あのちっさい女の子、もう達人級なんだって。熊とタイマンやるのが目標……?
紙添・朋子は元気が取り柄のごく普通の学生である。
自称一般人の熊殺とは違って、正真正銘、ごくごくふつーの、新聞配達のアルバイトで郊外の道場まで行くことがあるだけの一般人である。故に、
(なあにこれー)
現在の状況に、ちょっと思考が追いついていなかった。
控えめに言って緊急事態ではあるのだろう。
急ブレーキを踏んだような轍の跡。
「なぜか」突如としてひっくり返った大型トラック。
普通に考えれば、大惨事、であるだろう。
辺りは騒然としており、警察や救急の車両も近づいてきている様子。
傍には自分に抱きついて大声で泣いている年下の少女――てらおかさん。今日は活動的な服装で、これも中々似合っている。
そして、車田オチした車両から、素手でドアをむしり取って救助作業をしている顔見知りの通称「熊先生」。
傷ひとつなく助け出される運転手を見ながら、確かめるように抱きつく少女を優しくあやしながら、そして、
(この子も大変だよね、
(――まあ、熊先生いるし)
特に問題ないんじゃないかな、なんて、巨大な背中をつい目で追いながら、無自覚乙女はそう思う。
なにしろ、こうして助けられるのは、ここ最近でもう二度目だったから。
◇
事の起こりは一週間前。
いつの間にか仲良くなっていた新聞配達の女学生、紙添さんとてらおかさんが、
「週末遊びに行く――!」そういうことになった、らしい。
てらおかさんは無表情ながら大いに興奮した様子。珍しいことに、てらおかさんは「師匠も一緒に行くんです」とわがままを言い、女学生もそれに乗っかり―― 結果、熊殺の方が折れた。
(この年頃の、女の子、というヤツは、わからん)
何故、自分のような粗忽者に声をかけるのか。熊殺にとっては、てらおかさんの正体よりも
(わからん――)謎であった。
◇
そんな一幕があった後日。週末、市内の遊行施設でのことである。
郊外から都市部へ合流する交差点。この規模のとしてしては、ごく普通の交通量。少ないながら通行者。地方都市ならこんなもの。電気店の街頭テレビにニュース番組。
てらおかさん、大興奮。無表情ではあるが。目がきらっきらしてる……
そして極めつけは、スカート姿、である。幅広の帽子。白の華やかな服装。肌も白いので、なんだか透けているような気さえしてくる儚さ。
黙っていれば深窓の令嬢。
「師匠! 師匠!! ひと!!! いっぱい!!!!」
黙ってなかった。
「落ち着け…」
「師匠!」
「なんだ…」
「トモちゃんです!!!」
横断歩道の向こうに、見知った顔があった。女学生の紙添さんであった。体の線が出ない落ち着いた感じの服装。こちらに気づいたのか、小さく手を振っている。
てらおかさんは急発進しようとして――ハッと急停止。信号確認。
「青! です! ね! 師匠!?」
「そうだな…」
「わーい!」
楽しそうに走って行くてらおかさん。二人はちょうど車道中央辺りで合流した。はぐ。ぎゅー
仲のよい様子に、周りの通行人もほほを緩めていたが。
複数のブレーキ音。衝突音。悲鳴。
大型車両の暴走であった。10トン積みのトラック。街中から現れたそれは郊外へ――少女達のいる交差点へ向けてブレーキが壊れたような勢いで突っ込んでくる。
女学生さんは驚き固まってしまっていた。
てらおかさんは――動いている。冷静に車両の軌道を見極め、抱きしめ合った女学生さんごと避けようと――
街頭テレビのニュース。彗星の接近。拡大写真。
切り替わる。ざわつくスタジオ。冥王星、謎の爆砕――?
直視した。してしまった。
体が冷たい。心臓がうるさい。目が離せない。重い。動けない。白いスカートだけが頼りなく揺れる。月が人知れず凍る――
(体の異常……じゃない。思考エラー。だめ、動けない……この感情、なに――?)
車体が迫る。
悲鳴が聞こえる。
巨大な影が二人を覆った――
だが、車ではなかった。
(師匠はやーっ!?)
(あ、熊先生だ)
駒落としのストップモーションのような、瞬間移動と見紛う速度で駆け込んだ巨体が、少女達を掬い上げる。
跳んだ。
間一髪、鋼がその軌跡をかすめて、そのまま走り去った。
振り返る。
郊外方面へ猛進、ブレーキ音、接触音、――落ちた。
車両が勢いのまま郊外の田園地帯に突入し、勢いのままに横転していた。空転するタイヤ。
あの勢いはもう影もない。
後に残るものは。
急ブレーキを踏んだような轍の跡。
息も荒く座り込んだ少女二人。
そして、その二人を押し倒す、人類か怪しいレベルの大男である。
(ひとまず、収まったか)
ため息をひとつ。
熊殺は何事もなかったかのように立ち上がった。手元の二人には、一見して怪我はないようだが…
びっくりした表情のまま固まっている女学生に、まず声をかけた。
「紙添さん。怪我はないか。……動けそうか?」
「な、何がどうなったんですかこれ……ごめんなさい、ちょっとまだ動けないみたいで……」
「わかった」
座り込んだまま、息を整えている。少し息は荒いが、しばらくすれば落ち着くだろう。
特に被害もなく、無事。熊殺は内心ほっと息をついた。
次は彼の弟子だ。普段なら、心配する要素はないのだが。
(動かなかった。避けなかった……否、避けられなかった、のか?)
「てらおか、無事か。無事だな。……どうした?」
「し、ししょう! 大変です!」
「おう」
「た、――たてま、せん!!」
「……おう?」
女学生の無傷を確かめ、顔を上げた熊殺しの前で、
白い服の少女が、無表情のまま、涙をこぼしつづけていた。
相変わらずの無表情。だが、その瞳の奥にあるのは、組み手の時にも見た、あの色。
(なるほど)
困惑はなかった。怪物だと――そう思っていたが。案外、そうでもないのかと、共感さえ芽生えるのを自覚する。
(見慣れているわけだ)
それは恐怖だ。怯え、竦み、囚われて動けなくなったときの自分自身を見るような。
死を前にした絶望が、その目に見えた。
(そうか――てらおかは、恐がりなのだな)ビビリとか言わない優しさ――!
「大丈夫だ」
急に、弟子が幼く見えた。外見からすると、女学生より少し年下、程度のはずなのだが。
不器用ながら、出来るだけ丁寧に、頭を撫でる。
堰を切ったように、白い少女の涙が勢いを増した。熊殺の大きな懐に飛び込み、そのまま、縋りつく。
何か言おうとしたのだろうか、涙に飲まれて言葉が出ない。
個性である無表情さえ崩しての大号泣であった。
熊殺は、困った。
(人外の……いや、子供のあやし方は、知らん……)
「だっで、だっでえええ!」
女学生さんがなだめるも、少女は張り付いて離れない。
困り果てた熊殺は、しょうがないのでまだ動けない女学生さんも連れて、そのまま逃げることにした。
両手に花とはこのことかしら。
周囲の目が、少し痛かった。
◇
ちょっと落ち着いた。
都市郊外の、熊殺の道場。別宅の居間である。てらおかつきこは、熊殺の前で正座していた。
紙添さんは、少し前に熊殺が先に自宅に送り届けている。
二人っきり。日も暮れて、明かりは部屋のちょっと古くなった電灯だけ。
すっかりいつもの無表情を取り戻した少女は、先刻のままの白いお出かけ用で、ちょこんと座り込んでいる。
真剣な眼差し。
「師匠、お話があります」
「おう」
「実は私は――」
目をぎゅっと閉じて、
「に、人間ではないのですっ」
そう言って、緊張からか顔を赤くして、ぷるぷる震えながら熊殺しの反応を待っている。
とはいえ、
「ふむ」
「ッ」
「やっぱりそうか」
「えっ」
熊殺にとっては、予想されていた事柄だったし。
「正直に言えば、初対面からそうではないかと疑っていたが、そうか……」
「えっ」
それ以上に、もう何かに怯える子供にしか見えなくなっていたので。
「まあ、それはいい。今更だ。で、その他の事情についても聞かせてもらえると言うことで、いいのか」
「あっ、えっと、は、はいっ」
そして彼女は、彼女がここに来た原因について語り出した。それが――
「――流星? 最近話題になっている、あれか?」
テレビが点く。天体ショーのニュース。奇妙な軌道の流星の話題……
否。
ソレが、無害な、ただのすれ違うだけの同胞などではないと、この星だけが知っていたのだ。
星を食べて宇宙を渡る、
少なくとも、この作品世界において「星」とは、明確に生き物である。
銀河に散らばる幾千万の彼らは、本能を持ち、意思を持ち、時として通常の天文学的物理法則を離れ、奇怪な行動をとることもあるのだ。
この流星が
(つまり、先刻の。冥王星が爆発した、というのは――)
喰われた、のだという。
天の光は総て友。さらば、愛しき冥王星――
そして、それが。
「――次は、
この、てらおかつきこ、という少女が生み出された理由だったのだ。
「この星も、あれの対策として、力を束ねた実像を作りました。つまり私です」
自分はこの星の防衛本能の化身で、具体的には「月」を腕のように自在に振り回すことが出来るという。今も、ほら。家屋の外、中天にかかる三日月が、少女の手の振りに合わせてぶんぶんと揺れている――
充分だからと止めながら、熊殺はいつか、少女が道場で型を繰り返していた日を思い出す。
(あの、腕のようにピストン運動する月は)
白昼夢というわけでもなく、真実であった、と。正気を保証されてほっとする熊殺。
しかし、そう、「腕のように」、だ。
どうやって外敵を撃退するか、という問いに、
この星が出した結論は、こうだ。
――月で殴る。
(なんてことだ、ここは脳筋の惑星だったのか……)
なお、個人の正気が保証されても世界観の方が狂っている模様。
襲い来る星食い流星! 迎え撃つ月パンチ! うーんB級映画かな?
「でも問題が残っていました――」
「――わたしは、この星は、
そもそも、発生以来――「星」という生き物が、生存競争を行ったことはない。そこに降って湧いたこの事態。相手はもう幾つもの星を食い殺し力をつけた妖星である。故に――
(勝手がわからない、と)
力の差はまさに、人に対する大型の獣に等しい。単にぶつけあっても、勝ち目はない。そう判断した彼女が頼ったのが――
(なるほど、だから俺だったのか)
たった一人で、身の丈以上のケダモノを、己の拳のみで叩いて潰したワンダーゴリラ。つまり、熊殺であった。
確かに、これ以上ないサンプルであろう。
≪星の殴り方を教えて欲しい≫という文句は、その総てが真実だった、ということだ。
人外としての強大な特殊能力や、読心さえ出来る知覚能力は、その総てを人のレベルまで抑えて、彼女は彼の弟子になった。
人の技を、星が得るために。
そして。
技は、得た。当初の予定は達して、これならば、と思えた。
しかし、今日。
もう一つ、非常にやっかいな問題が露わになっていた。
「てらおか。おまえ、恐がりだったんだな……」
「自分でもびっくりです……」
言い訳をするなら。
そもそも彼女は、生存本能――あの妖星へこの星が抱いた恐怖から発生した存在なのだ。
故に、彼女も。
逃れようもなくその感情を共有している。
あの恐るべき星食いへの対応を積極的に求めるのも、その感情故に。
だが――
(街頭テレビのニュース。彗星の接近。拡大写真)
(切り替わる。ざわつくスタジオ。冥王星、謎の爆砕――)
(人知れず、月が凍る――)
強すぎるその感情が、恐怖こそが、彼女の動きを縛ってしまうのだと、本日判明してしまったわけで。
「本物相手に、どうだ?」
「…………。い、今は……むり、です……」
顔色をさっと青くしながら少女が応える。
杞憂で、終わりそうには、なかった。
思い出してしまったのか、手を少し震わせながら、青ざめた少女が問う。
「師匠は。師匠の時は、どう、だったんですか。この、体が凍り付くような精神活動を、師匠も……?」
「……。そうだな」欠損をなぞる。
片目を失ったあの時。友人を守れなかったあの瞬間。餌を見る目に晒されたあの刹那。
男にも、覚えがあった。
だが、今、ここにいる。てらおかは、彼がソレを乗り越えたのだと判断した。
少女は、無表情ながら打ちのめされたように、
「…………。わたしは。私はやっぱり欠陥品なんでしょうか。
あの星の話を聞くたび、姿を見るたび、制御できない精神活動でカラダが竦んでしまうんです。
これじゃあ、実際に向かい合った時に立ち向かうコトなんて――」
どこまでも落ち込んでいきそうな、見事なまでの凹みようであった。また泣きそう。
(逃げるつもりは、ないのか)
熊殺は自分の拳に問う。
生存のために振るわれる拳に意味はあるのか。
立ち向かう意思に、手を貸すことに意味はあるのか。
幼子が、己を食い殺さんとする悪意と恐怖を乗り越えようとしている。己に、その手を引く資格はあるか。
「善し」
「……師匠?」
「てらおか。君はここに何をしに来た。
学びに来たのだろう。技を――心を。
大いによろしい。結構。――ならば、修行だ。
恐怖、大いに結構。人間というヤツは、ソレとのつきあい方を確かに知っているとも」
「で、では皆さんこれを乗り越えてー―!?」
「いや、結構失敗してるし、出来ても死んでるコトも多いが」
「あう」
「制御できないならば制御できるようにすればいい。動けないならば動けるようにすればいい。
それだけのことだ。明日から修行の内容を変える、その程度のことだ」
もっとも、時間はあまりないようだが――
少なくとも、どうにかなるかも、と少女が思い直すくらいには、熊殺は信用されていたらしい。
※美少女宇宙船地球号グラップラーシップ仕様VS惑星サイズ星食い宇宙怪獣 ファイッ(カーン