰は免れない…いまだ処罰を受けた例はないが、その一例目にはなりたくないアルケミストは宿舎へ戻るため席を立つ。

 

 

「マスター、門限の時間が近いのでこれで失礼します」

 

「あ、結構時間が過ぎてたんだ。うん、わかったよ……また明日ね」

 

「はい、また明日」

 

 

 部屋を出る際にぺこりと頭を下げ、アルケミストは部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 また明日。

 "好き"なマスターに会える、明日はよりよい未来がやってくるんだ……そう思うことができる日々。

 

 

 

 

 

 蝶事件発生の数年前の出来事――――

 

 

 

 




明日なんてこなければいいのに…(涙)



人物紹介!

〈サクヤ〉

身長:169㎝
性別:女性
出身:ドイツ
特徴:メガネ、ハイテンション、家族想い

鉄血工造株式会社の人形開発部門に所属する研究員であり、アルケミストを含む複数のハイエンドモデルの開発者。
ドイツ生まれの日系ドイツ人で、日本人の片親の影響から日本文化にも精通はしている。
ただし幼少期に勃発した第三次世界の戦火に巻き込まれ、両親や親族を全て喪い孤児院に引き取られていた。
大切な家族を失った経験から、家族という存在を何よりも大切に想い、その気持ちを人形たちにも広まってほしいと思っている。

孤児院では自律人形にお世話になっていたこともあり、自律人形の開発に携わることを選びひたすら学問にうちこみ、見事業界大手の鉄血工造株式会社へと就職する。
その後は人形の製造・開発に携わり、優秀な成績から開発チームを任され、何体かのハイエンドモデルの開発を行った。
元々は自律人形の平和利用を願っていたが、鉄血工造に入ってびっくり…そのほとんどが軍事目的の戦術人形と知ることになる。

アルケミストが何よりも、自分の命よりも大切に想っていた人物

この時点のアルケミスト
・まだ家族愛には目覚めてない
・眼帯をしていない
・あまり感情を表に出さない

こんな感じです…結末は推して知るべし


あぁ……バッドエンドが決まり切った物語を書くのがこんなにも苦しいとは思わなかった…。

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