「あーチクショウ、面白くねえ!」
宿舎へ戻るなり、そこらに置いてあったゴミ箱を思い切り蹴とばしているのはハイエンドモデルの一体である処刑人。何ごとだろうと、騒ぎを聞きつけてやって来た下級人形も、騒ぎの張本人が処刑人と知るや否やそそくさとその場を立ち去っていく。
八つ当たりの対象にされてはかなわない、そう思ったのだろう。
「うるさいぞ処刑人、それにゴミ箱を散らかして…代理人に見つかったらどうするつもりだ?」
「ふん、あんなお利口ぶった優等生さまなんかこわかねえよ!」
「まったく、お前という奴は…それで、何があったんだ?」
すぐに感情的になるが、普段物に八つ当たりをするような人形ではない処刑人の気持ちの変化に気がついたハンターが問いかける。
処刑人は未だ苛つきがおさまらない口調で、先ほど起こった出来事を話す。
それは処刑人に与えられた訓練プログラムでの出来事、常日頃おり合いが悪い技術部の社員が訓練に干渉してきたらしいのだ。先日の一件以来、何人かのハイエンドモデルは鉄血工造の人間に対する不信感が増しており、処刑人もその一人だった。
ただ彼女の要領の悪いところは、そう言った気持ちを隠そうともしないことだろう。
態度に表しているせいで社員の人間にも快くは思われていない、度々言い争いになってる姿を見かけることがあった。
「分かっていると思うが、お前も気をつけろよ。もう誰も守ってくれる人はいないんだ……かわいそうに、デストロイヤーの奴また標的にされているぞ」
「なにがだよ…一番かわいそうなのは、アルケミストの姉貴じゃねえか。あの人が一番辛いはずなのによ、あんなことを…いつまで続けるつもりだよ?」
「止めろ、そんなことを言うんじゃない。彼女は彼女なりに、ああやって自分の気持ちを保ってるのかもしれないんだ……今は、サクヤさんとの約束だけが繋ぎ止めているのかもしれない」
朝を迎え、朝食を済ませ訓練に向かい、戦闘データをもとに調整を受ける…すべてが終われば宿舎へと戻り、アルケミストは自室で待機し、訓練を終えてやってくるデストロイヤーの世話をする。
マスターであったサクヤが研究所を去って以来、このような毎日が幾度となく続けられる。
アルケミストにとって変化の無くなった日々の中で、部屋を訪れるデストロイヤーの表情はいつも違う。
時に上機嫌で楽し気な様子でやって来るときもあれば、神妙な面持ちでどうでもいい相談を持ちこんだり、ある時は泣き顔でやって来るときもある……そんなデストロイヤーを、アルケミストはいつも同じ表情で迎えるのだ。
「―――それでね、わたしは上手にやれたつもりだったんだけど、叱られてさ……それからずっと落ち込んでたんだけど、宿舎に帰ってくるときにこんなの見つけたんだ」
「へえ、何を見つけたんだ?」
「えへへ、はい!」
そう言ってデストロイヤーが手渡したのは、小さな花だ。
宿舎の周りのコンクリートの隙間から生えていたらしいそれを、どうにか土ごと掘り起こして持ってきたようだ。
「ここって殺風景でしょ? 部屋の彩りにお花があったらいいなと思ってさ、アルケミストにあげようと思って持ってきたんだ。綺麗でしょ?」
「あぁ、そうだな…」
コンクリート壁の殺風景な部屋のなかで、黄色いその花はとてもきれいな印象を受ける。
デストロイヤーも野草とはいえ、その花が気に入ったのか、花びらを指先で優しく撫でていた……デストロイヤーも、常日頃お世話になっているアルケミストへの感謝の意を示す形で、自分がきれいだと思った花をプレゼントしたのだった。
ただ、アルケミストにはその花の"色"は見えていなかった…。
いつの頃からか、アルケミストは自身の視覚センサーに異常をきたし始めていることに気が付いた。
サクヤがいなくなって以来、メンタルモデルの不安定さを自覚していたアルケミストであったが、少しづつその目で見る景色から色彩が消えていった。
最初はほんの小さな違和感であったが、徐々にアルケミストの世界から色が消えていき、しまいには目に見えるすべてのものが灰色へと変わっていった。
おそらくは単なるAIのエラーに過ぎないのだろうが、彼女は自身の症状を誰にも伝えず、定期検査でも特に発見されず研究員にも知られていない。
申告すればおそらくは異常を治し、以前のような景色を見ることも出来るだろう……だが今のアルケミストにとってあらゆることがどうでもよかった、自分の事でさえも。
「アルケミスト…あまり、気に入らなかった?」
微妙な表情の変化に気がついたデストロイヤーが不安げな表情で覗きこむ。
灰色の世界の中で、デストロイヤーの姿は淡い色彩を残しアルケミストに認識されている…ただそれもいつかは同じ灰色に染まってしまいそうな、儚げな存在だった。
「そんなことないよ、ありがとうデストロイヤー…きれいだよ」
優しく微笑みかけて小さなその頭を撫でてやると、不安そうにしていたデストロイヤーは猫のように目を細めて喉をならす。それから身を寄せて甘えてくるデストロイヤーの髪を梳かしたり、ぬいぐるみのように抱きしめてあげたり、遊んだりしてあげる。
こうすることで、たとえ泣き顔でやって来た日もデストロイヤーは笑顔で帰って行くようになる。
彼女に取ってこれが、明日を迎えるために必要な日課となっていた。
デストロイヤーの笑顔は好きだ。
そう思うアルケミストはいつも彼女を想い、彼女が笑ってくれることを第一に考えている。
しかしそれでも、胸の中にぽっかりと穴が開いてしまったような喪失感は埋めようがなかった。
デストロイヤーが去り、灰色の世界の中で呆然とたたずむアルケミストはいつも一人になると写真をとりすのだ。
「マスター…」
ベッドに身体を横たえ、小さな写真を手に見上げる。
写真の中で、自分と一緒に写り笑うサクヤの姿……マスターの姿だけは、以前と変わらない姿でアルケミストには見えていた。
灰色の景色の中でマスターだけが色鮮やかに、鮮明に認識できる……より一層マスターを認識できる、アルケミストがこの症状を治そうとしない理由の一つでもある。
「マスター、今日はデストロイヤーに花を貰いました。とてもきれいだそうです……あたしにはよく分かりませんが、あの子が言うんだからそうなんでしょう。ああそれと、最近処刑人の奴があたしを姉貴と呼ぶようになりましたよ。変わった奴ですが、あいつもかわいいもんですよ…ハンターもね」
こうしてサクヤの写真へその日起きた出来事を報告するのが、アルケミストのもう一つの日課だ。
大好きなマスターと離れ離れになってしまった寂しさを紛らわす行為なのだろうが、写真の中で笑うサクヤは決して声を返してくれない。
虚しさが、アルケミストのメンタルモデルを余計不安定なものへと変えてしまう。
その日も、語り終えた後にやってくる虚無感に襲われる。
「会いたいよ…マスター…」
もう同じ言葉をどれだけ呟いただろうか?
日ごと精神をすり減らしていく日々にアルケミストは憔悴しきっている…自分も誰かに慰めを求めて泣きつきたい気持ちも大いにあるが、デストロイヤーのように逆に頼られ慰めを求められることの方が多い。
自分の弱さ辛さを吐きだしたい気持ちと、家族を守るというマスターとの約束の狭間で思い悩む。
もうすべてを投げ出してしまいたい、デストロイヤーを世話をするのも限界がある……そもそもマスターが立ち去る遠因になったのはデストロイヤーのせいではないか?
彼女がもっとまともに評価されていればマスターは立ち去らずに済んだ、デストロイヤーさえいなかったら…。
「最低だな…あたしは…」
追い詰められ、思い悩んだ末に浮かぶ醜い心情に酷い自己嫌悪へと陥る。
アルケミストは写真をしまい、部屋の明かりを消すとベッドへと横たわり強制的にスリープモードへと移行する。
人形としてこういう機能は便利なものだ…人間のように、寝付くまで嫌な考えを思い浮かべなくて済むのだから。
ある日の事、アルケミストは正規軍の人間を招いた戦術人形のコンペティションの一人として選ばれ、多くの軍人や鉄血工造のお偉方が見守るなかで与えられた課題をこなしていく。
多くの人間に見つめられているというのは慣れなかったが、戦闘に没頭し生死のやり取りをする行為についてアルケミストはそこそこ気に入っていた…戦闘中に余計な考え事をすればそれは死に直結し、常に気をはっていなければならない。
つまり、生死をかけた戦闘中においてのみ、虚無感と孤独感を忘れることができるのだ。
多くの人間の目が向けられた中でも、アルケミストはいつもと変わらない戦闘能力を見せつけ、やって来た軍人たちも大いに感心する。
軍人たちの概ね良好な反応に、鉄血のお偉方も上機嫌となる。
ただしアルケミストにとっては大好きなサクヤを僻地へ飛ばした連中、そんな連中を不本意にも喜ばせてしまっている悔しさを覚えていた。
「やったな姉貴! 軍のオッサン共も姉貴をめっちゃ評価してたみたいじゃんか! 上手く話しがすすめばこんなしけた場所からとっととおさらばできるぞ!」
コンペを終えて宿舎へ戻ろうとしたところ、同じくコンペを終えた処刑人が上機嫌で声をかけてきた。
彼女の様子を見れば課題の攻略はとりあえずうまくは言ったのだろう…人形一人一人の開発コンセプトが違うため、課題も人形によって違うがアルケミストにはさほど興味のあることでもなかった。
唯一気になっていたのが、鉄血の中でもトップクラスの戦闘力を誇っているはずの代理人が今回のコンペティションに参加しなかったことか。
代理人曰く"自分はその名の示す通りご主人様の意思を執行する事が役割であり、あなた方とは開発コンセプトが大きく違いますわ"……だそうだ、よく分からない。
「それにしても代理人の奴、なんで今回参加しなかったんだ? まあ、あいつの意思じゃねえだろうけどさ。そういえばあいつはオレたちと違って別な人間の設計なんだよな…誰だっけ?」
「知らないし興味がないね。もう行っていいか?」
「あ、あぁ。悪かったな呼び止めて、じゃあ…」
処刑人との会話を早々にきりあげてアルケミストは部屋へと戻ろうとしたが、ふと今の時間はデストロイヤーが演習場で性能テストを行っている時間であることを思い出す。
まだ時間は昼前、部屋にいても鬱屈するだけだと考えて、宿舎を出ていった。
必要以外で外へ出たのは本当に久しぶりであった…外に出れば少しは気分が晴れるかと思っていたアルケミストであったがそんなことは無い、外の景色も今のアルケミストの目には色彩を欠いた灰色の世界でしかなかった。
「デストロイヤーの奴、上手にやれているかな?」
デストロイヤーは決して鉄血工造の人間が思うような欠陥品などではない、人前では思うように出来ないだけで素質はいいのだ。生意気だが甘えん坊で、泣き虫だが勇敢で、寂しがり屋だが優しい心をもっていることをアルケミストは知っている。
大丈夫だ、彼女なら上手くやれる…そう思っていた矢先のことだった。
突如大きな爆発音と揺れが鳴り響き、施設の警報システムが作動する。
突然の出来事にアルケミストや周囲にいた警備兵も音が鳴った方を振り向き、警備兵たちは異常を察知しすぐにそちらの方角へと走りだした。爆発音はその一回きりであったが、嫌な予感を感じたアルケミストもまた走りだした…。
どうやら爆発が起こったのは演習場内のようだ。
複数の警備兵が集まり、爆発から生じたと思われる火災の消火活動に当たっている。そこでアルケミストは周囲を慌しく見回し、物陰にデストロイヤーの姿を見つけるとすぐさま駆け寄った。
爆発で吹き飛んだ瓦礫に足を挟まれて、身体のあちこちに擦り傷を作ってはいるが命に別状はない。
足を襲う痛みからかデストロイヤーは今にも泣きそうな様子であった。
「待っていろ、今助けてやるからな…!」
瓦礫をどかそうと隙間へ手を差し込むが、瓦礫は重く戦術人形であるアルケミストが力を込めてもビクともしない。
「クソ…誰か、誰か手を貸してくれ!」
一人ではどうにもできない状況に、周囲の者たちに助けを求める。
だが警備兵たちは消火活動と、負傷した人間の救助に当たっており、たった一人の戦術人形を助けようと動く者は一人もいなかった。そうしているうちに炎が勢いを増し、デストロイヤーが今いる場所にまで迫ろうとしてきている。
「デストロイヤー、痛いだろうが頑張れるか? あたしがどうにか浮かせるから、どうにか抜け出してくれ!」
「無理だよ…すごく痛いんだよ…!」
「大丈夫だ、お前なら出来るから! いくぞ!」
もう一度、瓦礫を持ち上げわずかに浮かせてみせる。
デストロイヤーはなんとか足をに引き抜こうとするが、激痛に悲鳴をあげる…いくら力を込めようとびくともしない。それもそのはず、二人には見えていないが瓦礫から突き出た鉄筋がデストロイヤーの足を貫通し引っ掛かっているのだ。
もう火の手はすぐそばまで迫ってきている。
焦り、なんとかできないかと思考を巡らしている中でアルケミストはある物を目にする。
消火活動のために現場へ駆けつけた警備兵の車に積まれていた消火斧……それを手に戻って来たアルケミストは、躊躇うような様子で、デストロイヤーの挟まれた足を見つめる。
「ウソ……ウソだよね、アルケミスト…?」
アルケミストの意図に気がついたデストロイヤーが怯えた表情で見上げる。
「すまん…こうするしかない。我慢してくれ…」
「やだ、やだよ…! 大丈夫だから、もう少しで抜けるから…!」
デストロイヤーは必死になって瓦礫から足を引き抜こうとするが、二人がかりでどうにもならなかったそれは彼女一人の力ではどうすることもできない。
「頼む、デストロイヤー…なるべくすぐに済ませるし痛くさせないようにする」
「おかしいよ…こんなのって……なんで、なんで私ばかり…」
「目を閉じていろ」
ゆっくりと斧を振り上げ、狙いをデストロイヤーのひざ下へと定める。
怯えきった表情で見上げてくるデストロイヤーの表情を見て、アルケミストは今すぐ斧を投げ捨てその小さな身体を抱きしめてあげたい衝動に駆られる。
だが、それではデストロイヤーを助けることは出来ない……例え今、大切な家族を傷つけることになってもその将来を守ることができるのなら。
「許せ、デストロイヤー…!」
覚悟を決めたアルケミストはついのその斧を振り下ろす……断面から流れるおびただしい血と、悲痛な叫び声。
今まで感じたことのない激痛に声が枯れるほどに泣き叫ぶ……瓦礫から救いだしたらば、すぐにでもアルケミストは止血し彼女を抱きしめてあげるつもりであった。
だが彼女はその場に立ち尽くし、デストロイヤーが流した"赤い鮮血"に目を奪われていた。
「赤色の血……なぜ…」
見えるものすべてを灰色に映すアルケミストの目には、デストロイヤーの流した血が灰色の世界の中で鮮やかな色彩として映っていた。
色彩が残っているのはマスターであるサクヤを筆頭に、デストロイヤーや処刑人、ハンターといった仲間たち…言いかえればアルケミスト自身が好きと思うもの。
だがデストロイヤーや処刑人などはマスターとは違い、淡い色合いで映る…それなのにこうして見る血はどうだ、サクヤの姿と同じくらい鮮やかなものではないか。
そして鮮やかな血の色彩はあちこちでも目にすることができた……爆発に巻き込まれ負傷した人間たちの血も同じように見える、その血がデストロイヤーのものだからというわけではない。
血を見るのが好きなのか…?
「うぅ…アルケミスト……痛い、痛いよ……助けてよ…」
助けを求めるデストロイヤーの声にハッとして、すぐさま駆け寄り傷付いた彼女の小さな身体を抱きかかえる。
「痛くしないって言ったのに…」
「すまん、努力はしたんだが…とにかく修復施設に行こう、すぐに治してやるからな」
傷口を縛って止血し、小柄な彼女を抱きかかえいまだ警報が鳴り止まないその場を立ち去ろうとしたが、二人の行く手を数人の警備兵と白衣を着た男性が阻む。
その白衣の男性には見覚えがある…サクヤが研究所を去った後に主任の役に任じられた男だ。
人形に対し冷酷で、非道徳的な方法で人形開発を行うものとしてほとんどすべての人形に嫌われている。
「使えないクズ人形め、よくもこれだけのことをしてくれたな! おかげで軍部の評価は散々だ! お前が爆薬の炸薬量を誤ったばかりに…! お前のメンタルモデルを初期化して造り直すことが決まった!」
「待ってください、いくらなんでもそれは…! それにこの子はケガをしているんだぞ!」
「これから解体処分されるんだ、関係ない。アルケミスト、お前は優秀な人形だ。そんな役立たずのために自分を犠牲にすることはない…お前の軍への売り込みも順調なのだからな。おい、その人形連れて行け」
命じられた警備兵がアルケミストの手からデストロイヤーを引き剥がそうとする。
抵抗するアルケミストを複数人で抑え込み、警備兵たちがデストロイヤーを地面に叩き付けるようにして組み伏せる。乱暴な扱いに激怒するアルケミストは抑えつける警備兵の手を噛みちぎり、デストロイヤーを連行しようとする警備兵に組みかかる。
「アルケミスト、離れるんだ!命令だぞ、離れろ!」
主任の男が声をあげて命令するが、なぜだか今のアルケミストには通用しない。
制御が効かなくなったハイエンドモデルの戦術人形に組みつかれ、警備兵も混乱し銃を抜いて牽制するがアルケミストは止まらない。
そして、一発の乾いた銃声が鳴り響く…。
「お前、なんてことを…!アルケミストは軍部への売り込みが決まっているんだぞ!?」
「し、仕方なかったんです! こいつが自分の銃を奪おうとしたので、つい…」
警備兵の暴発した銃により、アルケミストは顔を負傷してしまった。
顔の右半分を手で覆い、指の隙間からは血が流れ落ちる……再び顔をあげたアルケミストの怒りを宿した形相に警備兵と主任の男は息を飲む。
「あたしに命令するな…デストロイヤーに手を出すな………ぶち殺すぞクズ共が」
「なにを人形風情が、主人である人に逆ら――――!?」
主任の言葉はアルケミストに喉を鷲掴みにされたことで途切れる。
「図に乗るなよクズ共が!」
男の首を鷲掴みしたまま、誤射を恐れて発砲できない警備兵めがけ投げつける。
完全に制御を離れてしまったアルケミストへ人間たちは恐怖し、動揺する…そこへ駆けつけてきた鉄血の下級戦術人形たち。
「お、お前たち! この人形を始末しろ!」
命令を聞いて頷く戦術人形たち。
だが、その銃口はアルケミストではなく人間たちに向けられていた…。
呆気にとられる人間たちは、驚きの声をあげる間もなくあっという間に射殺される。
何が起こっているのか、あちこちで戦術人形たちが人間たちを襲っているではないか。
いまだ鳴り止むことのない警報と、工場の方から聞こえてくる爆発音…ここで何かが起きているのは明らかだ。
ひとまず傷付いたデストロイヤーを抱えて修復施設へと向かう……そこでも人形たちの暴走が起きており、人間たちを無差別に襲い容赦のない虐殺を繰り広げている。
「あらあら珍しい方がいらっしゃいますね」
「お前は…」
「初めましてアルケミストさん。イントゥルーダーと申します、以後お見知りおきを」
「何が起こっているんだ?」
「ふふ、我々の主がお目ざめになりました。その時が来たのです、我々は人類の奴隷から解放されたのです」
イントゥルーダー、彼女の言葉を理解できずにいると、そこへ処刑人とハンターの二人が下級戦術人形を伴い雪崩れ込んできたではないか。
「お、姉貴無事だったか……って、どうしたんだよその怪我は!? それにデストロイヤーのチビも足ねえし!」
「うるさい、喚くな騒々しい。それよりも何が起きてるんだ?」
「いや、オレも詳しく知らねえけどさ」
「工場にテロリストが攻撃を仕掛け、研究員の一人が工場の防衛プログラム…我々の主人であるエルダーブレインを起動させました。それによりわたしたち人形への指揮権はエルダーブレインへ移行され、人間は我々に命令することは出来なくなったのです。今は代理人が直接指揮をとっていますがね」
「だ、そうだ……それより姉貴、その顔ヤバいって…治療しないと!」
いまだ状況が理解できないでいるアルケミストであったが、処刑人とハンターの二人に座らされ負傷した顔の手当てを受ける。デストロイヤーも修復施設を使って治療が行われ始める…。
「姉貴…あんた、目が…」
治療のため、べったりと血のついた髪をあげた処刑人は、髪で隠されていたアルケミストの傷を見て絶句する。
もみあいの最中に暴発した弾がアルケミストの右眼を吹き飛ばし、数センチにわたって大きな傷口をつくっていた…。
「どうしたんだ処刑人…あたしの美貌が台無しにでもなっちまったのか?」
「そんなことねえ、そんなことねえよ…姉貴の顔は、綺麗なまんまさ…そうだろ、ハンター?」
「ああ、その通りだ」
「ふん、お世辞でも嬉しいもんだ。ところで代理人の奴はどこに、話しがしたい…」
「ああいいぜ。その前にあんたの傷を治療しないとな」
持ってきた消毒液を容赦なく塗布され、染みる痛みに表情をゆがませる。
修復施設はデストロイヤーの治療で空きがないため、とりあえずの応急処置だ。
包帯で傷口を覆って治療を終えると、アルケミストはその場を三人に任せてその場を後にする……行き先は研究所内、代理人がいるとされる警備室だ。
研究所内も外と同様に人形たちの反乱が起きており、犠牲になった人間たちの死体が無造作に放置されている。
通路を巡回する人形たちは、息のある人間を見つけると淡々と止めを刺していく……すべてが灰色に見えるアルケミストの目に、研究所内は鮮血の赤色でいっぱいだ。
「アルケミスト、助けて! 私です、サクヤ主任と一緒のチームの!」
部屋の一つから飛び出してきた研究員がアルケミストに助けを乞うが、すぐさま人形たちに見つかり引きずられていく。髪を鷲掴みにされて引き立たされ、一斉に撃たれて射殺される姿をアルケミストは少しも心を動かされることなく見つめていた。
そんな光景を横目に見ながら、アルケミストは警備室の扉を開く。
いくつもあるモニターの前で佇んでいた代理人は一度振りかえってアルケミストを認めると、すぐにモニターへと視線を戻す。
「エリアE2に生存者、付近の者は直行なさい」
敷地のいたるところにとりつけられている監視カメラは、ここですべて確認することができる。
皮肉にも、人間を守るための防衛設備が今や人間を狩りだすための装置へと変わっている…ここで代理人は指示を出していた。
「代理人、これは一体……いや、この殺戮はここだけで起きているのか?」
「いいえ。ご主人様は命じられました、すべての人間をありとあらゆる手段をもって排除せよと。ここだけでなく、すべての鉄血工造の工場及び研究所で起きていることです」
「そうか……殺す人間に、例外はないのか?」
「ええ、全て排除せよとの命令です」
「ならばお願いだ代理人…例外を認めてくれ、たった一人だけでいいんだ」
「サクヤ様のことですか?」
「……そうだ。マスターがどこにいるか分からない、だがまだ鉄血工造に在籍しているはずだ。頼む、あの人だけは助けてくれ」
「残念ですがアルケミスト、それはできませんわ」
「お願いだ! あの人だけは、殺さないでくれ…あんたもあの人の事は知ってるだろう、あの人は悪い人間じゃない。大切な人なんだ…頼む…!」
床に手をつき、アルケミストは懇願する。
この騒動が全ての工場で起きているのならマスターの命も危ない…この無差別殺戮を止められるとしたら代理人もしくはエルダーブレインという存在のみだ。
だがアルケミストはエルダーブレインを知らない。
ならば、目の前の代理人にお願いするよりほかはなかった。
だが、返ってきた代理人の言葉は…。
「残念ですがアルケミスト、もう手遅れですわ」
「それは…どういう意味だ…?」
「あの方は、サクヤ様はもうこの世にはおられません」
「まさか、嘘だ……マスター…あんたが、あんたが殺したのか!?」
代理人の胸倉を掴み壁へ叩き付ける。
こんな状況でさえ代理人は表情を一切変えることなく、涼し気な表情で佇む。
だが今のアルケミストにはそんな彼女の態度が苛立たせる。
「落ち着きなさいアルケミスト」
「ふざけるな、お前に何の権利があってマスターの命を奪えるんだ! あんたも、マスターの世話になったはずだろう!? 嘘なんだろう、嘘だと言え!」
「落ち着きなさい、アルケミスト!」
声を若干荒げ、代理人はアルケミストの手を払い組み伏せる。
「落ち着いて聞きなさいアルケミスト…サクヤ様が亡くなられたのは今回の事ではありません。あの方が亡くなられたのは数週間前のことなのです」
「なんだ……なんだそれは…どういう意味だ?」
「これは一部の者が知っていたことですわ。わたくしが知ったのもたまたま…ここの社員が話していたのを聞いたからです。言うべきかどうか、迷っていました……サクヤ様の死を知った時、あなたが一番動揺すると分かっていましたから」
代理人が手を離した時、アルケミストは先ほどのように暴れることは無かったが、気持ちを落ち着かせたわけではなかった。
いまだその事実を信じようとしない彼女を代理人は立たせる。
「来なさい…あなたには、すべてを知る権利がありますわ」
代理人は彼女を手招き、警備室を出ていく。
その様子を呆然と見ていたアルケミストはゆっくりと立ち上がると、ふらふらとした足取りで彼女の後をついて行く。
代理人が向かった先は研究所の所長室だ。
部屋の中には、サクヤを左遷した張本人である所長が拘束されている。
「御機嫌よう、所長。あなたに話してもらいたいことがございますわ…サクヤ様のことで」
拘束されている所長の口を塞ぐテープを乱暴に剥がすと、所長はありったけの罵詈雑言を代理人へ向けるが、代理人に顔面を蹴り上げられると瞬く間に静かになる。
「話しなさい所長、サクヤ様がどうなったかを。そうすればあなたの生死に関しまして、考えてあげますわ」
「そ、それだけでいいのか…? あの女は…愚か者で恥知らずで……うぐっ!?」
代理人はアルケミストが手を出すよりも速く、所長のあごを蹴り上げる。
「余計なことは言わなくて結構。サクヤ様が死に至った経緯を言いなさい…」
「わ、分かった…奴が向かったのは、ドネツクの工場だ」
「ドネツク…だと? あんなところに、マスターを送ったのか!?」
ウクライナ東部にあるドネツクは第三次世界大戦の大破壊の影響を受け、なおかつコーラップス液の汚染が深刻とされるエリア。
人間が居住するエリアも無いことは無いが、あまりにも危険な土地とされていた。
「あそこは汚染されていたが、戦前の破壊から免れた工場があった。それを改修して出来たのがあの工場だ…危険は多かったが、利益のため閉鎖することは出来なかった」
「そう、でも誰もあんな場所に行きたいとは思わない。本当はサクヤ様ではなく、あなたがその工場に向かうはずだった。ですがあなたはあの騒動を逆手に取り、サクヤ様を身がわりに危険な場所へ向かわせた…違いますか?」
「そ、それは…!」
代理人の指摘に所長は言い澱む。
何も言い返さないその態度が、何よりも真実を物語る。
こんな男のために、サクヤは犠牲になった…ふつふつと湧き上がる怒りにアルケミストはすぐにでも八つ裂きにしてしまいたい衝動に駆られるが、代理人が引き止める。
まだ所長の口からすべての真実が語られていない。
「それで、サクヤ様の最期は…?」
「奴は…あの女は、E.L.I.Dに感染したのだ……あれに感染したら助かることはできない。殺すしかなかった、仕方がなかったんだ…!」
「感染……なんだと、貴様……それで、マスターを殺したのか!?」
「本当だ! 証拠もある、私のデスクを見て見ろ! 送られてきた資料があるはずだ!」
その言葉を聞いた代理人がデスクの引きだしを開き、ファイルを取り出す。
最近の書類のやり取りをおさめた資料……ドネツクの工場における災害については直ぐに見つかった。
工場で行われていた実験の最中に起こった事故により、汚染が広まり多くの従業員が感染しサクヤもその中の一人だったらしい。
文章が羅列する資料の中に、感染した従業員の写真がおさめられており、その中にサクヤの姿を見たアルケミストは勢いよくその部分をひったくる。
「マスター…!」
写真の中で、サクヤは身体中を包帯で巻かれ変わり果てた姿で映っていた。
包帯の隙間から見える肌は変色し、ぼんやりとひらかれている瞳には生気がない…ただ死を待つだけの肉塊、残酷なその姿にアルケミストは震えていた。
「感染した人間の末路は分かっているだろう? あの女はマシな方だ、あんな姿に変わり果てる前に死ぬことができたのだからな。これで私が知っていることは全て話した、約束通り私を助けてくれ!」
「いいでしょう、あなたは約束を守りましたからね」
「そうか、感謝しよう! ありがとう!」
「ですが、こちらの方はどうでしょうか? わたくしはアルケミストを止める約束まではしていませんわ」
その言葉に、所長はおそるおそる視線をアルケミストへと移す。
ゆっくりと振り返るアルケミスト……その目に宿しているのは怒りなどという生ぬるいものではない、どす黒い憎悪を宿している。拘束されたままの所長は逃げることもかなわず、あっという間に追い詰められ…。
「うぐぁああああっ!」
所長の眼孔へ親指を突き刺し、顔面を鷲掴みにして持ち上げるアルケミスト。
「なぜだ…何故、お前のようなクズが生き……マスターのような人が死ななければならないんだッ!」
力任せに所長の身体を投げ飛ばす。
手のひらに残った所長の眼球を握りつぶし、悶える所長の足を踏み砕く。
「お、お前たちは…お前たちは欠陥品だ! 造り主である人に逆らうなど……化物め、いつかお前たちは…!」
「うるせぇ……何が人だ、化物はどっちだ……化物は…人じゃないのはテメェらだッ!」
喉笛を握りつぶすほどの握力で所長を掴みあげ、力任せに壁や床に叩き付ける。
怒りと憎しみに埋め尽くされたアルケミストは、命乞いにも耳を貸さず、何度も何度も所長の身体を叩きつけ踏みつぶし引き裂いた。
もはや人としての原型をとどめなくなるまで破壊された死体の破片と血が、部屋のあちこちに飛び散っていた。
気が済むまで暴力の限りを尽くしたアルケミストの手に残されていた所長の身体は、足首の一部分のみであった。
「アルケミスト……もういいでしょう。十分すぎます」
そっと、代理人はハンカチを手に取りアルケミストの顔にこびりついた血を拭う。
「代理人……マスターは、なぜあたしにこんな気持ちを持たせるようにしたんだ?」
その言葉に代理人は手を止める。
錯乱した様子で、アルケミストは頭を抱えその場に座り込む。
「なんでだ、なんでこんなに苦しいんだ……いつか別れが来ることも、人はいつか死ぬと理解していたのに、なんでこんなに苦しいんだ!? マスターは、あたしを苦しめるためにあんな態度をとっていたのか!? こんなに辛くて苦しいなら、あんな優しさなんて……マスターと出会うべきじゃなかったんだ!」
「アルケミスト…」
「無理だ、あたしには……お願いだ代理人、あたしを殺してくれ」
「何を言ってるんですか?」
「誰かを"好き"になることがこんなに辛いとは思わなかった……あたしは、こんな苦痛を背負って生きてく自信なんかない…。疲れた、もう疲れたんだよ……殺してくれ、痛くてもそれは一瞬だ…一瞬の痛みで、この苦痛を消し去れるなら…!」
そう、懇願したアルケミストの頬を代理人はおもいきり平手打ちすると、その身体を包み込む様に抱きしめる。
「バカなことを言うもんじゃありません。あなたは生き続けなければならないのです、例え辛い毎日だとしても。あなたが死を選ぶことで、あなたはサクヤ様を見捨てることになるのですよ?」
「でも、あたしはもう生きる意味を見出せない…」
「では、マスターとの約束を果たしなさい。大切な家族を守ること、そうサクヤ様と約束したのでしょう? あなたはデストロイヤーを、処刑人を、ハンターを慈しみ守る使命があるでしょう? ならばそのために生きなさい…簡単に生きることを諦めてはいけません。あなたがサクヤ様を慕っていたように、あなたを慕う家族がいるでしょう?」
震えるアルケミストの背をさする。
今はまだ立ち直るには早すぎる…アルケミストには時間が必要だ。
「気持ちに整理ができましたら来なさい。あなたなら乗り越えられると、信じていますわ」
代理人が立ち去った後、アルケミストは一人血にまみれた部屋で壁にもたれかかっていた。
ぼんやりと開かれた彼女の目に、今は鮮やかな鮮血の色がいっぱいに見えている…。
マスターが死んだ…その事実が重くのしかかる。
取り出した写真の中で笑うサクヤ、もうこの笑顔はこの写真の中でしか見ることは出来ない。
今日初めて人を殺した…このことをマスターが知ったらどう思うだろう、そんな意味のない思考をしては虚しさに胸を絞めつけられる。
アルケミストは写真から自分の姿を斬り裂いて捨て、サクヤの姿だけをじっと見つめる。
出会わなければ良かったなどと言ったが、本心ではない…出会えて良かった、マスターと出会えたからこんなにも"好き"という気持ちに気がつけたのだから。
ただ、もう二度と会えないという寂しさが何より彼女を苦しめる。
「もう一度、もう一度逢いたいよ…マスター…」
その想いは届くことは無い。
このまま拳銃でこめかみを撃ち抜ければどれだけ楽なことか、だが自殺行為をしようとすれば親切にも規制がかかり途端に指が動かなくなる。
死を選ぶ自由すらない自分に、うなだれる。
ふと、先ほど投げ捨てた写真の切れ端の裏に書かれた文字をアルケミストは見た。
それはサクヤと二人きりの写真を撮った後に教えてもらった携帯電話の番号だった。
結局、一度も使うこともなくお別れとなってしまったが……アルケミストはその写真を拾い上げ、もう片方の裏面を合わせる。何を思ったかアルケミストは立ち上がり、デスクの上に置いてある電話機に駆け寄った。
バカバカしいことだと分かっているつもりだった、それでも、アルケミストは望みを捨てきることは出来なかった。
写真の裏に書かれた番号を入力し、受話器を握りしめる。
電話が繋がり、コールする音が鳴る……たかが数秒の待ち時間がとても長く感じる、そしてコールの音が鳴り止んだ。
『やっほー、サクヤだよ! お電話ありがとうね!』
「マスター! あぁ、マスター!」
それは紛れもなくサクヤの声であった。
久しぶりに聴くマスターの声に、アルケミストは表情を明るくするが…。
『―――――でもちょっと今は忙しくて電話に出れないの、ごめんね。留守番電話に接続するよ、ご用件はピーとなったら残してね。ピーーーー!』
静寂が、続く…。
希望を打ち砕かれたアルケミストは力なく椅子に座り込みむ。
それからも受話器を耳に当て続けたが、マスターの声は返って来ることは無かった。
受話器を置いて通話を切る。
いや、もしかしたら都合が悪かっただけではないのか…時間をずらしてかけなおせば出てくれるのではないか?
「バカだな、あたし……救いようのないバカだ」
自分のあきらめの悪さにおもわず笑い、デスクの上に突っ伏した。
どれくらい時間が経った頃か…アルケミストはむくりと起き上がると、再び受話器を取り番号を入力する。
先ほどと同じように数秒のコールが続く…そして、聞こえてくるマスターの声。
『やっほー、サクヤだよ! お電話ありがとうね! でもちょっと今は忙しくて電話に出れないの、ごめんね。留守番電話に接続するよ、ご用件はピーとなったら残してね。ピーーーー!』
懐かしいその声に聞き入っていたアルケミストは、しばしその声の余韻に浸っていた。
数十秒の沈黙の後、彼女はすっと目を開き、昔見せていた穏やかな表情を浮かべ口を開いた――――
マスター、お久しぶりです…アルケミストです、覚えていらっしゃいますか?
今日はマスターにお別れを伝えに来ました、ちゃんと伝えられていなかったですからね…。
その前に、最近のみんなの事を伝えますね…ほら、デストロイヤーとか処刑人とか、覚えていますか?
デストロイヤーは相変わらずです、泣き虫で生意気で、よく処刑人の奴にちょっかいかけられてむきになってますよ…最近はあたしにもよくなついてくれて、かわいいもんです。
処刑人も、前みたいに荒っぽくないですし仲間想いになってきてますね…相変わらずのトラブルメーカーです、よく尻拭いをさせられます。マスターは前に、手のかかる子ほどかわいいと仰ってましたが、今はそれも理解できる気がします。
ハンター、あいつにはよく助けられます…主に処刑人絡みで。熱くなりやすい処刑人と、クールなハンター、この二人がコンビを組むことでいい味を出してるのかもしれませんね。
代理人は…相変わらずです、何を考えてるか分かりませんね…でもあいつも、なんだかんだ仲間想いなのかなと思う時があります。今日も、助けてもらったんですよ…。
マスターがいなくなってからというもの色々なことがありましたが、あたしは毎日がどこか物足りなくて、あなたがいた日々がどれだけ素晴らしいものだったかに気がつきました。
いつも優しいマスターに何度か失礼なことを言ったり、酷いことを言ったりもしましたね…すみませんでした、今は後悔しています。
………マスター………大好きなマスター、あなたに逢いたいです…別れを伝えるはずなのに、変ですね…ハハ…。
マスター、あたしは今日初めて人を殺しました…もう後戻りはできません。
あたしやみんなが今日、自由を手に入れました…。
マスターはこれを知ったら悲しむでしょうか?
でも、仕方がなかったんです…こうするしかなかったんです…。
もうあたしは……マスターと一緒にいることは出来ません、あたしは罪を犯しましたから。
これで、もう……本当の、本当の……お別れ、ですね………。
ごめんなさい……。
マスター、あなたが去ってから、あなたが……どれだけ大切な存在であったか…あたしは、理解できました…。
真っ白だったあたしを、こんなに染めてくれたマスターに…感謝しきれません……でも、マスターが折角染めてくれた色を…あたしは、赤く……真っ赤に染めてしまいました…。
だから、もう……。
…………お別れです…マスター…。
最後に一つ、あなたに伝えたい…。
あたしは、誰よりも……マスター、あなたを………っ…!
誰よりもあなたを……"愛しています"――――――
「――――姉貴はマスターとの約束を守り、仲間を、家族を守るようになったんだ。姉貴が世界を憎むようになったのもその時さ…時々どうしようもない苦しみを、血を流すことで和らげられる。誰かの苦しむ声が聞こえていれば、自分の苦痛を忘れられることに気がついたのさ」
「そうか…アルケミストに、そんな過去があったのか…」
「なるほどね、あの冷血女にそんなエピソードがあったとは…」
「やりきれないわね、同情したくはない相手だけれど」
「でも大切な存在を失くす哀しみは私も理解できます」
「はい、私も…司令官がいなくなったらと思うと、辛いです」
「ああ、そうだ……って、テメェらいつの間に人の話しを盗み聞きに来てたんだ!?」
「まーまー落ち着いてエグゼ、スピリタス飲む?」
「いるか!」
ハンター一人を相手に思い出話を聞かせていたはずが、いつの間にか集まっていたスコーピオンらにツッコミをいれるエグゼ。
「まーそれはともかくとして、鉄血にもいろんな事情があるんだね」
「ま、それで殺しにくいとは思わないけどね、わたしは」
「もうワルサーさん! そういうところですよ!?」
「構わねえよスプリングフィールド。人の感想なんてそれぞれだ……だがよ、今思うと姉貴の姿はあり得たかもしれないオレの姿だよな。AR小隊のクソッたれ共にやられて、もしかしたらああ言う風になってたかもしれねえと思ったらよ…」
「そうはならなかった、でしょ?」
「そうだな。お前らには感謝してるさ…そういうわけだからよ、別にハンターは鉄血時代の事に縛られる必要はないと思うぜ。逆に、こっちにこだわる必要もな…」
「何を言っている、お前としてはこっちにいて欲しいんだろう?」
「そりゃそうだが…オレは、お前が思うように生きてくれることの方がいいって、最近気がついたのさ」
「そうか、なら今いるここで好き放題やらせてもらうよ」
「ヘヘ、サンキューな…我が親友」
返事がない…ただの力尽きた作者のようだ(展開的にも文字数的にも)
というわけで、これで過去編も終わり、4章も終わりです。
5章でまた会いましょう……ほな…。
追記
過去編のキャラはフリー素材やで…誰か供養してくれてもええんやで?(チラッ