METAL GEAR DOLLS   作:犬もどき
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追憶編:誰かを"好き"になるということ

 年長者への敬意というものがまるでない失礼極まりない子ども、それがアルケミストのデストロイヤーに抱いた第一印象であった。

 開発主任のサクヤより誕生したばかりの彼女をお世話する任務を受けたアルケミストであったのだが、相手のデストロイヤーはと言うと、世話なんかいらないとアルケミストを拒絶しようとしたり無視をしたりと、このような態度にはアルケミストも多少イライラさせられていた。

 だがマスターの命令である以上、任された任務を投げ出さずに全うするのがアルケミストだ。

 デストロイヤーの憎まれ口を聞き流しつつ、誕生後まもなく、知識に乏しい彼女にここでのルールや決まり事などを教え、時折行われる戦闘テストに同行しサポートを行う。

 ハイエンドモデルと呼ばれる人形は一人一人違った特徴や役割が与えられており、単純に力の強弱はつけられない。サクヤ曰く、デストロイヤーは爆破任務や破壊工作を得意とするらしく、訓練もそれに見合った内容となっていた。

 

「んふふ、今日の訓練は楽しかったな~!」

 

 訓練を終えたデストロイヤーはペットボトルのジュースを飲みながら上機嫌に廊下を歩いていた。

 その日行われた訓練というのは、敵対拠点の破壊工作を想定したものであり、これまで行われてきた訓練に比べて多量の爆薬を用いたものであった。

 訓練を監督する上層部の思惑を知る由もないデストロイヤーであるが、爆薬で何もかも吹き飛ばすのは爽快だったらしく、訓練後もその余韻に浸っているというわけだ。

 

「あのビルを木端微塵に吹き飛ばした時の爽快感といったらもーたまんないね! あんたの訓練が地味に思えるよ、今度破壊工作について教えてあげようか!あ、でもただ爆薬をセットするだけじゃ意味ないからそこは勘違いしないでよね。拠点の爆破には適正な炸薬量、バランスが大事なんだから! そうだ、今度宿舎の東の倉庫に行こうよ、そこで爆弾解除の練習もできるんだ!」

 

 いつもは不機嫌な表情で文句ばかりを口にするデストロイヤーの自慢話を、アルケミストは斜め後ろを歩きながら聞いていた。

 爆破に関するうんちくをうんざりするほど聞かされて、上機嫌なデストロイヤーとは反対にアルケミストの機嫌は悪くなっていく。

 ただ自慢を聞かされるだけならともかくとして、自分に課せられる訓練が退屈だの地味だの言われれば不機嫌にもなるというもの。

 

 前を歩くデストロイヤーの後頭部に前蹴りを浴びせてやりたい気持ちをなんとかこらえていると、廊下の先から一人の戦術人形が歩いてくる。

 黒髪にメイド服のような服装の彼女の名前は代理人(エージェント)、現状存在する鉄血のハイエンドモデルの中で最も階級が高く作戦能力も高い存在だ。

 

「代理人」

 

「ごきげんよう、アルケミストさん、デストロイヤーさん

 

 アルケミストが姿勢を正しお辞儀をし、代理人は片足を斜め後ろに引いて両手でスカートの裾を掴む…丁寧なカーテシーの挨拶を向ける。

 互いを認め合うように視線を交わした二人であったが、ふとその視線を落とす…。

 両者が挨拶を交わしていた傍で、デストロイヤーは代理人を前にしている緊張感からか口を真一文字に閉じて目を見開きじっと代理人を見上げている。

 

「デストロイヤー、挨拶を返しなさい。失礼だぞ」

 

「あ、あぅ…ごきげんよう、代理人…さま」

 

 緊張するデストロイヤーは何を血迷ったのか、アルケミストがしたような簡単な挨拶をすればいいのに、代理人がしてみせたカーテシーを真似てみせる。

 だが慣れてもいない作法はするものではない、その姿は不格好でなんとも滑稽なものだ…挙句の果てに姿勢を崩してよろめく。

 その様子を代理人は無表情でじっと見下ろしている…睨まれていると思っているのか、デストロイヤーは小さな悲鳴をあげて目に涙を浮かべ始めてしまう。

 

「あー…代理人? こいつにはあたしがマナーを仕込んでおくよ」

 

「サクヤさまから教育係を言いつけられているのでしょう? しっかりなさい、いずれお客様のもとへ届けられたときにきちんと挨拶ができるようにしなければなりませんからね。では二人とも、ごきげんよう」

 

 結局最後まで緊張が解けることのなかったデストロイヤーは、固い表情のまま立ち去る代理人を見送った。

 そして代理人の姿が見えなくなると緊張の糸が途切れたのかその場にへたり込む…いつもは強気で生意気なデストロイヤーの珍しい姿に、アルケミストはおもわず吹きだした。

 

「あはははは! いくら代理人を前にしたからとはいえ驚き過ぎだろう? まあ、仕方ないか…まだお前も未熟ということだ」

 

「う、うるさい…!」

 

 笑われていることが気に入らなかったらしい、デストロイヤーは笑うアルケミストを睨みつけると立ち上がり早足でその場を立ち去っていく。サクヤから彼女の面倒を見るよう言われていたアルケミストは立ち去る彼女の後を追うが…。

 

「来ないでよバカ!」

 

「そうもいかない、マスターからお前の面倒を見るよう言われてる」

 

「そういうのが迷惑なんだ!」

 

 あくまでもマスターの指示だからと答えるアルケミストに、デストロイヤーは立ち止まり、持っていたペットボトルを投げつける。

 投げつけられたペットボトルを難なくキャッチするアルケミストであったが、デストロイヤーの常日頃のわがままにうんざりしていた彼女も静かに怒りをあらわにする。

 

「お前いい加減にしなよ…マスターの手前、大目に見てやってたけどな、あたしの我慢にも限度がある」

 

「じゃあもう放っておけばいいじゃない! マスターマスターって、バカみたい!」

 

「お前…!」

 

 愚弄され、アルケミストの手が咄嗟にデストロイヤーの胸倉を掴みあげ、反対の手を振りあげた…だがアルケミストは彼女を殴ることはしなかった。

 デストロイヤーのためではない、大好きなマスターとの約束を思いだしたからだ。

 マスターは他の仲間たちと仲良くしてもらい、家族のようになって欲しいと願っている…ここでデストロイヤーを殴ればその約束を破ることになってしまう、そう考えたアルケミストは自分の行為を恥じてすぐに彼女から手を離す。

 

「すまない、デストロイヤー」

 

 その謝罪は、デストロイヤーには届かない…彼女は涙を浮かべた顔でアルケミストを睨みつけると、その場から走り去っていってしまった。

 すぐにでも追いかけるべきだったのだろうが、なぜだかアルケミストは走り去るデストロイヤーを追いかけることができなかった……ただ、マスターの言っていた言葉とデストロイヤーが去り際に見せた表情がいつまでも頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時が近付き、人形たちの宿舎内の灯りが一斉に灯る。

 時計の針はもうすぐ午後の6時をさそうとしている。

 宿舎内に設けられた人形たち専用の食堂が解放され、宿舎に住む人形たちは綺麗に列を作り配給の順番を待つ。

 鉄血工造において人形たちに配給される食糧は栄養バランスだけを考えられた、味気なく変わり映えしないお粗末な料理だ。

 少し遅れて食堂にやって来たアルケミストはペースト状の食事を受け取りながら、食堂を見回す…食堂内にデストロイヤーの姿はなかった。

 

「どこに行ったんだアイツは…」

 

 あの後デストロイヤーは自分の部屋にも戻った痕跡はなく、宿舎中を捜してもどこにも見当たらなかった。

 きっとどこかに隠れているのだろうと自分を納得させていたが、もしも外にいたら…あと一時間もしないうちに門限の時間となってしまう。

 さすがに門限を超えて出歩くような真似はしないだろうと思うアルケミストであったが、それでも不安であった。

 

「となり、いいか?」

 

「ん?おう」

 

 うまくもない料理をがつがつと食べる人形…処刑人に声をかけ、席に座る。

 彼女の斜め前には同じくハイエンドモデルであるハンターが座り、料理を口にするたびに顔をしかめている。

 

「なあ二人とも、デストロイヤーを見なかったか?」

 

「うん? 見ていないな…処刑人、お前はどうだ?」

 

「知らね」

 

 料理に夢中になる処刑人が即答する。

 ハンターも見ていないということなので、やはり外にでもいるのかと思い始める。

 

「アルケミストさ、あのクソガキなんてほっといたほうがいいぜ? ムカつくし生意気だし自慢しかしてこねーし、そのくせ泣き虫ときたもんだ。同じハイエンドモデルとして恥ずかしいぜまったく」

 

「おい処刑人、それは言い過ぎだろう」

 

「あんなチビがオレより位が高いってのも納得いかねぇよな、単純な腕っぷしで負ける気もしないしさ」

 

「分かったよ、お前たちは知らないんだな。まあどこかで見かけたら教えてくれ」

 

「ああ、処刑人も分かったか?」

 

「暇があったら捜してやるよ」

 

 処刑人、こいつもこいつで失礼極まりない態度をするところがあるが、さばさばとした性格でデストロイヤーのような面倒くささはない。

 しかし今日の処刑人の態度に奇妙な違和感をアルケミストは感じていた。

 それがなんなのかは分からずじまいで、その日の夕食を終える。

 

 

 食堂を出ていったアルケミストはもう一度デストロイヤーの部屋を訪れる。

 部屋の扉をノックし反応を待つが何も聞こえず、灯りがついていればドアの隙間から光が漏れるのだが、それもない。

 一体どこに行ったのだろうか…やはり外にいるのか?

 もう門限の時間まで残り数分…万が一デストロイヤーが宿舎内で隠れているだけで、それを知らずに自分が門限を破って外に出るなど目も当てられない。

 

「まったく、どこにいったのやら……ん?」

 

 ふと通りかかったゴミ置き場の前でアルケミストは立ち止まり、無造作に置かれたカードキーを拾い上げる。

 宿舎の人形一人一人に与えられたカードキーには識別番号が振られているが、そのカードキーの番号はデストロイヤーのものだった。

 そのとたん、アルケミストの疑念が確信へと変わる。

 

 落としたのか?それともここに置き忘れたのか?

 いや、宿舎を出る際にもカードキーは必要だ…ならば何故ここにあるんだ?

 誰かがデストロイヤーから盗んだのか?

 

 様々な考えが脳裏に過るが、門限を超えたことを意味するブザーが鳴り響くとアルケミストは焦りだす。

 デストロイヤーは外にいる、もしも巡回の者に見つかったら…鉄血工造全体において人形の扱いというものはお世辞にも良いとは言えない、過去にロボット人権団体からの抗議を受けた事もあるくらいだ。

 ルールを破った人形がどのような仕打ちを受けるのか、それはハイエンドモデルと言えども例外ではないだろう。

 

「まずい、まずい…どうしたら」

 

 宿舎の出入り口は封鎖され、おまけに監視カメラも設置されている。

 強引に突破でもしたら処罰は自身にも及ぶことだろう。

 そうなればマスターにも迷惑をかけてしまう…。

 

「いや、あたしは何をビビってるんだ?」

 

 一度深呼吸をし、乱れた気持ちを一旦落ち着ける…元はと言えば自分がデストロイヤーを傷つけてしまったことで起きてしまったこと。

 ならば自分の力で解決しなければならないじゃないか。

 そう考えた時にはアルケミストの身体は動いていた…身体を動かしながらも電脳をフル稼働させ、この宿舎の造りを思い浮かべる。

 向かった先はボイラー室…そこの換気扇は他の部屋よりもやや大きく、上手く取り外せれば人一人が潜り抜けられるだけの大きさがある、おまけにそこの箇所は監視カメラの死角となることもアルケミストは把握していた。

 

 慣れた手つきで換気扇を分解し、軽い身のこなしで外へと潜り抜ける。

 第一関門は突破したが、本番はここからだ。

 

 鉄血工造が雇った傭兵が私設の警備員として巡回し、多くの監視カメラが設置され、訓練された軍用犬も解き放たれている。

 任務は行方不明のデストロイヤーの捜索……ふと、アルケミストはつい最近行われた訓練内容を思いだす。

 その訓練では市街地において敵の目をかいくぐり要人を救出するというステルス任務で、今の子の状況と酷似している……その訓練はデストロイヤーが地味とこき下ろしたものだが、そんな地味な訓練がほかならぬデストロイヤーを救うとは思ってもいなかっただろう。

 

「巡回の兵士が二人、ドーベルマンが一匹か…他愛もないね」

 

 当たり前だがここでは巡回兵を殺してはいけないし、見つかってもいけない。

 いかなる痕跡も残すことは許されない完全な隠密作戦が必要とされる。

 

 巡回する傭兵の行動パターンを見極め、素早く、しかし油断なく彼らの間をすり抜けていく。

 厄介なのは軍用犬のドーベルマンだ、奴らは鼻がきく。

 索敵能力だけなら戦術人形をも凌駕する…一応軍用犬の役割を果たす戦闘ロボットも世界では開発されているが、やはり生身の生物である犬の能力を超えるには至っていない。

 ドーベルマンの行動を注意深く観察し、欠伸をして気が緩んでいるその隙にそこを通り抜ける。

 

 ここまでは順調だ。

 問題なのは果たしてデストロイヤーがどこにいるかだ…巡回する兵士の会話に耳を傾け、特に事件らしきことも起きていないようなのでおそらくはまだ発見されてはいない。

 

「さて、どうしたものかね」

 

 同じ戦術人形を識別する信号を探るが、巡回兵の中には下級の鉄血製人形も含まれているためそれらの存在がデストロイヤーの信号と被り当てにすることができない。

 ならば隠れていそうなところを片っ端から捜すしかない。

 巡回兵があちこちで、軍用犬を伴い夜警にあたっているところから外に隠れている可能性は早々に排除する。

 研究所の方も、外以上に警備が厳しいために除外だ。

 となると…。

 

「人気のない倉庫とかか、でもあまり不用意にうろつきたくはないね。どうしたものか…」

 

 茂みの中に身を隠し、額に手を当ててアルケミストは考える。

 巡回兵と監視カメラを潜り抜けるのにもさすがに限度がある、出来ることなら最低限の行動でデストロイヤーを見つけ出したい。

 弾薬庫、資材庫、格納庫などなど…隠れられそうな場所はたくさんあるが…。

 

「どこだ、どこにいるんだ……待てよ、あいつ確か…」

 

 アルケミストはデストロイヤーとけんか別れする前の会話を思いだすと、そこへ目星をつけてすぐさま行動する。

 目指すのは宿舎より東にある倉庫、普段は誰も使うことのない倉庫だ。

 そこへ入る前に一度周囲を見回し、人の気配がないことを確認した上で中へと入る。

 倉庫の中は暗く、よく分からない電子機器が棚にたくさん並べられている…。

 

「デストロイヤー…? いるのか…?」

 

 小声で倉庫の奥へ呼びかける……数十秒待っても返事はない、ここじゃあないのか…そう思った矢先、暗がりからデストロイヤーが顔を覗かせてきたではないか。

 ようやく見つけた彼女の姿にホッと安堵のため息をこぼし、彼女のもとへと近寄った。

 

「ここにいたんだなデストロイヤー、どうして門限を超えたんだ?」

 

「だって……カードキーがなかったから…」

 

「これのことか? ゴミ置き場に置いてあったぞ……さ、帰ろうか」

 

 そう言ってデストロイヤーを立たせようとしたが、彼女は足を痛めてしまっているのか、足取りがおぼつかない。

 

「さっき犬に追いかけられて…足くじいちゃったの…」

 

「しょうがないな、乗りなよ」

 

 背を向けるアルケミストに、デストロイヤーは躊躇していたが、その足で巡回兵を避けて戻れる自信もなかったので大人しくアルケミストの背中に身体を預けるのであった。

 倉庫を出たアルケミストは来た時と同じように、巡回兵と監視カメラを避けて宿舎を目指す。

 ある程度慣れてきた彼女はデストロイヤーをおぶっている状態でも特に苦労することなく、宿舎への帰路についていた。

 

「ねえアルケミスト…どうしてわたしがいる場所が分かったの…?」

 

「昼間、あんたがここの倉庫のことちょっとだけ言ってたろ? 確信があったわけじゃないけど、もしかしたらと思ってね」

 

「そう………わたしの話し、ちゃんと聞いてくれてたんだ

 

 彼女の小さな声はアルケミストに聞こえていたが、彼女は何も言わずただ宿舎を目指していた。

 そのうち背中ですすり泣く声が聞こえてくると同時に、デストロイヤーが小さな声で感謝と謝罪の言葉を口にしていた。

 

 

 

 

 

 ステルス行動の末、ようやくたどり着いた宿舎。

 特に大きな騒ぎにもなっていないようで、巡回兵にもカメラにも見つからなかったのだろう。

 ひとまずデストロイヤーを自室へと招き、冷やした水を彼女に与える…本当はジュースなどをあげられれば良いのだろうが、そんなものはここに存在しない。

 

「――――それで、どうしてカードキーを無くしたんだい?」

 

 落ち着いたところで、カードキーについての疑問を問いかけて見る。

 するとデストロイヤーはうつむき、何か思いつめたような表情を浮かべる。

 

「言いたくない」

 

「どうして、誰にも言わないから言ってみなよ」

 

「………処刑人のやつにとり上げられた

 

「なんだって?」

 

「処刑人とケンカになって…とり上げられたの…それで宿舎に帰れなくなって…」

 

「……そうか、そうか…」

 

 食堂で会話した時の処刑人の妙な態度はこれか…おそらくゴミ捨て場にカードキーを捨てたのも処刑人だろう。

 

「あの野郎…!」

 

「アルケミスト…!? もういいよ、無事に帰って来れたんだし…!」

 

「お前が良くてもあたしの気が済まない」

 

「ちょっと、アルケミスト!?」

 

 部屋の扉を勢いよく開けて出ていったアルケミストの後をデストロイヤーは慌てて追いかける。

 アルケミストは向かった先の処刑人の部屋の扉を乱暴に叩き、うんざりした表情で現われた処刑人の肩を掴むと部屋に押し入っていった。

 

「お前がデストロイヤーのカードキーを盗ったんだな? このゲス野郎が」

 

「ちっ、ばれたか……言っとくけどよ、先に因縁吹っかけてきたのはあのチビの方だぜ?」

 

「あのままデストロイヤーが外にいて、もし見つかったらどうなっていたか分かってるのか?」

 

「さあね、無惨に解体されるか懲罰房に送られるんじゃねえの?」

 

 悪びれもしない処刑人の態度に、アルケミストの堪忍袋の緒が切れる。

 処刑人の肩を掴んだまま、彼女の顔めがけ拳を振りぬいた……殴られると思っていなかった処刑人は勢いよく壁に叩き付けられる。

 

「てめ…!何しやがる…!」

 

「黙れくそが! 今度デストロイヤーに何かしてみろ、ぶち殺してやる!」

 

「上等だよクソッたれ…! ここでてめぇをぶっ殺してやるよ!」

 

 放たれた前蹴りを処刑人は受け止める、アルケミストの顔面めがけ頭突きを叩きつける。

 怯んだアルケミストの横っ面にバックハンドブローを叩き込み、よろめいたアルケミストめがけ跳び蹴りを放つ…が、アルケミストは処刑人の身体ごと抱え込むと、脳天から真っ逆さまに床に叩き付けた。

 

「いってぇぇッ! こんちくしょうが!」

 

「やかましい!」

 

 二人は狭い部屋で取っ組み合いのケンカとなり、ベッドやテーブルなどを粉砕し部屋を滅茶苦茶に破壊する。

 

「おい、なんの騒ぎだ!? ってお前たち何してるんだ!?」

 

 乱闘の騒ぎを聞きつけたハンターが急いで二人の間に割って入ろうとするが、お互いにキレて手がつけられず、逆にハンターが吹き飛ばされてしまう。

 もう二人は手がつけられない。

 壊れたベッドのパイプで殴り合い、双方の出血が壁に飛び散り汚す。

 

「こんのボケがッ!」

 

 処刑人が壊れたテーブルの足を投げつけるが、アルケミストはしゃがんで躱した…その時だった。

 

 

「こんな時間に何を騒いで――――!」

 

 

 部屋の扉を開けて現われた代理人……だが、タイミングが非常に悪かった。

 ちょうど部屋の扉を開いた時に処刑人が投げつけたテーブルの足が代理人の額に直撃してしまった……先ほどまでの喧騒が嘘のように、一気に静まり返る。

 アルケミスト、処刑人、ハンター、デストロイヤーの全員の視線が代理人へと向けられたまま身体を硬直させている。

 

 代理人は顔を手で覆い、無言で佇んでいる……ゆっくりと顔をあげた代理人は手のひらについた血をじっと見つめると、その凍りつくような冷徹な表情をこの騒動の原因へと向ける。

 

 

 

「あなたたち…覚悟のほどはよろしくて?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――それで、代理人ちゃんにこっぴどくシバかれたというわけかぁ。君もなかなかやるね」

 

 翌朝、アルケミストは昨夜お仕置きとしてぼろ雑巾のようになるまで制裁された傷を、マスターであるサクヤの手により受けていた。

 デストロイヤーとハンターは難を逃れたが、騒動の原因であったアルケミストと処刑人は見逃されることは無かった。

 代理人は、現状鉄血人形最強と言わしめるその力を、二人を相手に躊躇なくふるい強烈な痛みとトラウマを植え付けたのだった。

 

「すまない、マスターにも迷惑をかけてしまった…」

 

「ううん、そんなことないよ。事情は代理人ちゃんに教えてもらったからさ……まあ、門限を破っちゃったのは仕方ないと思う。それに、私嬉しいよ」

 

「何がですか?」

 

「君が危険をかえりみず、デストロイヤーちゃんの事を助けに行ってくれたことだよ。アルケミストにとって好きと思える仲間が増えたんだもん、こんなにうれしいことは無いよ」

 

「好き…とは違うと思いますよ。あくまでデストロイヤーの世話を指示したマスターの言いつけを守ったまでです」

 

「ふ~ん、そっかー……じゃあさ、デストロイヤーちゃんを連れ帰った後、どうして処刑人ちゃんとケンカしたの?」

 

「それは、ついアイツの行いにカッとなってしまって…」

 

 その時のことを振りかえってみても、自分が何故あのような行動に出たのか、今思うと不思議であった。

 ただデストロイヤーがはめられたことを知った時、自分のことのように怒りを覚えたのはなんとなく分かる…それをなんとか言葉にしようとするが、自分でもよく分からない心境にうまくまとめることができない。

 ただサクヤはそんなまとまりのない言葉でも、真摯に耳を傾ける。

 

「アルケミスト、それは何もおかしなことじゃないんだよ。誰かを好きになるということは、誰かを想うということ。アルケミストはデストロイヤーちゃんの気持ちを感じれたから、処刑人ちゃんに怒ったんだと思う」

 

「マスター、あたしにはよく分からない」

 

「じゃあさ、もしもわたしが病気か何かで死んじゃったりしたら君はどう思う?」

 

「それは…分からない。だが、マスターがいなくなったらと思うと、なぜだか胸が苦しくなる」

 

「そっか、じゃあ今度はデストロイヤーちゃんが死んじゃったらどう思う?」

 

 サクヤの問いかけにアルケミストは自分の胸に手を当てて思考する。

 デストロイヤーが死んだら…それはつまりマスターと交わした約束を果たせなかったということ。

 つまりマスターの期待を裏切るということ、そう考えると先ほど感じた胸の苦しみとはまた違った感覚が浮かぶ…罪悪感と言っていいかもしれない。

 

「あー違う違う、わたしが君に言った事は一旦忘れてデストロイヤーちゃんのことだけを考えてみて?」

 

 言われて、マスターと交わした約束を思考の中から消去する。

 

 デストロイヤーがある日突然死んだことをアルケミストは想像する…死とは、生きる者との別れを意味する概念であり、死んだ者とはもう二度と会うことはできない。

 人間とは違い人形は造り直すことができるため、人間に対する死の概念とは少し意味合いが変わってくるが…それでもデストロイヤーの死を想像した時、アルケミストは先ほどマスターの死を想像した時と同じ胸の苦しみを感じた。

 

「マスターの時ほどじゃないが、胸が苦しくなった…マスター、これは何かメンタルの異常でしょうか? 外傷を受けたわけでもないのにこの違和感、何かおかしい」

 

「そうじゃないよアルケミスト。わたしも上手に説明できないけど、なんにもおかしいことじゃないよ。わたしだって君が死んじゃったらと思うと、胸が苦しくなるからね」

 

「マスターも同じ苦しみを感じるのか?」

 

「うん、そうだよ。ねえアルケミスト、デストロイヤーちゃんにはいなくなってほしくないと思うでしょ?」

 

「それは…そうですね、マスターの指示を一旦無くしたとしてもそう思えます」

 

「出来ることなら一緒にいてあげたい?」

 

「そうですね、はい」

 

「じゃあさ、デストロイヤーちゃんの笑顔が見れたら嬉しいって思う?」

 

「はい、思いますね」

 

「うんうん、よく分かったよ。アルケミストはデストロイヤーちゃんのことも"好き"なんだよ、きっと」

 

 アルケミストが今日までに"好き"と認識したのはマスターただ一人、それ以外にもデストロイヤーの事も"好き"であると言われたとき、彼女の電脳は少しだけ混乱する。

 マスターへ向けた"好き"というのはもはや疑いようもない、ただしデストロイヤーへの"好き"はマスターへ向けたものとちょっと違う気がする……またしてもうまく言葉としてまとめられないもどかしさに悩みつつ、その通りに述べてみると、サクヤはわずかに目を見開いたかと思うとその瞳が潤む。

 

「マスター…どうしたんです急に…!」

 

「いや、まさか君が短期間でここまで成長するとは思わなかったからさ…私とデストロイヤーちゃんへの"好き"の違いは、ちょっとまだ早いかな~」

 

「なんですかそれは、教えてください」

 

「んふふふ…急いては事を仕損じるということわざがあります、何事もゆっくり確実にね。さてお仕事お仕事」

 

「マスター、お願いです、教えてくださいよ!」

 

「大丈夫だって、君ならいつか分かることだからさ。今はその気持ちを忘れないことだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスターは教えてくれなかったけど、いつか分かる日が来ると言った。

 

 "好き"よりももっと上の概念が存在する?

 

 それは単なる言葉なのかな?

 

 でもマスターにだけ向けられたこの想いはなんなのかな?

 

 今は分からないけれど、いつかマスターは教えてくれるんだろう…"好き"よりもすばらしいものを。

 

 また明日…明日またマスターに教えてもらおう、もっともっと多くの事を……。






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