「よし……誰もいないな。パイロットさんありがとね…」
スコーピオンはヘリを降りる際、ヘリのパイロットに感謝の言葉を口にしてからマザーベースの甲板へと降り立つ。スコーピオンが降りたのは、戦場や前哨基地から移動して来た際に使用するヘリポートではなく人気のないプラットフォームだ。
こっそりと、人目を避けるかのように行動するスコーピオンであったが、残念ながら彼女には隠密行動の才能はこれっぽっちもないのである。
案の定、跳び出した先の角にてMSFの司令官であるスネークに見つかってしまった。
「あ、やぁスネーク…」
「スコーピオン、少し話しをしようか?」
「あ、えっと実は急用があってあたし忙しいんだよねー! あははは、ごめんねー!」
逃げるように踵を返したスコーピオンであったが、スネーク以上に今は遭遇したくなかった人物に行く手を阻まれる…オセロットだ…。
いつも以上に眉間にしわを寄せて見下ろす…いや、はっきりと睨みつけているオセロットにスコーピオンは震えあがり、きょろきょろと周囲を見回し退路を探すが…。
「観念しなさいよバカサソリ、わたしをフルトン回収した挙句みんなの銃を勝手に持ちだした罰、しっかり受けてもらうわよ!」
「お前のだいたいのいたずらには目を瞑ってきたが、愛銃を勝手に持ちだすってのは…看過できないな」
WA2000、マシンガン・キッドもそこへ現れスコーピオンを取り囲む。
WA2000に至っては基地でフルトン回収されるという恥をかかされたことで激怒し、普段温厚なマシンガン・キッドも愛銃を持ちだされたことにはお怒りのようだ。救いを求めてスネークを見て見るが、彼も今回の件については容赦しないようだ…。
「スコーピオン、お前が勝手に持ちだした銃は持ち主にとってどれだけ大切な物か分かるか? 見れば分かるように、非常に多くの者が怒っている」
「そうみたいですね…あははは…」
苦し紛れに笑って見せるが、自身に突き刺さる絶対零度の視線にすぐさま笑うのを止めた。
「ボス、こいつには相当の罰を与えなければ反省はしない。新しく考案した拷問がある、こいつで試すのにはいいだろう。都合がいいことにこいつは頑丈だ」
「ちょ、オセロット!? あたしはモルモットじゃないってば!」
スコーピオンとしてはそれが冗談であると信じたいが、オセロットが冗談など言うはずない…この男はやるといったら必ずやる男だ。
文字通り八方ふさがりのスコーピオンに逃げ場はなく、その後は全員にこっぴどく叱られた挙句、マザーベースの全甲板の掃除を命じられたのであった…。
「ふぅ、ったくスコーピオンめ……オレの機関銃まで持ちだすとはな」
あの後全員にもれなく説教をくらったスコーピオンが反省したかどうかは分からなかったが、普段戦術人形を叱りつけないスネークがスコーピオンに対し怒ったくらいだ、アホなスコーピオンでも少しは懲りただろう。
キッドもその場には同行したが、スネークとオセロットのお叱りを受けてそれ以上の説教は不必要だと判断し彼は何も言わなかった……あまりしぼり過ぎるとさすがにかわいそうかと同情した面も強いのだが…。
キッドは今、スコーピオンからとり返した愛銃のM63機関銃、またの名をストーナー63を点検、整備をしている。
持ちだしただけで何も弄っていないだろうが、やはり誰かの手に渡ってしまったことが気掛かりなのか念入りにチェックをしていた。
「あ、キッドさん! ちょっといいかな?」
そこへやって来たのはMSFの新人戦術人形のM1919。WA2000の教練の下、他の戦術人形たちと日夜訓練に励んでいる。マシンガンを扱う彼女の事はキッドもよく知っており、時たまこういう風に会いに来たりする。
訪れたM1919は銃の整備をしていたキッドをみて、タイミングが悪かったと思ったのか申し訳なさそうな顔をするが、キッドは整備の手を止めて対応する。
「どうしたんだ、何かあったのかい?」
「えっとね、前回の訓練でWA2000さんに戦闘報告からレポートの作成を宿題に出されちゃって…アドバイスが欲しいんだ」
「オレでいいなら、お安い御用だよ」
その言葉にぱっと明るい表情を浮かべると、M1919はキッドの隣に座り、課題として出されたMSFの戦闘報告を広げる。
それは以前、バルカン半島での大規模な戦闘が起きた時のものであり、そこに従軍していたキッドもよく知るものだった。実際の戦闘に参加していたキッドにアドバイスを貰うというのは、なかなか良い判断だろう。
作戦報告の内容は入り組んだ市街地での戦闘だ。
死角が多く、移動を妨げる入り組んだ路地の他、アパートなどが立ち並ぶ市街地は狙撃手や機関銃手の脅威に苦しめられた……精鋭の連邦軍相手によくもあそこまでやれたものだと、当時の記憶を振りかえり懐かしく思うキッドであった。
「連邦軍の機関銃陣地は見事なもんだった。主要な道路を少人数でカバーできるよう、巧妙な配置で機関銃をセットしていた。地図で示すと、こことここ…それからここ。敵部隊を深く誘い込み、十字砲火で殲滅する」
「それに加えてスナイパーもいたんだよね?」
「迫撃砲もな……ここを突破するのは容易じゃなかった。機関銃陣地を強引に突破できる戦力もなかったオレたちは、夜間の特殊作戦で陣地に近付き破壊工作を行ったが、それでも犠牲は大きかった。お前たち戦術人形は指示や命令には絶対服従らしいが、思ったことを意見することは出来るんだろ?」
「うん、そのくらいだけどね。WA2000さんからも思ったことは何でも言うようにって教わってるんだ。ボクは、バカだから何も思いつかないから言えないけどさ…」
「そんなことは無い。こうしてアドバイスを聞きにくる子が、バカなわけないだろう。だが思ったことを言えずに損をするのは自分だ、言いたいことははっきり言っていいんだぞ…まあ、人に不快な思いをさせないのが大前提だが。まあとにかく、あんまり気をはり過ぎないことだ」
そう言ってぽんぽん軽く頭をたたいてやると、M1919はちょっぴり気恥ずかしそうに俯いた。
気恥ずかしさを紛らわすように、M1919は宿題の作成に取り掛かり、キッドもまた彼女の疑問に対し答えを示し時に一緒に考えてあげる。時間をかけて仕上げたレポートの出来に大満足し、M1919は感謝の言葉を述べて笑顔で立ち去っていった。
彼女を見送った後、半端にしていた愛銃の整備に手をかけようとした時、視線を感じ目をあげてみる。
見つめる先、上階の吹き抜けから相変わらず縮んだままのネゲヴがニコニコした表情で見下ろしている。
「よぉネゲヴ、どうしたんだ?」
「別に…キッド兄さん、相変わらずマシンガンの戦術人形の扱いを心得てるよね」
「なんのことだ?」
「意外に鈍感なんだね…」
ネゲヴは軽快な足取りで、トコトコと階段を降りると、先ほどまでM1919が座っていた場所へと座り込む…M1919が座った時よりも、若干距離が近いのは気のせいだろう。
隣に座って来たネゲヴは何をするわけでもなく、愛銃を整備するキッドをじっと見つめている。
何か用かと聞いても、何も言わずただ含みのある笑みを浮かべるだけだ。
「それってシステム・ウェポン?」
「よく知ってるな。そうだ、M63機関銃…SAS時代に東南アジアで手に入れてね、整備は難しいがパーツを替えることで様々な銃種に変えられる。銃身や弾倉を取り替えることでアサルトライフル、カービン、軽機関銃からベルト給弾式の中機関銃に転用できる。作戦に応じて、パーツを組み替えるわけさ。他にも銃はあるが、こいつとの付き合いが一番長い」
「
「ご名答。オレはマシンガンが大好きなんでね」
「そういうことをまた平気で言うんだから…」
「なにか言ったか?」
「なーんにも」
クスクスと笑うネゲヴを不審に思いながらも、キッドは黙々と銃を整備する。
こんなところを見ていて何が面白いのか、はたから見れば屋内にも関わらず戦闘服にガスマスク姿の男の傍に幼女が座り込んでいるという奇妙な光景だ。
「よし、このくらいかな? とりあえずは問題ないだろう」
「良かったね。それにしてもキッド兄さん、とても丁寧に銃を整備するんだね。銃も喜んでるよきっと」
「オレにとって愛銃って言うのは、恋人みたいなもんだ。雑に扱ったり汚したままおいとけば大事な場面で拗ねちまう、大切に扱って綺麗にしてあげて些細なことでも気遣ってあげれば期待に応えてくれる。大切な銃には愛情をもって接してやれば……って、どうした顔を赤くして?」
「あのさ、キッド兄さん……わたしみたいな戦術人形の前で、よくそういう……台詞言えるよね?」
「何かおかしかったか?」
「もしさ、わたしの銃をキッド兄さんに預けたら…大切に使ってくれる?」
「ん? それは当たり前だろう。銃というのは女の子と同じで繊細なんだ、些細な変化にも気付いて世話をしてあげることが重要なんだ。おい……なんだその目は?」
「もういい、もういいよキッド兄さん…とりあえずキッド兄さんが鈍感なのは分かったから」
「うん?」
ネゲヴは小さなため息をこぼし、この先大変だなと自虐的な笑みを浮かべた。
「そういえばキッド兄さんはイギリス人なんだよね?」
「スコットランド人だ。貧しい羊飼いの家に生まれてな、緑豊かな大地に温厚な気候に平和で穏やかな悪夢の中で育った。今思うと、その時から兵士になりたかったんだろうな、オレは。そう言えば君の名前、ネゲヴは…」
「そう、ネゲヴはヘブライ語で"南"。イスラエルのネゲヴ砂漠からとられてるんだ。キッド兄さんはイスラエルに行った事はあるの?」
「ああ、あるよ。ネゲヴ砂漠はないが…」
「そうなんだ。どうして行ったの?」
「ああ、それは……」
どこか歯切れの悪いキッドに、ネゲヴはきらりと目を光らせる。
これは何か事情がある、そうネゲヴの女としての勘が働いていた……ふつうはキッドの職業柄から軍人として訪れたのだろうと思うだろうが、ネゲヴは女性絡みかあるいは何かしら厄介ごとがあったのことだと想像するが、キッドが口にしたのは全く予想もしていないことであった。
「こんな事誰にも言ったことないが……アラビアのロレンスの大ファンでね、ちょっと聖地巡礼をと思って…」
「アラビアのロレンス? えぇ……それに聖地巡礼って……」
「小さい頃から好きだったんだ。彼の著書も読んだし映画も見た……MSFではゲバラの"ゲリラ戦争"とか毛沢東の"遊撃戦論"が読まれてるんだが、ロレンスの本を読んでるのはオレだけだ。まあ実際のところ彼に対する評価は陣営や立場によって変わってくるから一概には言えないが、バラバラだったアラブ民族を率いて強大なオスマン帝国打倒に一躍買った功績は華々しい戦績だと思う。実際、ロレンスがオスマン帝国に仕掛けたゲリラ戦は今日でも高く評価されている。彼の著書はベトナム戦争時、圧倒的物量を誇るアメリカと対立する北ベトナム軍や南ベトナム解放民族戦線の一部に読まれていたとか。ああ、やはりあの映画は素晴らしい…! 広大で過酷なシナイ半島の砂漠、荘厳で印象に残る音楽―――」
「ストップ! ちょっとストップしよ、キッド兄さん! これってそのままにしてたらいつまでも止まらない話しだよね?」
熱っぽく語り始めたところをネゲヴが咄嗟に止める。
言われて、ハッとしたキッドはまたやってしまったと小さくぼやき反省する…どうやら以前にも同じように熱く語ったことがあるらしい。
まあ、同じ英国人の美談や英雄なので憧れを抱くのも無理はないだろう……それはそうと、キッドの意外な一面を垣間見れたことにネゲヴは少し満足する。
「でも砂漠は嫌いかな」
「どうしてだ? 故郷のイスラエルは砂漠が多いだろうに」
「太陽がギラギラしてて熱いし、そのくせ夜は一気に寒くなって…砂は細かいところに入り込んで何もかも砂まみれになる、銃にも良くないもの」
「確かにな。だが悪い事ばかりでもない」
「例えば?」
「砂漠で見る星空は、この世界の何よりも美しい……手を伸ばせば、星に手が届きそうだ」
「……そうだね。それは認める……ねえキッド兄さん、いつかわたしの故郷に行ってみない? ほら…ロレンスの聖地巡礼」
「そうだな、それもいいな。この世界のシナイ半島が気になる」
「じゃあ、じゃあいつか一緒に行こうね、二人で! それから、キッド兄さんの故郷も見て見たい!」
「そうか? のどかすぎて退屈なだけだぞ?」
「じゃあさ、キッド兄さんが気に入るように私が良いところを見つけてあげる…いいよね?」
「そうか、じゃあお願いしようかな」
「約束だよ、キッド兄さん…!」
放置していたキッドとネゲヴをくっつけてみたよ。
三枚舌英国野郎とロリネゲヴなお話でした……。
死亡フラグっぽい演出なのは気のせいだから心配なさらず(笑)
部下が良い空気だぞカズ!
って思ったけど、カズは97式にピリ辛麻婆豆腐と杏仁豆腐食わせて苛めてるようだ…辛味と甘味のコンボで攻め立てるなんてなんて酷い奴!
追記
なんか構想が変わったから章タイトルを変更するよ!
章タイトルは"
同名の映画は関係ありません…いや、名作だけどね。