KANCOLLE   作:晴貴

2 / 2
続きました


2話

 

 

   綾波型駆逐艦8番艦・曙

   旧南西基地   9日前/02時31分25秒

 

   終了条件:鎮守府への帰港

 

 

 

 

 

 あたし達が足を踏み入れた基地には海上よりもはるかにひどい地獄絵図が広がっていた。

 深海棲艦が殺されていること自体はいいザマねと吐き捨ててやりたいが、これだけのことをやってのけた存在が近くにいると考えると油断はできない。

 深海棲艦の敵だったとしてもあたし達の味方であるとは限らない。単なる仲間割れだとしたら強力な深海棲艦がいるってことになるんだから。

 

 周囲を警戒しながら一面に転がる深海棲艦だったものの隙間を縫うように進む。

 ここまでくると緊張で軽口を交わす余裕もない。

 

「止まって。何かいるみたい」

 

 阿武隈さんが小声で停止の指示を出す。何かとはなんだろうか?

 見つからないようあたしも建物の陰から奥を覗く。暗がりでよく見えないけど、人影のようなものが二つ確認できる。

 

「あれは戦艦棲姫に……人?」

 

「……やっぱりそう見えるよね」

 

 目を凝らしてみれば、そこにいたのは深海棲艦である戦艦棲姫と、その戦艦棲姫と向かい合って仁王立ち立ちしている、人間と思われる人がいた。

 男の右手には蒼白い炎をまとった日本刀が握られていて、その炎に照らされ背中にも2丁の猟銃を背負っているのが分かる。

 出で立ちからして明らかに普通の人間じゃなかった。だいたい燃える日本刀ってなんなのよ。完全にファンタジーじゃない。

 

「魔法剣士ktkr!」

 

「いや、それは違うと思う」

 

「と、とりあえずあの人を助けないと……」

 

「潮の言いたいことも分かるけど、でもこれをやったのたぶんあいつでしょ?」

 

 人間の攻撃じゃ深海棲艦にはダメージを与えられない。日本刀や猟銃程度じゃ威嚇にもならない。

 そういう意味では今まさにあの男は命の危機に瀕しているわけだけど、あれだけの惨状を目の当たりにした後だとまずは様子を見た方がいい気がする。

 きっと阿武隈さんもあたしと同じ判断をしているからこそまだ動いていない。

 これであの人間が死ねばもちろんあたし達の責任になる。深海棲艦の前で人間を見捨てるなんて艦娘失格もいいところだものね。

 

 吹雪や朝潮ならそんなこと二の次で戦艦棲姫の前に飛び出すんでしょうけど。悪いけどひねくれ者のあたしにはそんな真っ直ぐな正義感なんて備わっていない。

 そんなことを考えながら見守っていると状況が動いた。

 

「オノレ……オノレエエエエエッ!」

 

 戦艦棲姫が絶叫を上げる。そこに込められたあまりに大きな憎しみに離れているあたしまで気圧される。

 滾る激情の矛先を向けるように戦艦棲姫が艤装を構えた。

 

 次の瞬間にはその砲身が分断されていた。

 

 今日だけで何度も目にした信じ難い光景の中でも飛びっきりの非常識。男が燃え盛る剣を振り下ろして戦艦棲姫の艤装を切り裂いた。

 

 あり得ない。それがその光景を見ていたあたし達の素直な心境だと思う。

 人間の攻撃が深海棲艦に効いている。自分の中の常識が音を立てて崩れていく。

 

 そんなあたし達の驚愕なんて知る由もない男は怯んだ戦艦棲姫をさらに2度切りつける。本来なら砲撃や爆雷でも易々と破れない装甲を誇るはずの体から赤黒い液体が吹き出した。

 たまらず膝を着いた戦艦棲姫に向けて男が左手を突き出す。

 

「無に還れ」

 

 無機質な声だった。

 しかし男がそう呟いた途端、戦艦棲姫が炎に包まれる。それは遠目から確認していた火柱だった。

 業火と呼ぶに相応しい炎に焼かれる戦艦棲姫が苦悶の声を上げる。

 

「アツイ!カラダガ、タマシイガヤケル!タスケテクレ……!」

 

 断末魔が響き渡る。

 あたしは今まで多くの深海棲艦を沈めてきた。その中には戦艦棲姫のように人形の見た目をし、人の言葉を使う姫級や鬼級が何体もいた。

 でもここまで苦悶し、恐怖に染まった断末魔を耳にしたのは初めてだった。

 

 しかしそれもすぐにおさまる。戦艦棲姫は物言わぬ屍と化し、そのままチリになるまで燃やし尽くされた。

 そして訪れた沈黙。これで任務は大方完了したと言える。

 

 火の手の原因は謎の男が旧南西基地を占拠していた深海棲艦を攻撃した際に発生したもので、男により壊滅的な被害……っていうかたぶん全滅した深海棲艦がこれからどう動くかと考える必要がなくなった。

 何よりもここを取り返す千載一遇のチャンスよ。至急そのための報告と準備をしなきゃいけない。

 

 ……でもまずは――

 

「武器を捨てて投降してください。不審な行動は取らないでくださいね」

 

 あたしと阿武隈さん、朧が男に砲口を向けて投降を促す。漣と潮は深海棲艦の生き残りや男の仲間がいることを考慮して周辺の警戒に回った。

 

「……えっと、君達は誰?」

 

「あたし達は艦娘です。抵抗はせず大人しく拘束されてくれるなら手荒なことはしません」

 

「拘束?なんで?」

 

 阿武隈さんの言葉に男は首を傾げる。そこには驚きしかなく、どうして自分が拘束されるのか本当に分かっていないらしかった。

 

「ここは軍事施設であり一般人の立ち入りは禁じられています。また武器の所持も確認され、意図的な深海棲艦への接触の疑いもあります」

 

 それだけで拘束されるには充分すぎる理由になる。この程度の理屈なら小学生だって理解できるでしょうに。

 

「待ってよ、俺はこの化物を倒してただけだって!」

 

「だからそれが危険行為だって言ってるのよ!」

 

「そもそも深海棲艦を倒してただけ、っていうのがおかしい」

 

 なんなのよこいつ!頭おかしいじゃないの!?

 

「し、質問だけさせて。艦娘とか深海棲艦ってなんのこと?」

 

「はあ?」

 

 呆れたような声を出したのはあたしだったけど、阿武隈さんや朧も同じような気持ちだっただろう。

 だってこの世界に艦娘も深海棲艦も知らないやつがいるわけない。

 普通に考えれば疑いを逃れるために知らないふりをしてるってとこなんでしょうけど……言葉の色や表情からは困惑がしっかりと伝わってくる。

 これが演技なら大した役者だわ。

 

 あたし達は顔を見合わせる。そして少し迷ってから阿武隈さんが説明し始めた。

 

「深海棲艦っていうのはあなたが倒した化物の総称です。人類の敵って言えば分かりますか?」

 

「こいつらが……」

 

「そんな深海棲艦と戦っているのがあたし達艦娘です。艦娘は過去の大戦で沈んだ軍艦の記憶を持った生まれ変わりの存在と言われているの」

 

「その言い方だと艦娘は人間じゃないみたいだけど……」

 

「厳密に言えば違うわ。艦娘は自立型兵器に分類学されるから」

 

「でも制約は多いけどある程度の人権は保障されてるし、軍艦の能力を持った人間っていうのが世間一般の認識……かも?」

 

「……」

 

 あたしと朧にもそう説明されると男は何か考えるように黙り込んだ。その表情はとても真剣なものだった。

 でもここであまり時間をかけるわけにはいかない。さっさと鎮守府に連絡して救助用の船を呼ばないと。

 

「これで満足したでしょ?早く武装解除して投降しなさい」

 

「……分かった。抵抗はしない」

 

 そう言うと男は日本刀と2丁の猟銃を地面に置いた。

 ずいぶん素直ね。もしかしたら何か考えがあるのかもしれない。

 とりあえず武器を回収しなきゃ。

 

「ちょっと、これの鞘は?」

 

「ああ、悪い。鞘はないんだ」

 

「危ないんだから、もう……これいきなり燃えないわよね?」

 

「燃えない燃えない」

 

 本当か疑わしいけれど、しかたないので適当な布を刀身に巻きつけて刃を隠す。

 その間に阿武隈さんが鎮守府に報告と事情の説明を行い、男を窓のない部屋に押し込んで待機させることにした。

 それに対して文句のひとつも言わなかったのは意外だった。出入り口の監視しながら迎えの到着を待つ。

 

 理解の追い付かないことが立て続けに起きて少し混乱してるけど、あと数時間で迎えが到着するはず。鎮守府に戻ったら少し休もう。そんなことを考えていると、部屋の中から男が話しかけてきた。

 

「なあ、君の名前はなんて言うの?」

 

「あんたに教える必要がないわ」

 

「そんな言い方しなくたって……ちなみに俺は須田恭也っていうんだ」

 

「はあ……曙よ。覚えなくてもいいわ」

 

「それ名字?」

 

「名前よ」

 

「……もしかして軍艦の?」

 

「そうだけど?」

 

「うーん……ごめん、知らないや」

 

「そうでしょうね。別に有名な船だったわけじゃないから」

 

「……ちなみに大和とかっているの?」

 

「いるわよ」

 

 大戦で活躍した船の名前で有名なのはやっぱり大和や武蔵、長門なわけね。

 艦娘や深海棲艦を知らないレベルの人間でも大和は名前が出てくるんだから。

 

「そういえば他の子達の名前は?」

 

「ブレザーっぽいのを着てるのが阿武隈さん、顔に絆創膏つけてるのが朧、胸が大きいのが潮、ピンク頭が漣よ」

 

「それで、なんで曙達は制服なんだ?学校に通ってるとか?」

 

「そんなわけないでしょ。服装は……開発者の趣味よ」

 

 たぶん。いや、だって理由とか知らないし。

 あり得ないことをしでかした割に、男ーー須田恭也との会話はとてもありふれたものに終始した。

 それからしばらくして迎えの船が到着し、須田を部屋から出して船へと押し込む。

 

 その最中、須田は朝日に輝く水平線の景色に足を止め、驚いたように言葉を漏らした。

 

「太陽が……昇ってる……」

 

「そりゃそうよ。あんたがこの辺の海域を支配していた戦艦棲姫を倒したんだから」

 

 深海棲艦に支配された海域は空が赤黒く染まり、濃い霧に包まれる。そのメカニズムは不明らしいけど、逆に海域を奪い返すと空も大気も元の状態に戻る。

 常識を知らない須田のことだから、それを知らずに驚いているんだと、この時のあたしはそう思っていた。

 

 須田恭也という男の壮絶な過去と、その身に宿した呪い、そして過酷な運命を知るまでは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   終了条件達成

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。