ヒソカにお兄ちゃんがいたらこうなるんじゃないかなぁ 作:マスター冬雪(ぬんぬん)
赤髪の青年はしんしんと雪が降り積もる外から外套とマフラーを外しながら部屋へと立ち入った。暖炉の薪が爆ぜるのに目を細める。其処は北欧風の古びた屋敷だ。外装は蔦に塗れているが中は暖かな光と趣味の良い家具が揃う。家主の性分がよくよく現れていた。
雪に濡れた髪を掻き上げ、青年は猫のように笑った。此処は変わらずだと思ったのだ。
その視線の先で一人の男が顔に本を被せ、安楽椅子にふんぞり返っていた。
「ただいま、オニーチャン♥」
「気色悪ィ」
「酷いなァ♣」
じとりと見上げる眼球は青年と同様金に彩られている。
「此処はお前の住処じゃねぇぞ」
「キミのいる所は何処だってボクのホームだよ♠」
「ストーカーかよ」
彼らは兄弟である。その色彩は酷似しており、背格好すら大体同じだ。
兄をシエロ、弟をヒソカという。
ヒソカはその星と涙の化粧の下にある素顔は涼やかな好青年とした顔立ちをしているのに対し、シエロはきりりとした目鼻立ちの野性味のある美形である。普段は眉根を寄せ、気怠げに口をへの字に曲げているのが惜しい。
ヒソカはシエロとは違い特定の拠点に留まる事はあまり無い。生来の性分なのだろう、それでも時間は開いてもヒソカは必ずシエロの元に帰る。ヒソカは気紛れだついでだと言うが兎も角シエロの顔を一目見に来るのだ。
「それで?」
「?」
「何かあるんだろ?キリキリ吐け」
シエロは胡乱げに睨み上げた。
「……♣キミくらいだよ、ボクの内心を悟れるのは♥」
「顔に出てんだよバァカ……、……何愉悦してやがるんだよ死ね」
「バァカって……誘ってる?そうなんだよね?」
「殺す」
「喜んで♥」
「……やっぱ辞めた」
「チェッ……久々に兄弟喧嘩(コロシアイ)してくれると思ったのに……♠」
シエロは何だかんだヒソカを邪険にしながらも迎え入れるのだから、兄弟仲は悪くは無いのだろう。客観的に歪み切っているが。
「で?」
「ハンター試験行こうよ♣」
「……は、お前去年の落ちたの?」
「酷いよねぇ♠ボクは試験官の選考を手伝っただけなのにさ♦」
「どうせ退屈になって"手が滑った"んだろ」
シエロはヒソカを鼻で笑った。
「返答は?」
「断る……と、言いたい所だが。イルミに金を積まれてるモンでな……その理由がやっと分かったぞ」
「イルミに?」
イルミ・ゾルディック。パドキア共和国に属するククルーマウンテンという標高3722mの死火山に住まう暗殺一家の長男だ。麓から高い塀が山と樹海を丸ごと取り囲み、山全体がゾルディック家の所有地になっている。顔写真の1枚が億単位で取引されると謂れ、シエロは1度本気で写真を撮りに行った。タチの悪い冗談だったが。流石古くから暗殺を生業とする一家、その実力はヒソカと比肩しうる。
ヒソカとイルミは互いに今期のハンター試験を受ける事を知っていた。故に。
「お前と2人は嫌なんだろうよ」
「……♠」
ヒソカは笑みを凍らせると手に持った荷をそのまま床に落としてがばりとシエロに抱き着いた。
シエロの顔下半分を覆っていた本が宙を舞う。
ぎしぎしと安楽椅子が嫌な音を立てた。
「やめろキショイ。つーか冷たいしクソ重いんだよテメー。90kgがのしかかるんじゃねぇぞ!」
「2人してどうしてボクを虐めるのさ♣ボク何かしたっけ?」
「日頃の行いだ
顔を擦り寄せるヒソカに対し額を押え付けるシエロ。片手で落下してきた本を受け止めて改めて開いたシエロにヒソカは口を尖らせた。
「……まあ、喜べヒソカ。今年は退屈しないぞ」
「♦ シエロが言うなら期待していようかな♥」
競り負けたシエロの頬にヒソカがキスを落とした。
「……おい」
「シエロもシてよ♠おかえりのちゅー、」
「全裸で縛り上げて雪に埋めるぞ。調子に乗るなド腐れ下郎」
シエロはヒソカの頬を捻り上げた。
*
ハンター歴1999年1月7日
ザバン市ツバシ町地下
第287期ハンター試験会場
シエロとヒソカはそれぞれ43、44のナンバープレートを受け取ってエレベーターから降りた。
「ボクと知り合いと思われるのは良くて兄弟と思われるのはダメなんだね♠」
「何を当然な事を」
ヒソカの"水色の"髪を見遣りシエロは鼻で笑った。
『シエロが染めればいいんじゃないの?』
『は?何故オレがお前を理由に髪を染めねばならん。お前が染めろ』
『あっ、ちょっと、無理矢理はやめてぇ♣』
経緯等このような物だ。流石にその金眼は変えようがないが。カラーコンタクトは戦闘の邪魔になりかねない。
「うーん、中々イイなぁ……♦」
目移りする変態からシエロは目を離す。そんな事より朝飯には早すぎる時刻のステーキによって腹が凭れてウンザリする方がシエロにとっては先だった。シエロは出された食事は残さず頂く性分だ。故に残す、食べないという選択肢は無意識に廃されている。
ヒソカの視界からなるべく離れようという一部受験者は前回生き残った連中かヒソカの危険性を悟る者達だろう。シエロは微塵も興味が無さそうだが。
そもそも念を覚えてすらいない一般人を危険視する意味がない。そもそもシエロは"まだ"この試験生の怨みを買っても売られてもいない。
「カタカタカタ……ちゃんと見張っててよ、シエロ」
「……イルミ、か?」
逸らした視界に入り込む顔面針男にシエロはぐしゃりと顔を歪めた。
「何その顔……」
「ああこれ?弟がいてさ。バレちゃいけないんだよね、」
「キモイ」
シエロはイルミの言葉を遮ってばっさり切り捨てた。
そう、この針男はイルミ・ゾルディックその人である。然しながらシエロの反応からその姿が偽装だと分かる。
青いモヒカン、一重に三白眼、涎さえ零れる半開きのにやけた口。
「酷くない?」
「何なんだよバケモンかテメェ……何でその顔にしたよ。何でモヒカンだよ」
「あんまり他人に馴れ馴れしくされたくないからさ。オレ女はもういいから」
「うっわ全世界の非リアを敵に回した」
ひりあ?とカタカタ言いながらグリィッと顔が90度傾く。可愛くない上に逆に怖い。
イルミはある意味箱入りのボンボンである。俗語はあまり詳しくない。
「2人して何の話をしてるんだい?」
青い果実の視姦基選別を終えたヒソカがひょっこり戻ってきた。
「「ヒソカが気持ち悪い件について」」
「……打ち合わせでもしてたの♠」
話していた内容はイルミのギタラクルとしての顔についてだったが2人は声を揃えてヒソカを罵倒した。ヒソカの目の前でハイタッチを交わしている2人は絶対に仲が良い。
「とまあ戯れたが。単なる世間話だ気にするな」
「戯れで貶されるボクって凄く可哀想だと思わない?」
「どうでもいい」
「ざまぁ」
「……♦」
「拗ねるな鬱陶しい。つーか弄りやすいお前が悪い」
「!、アッ、髪型崩れるからくしゃくしゃしないで♣」
無造作にヒソカの髪を掻き回したシエロ。勿論それはコミュニケーション等ではなく、大衆の面々で抱き着かれるのを回避する為の妥協の結果である。周りが更に彼らから離れた。……賢明な判断だろう。
「それより、そろそろ来るぞ」
「?」
エレベーターが到着した事を示す軽快な音が地下に響く。受験者の視線が扉に集中した。
そこに立っていたのは4人組の青年、少年達だった。1人はスーツを着た黒髪のサングラスを付けた老け顔の青年。金髪の民族衣装を纏った中性的な青年。つんつんとした黒髪の緑の服を着た少年。そして、白いバンダナを額に巻き付けた、童顔な好青年だった。
「あ」
「へぇ……♥」
「よぉ、クロ。奇遇だなァ」
「……謀ったな?シエロ」
「騙される方が悪ィんだよ」
兄弟の方を見て事を察したのか嫌そうな顔をした童顔な好青年の名はクロロ=ルシルフルという。
世界を恐怖に陥れる兇悪なA級賞金首、複数の念能力者で構成された盗賊団、幻影旅団の団長である。そのやり口は非常に惨く、目標となったモノの所持者は漏れなく皆殺しの虐殺であり、拷問の末の凄惨な死やらは当たり前、どんな手段であろうと行使する頭の螺子が何本も取れたイカれた狂人集団とは裏社会の言である。
「あれ?クロロさんあの人達と知り合いなの?」
「……ああ、うん、あの赤髪の人とはね」
一緒にエレベーターから降りてきた黒髪の少年は首を傾げる。連れらしい金髪の青年と黒髪の青年は引き攣った顔でシエロの両隣を見比べていた。
さらっとヒソカと変装したイルミを度外視したクロロにシエロはカラカラと笑う。
「皆してひどい♥」
「カタカタカタカタ」
「? 何の話?」
「気にすんな。気狂いの戯言だ」
ほらこれ、とシエロがショルダーバッグを手渡すとクロロは確かにと頷いた。
「……じゃあオレはこれで、」
「ええ!?クロロさん帰っちゃうの?!」
「ッカーー!マジでこの為だけにハンター試験会場まで来たってのかよ!!」
嫌な予感はしたんだ、とボヤいてクロロは掴まれた腕を視線で辿った。
「どうせだから受けて行こうぜ?折角参謀に許可もらってんだから」
「……裏切ったなシャルナーク」
片手で目を覆い空を見上げる仕草をするクロロ。
信頼する仲間であり家族である情報収集係がまさかの裏切り。シエロに買収されたのもあるが、主な意図といえばハンター証持ちという体の良いパシリという道連れを増やしたいが為。シャルナークという情報担当の堪忍袋の緒もギリギリだという証左だろう。
「ようこそ、ハンター試験へ」
「……はぁ、仕方ないか……」
行きがけの駄賃だ、有難く受けろよ。
余計なお世話だ。
2人が語ったと同時にアラームが空間に鳴り響いた。