かつて世界で最初に起きた大戦は全ての戦争を終わらせる戦争と呼ばれていたが、それは誤りであった。
大戦によって帝国主義の時代は終結し、民族自決の気運が高まっていった…だがそれは人類の新たな戦争の歴史の始まりに過ぎなかったのだ。
20世紀は戦争の歴史と言われている。
だがそれも誤りだ。
人類は、その手に石と棒切れを握った時から戦争の歴史が始まっているのだから。
「ここも、もうそろそろお終いね」
弾丸と砲弾で壁が抉れた塔の上で、長い銀髪を風になびかせた戦術人形が眼下の旧市街を見下ろしていた。
旧市街の街では銃声が絶えず響き渡り、兵士たちの怒号や悲鳴が飛び交う…それを見下ろす女性の顔は、薄汚れた包帯で目元と口の辺り以外を覆っている。
着ている服は擦り切れて襤褸のようになり、ところどころ血が滲み乾いた跡でどす黒く変色している。
対照的に手にするライフル銃はよく手入れされ、金属部は磨き上げられ、木製の部分も艶がある。
彼女はそっとその場に座り込み、空を見上げた。
遥か頭上を飛んでいく数機のヘリコプター、彼女は包帯の奥で目を細め、じっとそのヘリを観察する。
「
視線を再び眼下の旧市街へと向け、彼女はそっとライフル銃を構えると…ボルトを引き、一発の銃弾をとりだした。
7.92x57mmモーゼル弾、それを一発だけ装填し、彼女は照準器を覗きこむ。
狙う先には旧市街の細道を逃げる兵士の姿がある。
肉眼では到底捉えることのできないその距離を、その女性はスコープもなく、ただライフルについている照準器だけを頼りに狙いを絞る。
「MSF、あなたたちなら私の願いを叶えてくれるかな…?」
包帯の下で、彼女はそっと笑みを浮かべ、その引き金を引いた――――。
戦争が日常化したこの世界…かつて石油産業で栄華を極めた中東のとある国家。
前世紀から引き継がれた紛争の因果は全てを破滅に追い込んだ大戦をもってしても消えず、むしろ国家の統率力が低下したことで、抑えつけられていた民族主義の気運が高まり独立、あるいは支配を画策し多くのアラブ民族がその手に銃を握り争いを引き起こしていた。
戦争を生業とするPMCにとっては中東での紛争はビジネスだ。
戦争に惹かれて大小様々なPMCが兵士を派遣し、様々な陣営に雇われた兵士たちが果てしない代理戦争を繰り広げる。
いくつかある反政府勢力の中には油田を押さえ資金力のある勢力もあるが、資金に乏しい勢力は小規模なPMCを雇い兵士の訓練などを依頼する…彼らが強大な政府軍に対し、地の利と数的優位性を活かしゲリラ戦を仕掛けてなんとかはり合っているという状況だ。
そして政府軍側が雇うPMCというのが、資金が豊富で正規軍に近い装備を持つプレイング・マンティス社だ。
欧州に本社を構えるプレイング・マンティス社がMSFと結託して以来、MSFと相互扶助の関係によりその規模を一気に拡大して大手PMCと言われるほどにまでに成長していた。
彼らもまた、MSF同様に協定に囚われることなく必要な戦力を必要なだけ戦場に派遣する。
政府軍と契約を交わしたプレイング・マンティス社はその戦力を惜しみなくこの地域へ展開し、政府軍の訓練・兵站・武器装備品の整備及び開発を行う…もちろん、直接戦闘も契約内容に含まれている。
そんなプレイング・マンティスが支配する地域の駐屯地へ、数機の大型輸送ヘリが着陸する。
機体の側面に描かれているのはパンゲア大陸を模した髑髏のマークと、
着陸した輸送ヘリから降り立つMSF所属の戦術人形部隊ヘイブン・トルーパー、その中に混じり降りてきたのは第二大隊大隊長として任命されたMG5とその副官を任されたキャリコだ。
中東の乾いた風が運ぶ細かい砂塵に二人は目を細め、この地域特有の赤茶色の大地をその目におさめるのであった。
「いよいよだねリーダー」
「ああ、そうだな。だが注意するんだぞ」
MSFとしての初仕事に意気込みを見せるキャリコを少したしなめつつ、MG5は北の空から飛来する大型輸送機を見つめる。
減速し、滑走路に着陸したその輸送機からは前哨基地を発つ際に格納した月光が数機と、さらに多くのヘイブン・トルーパー兵が降りてくる。
最後に降りてきた戦術人形WA2000は赤茶色の荒野をじっと見据え、それから先に降りていたMG5とキャリコの二人呼び声に軽く手を挙げて応えるのであった。
「―――――我々の部隊の展開はこの通りです。主要都市のほとんどはわが社の支配下にあり、北部の油田や発電施設も我々の支配下です。そしてここでの最前線がここ、この国の旧市街である場所となっております。旧市街を見下ろす丘陵から東部の砂漠地帯まで、反政府勢力がしのぎを削り合い日夜激しい戦闘が続いています」
「なるほどね。反政府勢力は複数あるけれど足並みをそろえるどころか、敵対してる場合もあるのね…まあ、放っておいてどうにかなるわけでもないみたいだけど」
駐屯地へ降り立ったMG5とWA2000は、駐屯地の司令キャンプにてプレイング・マンティス社側の現地司令官と作戦会議を開いている。MSFとそれなりに付き合いの長いプレイング・マンティス社の人間である司令官は、本来なら人間同士で行うべき作戦会議を、戦術人形と行っていることに疑問を挟まない。
彼らは所属する組織は違えども、伝説の傭兵ビッグボスを尊敬する者たちだ。
そのビッグボスの下で活躍する人形たちにも敬意を払っていた。
「あなた方の新しい部隊の噂は聞いています。MSFにお願いしたいのは、発電所から変電所までの送電線の警備です」
「長い距離ね…おまけにインフラのほとんどない砂漠地帯」
「ええ、我々プレイング・マンティスの構成は人間の兵士がほとんどです。最近ではMSFに倣い戦術人形の配備も進めていますがまだまだ少数、そこであなたがた戦術人形部隊にここのパトロールをお願いしたいのです」
「了解、異論はないかしらMG5?」
「問題ない」
プレイング・マンティス社からの依頼は砂漠地帯の送電線のパトロール、道路などのインフラもないそこは人間の兵士がパトロールを続けるのは過酷すぎる。
おまけに相手は神出鬼没に破壊工作をしかけるゲリラ戦術をとってくる。
過酷な環境とゲリラ狩りに適したヘイブン・トルーパー隊の戦力を是非とも貸していただきたい、そんな依頼がプレイング・マンティス社側よりMSFに届き、副司令ミラーが承諾したことで彼女たちはこの中東の砂漠へとやって来たのである。
他にも、細かい仕事を依頼されたがどれも大した内容ではない。
そこまでが新設された第二大隊への仕事の依頼、ここからはMSFが誇る特殊部隊FOXHOUNDであるWA2000個人への仕事の依頼であった。
「あなたに依頼したいのは、ある人物の排除です」
「暗殺任務というわけね、気に入った。詳細を教えてちょうだい」
司令官から数枚の作戦報告書を手渡され、WA2000はそれを読む。
「我々は反政府勢力に有利な状況にありますが、旧市街での激しい市街戦において多数の負傷者を出しています。敵対する民兵はほとんどがここの出身、地の利もあるでしょう。しかしそれはこちらとしても対処できないわけではない…問題なのは、反政府勢力に雇われた傭兵です」
「…ある時期から死者の数が増えてるわね、それも即死。狙撃手ね…」
「ええ。我々としてもスナイパーチームを編成して対処しようとしましたがうまく行かず、逆にこちら側がやられる始末。既に多くの損害が出ており、おまけにいまだかつてその姿を見たものはいない。唯一分かっていることは7.92x57mmモーゼル弾を使用しているということ…撃てば一発必中、それで付いた渾名が"魔弾の射手"」
「魔弾の射手…なるほどね。重要目標を狙い戦闘力を削ぎ、部隊の混乱と士気の低下を狙う…相手にはその居場所を悟られず、更なる損害を狙う。優秀な狙撃手らしいみたいね」
「生死は問いません、この厄介な敵を排除していただきたい。WA2000、あなたの噂は聞いています……MSF最高のスナイパーであると」
「最善は尽くすわ。まずは情報収集をするから、いくつか資料が欲しいところね」
WA2000の要求を司令官は快く受け入れる。
いくつかの作戦資料を司令官から受け取った後、その日の顔合わせは終了…彼女たちは駐屯地内に設けられたMSFのキャンプ地へと向かうのであった。
「それにしてもワルサー凄いね、指揮モジュールがあるとはいえ他社の人間にあれだけ堂々と物言いができるんだもん」
キャリコは先ほど見ていたWA2000の堂々としたたたずまいに感激していたらしく、目を輝かせている。
ただし恋仲のMG5としてはそこに恋慕がなくとも、キャリコの気が他の人形に行っているのがあまり快く思えないらしくそっぽを向いている。
「あなたも堂々としなさい。見下せとは言わないけど、過度に謙虚である必要はないわ。MG5、あなたも大隊長として何か意見があったら言っていいんだからね」
「ああ、分かっている。とりあえず…キャリコは渡さん…!」
「いきなり何言ってるかわからない」
クールな装いで嫉妬するMG5は放っておくとして、WA2000はこれから色々とやることがある。
受け取った作戦資料を読んだり、オセロットに報告を入れたり、依頼された送電線の警備について情報をまとめてMG5に渡したり…無論MG5とキャリコも部隊を指揮したりでやることは多く、またプレイング・マンティス側の部隊との連携も必須となってくる。
ひとたび戦場に出ればそこは死と隣り合わせの過酷な現場だ、一瞬の気のゆるみが命取りとなる。
ここでは常に、気をはっていなければならないのだ。
「こんにちは、MSFの戦術人形の皆さん」
キャンプの傍で待っていた褐色肌の戦術人形、プレイング・マンティス社の司令官からは連絡係に戦術人形を一人用意したと言っていたが、おそらくは彼女の事だろう。
「プレイング・マンティス社所属、モスバーグ590式です。何か入りようがございましたら何なりと、できる限りのことは致します」
「頼りにさせてもらうわね、M590」
二人は握手を交わす。
これからは彼女がMSFとプレイング・マンティス社の橋渡しを行ってくれる、ここでは彼女と親しい付き合いになることだろう。
M590(プレイング・マンティス社所属)
褐色肌のかわいくてとっても良い子!
MSFに来てくれることを期待してた方には申し訳ない…他社所属です(笑)
なんか最近MGSっぽくねえな…と思ったのでボスキャラ登場させます。
たぶん、わーちゃんとの狙撃対決になりそう……7.92x57mmモーゼル弾を使う戦術人形…一体誰やろな(すっとぼけ)