METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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お前がママになるんだよ!


親としての自覚を…

「お、いいもん見っけ!」

 

 甲板を掃除していたスコーピオンは、隅の方に転がっていたコインを目ざとく見つけるとニヤニヤしながらそれをポケットに入れる。

 先日説教された末にマザーベースの甲板掃除の罰を言いつけられたスコーピオン。

 拡大工事で今や島程の大きさにまで発展したマザーベースの甲板掃除は途方もないもので、普通なら心が折れてしまいそうなものだが……このスコーピオンという戦術人形の思考は非常にポジティブなもので、もはや罰として機能しなくなっていた。

 というのも、掃除をすれば先ほどのコインのように思わぬ落とし物が拾えるのだ。

 見つけたものを片っ端から拾い集めていたおかげでスコーピオンのポケットは既にパンパンで、牽引するリヤカーには様々なものが積まれていた。

 

「む、これは…!?」

 

 たまたま拾ったそれは小さなリボンがついた女性ものの下着、最近何かとパンツを強奪される被害が後を絶たないMSFの人形たち…規格外の兵器を生み出す癖に、パンツ一つなかなか作れないMSFの研究開発班のおかげで、マザーベースではパンツは高級品だ。

 人形たちはパンツを紛失しないようにしるしをつけたり名前を付けたりしているが、幸いにも拾ったそのパンツは印も名前もない。

 

「よし、45辺りに高額で売りつけられるね! もらっとこ」

 

 拾ったパンツを丁寧にたたんでしまい、スコーピオンは甲板掃除を継続する。

 水分補給にコーラの缶を開ける…と見せかけて、実はそれは外見を偽装したビールである。

 ぱっと見ただけではそれがアルコール飲料であるとは誰も気付かず、お目付け役のスタッフの目を欺いて酒を飲むのだ。甲板掃除は夕方に終了、終了する頃には既にスコーピオンはへべれけである…。

 

 

「うりゃー、スプリングフィールド~! ビール頂戴ビールビールビール!」

 

「静かに入ってきてくださいよスコーピオン!」

 

 

 夜になり、店を開いていたスプリングフィールドのカフェに酔っぱらった状態のスコーピオンが訪れる…やかましく入店するスコーピオンに注意するのはいつものこととは言え、何度言っても直らないのでスプリングフィールドは何らかの対策を考えているところだ。

 いつものカウンター席に座ったスコーピオンに、ビールを差し出す……酒を飲んで無邪気に笑うスコーピオンを見ると、ついつい甘やかしてしまいそうになる。

 

「最近調子どー?」

 

「私ですか? まあ、悪くはないですよ。兵士としてもカフェの店主としても問題はありませんから」

 

「そっか。そういえば9A91はどこ行ってるの? 最近見ないけど…」

 

「確か休暇を貰って、スオミさんと一緒にバードウォッチングしてるとか…あの二人、仲が良いですよね」

 

「よそのスオミはロシア嫌いなのにね。MSFじゃ人種も文化も言葉も違くても、一緒に仲良く出来るからね」

 

 本当に、居心地が良い。

 二人でそんな会話をしていると、お客さんの来訪を告げるベルの音が鳴る…来店してきたのは訓練教官の仕事を終えたWA2000だ。

 彼女は酒浸りのスコーピオンを見るや、"また飲んでる"とぼやきつつスコーピオンと同じカウンター席へと座った。

 

「お疲れさまです、ワルサーさん」

 

「最近は新人たちも慣れてきたから楽でいいわ…ワイン、あるものでいいからもらえない?」

 

 彼女の注文に頷き、ワインセラーから一本ボトルを取る。

 高級品ではないが売れ筋の良いワインだ、ミラーが仕入れてくれたものだが、今のところお客には好評のワインだ。

 

「そういえば聞いた? ストレンジラブ博士が私たち戦術人形のための指揮モジュールを作ってくれてるって」

 

「指揮モジュール? なにそれ?」

 

「わたしたちみたいな普通のI.O.P製の戦術人形は人間の指揮官のように、他の多くの戦術人形を指揮できないでしょう? スネークとミラーは前からその事について考えてたみたいだけど、最近になって進展があったらしいの。UMP45から貰った米国の技術で一気に解決したらしいけど」

 

「そうなんだ。今まで人形を指揮できるのはエグゼだけだったもんね、それができたら便利だね」

 

 現状、MSFで戦術人形を指揮できるのはスネークやミラーといったMSFの幹部たち、及び鉄血生まれでI.O.Pとは異なる設計のエグゼがその役割を担うことができる。

 とはいっても、エグゼが指揮するのは鉄血人形をベースに生産されているヘイブン・トルーパー隊及び月光といった無人兵器である。

 

「でもさ、グリフィンには特別な人形がいるよね…ほら」

 

「M4、16LAB製の特別な人形よ」

 

 

「チッ……あのクソ女の名前出すんじゃねえよ」

 

 

 その声にWA2000とスコーピオンはギョッとして振り返る。

 カフェの奥にいたその人物はエグゼだ、静かだったので今の今まで気がつくことができなかった。

 エグゼはどうやら寝ていたらしく、重そうなまぶたをうっすら開いて目の前に置いてあった飲みかけの酒に口をつける。

 

「だいぶお疲れだね、元気?」

 

「無理…」

 

 テーブルに突っ伏しそのまま動かなくなってしまうエグゼ…普段はやかましくてしょうがない、スコーピオンと並ぶほどのトラブルメーカーな彼女の意外な姿に二人は顔を見合わせた。

 

「まったく、どうしたって言うの? あんたらしくもないわね」

 

「うっせぇ、疲れてんだ…」

 

「何が疲れてるよ。こっちなんて戦術人形の訓練の他に、訓練施設の運営も任されて大変なのよ? あんたのどこに疲れる要素があるっていうの?」

 

「あぁ? なんだとテメェ、このやろう」

 

 顔をあげたエグゼの最高に機嫌の悪そうな表情に、WA2000は怯む。

 ゆらゆらと席から立ち上がったエグゼは酒瓶を片手に不機嫌な様子をそのままに、WA2000の隣の席に座る…そして逃げようとするWA2000の肩を掴む。

 

「たかだか数十人の訓練で、何が大変だよ……おい優等生、今オレが抱えてるヘイブン・トルーパー隊が何人いるか分かってんのか?」

 

「う、なによ優等生って…!」

 

「いいから当ててみろ」

 

「えっと…500人くらい?」

 

 適当な数字を言ってみせたWA2000をじろりと睨んでから手を離し、持っていた酒瓶を一気に煽り飲む。

 

「その三倍だよ……1500人近くいるんだよ。実戦配備待ちの個体も加えれば2000人近い」

 

「1500!? いつの間にそんなに増えてたの!? もはや連隊規模じゃない!」

 

「そうだよ……部隊の編成からなにまでオレ一人でやってんだよ。たかだか数十人程度で大変とか言ってんじゃねえ」

 

「う、ごめんなさい…」

 

 これにはさすがのWA2000も素直に謝罪するしかなかった。

 アメリカから帰って来てから今までエグゼの姿をあまり見なかったのにはこういう理由があったというわけだ……どうもアメリカに行っている間、MSFの行動方針を決める会議の中で、戦力の増強と質の向上を目指そうという意見が出たらしく、手っ取り早くそれを実現できるヘイブン・トルーパー兵に目を向けられたというわけだ。

 同じような理由で月光も多く量産され、もはやエグゼ一人の手には負えない状態となっているようだ。

 

「ハンターの奴も手伝ってくれてるけど、流石にもう限界だ…」

 

「あぁ、とりあえずお疲れさま…。そんなエグゼに朗報だけど、ストレンジラブが指揮モジュールを開発してくれてるから、それが完成したらあたしらも協力できるんじゃないかな」

 

「なんだっていいから、誰か助けてくれ……」

 

 代わりになってくれる人物と言えばスネークやミラーといった幹部たちだが、スネークはMSFのより難しいミッションに向かい、ミラーはMSF全体を見なければならない。

 オセロットとエグゼは基本仲が悪いので論外、キッドやエイハヴは戦場への派遣で忙しいのでエグゼの役割を担うことができない。

 現状、ハンター一人に手伝ってもらっているという状況だ……過労死寸前のエグゼを労わってやることしか、今のスコーピオンらには出来なかった。

 

 そんな時、再び来店を知らせるベルの音色が鳴り響く…。

 

 

「いらっしゃいハンターさん。あら、ヴェルちゃんも一緒に来たんですね」

 

「ああ、エグゼはいるか?」

 

「きたぞ!」

 

 やって来たのはハンターと、その腕に抱っこされているちびエグゼことヴェル…。

 ちなみにちびエグゼのヴェルという名前は処刑人(エクスキューショナー)のスペイン語読みであるエル・ヴェルデューゴ(El Verdugo)からとられており、名付けたのは元サンディニスタの古参MSFスタッフだ。

 以後愛称としてちびエグゼはヴェルと呼ばれている。

 

 ハンターの腕から飛び降りたヴェルはトコトコとエグゼの傍に走り寄っていくと、服の端を掴んで引っ張る。

 

「おい、あそびにいくぞ! いっしょにいくぞ!」

 

「あぁ? オレは疲れてんだよ、他の奴に遊んでもらえよ」

 

「やだ! おれといっしょにあそぶんだ!」

 

「一緒に遊んでやれエグゼ、お前がママだろう?」

 

「誰がママだ! 折角手に入れた休みだぞ」

 

「部隊の事は私に任せろ、しばらく見ていてやる。いいから行け、たまには母親らしいとこでもみせろ」

 

「だから誰が母親だっての……はぁ、ったく疲れてるのによ…」

 

「今夜はわたしが面倒を見ててやるから、明日になったら遊びに連れてってやるんだぞ。いいな?」

 

「マジかよ……」

 

 自身を見上げるヴェルのキラキラした瞳にため息をこぼし、エグゼは観念するのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わーい、ゆうえんちだ!」

 

「あんまうろちょろすんなよ」

 

 翌日、エグゼがヴェルを連れてやって来たのはヘイブン・トルーパーを生み出す工場地帯から近い場所にある遊園地跡だ。

 ほとんどが錆びついて機能していないが、電力はまだ生きているらしくいくつかの施設はかろうじて動くのであった。

 実は寝過ごそうとしていたエグゼだが、ハンターに見つかり叩き起こされ、ヘリで無理矢理ここまで送り届けられてしまった…一応遊園地の周りはヘイブン・トルーパーたちが警備をしているので安全ではあるが。

 

 トコトコと走り回るヴェルは少し油断しているとすぐに見失ってしまいそうになる。

 日頃の疲れが蓄積しているエグゼには、ちびっこの元気について行くのはとても辛い様子……今は気だるそうに、走り回るヴェルを眺めながらその後をついて回っている。

 

「隊長、メリーゴーランドの修理完了です!」

 

 ヘイブン・トルーパー兵の一人がそう報告してきたが、今のエグゼにとっては余計なお世話である…どうやらハンターに命じられているらしく、遊園地内のアトラクションを片っ端から修理しているようだ。

 復旧したメリーゴーランドに駆け込んで、早速ヴェルは遊んでいる。

 ぐるぐると回るだけのそれの何が楽しいのか、今のエグゼには分からず、眠たそうにそれを観察していた。

 

「おい、もういいだろ? さっさと行くぞ……って、アレ?」

 

 ふと、周回する馬の上にヴェルの姿が無いことに気がついた。

 慌てて周囲を見て見れば、別なアトラクションめがけトコトコ走っていくヴェルの姿を見つけた…急いで追いかけるエグゼだが、ヴェルが入って行ったのはよりにもよって迷路のアトラクション、それもマジックミラーのだ。

 中に入ってみると鏡で造られた摩訶不思議な迷路に、疲れているエグゼは早速混乱する。

 

「おいチビ、どこいった!?」

 

「ママ、こっちこっち!」

 

「うろちょろすんなって、言っただろ――――ッ!」

 

 ヴェルの姿を見つけて近寄ろうとした時、マジックミラーの壁に鼻先をぶつけエグゼは悶絶する。

 楽しそうな笑い声をあげるヴェルに苛立ち追いかけようとするが、鏡の迷路が何度も行く手を阻む……ようやく迷路を抜けることができた時には、もはやへとへとだ。

 

「えへへへ、おれのかち!」

 

「あのなぁ……お前いい加減に、って待てよ…」

 

 再び走りだすヴェル、もはや追いかける余力も無くなってきたエグゼはぐったりとした様子でその後をついて行く…。

 その後も休むことなくアトラクションを引っ張り回されて、昼過ぎ頃には体力が尽きてしまった…。

 

「疲れた……」

 

 公園のベンチの上に寝そべり、エグゼは何が何でも断るべきだったと後悔していた。

 ヴェルは今公園の噴水周りではしゃぎ遊んでいる…驚くほどの元気さと体力にうんざりしつつ、ようやく訪れた休憩時間に身を休める。

 

「ママ、おなかすいたぞ…」

 

 そうしていると、ヴェルがエグゼの服をひっぱり昼食を要求する。

 疲労でこれ以上動く気になれないエグゼは、ここに来る前にスプリングフィールドに渡された弁当箱を無言で手渡すが、ヴェルは不満げな表情でなおもエグゼの服を引っ張り続ける。

 

「ママもいっしょにたべよーよ、ねえ」

 

「うっせぇな、一人で食えよ」

 

「やだ! ねえママもいっしょにたべよーよ!」

 

 しつこくせがむヴェルを無視し続けるが、あまりにもしつこいヴェルの態度についエグゼは感情的になってしまう。

 

「うるせぇんだよチビ! 疲れてるのが見て分からねえのか!? 飯くらい一人で食えバカ野郎!」

 

 服をつまむヴェルの手を払いのけ、その拍子に持っていた弁当を落とし中身が地面に散乱する。

 エグゼが突然怒ったことにヴェルはびっくりしているらしく、目を見開き震えている……それから地面に散らばってしまった弁当を拾い集めると、噴水の傍に腰掛けて静かに弁当を食べ始める。

 

 

「………グスッ……うぅっ……ぇ…」

 

 

 うつむきながら弁当を食べているヴェルは小さくすすり泣いていた……さすがに言い過ぎたか、罪悪感をエグゼは感じる。

 

「悪かったな、言い過ぎた。少し休んだらまた遊んでやるよ」

 

 そう言ってエグゼは再びベンチに寝ころんだ。

 しばらくヴェルの様子を見続けるのであったが、ここ最近の疲労がどっと押し寄せてくると強烈な睡魔に抗い切れず半ば強制的に休眠モードへと移るのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ろ―――――――おい、起きろッ!」

 

「うぎゃ」

 

 身体を揺さぶる衝撃に目を覚ましたエグゼ。

 寝ぼけ眼で見上げた先には、ハンターがいた…周囲は薄暗くなり始め、いつの間にか時間が経っていたようだ。

 

「なんだよいきなり…」

 

「なんだじゃない、ヴェルはどこに行った?」

 

「あぁ? あのチビならそこらに…って、アレ?」

 

 眠りにつく前にいた噴水にはヴェルの姿はなく、空の弁当箱があるのみだった。

 

「あーどっか行ったかな? つい寝ちまったぜ」

 

「お前…!」

 

 突然、ハンターに胸倉を掴まれたかと思うと、顔面に強烈な衝撃を受けて吹き飛んだ。

 頬を襲った痛みに、ハンターに殴られたのだと理解し、忌々しそうに睨みつけるが、ハンターの怒りに満ちた顔に口を閉ざす。

 

「このバカが! なに目を離してるんだ、ヴェルに何かあったらどうするつもりだ!?」

 

「知らねえよ、アイツなら大丈夫だろ?」

 

 そんなことを言うと、再びハンターに殴られる。

 この状況では逆ギレもできず、ただ怒るハンターに逆らえずにいた。

 

「来い、あの子を捜すぞ!」

 

「捜すったって、どこを?」

 

「遊園地の周りは兵士が警備している、おそらくまだ遊園地の中にいるはずだ」

 

「もし外に出てたらどうすんだよ?」

 

 エグゼの言葉にハンターは振りかえる。

 普段のクールな姿からは想像もできないほど怒気をはらんだハンターに詰め寄られ、エグゼは怯む…。

 

「地の果てまで捜せ……分かったか!?」

 

「り、了解……!」

 

 

 




エグゼにはママの自覚が足りなかったようだな……!


というわけで、エグゼとヴェル(ちびエグゼ)の絆イベントです。
ハンターがこっぴどくぶちのめしたのでエグゼに関してはあまり悪く言わんで…やっぱ言っていいです。

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